私と公園の思い出
学園は、朝から副会長が欠席した話題で持ちきりだ。
広報のメールでは体調不良で欠席らしい。
風邪でも引いたのだろうか?副会長は時々体調を崩して休むらしく、季節の変わり目の変化に弱いのではないかという話だ。
しかしそこまで騒いだり嘆いたりするものだろうか?
女子は友達が休んだ時より心配してない…?
「私達が騒いだって、副会長の体調不良が回復するわけじゃあるまいし大げさなー!」
我が親友は、思ったことをストレートに口に出していた。
うん、同じこと思ってたけど、ここで口に出すのは自殺行為だよ…。このクラスにだってファンはいるんだから。
だいたい副会長が学園を休もうが休むまいが、私達のクラスには縁がないんだから、普段からいないに等しいのだ。
でも、恋する乙女としては心配なのだろうね…。
他人事のように眺めていると、由紀がにやにやした顔で、小声でささやいてきた。
「あんたこそ心配じゃないの?美耶子はここ数日ずっと副会長と会ってるんでしょ?」
「んー…まぁ昨日ちょっと変だなーとは思ってたから休んだこと自体はむしろ納得かも。それなりに心配だし、お大事にとは思うけど。」
たぶん、昨日から調子は悪かったのだろう。そして悪化して休んだ、と。昨日様子がおかしかったことにすべて納得がいく。
由紀がにやにやしながら尋ねてきた。
「メールとか送ってないの?私が休んだ時はマメにメールくれたじゃん。」
「茶化さないでよ。由紀には送るけど副会長には送らないよ。送っていいかどうかもわからないし。」
「送ってあげればいいのに。意外と弱ってて、心細くなってるかもよ?」
うーん、どうしよう。
友達なら体調を気遣うメールするんだけど、副会長にメールしていいのだろうか?…というか副会長と私は友達なんだろうか?
心細くしてたら送るべきだと思うんだけど、寝てるの起こしちゃったり、迷惑がられたら悲しいしね…。どうやら定期的に体調崩してるらしいし。
確か副会長は、生徒会長と仲が良かったはずだ。なら会長がメールしてるんじゃないかな? 男子がこういうとき、メール送ったりするのかどうか知らないけど…。
よし、明日復帰してきたら直接なんか言えばいいし、明日も休んでいたらメール入れよう!
お昼休みになり、由紀とお昼を一緒に食べようと、一緒に校舎裏に向かっていたのだが、途中で由紀がピタリと足をとめた。
「どうしたの?お箸忘れてきた?」
「あー…違うんだけど、今日は美耶子一人で花壇のところ行って?私は一人で食べるから。」
「え?なんで…?」
「なんとなくだけど、私は行かない方がいい気がするから。」
じゃね~、と由紀はくるりと踵を返してしまった。
ここまで来たのに引き返すの?由紀の考えがわからないな…?
ここまで来たのに今さら食堂や教室の友達と合流するのもなんだし、そのまま校舎裏で食べることにする。
ベンチで一人、お弁当を食べていたら、にゃおんと鳴き声がした。
声のする方を見ると、ペンネがいた。
我が親友はこれを予想したのだろうか?
