帰路 二
攻撃成功の報が第五艦隊の元に届いたのは大破した艦の生存者の収容が終わる頃であった。第五艦隊は攻撃隊が発艦した後も、反乱軍の砲撃を受け続け空母バイコヌールに続き駆逐艦レオニドが被弾し大破、乗員を回収し放棄された。バイコヌールは被弾したものの爆発の危険性がないと判断されたため、駆逐艦二隻によって曳航されている。攻撃隊の攻撃で砲撃は一時的には止んではいるが、確実に反乱軍の艦隊は近づいてきている。
マクシム大佐、チェルノフ艦隊司令の座乗するディアマン級戦艦二番艦アリアンをはじめとした第五艦隊の戦艦三隻は艦隊の右前方に回り、艦隊の盾となるような態勢をとった。駆逐艦と空母は戻ってくる攻撃隊を収容するため既に別の航路につき、第五艦隊は二つに別れた。
「砲術長、対艦戦闘用意!」
マクシム艦長は戦闘指揮所にいる砲術長に伝えた。
「対艦戦闘用意!対艦戦闘用意!」
艦内に砲術長の声と警鐘が鳴り響く。乗員は既に宇宙服を着用し号令がかかる前から戦闘に備えていた。
「一から三番、徹甲弾装填。一一から一三番、対艦榴弾装填、近接信管。連動射撃用意」
砲術長が射撃指揮を行っているこのアリアンには戦艦の名に恥じない巨大な連装電磁加速砲を船体の上下左右に合計一六基装備している。主砲は完全に自動化されており、全ての作業を艦の内部にある戦闘指揮所から行うことができる。そのため全長九五〇メートルという巨大な船体の割には乗員は意外にも少ない。
「艦長、対艦戦闘用意よし、艦内戦闘区画排気開始します。」
「了解」
副長が報告を終えると艦内にブザーが鳴り響き、戦闘に備えて戦闘区画の空気の排出が始まった。艦内が真空状態に徐々に近づいていくとブザーの音が小さくなり、やがて完全に聞こえなくなった。マクシム大佐の耳に入るのはヘルメットの中の自分の呼吸の音とレシーバーのノイズだけになった。あとは反乱軍の艦隊が射程圏内に入るのを待つのみだ。
しかし反乱軍の砲撃は第五艦隊の戦艦の射程に入る前に始まった。反乱軍の戦艦はチェルノフ艦隊司令の予想よりも早く復旧を終わらせていた。アリアン、ポレオット、シェンチョウの戦艦三隻は反乱軍艦隊の砲火に真っ先に晒された。
「距離は!」
「二四〇!」
チェルノフ艦隊司令が航海長に聞いた。第五艦隊は主砲の有効射程に入るまでこの砲火に耐えなければならない。
遂にアリアンにも砲弾が命中した。被弾したのは右舷中央でその衝撃は
艦橋にも伝わった。艦橋にいる乗員は咄嗟に手すりにしがみついた。被弾の衝撃で船体が左に傾いた。操舵手がすぐに艦を元の角度に復元する。
「各部被害情報報告しろ!」
マクシム大佐の元に被害情報が次々と伝達された。
「右舷上部被弾、空気漏れなし、機関異常なし、一二番砲使用不可!航行は可能です!」
「撃方始め!有効射程外でも牽制になれば良い!」
チェルノフ艦隊司令がしびれをきらした。戦艦三隻全てに射撃開始の命令が瞬時に伝わり、反乱軍の艦隊へ向けて砲撃が開始された。反乱軍の艦隊は第五艦隊に右前方のやや上方から接近してきている。艦首を第五艦隊に向けて進んできているためこちらから見れば目標は点のように小さい。第五艦隊がようやく反乱軍の艦隊を射程に収めた頃、戦艦に続き巡洋艦も砲撃を始める。
アリアン右舷の主砲から発射されている対艦榴弾は敵艦に命中しなくとも敵艦近くで炸裂するようになっているため、徹甲弾に比べ威力こそ劣るものの命中率は高い。戦艦のような重装甲を持たない巡洋艦や駆逐艦には徐々にではあるが確実にダメージを与える。反乱軍の戦列から被弾した巡洋艦、駆逐艦が離脱し始める。それ以外の反乱軍の艦は第五艦隊から見て左方向に回頭し、第五艦隊の前に船体の横腹を見せる形となった。
「敵は我々の頭を抑えるつもりだ。全艦上げ舵三〇一斉上昇!」
チェルノフ艦隊司令の号令により第五艦隊は現在の高度から上昇し、両舷の主砲で攻撃しながら反乱軍艦隊の上に出た。その際敵側に晒す艦の面積が一時的に増えたことで被弾率が上昇し、巡洋艦二隻が中破、一隻が大破。戦艦には徹甲弾がポレオットに四発、アリアンに七発、シェンチョウに五発が命中し、艦内にも相当な被害を被った。チェフノフ艦隊司令はこの進路変更で被弾率が上昇するのは承知の上であったが、反乱軍の射撃精度は恐ろしく高く予想をはるかに超える被害となった。反乱軍の艦隊は再び回頭し第5艦隊の左下方距離一三〇Mmの位置でほぼ平行に並び進みはじめた。
損害は第五艦隊が反乱軍の艦隊を上回っている。戦列も乱れはじめ、統制された砲撃が難しくなってきた。アリアンの被弾箇所も増加し、辛うじて自力で航行できる状態にまでになってしまった。他の艦も損傷が激しく弾薬が底をつき始め、徹甲弾は全て消耗し、榴弾のみの射撃となっている。
「なんという命中率だ!戦帰りとはいえ、まさか短時間でここまで追い込まれるとは・・」
チェルノフ艦隊司令は悔恨の情を漏らし始めた。
「司令、退艦のご用意を」
「何を言っている!この艦も他の艦もまだ死んではいない!どんなことがあろうとこの艦隊を月に帰らせるのが私の使命だ!」
マクシム大佐の提案を拒否したチェフノフ艦隊司令の声がレシーバーに響く。その時航海長から通信が入った。
「艦長!敵艦隊から複数の駆逐艦が接近中です!」
「止めを刺しにくるつもりか」
敵艦隊の生き残った駆逐艦数隻で編成された雷撃隊が第五艦隊に向けて進み始めた。砲撃戦で戦闘力の落ちた艦に魚雷を打ち込み、完膚なきまでに叩き潰すつもりなのだ。
「砲をすべて敵雷撃隊に向けろ、我々は最後まで戦う。できる限り敵をこの宙域に留め、せめて別働隊の空母と駆逐艦だけでも離脱させるぞ。」
チェルノフ艦隊司令の言葉にマクシム大佐も腹を据えた。