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魔王城、その案件炎上リスク有り  作者: 上野衣谷
第三章「現場を視るべし」
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第10話

 この日、機械事業部全員の帰宅は定時だった。そう、誠一郎の歓迎が、交流担当ことカティの手によって催されるためである。誠一郎は、自分のために開いてくれる会であるということからも、本人が不参加という訳にはいかない。仕事になんとかキリをつける。

 一行はカティに案内されるがままに、食事会の店へと移っていく。店といっても、魔王城内らしい。この城、一体全体どれだけの広さがあるのだろうか……。城というより、一つの小さな都市といっても過言ではないだろう。身の危険さえなければもう少し探検してみたいところでもある。

 食事会と言っていたのでおとなしい雰囲気を予想していたが、思ったより大衆的な店だった。といっても、かつて味わった飲み会のような掘りごたつがあるような店ではなく、雰囲気はバーと大衆レストランが合わさったような、あくまで洋風なもの。まだ時間が早いからかあまり人影は見えなかったが、それでも何人か談笑をしており、店内に静寂はない。

 各人、一つの大きなテーブルにつく。機械事業部全員といっても、総勢八名。しかも、狼人間の人は都合が悪いとかで出席していないので、計七人。一つのテーブルでも十分に座ることが出来た。


「はいはい、主役は真ん中で~」


 カティに案内され、机の中央に座る。その隣にカティと、一番の偉いさんであるマウロ。正面には、レニとレム。接点のある人たちに囲まれ、少しほっとする。少し経ち、飲み物が配られる。どうやら、ただのフリードリンクのよう。そういう決まりなのだろうか、慣習が良くわからないので、後から少しだけ聞いてみよう。飲み物がそろったところで、カティが、静粛にコールをかける。


「さて、皆さま──今日は私のかわいいかわいい部下である二宮誠一郎のために集まっていただきありがとうございま~す! ちなみに、せいちゃん、ついこの間、一人で改訂案件を完了させました! 拍手~」


 パチパチと、まばらな拍手が返される。


「それでは、私の長い挨拶をするのもなんですので、乾杯といきましょう! はい、かんぱ~い」


 乾杯という文化は誠一郎でも分かる。真ん中に座らせてもらっているということもあり、部長から順にカチンカチンとコップの淵を合わせていく。その後、お決まりのように全員で一口飲み、再びパチパチという拍手。

 それをきっかけに、それぞれが好きなように周りの人たちと話し始める。レニやレムもこの時ばかりはというべきか、それぞれが別の人間と話していたり、マウロはいろんな人の様子を見ていたりと、過ごし方は人それぞれだ。前に座るレムが、普段のようにハキハキと話しかけてくる。褐色肌に、肩にわずかにかかる程度の黒髪は、レムとレニの識別を困難にするが、今話しかけてきているのはレム。口調から丸わかりだ。


「二宮くん、仕事には慣れた?」


 相変わらず人当たりの良い笑顔。


「はい! おかげさまで……まだ、文化にはなれませんけどね……」


 あはは、と苦笑する。それを聞き、カティも会話に混ざってくる。


「ん? 人間界では、こういう食事会というのはないのか?」

「いえ、あるんですけど……えーっと、あ、そうだ、お酒とか飲んだりしますね」


 お酒という言葉にカティがより敏感に反応する。


「おぉ!? なんだ!? もう飲みたいのか!? はやいなぁ、若いなぁ、私も飲みたい~でも、最初の何十分かはこうやって食事と前菜料理を食べながら、普段の仕事に関することを全部吐き出すのが一般的かな~」

「そうですね、僕も、カティさんもお酒好きですからね、楽しみですね~」


 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべるレム。そんな会話の中、前菜料理が出てくる。大きな皿に豪快に盛られたサラダだ。……部署の人はみんな野菜を食べられるのだろうか、などと少し疑問を抱く。

 とんとん、とカティとは逆の肩がつつかれる。ふと振り向くと、部長が耳を近づけるようにジェスチャーをしている。耳を寄せると耳打ち。


「二宮くん、二宮くん……キッティラくんにあんまり飲ませ過ぎないように……」


 なんだろう、とても大切なことな気がする。しかし、自分にどうこうできる気がしないのが問題だ。

 少しして、前菜と思われる料理がもう一品出てくる。


「あ~ところで二宮くん」


 再び、レムに話しかけられる。ちなみに、もう一方ことレニは隣にいる生産二部担当の人に話しかけられては、うん、はい、と答える超接待プレイ中だ。それでも許されるあたり、さすがというか、なんというか。


