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Martians to Invade  作者: シュンキチ
帰路
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帰路 一

 ヒューリーはロッカーのカレンダーを見た。


 二一二九年七月四日


 今日は彼の誕生日である。彼はあと一年経てば除隊となり、その後は国に帰り大学に入るつもりなのだ。

 劣悪な艦内の生活にも終わりが見えてきている彼は、仕事も蔑ろになりがちでミスを繰り返し上官から制裁を喰らうのがもはや日常だ。


「上等兵!さっさとあがれ!」


 既に下士官になった彼の同期もキツくあたる。戦闘配置の警鐘が鳴り響く中、ヒューリーはすぐに着替えて飛行甲板上に向かう。狭い狭いと乗員から常に文句をくらっている通路も小柄な彼にとっては人と人の間をすり抜けながら進むには十分な広さだった。

 ヒューリーの所属する艦隊は母港がある月へ戻る途中で敵艦隊を捕捉、彼の乗る空母もすぐに攻撃艇の発艦準備にかかった。運ばれてきた魚雷の安全装置を外して攻撃艇に取り付ける。彼が配属されて以来、続けてきた仕事だ。パイロット達は鎧のように全身を防弾板で固めたスーツを身に纏い雷装を終えた機に乗り込む。後はパイロットの仕事だ。

 

「よし離れろヒューリー!」


 作業班長がそう言うとヒューリーはカタパルトに移動する戦闘艇を後にして班長に続き作業員待機位置へ向かおうとした。その時、身体中を強烈な衝撃が襲った。眼の前で機体、人、機材、全てが飛び散っていく。破片が全身に突き刺さりそして彼の視界は真っ暗になった。




「バイコヌール被弾!」


 副長が叫んだ。


「そんなバカな・・・!」


 まぐれであるとユーリ・マクシム大佐は信じたかった。彼の乗る戦艦アリアンの主砲ですら届かない射程外から飛んできた敵の砲弾が自軍の空母に命中したのだ。バイコヌールから煙と破片が舞い上がっている。雷装中に被弾したバイコヌールの被害は大きく既に艦隊から離れ始めていた。


「駆逐艦を向かわせろ」


 チェルノフ艦隊司令は駆逐艦に生存者の救助を当たらせた。


「他の空母からは攻撃隊を予定通り発艦させろ。マクシム艦長、対空警戒のまま速度落とせ。駆逐艦の救助作業終了を待つ」

 

 敵に届くことのない艦の主砲は反乱軍の艦隊のいる方向に向けられていた。敵の電磁加速砲弾は先程のように命中することはなくとも、今も艦の側を光速の五パーセントの速度でかすめていく。いつ被弾するかわからないという焦りの中、マクシム大佐は攻撃隊の発艦と救助作業を見守っていた。数の減った攻撃隊でどれだけ敵を抑えることができるかが艦隊の命運を決める。


「航海長、敵の位置は」


 攻撃隊の発艦が終わるとマクシム大佐は航海長に敵艦隊の状況を尋ねた。


「敵艦隊は本艦の約五〇度高度差プラス一二四距離六八〇Mmの位置、速度依然変わらず接近中です。攻撃隊はおよそ二時間後に敵艦隊と接触します」


 反乱軍の艦の速力はかなりのものでバイコヌールに命中した砲撃と同じように国連軍の技術力を上回り始めている。反乱軍の艦隊は数年前までは輸送船を改装したものや国連軍から鹵獲した艦だけで編成した寄せ集めだったが、その数年間で急速に規模が拡大してきている。反乱軍との戦闘もより一層厳しいものとなってきている中、たとえ一隻の艦でも無駄に失うようなことはあってはならない。

 艦隊司令官ヘルマン・チェルノフ中将率いる第五艦隊は三ヶ月に及ぶ航海で物資も人員も消耗が激しい。攻撃艇の攻撃で反乱軍の艦隊を抑えつつ一刻も早くこの宙域から離脱し、追撃から逃れなければならない。マクシム大佐を含め全員が攻撃の成功を祈った。

 


 攻撃隊が艦を出てから二時間、攻撃艇のレーダーが敵艦隊を捉えた。


『大尉、敵艦隊は戦艦二、巡洋艦五、駆逐艦八です』


 タンデムコックピットの後ろに座るレーダー手を兼ねた射撃手が報告する。


「俺たちはカミカゼも同然だな」


 ベテランパイロットであるコレー大尉でなくともこの攻撃が無茶だということをこの報告を聞けば判断できる。ただでさえ長い航海で損耗している攻撃隊の戦力はバイコヌールから出るはずであった部隊を失った今、戦闘艇三十機攻撃艇五二機にまで減っていた。