どんな勘してるんだ由紀は…。もはや予知能力の領域だよ。
「あれ?ペンネ?なんでいるの?副会長は休みだって聞いたんだけど…。」
ペンネは以前、一緒にお昼を食べていた時と同じように私の横に座った。
そういえば、前は知らずに本人に愚痴るという失態を犯してしまったなぁ。
「今もペンネとリンクしてるんですか、副会長?」
ペンネはまたにゃおんと鳴いた。たぶん繋がっているのだろう。
せっかくなので、ペンネと世間話しながらお弁当を食べた。
「―…でね?そしたら結局当たらなかったんだよ。昨日名指しで指名したのは何だったのかと思ったね! 予告されたから頑張って全文翻訳してきたのに当たらなかったとか…。
あ、そうだ。副会長の欠席連絡が来た時、すごかったんだよ。私の教室でもすんごい騒ぎになってた。」
ペンネ相手だと割と平気で話せるんだけどな…。向こう側に副会長がいるとわかっているのだから、聞かれて問題のない話題を選べば大丈夫だ。
お弁当を食べ終わったので、ペンネに魔力を渡しながら頭を撫でる。
私の撫でスキルが上がって来ているのか、ペンネはとろんとした顔でごろごろ喉を鳴らしながら寝ている。
身体を丸めて小さくなっている姿に、ふと昔公園で見つけた子猫を思い出した。
「あのね、ペンネ。副会長は昨日、公園で遊んだ女の子の話をしたけれどね。私は公園の思い出といえば猫なんだ。」
ペンネの耳がピクリと動いた。うとうとと目を閉じているけれど、ちゃんと話は聞いてくれているのだろう。
背中を緩やかに撫でながら、話を続ける。
「小さいころに、ちょっと家から離れた大きな公園に行ったの。そしたら公園の入口に小さな子猫が倒れていたの。
私は慌てて、近所の病院に連れて行ったんだ。病院で受付のお姉さんに泣きながら助けてって言ったんだけど、私が行ったそこは歯医者さんだったし、動物は動物病院じゃないとだめなのよって言われちゃったの。」
そもそもお金も持ってない子供が行っても駄目だっただろうけれど、と私はくすくすとあの時の記憶を思いだしながら、ぽつぽつと語る。
「それ以前にその子猫は使い魔でね。病院では治らないよって言われて、私はそれはもう大泣きしたの。ちょうど飼っていた金魚が死んじゃったところでね。また死んじゃうんじゃないかと思ったの。」
まぁ金魚は寿命だったので、今思えば必然のお別れだったのだけれど。
「それで大泣きする小さな私を、受付の人みんなどうしよう、みたいな感じになったんだろうね。その中に使い魔を持てるくらいの、使い魔にちょっと詳しい人がいて、私に言ったの。今思えばちょうど今の私ぐらいの年齢だったのかもしれないな。
そのお兄さんは『お嬢ちゃんの使い魔なら、お嬢ちゃんが治してあげればいいんだよ』って。たぶん私が抱いてる使い魔だから、私の使い魔だと思ったんだろうね。
そして私もよくわかってなかったから、とりあえず助けるために治し方を教えて! って言ったの。」
ペンネが私の方をまっすぐ見つめた。
「それでその子猫の構築式をひっぱりだして、私の魔力で治癒を施して、魔力の循環を整えたの。お兄さんが色々説明してくれたんだけど、当時の私は何言ってるかさっぱりでね。とりあえず言われたとおりに色々したの。たぶん使い魔の構成情報を書き換えたんだろうね。…よく覚えてないんだけど。
それで、そのお兄さんの指導のもと、何とか子猫の治療をして、私の魔力をなじませたの。なじませてる間、ずっと私は子猫を膝に乗せて、こうやって背中を撫でていたの。」
ペンネの背中を、ポンポンと拍子をつけて叩く。
トン、トトン、トン、トン
我が家に伝わる、オリジナル子守唄のリズムだ。
正しくは、歌の下手なひいおばあちゃんが何かの子守唄を適当にうたった結果、魔改造された子守唄らしい。
以来、ずっと私の母まで間違ったまま伝授されてしまったらしい。
私も母から間違ったまま聞かされ続けてきたので、たぶん子供に間違ったまま歌ってあげることになるだろう。
微妙に癖になる歌なのだ。耳に残るあのリズムが特徴的なせいだろう。
「それが私の公園に関する思い出かな。その後引っ越しちゃったからあの公園にも行かなくなって、すぐに会えなくなっちゃったんだけど、あのまっ白な子猫の使い魔は今も元気にしてるかな?」
数年たって、よく考えたらあの時他人の使い魔に、勝手に干渉したってことになるんだけど、倒れるような状況に陥らせた主人が悪いんだと自分を納得させた。主人がちゃんと面倒を見てないから、代わりにお世話したんだと思うようにしている。
ペンネを撫でながら、そんなことを思い出した。
んー…なんか今思いつきそうだったんだけど、お腹一杯になってちょっと眠い。
今日はお天気がいいなぁ。このまま昼寝したい。
「……副会長はお昼食べましたか?きちんと休んで早く回復するといいですね。」
私は予鈴が鳴るまで、ペンネと穏やかな時間を過ごしていた。
後で考えてみれば、私はこの時の話を、もうちょっとちゃんと考えて話せばよかったと、とても後悔した。