「近いうちに生産一部の検査工程に、新しい設備入れる予定なんだよね。新しいと言っても、今までの設備の最新型を入れるっていう感じなんだけどさ。その時はよろしくお願いね~」


 そういえば、ランスが以前、増産がどうとか言っていたことを思い出す。おそらく、その関係なのだろう。この会には、情報共有の意味合いもあることを理解する。


「おぉ、また大仕事だなぁ、せいちゃん。頑張り給えよ~」


 レティはすっかり機嫌よく、ばしばしと誠一郎の背中を叩く。見かけによらず力は誠一郎よりもあるのではないかというくらい力が強い、そのくせ、人間に対する力加減があまり分かっていないのか、カティのスキンシップは結構痛いのが玉に瑕だ。


「いたっ、痛いですっ、わかりました、はい、頑張ります!」


 おお、ごめんごめんと全然申し訳なくなさそうにカティが言い終えたころ、ついに、前菜メニューがほとんど片付く。それを合図にか、カティが立ち上がる。


「さて! 盛り上がりのところですが、ここで、お仕事話はこれにて終了! 以後、お酒の注文も各自してもらって、仕事の話は厳禁ですよ~。そして、無礼講! で、いいですよね、部長」


 それに、もちろんだよぉと答えるマウロ。誠一郎は理解する。なるほど、食事会の前半は、アルコールを入れずに日頃言えなかったような仕事の話や、なかなか取れない仕事上のコミュニケーションを取る。そして、一定時間が過ぎたら、残りはアルコールも入れていよいよ本番、無礼講で仕事は忘れようという事だろう。これならば、ただひたすらに仕事の話ばかりをする迷惑な上司も登場しえない。もっとも、この機械事業部にそういう人は少なそうだが。

 アルコールが解禁されたと同時に、各人がそれぞれ、好きなものを注文する。ワイン、ウイスキーなどなど……。


「えーっと、ビールとかありますか?」

「……あるに決まってるだろ」


 前に座るレニから突っ込まれる。毒舌をはきたいだけなのか、この人は……。

 誠一郎は飲む。うーん、久しぶりにアルコールを身体に入れた。そこまで酒に強いという訳ではないが、なんだかんだ気分は良くなる。あまりに飲み過ぎないように注意しないと。

 そう思った。



 三十分程が過ぎただろうか。

 店内も、ほとんど満席状態になり、にぎわってきた頃。多少のざわつきは店内のざわつきにかき消される。

 そんな中、誠一郎の周りに広がる光景は、見事な、乱れ。まるで海賊か山賊、いずれにせよ、何かしらの賊であるかのように騒ぎ立てる人もいれば、かつての面影なくへにゃへにゃと笑顔を振り撒き饒舌になるものもいる。そうかと思えば早くも寝だすものさえいる。

 料理も次々と運ばれてきていたものの、まともに食べている人の方が少ないので、段々と余っていく。

 誠一郎は思った。魔界の人たちが人間界に攻めてきた日には、お酒をふるまって盛大に飲み会でも開いてやるといいんじゃないだろうか、と。

 そして、自身の両隣にも変化が起きていることを悟る。

 まず、マウロ。マウロはほとんど寝ている。これはいい、これは問題ない。最後に起こせばいいだけの話だ。しかし、問題はもう一方──


「んん~人間の臭いがするねぇ……」


 腕にまとわりつく甘い色香。白い手の平が誠一郎の頬にそろりと、そして大胆に触れる。これが厄介極まりない。


「ちょっと、ちょっと、カティさん! 飲み過ぎですって!」


 誠一郎に、カティの飲酒は止められなかった。何せあんなにも嬉しそうだったのだから。そして、マウロが言う「飲ませ過ぎないように」という言葉、その適量が全く分かっていなかった。もう少しは飲めると思ったのだ。ヴァンパイアは十字架やにんにくや銀の弾丸などはともかく、アルコールに弱かった……。弱体化しているというより、凶悪になっていると見て取れるので、弱いというのは間違いかもしれないが……。


「せいちゃんかぁ~。ねぇ、せいちゃん、私に、吸われてみない……?」


 カティの眼からは、仕事の時とは全く違う、ねっとりとまとわりつくような視線が発せられている。誠一郎も、アルコールが入っているからか、その美しさや妖艶さに、思わず見惚れてしまいそうになる。ぶるぶると首を一生懸命に横に振って、なんとか理性を保とうとするのだが、