 この戦力で狙う艦は現在第五艦隊へ砲撃している長射程の電磁加速砲を搭載する戦艦二隻のみである。艦を沈めることができなくても砲撃を止めることさえできれば第五艦隊は戦列を乱すことなく速やかに離脱できる可能性が上がる。多大な損害を覚悟してでも砲撃を止めなければならない。

 敵艦を肉眼で捉える前に敵の対空砲火が攻撃隊を襲ってきた。


『針路はそのままだ!』


 ピジョン小隊指揮官機からの通信が耳に入る中、少しずつではあるが味方の攻撃艇が被弾し脱落してゆく。被弾すれば脱出する間も無く粉々になり宇宙を漂うデブリと化してしまう。

 反乱軍の艦隊に近づくにつれて脱落機は増えていき、コレー大尉が目標を肉眼で捉え、敵戦艦がシィータス級二隻であることを確認できた頃には戦力の三分の一が脱落していた。本来これほどの損耗であればこの時点で攻撃隊は帰投しなければならないが、今回の攻撃に限ってそれは許されない。それほどまでに反乱軍の砲撃を受けている第五艦隊は追い詰められているのだ。

 対空砲火が弱まると、反乱軍の護衛戦闘艇が上がってた。味方戦闘艇がそれらから攻撃艇を守る為に応戦する。攻撃艇は最大速度で敵戦艦に向かってゆく。コレー大尉の戦闘艇も魚雷の発射態勢に入った。彼は旗艦であると思われる艦隊の先頭を行く戦艦を照準器に収め、射撃手に発射用意の指示を出した時、彼が接近する戦闘艇を発見した。


『大尉!敵は上から・・・!』


 その直後、上方からコレーの機体に反乱軍の戦闘艇が襲いかかった。機銃弾が何発かコレーの機体に命中し機体が激しく揺れた。

 コレー大尉は一瞬気を失ったがすぐに回復し、自分が負傷していないことを確かめると後ろを見た。


「おい少尉!無事・・・」


 風防の上の部分が割れ、射撃手の座っていた座席はぐしゃぐしゃになっている。コレーは射撃手死亡と判断し、すぐさま火器管制を切り替えた。エンジンに大きな損傷は見受けられなかった。被弾によってずれた針路を元に戻し操縦桿の発射スイッチに指をそえる。チャンスは一度しかない。

 敵戦艦は弾幕を張りながらはるか彼方の第五艦隊に向けて砲撃を続けている。機体の振動が激しくなってきている。小刻みに震える操縦桿を握りながらコレー大尉は魚雷を発射した。魚雷が機体から離れ、ロケットモーターが点火する。味方攻撃艇も次々と魚雷を発射した。コレー大尉は魚雷発射後、機体をすぐに反転させた。いくつもの魚雷が敵艦に向かってまっすぐ進んでいく。反転後しばらくしてコレー大尉は後ろを振り返り敵艦を見た。 数発の魚雷が命中したらしく、敵艦の船体の一部が吹き飛んでいた。艦が沈むほどの被害ではなかったようだが、主砲である電磁加速砲付近に命中したらしく砲撃が止んだ。

 命中した魚雷がコレー大尉のものか味方のものなのかは彼自身にも分からないが、攻撃は成功したかに思えた。もう一方の戦艦も攻撃隊の雷撃を受け、砲撃が止まっている。コレー大尉が攻撃した艦以上の損傷のようだ。しかし敵戦艦に搭載されている主砲は一基だけではない。無傷の主砲がいくつか残っている。損傷箇所の復旧が終わればすぐにでも砲撃を再開するであろうがわずかながら第5艦隊離脱の時間は稼げるとコレー大尉は思った。

 彼は味方の状況を確認した。残存する戦力は既に十数機となっていた。生き残った攻撃隊は敵機の追撃から逃げるようにして針路を第五艦隊へ向けた。


『ピジョン3、被弾しているようだが大丈夫か』


「何とか帰れそうです。射撃手がやられました」


 予想されていたものであったが払った犠牲はあまりにも大きすぎるものであった。

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