帰路 四
宙域離脱から二十三時間後、二つに別れていた第五艦隊は合流を果たした。攻撃隊は敵艦隊への攻撃を終えた後、無事母艦に戻ってきていたがその数は戦力とはもはや言えない状態にまで減っていた。
「あれでよく生き残ったなあ」
コレー大尉は合流してくる艦艇を母艦である空母モハーヴェイの窓から見て呟いた。全ての艦が酷い有様で、一番被害が少なく見える戦艦シェンチョウですら所々に巨大な弾痕があった。
彼はため息をつきながらポケットからタバコを一本取り出し無精髭だらけの口でくわえた。そこにウェーブの衛生員がやって来た。疲労のせいか若干やつれてはいたが、軍隊という場所には似つかわしくないほどの端麗な顔立ちをしていた。彼は小さく舌打ちをした。
「困りますコレー大尉!タバコは喫煙所でお願いします!」
「あんなクソ狭い場所で一人ぼっちで吸えってのか?お断りだね。外が見える所で吸わせてくれよ。一緒に吸いに行ってた奴らはほとんど死んでしまったしな」
コレー大尉は躊躇なく火をつけた。
「そんな中で生き残ったのなら自分の身体くらい大事にしたらどうなんです」
「人間どう足掻いたって死ぬときゃ死ぬんだ。戦場なんかにいれば特にそうだ。タバコの一本や二本なんだってんだ。別にチクったっていいんだぜ。規律違反の処分で人を減らすほどの余裕があるとは思えないけどな」
全く言うことを聞かないコレー大尉に彼女は呆れ果てどこかへ行ってしまった。
「また喫煙者の肩身がせまくなりそうだな」
コレー大尉は再びため息をついた。
合流後、戦艦の中では収容しきれない負傷者や遺体が空母モハーヴェイにも運ばれてきた。その世話をする救護員達から見れば戦闘はまだ終わってはいないのだ。人手が足りないらしく、軽症者まで搬送作業に駆り出されていた。
コレー大尉は自分までこの作業に動員されるのが嫌だったので、衛生員に目をつけられないように待機室へ戻ることにした。通路を進むと、あちこちに遺体か負傷者かわからない乗員達が転がっていた。彼は自分の近くに倒れている乗員にとり付けられたトリアージのタグを見た。
「 《死亡》、か」
コレー大尉自身嫌というほどの死体を見てきたが、その匂いだけはいつまでたっても慣れないものだった。
格納庫から一番近い兵員室が割り当てられているパイロットの待機室もかつてのような賑やかさは失われていた。彼のバディだった少尉も帰らぬ人となった。遺体を回収できたことがせめてものの救いだった。
少尉の荷物は小さな二つの箱にまとめられていた。彼がこっそり隠し持っていたスキットルも荷物の整理の際に見つかってしまったらしく、箱の上にそれが置かれていた。中には飲みかけのウィスキーが入っていた。
「全部飲む前に逝っちまったか」
コレー大尉はスキットルを手に取り、少尉の代わりにウィスキーを飲み干した。
似た様な光景を何度も見てきた彼は同僚の死から感じるものは段々と少なくなっていた。帰ってきてから一睡もしてないことを彼は思い出し一人ぼっちの待機室で静かに眠りについた。