「ねぇ~大丈夫、みんな経験したことあるよ、少しだけなら健康にも問題ないよ。大丈夫、汚い血を吸ってあげるだけだから、優しくね」


 何かの悪徳セールスのようだ……。普段の声の調子と全く違う、しっとりとした声を耳元でささやかれるものだから、なおたちが悪い。


「大丈夫じゃないですよぉ~」

「気持ちいいよ?」

「そ、そういう問題じゃ……」

「一回吸われたくらいじゃヴァンパイアにならないから大丈夫だってばぁ」


 何回も吸われるとヴァンパイアになるのか……? いやぁ、それは、ちょっと……困る、ような気がする。

 それにしても、この妙に色っぽいのは何だろう。見かけは小さな子供にも匹敵する一方で、故にか、その肌はとても美しく、髪の毛も倣う。だからだろうか……。まわりに人がいてよかったと少しほっとする誠一郎。


「あ~! レム~! カティさんが見境なく人間の男の子襲ってるよぉ~!」


 このくりくりとした声は、かのレニから発せられている。普段とのギャップという面で言えば、カティを上回る。傍から見れば完全に、ブラコン。レニの腕は両方ともレムの一本の腕を抱え込むようにあり、横から抱き着いているような形になっている。何故そんなことになっているのかは、一言で言えば、もちろん酒。


「も、もう、レニ……!」


 一方のレムは、数少ない生き残りだ。部長のマウロが全く頼れない状態になっている以上、もはやこの機械事業部食事会号で唯一誠一郎が救いを求められそうなのは、レムくらいだった。


「レ、レムさん……たすけ……」


 ぞわぞわする感触をなんとか抑えつつ、レムに必死の救援を求めるも、


「ああ~、カティさんはいっつもそんな感じだからね~……しかも、二宮くん、人間だし……」


 悲し気な眼差しを送られ、さらに絶望の淵へと追いやられる。


「さぁ~レムちゃんもレニちゃんもせいちゃんを助けてはくれないよぉ~へへへへ~」


 ど、どうすれば。


「あ、あぁ~でもほら、自分、高血圧ですし……」

「それなら、血を少し減らしたら血圧下がるよぉ」

「えーっと、えーっと、コレステロールがですね……」

「大丈夫大丈夫、なん? その? これすてろーる? も、血を吸えば大体なくなるから~」

「あーっと、うーん、でも、白血球が多くてぇ……」

「はっけっきゅうは、やっぱり、栄養豊富だから好き好き~カティ好きだよ~」


 もうこれは、自分もカティも会話の意味がわかっていない。言葉のドッジボールだ。

 最初、わりと静かに、ためになる話や会社の話で始まった食事会はどこへ言ったのだろう。有意義に、コミュニケーションを深めることのできるという考えはあっけなくも崩れ去っているのだ。人間とヴァンパイアという種族的なコミュニケーションが成立しようとさえしている。というか、仕切っているはずの人がこれでは、どうなるのか……。


「いやぁ、でもぉ、血って赤いですしぃい~!」


 誠一郎の言い訳がただの一般知識に成り果てたころ、


「はぁ~おはよう。さてさて~もうこんな時間だ……」


 隣で寝ていたはずのマウロが声をあげた。


「もう~キッティラくん~、そんなに二宮くんに絡まない絡まない、もう若くないんだからぁ」

「あぁ~! 部長! 部長はちょっと毛が深いからちゃんとそっておかないとおいしく血が吸えないのよぉ……?」


 助け舟だ! ついに来てくれた。この危機的状況に、大きな大きな助け舟! たすかっ──


「ふあぁ~」


 誠一郎の大きな大きな期待とは裏腹に、起きたと思った部長は、再び机に伏して寝てしまっていた……。ああ、だめだ、というか、なんか心なしか指の先が痛いような、気持ちいいような……。


「ぁぁ~」


 誠一郎の間抜けな声を聞いて、がたっとレムが立ち上がり、いつの間にか誠一郎の腕を手に指先ににかぶりついているカティを引きはがす。カティはへなへなぁ~と引きはがされ、自席にちょこんと着席して、にやにやとしている。


「あぶなっ! もう、キッティラさん! 二宮くんも気を付けないと!」


 意識が遠のいて──はっと気がつく。


「えっえっ! あれ! 痛くない! すごい……」


 思わず感心してしまった。アルコールが入っているとかを抜きにしても、あんな風になるものなのか……。ほんの数秒で止めてもらってよかった、人がいなかったらいつまで吸われ続けていたかわかったものではない。


「おいしい~」


 口から少し赤い液体を垂らしながら、カティはまだ誠一郎を見て恍惚とした表情をしている。これがヴァンパイアの本性。人間とヴァンパイアは相容れない存在なのかもしれない。誠一郎は決めた、これから食事会の時は、隣にカティを座らせ無いようにしよう、と。ついでに、普段から自分は魔界にいるという危機感をもう少し持っておこう、と。

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