メールの返事と書記の人
「おい、中原っ!?」
何かにがしっと受け止められた衝撃で、飛びかけた意識が戻ってきた。
誰かに抱きとめられたようだ。状況的に副会長だろう。
どうやら私は、椅子から倒れそうになったみたいだ。
副会長から受け取った魔力が多すぎて、変換しきれずに魔力酔いを起こしてしまったようだ。
授業で習ったな…。本来ありえない、自分の許容量以上の魔力を大量に摂取した場合に起きる症状だ。この状況が続くと、発熱から嘔吐といった病気のような症状まで出てくるらしい。
副会長からもらった魔力が、私の魔力量に対して多すぎたのだろう。
初めて体験した。頭がぼんやりする。身体が熱くてだるい。
「中原!中原っ!しっかりするんだ!!」
副会長が抱きとめていた私を仰向けにして、私のおでこに手を当て、魔力をゆっくり奪い取る。今度は奪いすぎて魔力が尽きてしまわないように、慎重を期しているのだろう。魔力が飽和すると発熱し、魔力が枯渇すると体温が急激に下がる。どっちになっても体調を崩す。
私と副会長のかけ離れた魔力量と実力差では簡単にあり得る話なのだ。
私はおとなしく目を閉じ、されるがままになっている。
微熱が出てるのか、副会長の手がひんやりしていて、とても気持ちがいい。魔力が奪われていくのと同時に、熱も奪われているような気がする。
しばらくして、段々意識がはっきりしてきた。
するりと頬を撫でる手に気づいて目を開けると、副会長が私を心配そうにのぞきこんでいた。
びっくりして思わず自分の状況そっちのけで声をかけてしまった。
「……大、丈夫、ですか…副会長?」
倒れたのは私なのに、副会長の顔色が、なんていうか…真っ青だった。冷や汗もかいて、まるで副会長の方が倒れてしまいそうだ。
副会長は私からの予想外の言葉に一瞬固まってしまったが、すぐに大きく安堵の息を吐き、呆れたように私を見た。
「…それはこっちのセリフだ。お前は大丈夫なのか?」
「はい…。すぐに魔力を奪っていただいたので、もう平気です。」
私は副会長の手を借りて、ゆっくりと起き上がって椅子に座りなおした。
「…すまなかった。俺とお前の魔力差をきちんと確認すべきだった。気分はどうだ?体調が悪いならすぐに言ってくれ。」
副会長が、気遣わしげに私をみつめてくる。
私を魔力酔いにしたことを、かなり気にしてるようだ。まぁ誰のせいかと言えば副会長のせいなのかもだけれど…。
「私も副会長の魔力を一気に変換してしまったので…。これはお互いの不注意による事故です。あんまり気にやまないでください。
副会長がすぐに適切な行動をとってくださったので、症状も軽度ですみました。気分も悪くないし、大丈夫ですよ。」
しいて言えば私達の、決定的な魔力量の差による不幸な事故だったのだ。
魔力差があるとこういうことがあるので、学園では魔法の成績によって、上から順にクラスが分けられているのだ。
私は魔力量も魔法実技も、ちょうど平均的なCクラス。副会長はAクラスの中でも、さらに上位10名が集められた特Aクラス。
お互い、普段は自分の実力とある程度、横並びな相手としか魔法的なやり取りをしないから、実力差がありすぎる相手とうまく合わせられなくて当然なんだ。
私はもう大丈夫だったのだが、副会長がさすがに今日これ以上研究やペンネへの魔力供給を続けるのはよくないと判断し、私に帰るように言ったので有難くお言葉に従わせてもらった。
帰宅途中、ちょうど電車の中で、副会長からメールが来ていたことに気がついた。
『体調は大丈夫か?もし明日、調子が悪いようなら無理せず欠席するように。』
意外と律儀なんだ…。まぁ、魔力酔いなんてめったに起こることじゃないし、責任感じてるんだろうね。
なんて返事を返したらいいかわからない…。これまでのメールは全部私への通達事項だったから、返事をしなくてもよかっただろうけど、これはさすがに無言でいるのはよくないかもしれない。
でも明日の体調なんて今わかるわけないしなぁ…。
いいや、明日の朝体調見て返事しよう!
翌朝、特に体調も問題なく、魔力に異常も見られなかったので、家を出たときに副会長にメールを出しておいた。メールは昨日の内に内容を考えて下書き保存しておいた。
『おはようございます。昨日は心配していただいてありがとうございました。
体調も問題ないようなので、今日もいつも通り放課後勉強室に向かいます。』
小一時間、本気で悩んでひねり出した文章だ。こんなにメールの返事を書くのに、緊張する相手もそういないと思う。この人と気軽に楽しくメールする人っているのかな?
ん?携帯にメールが来た。
え?差出人がペンネ…副会長だ!
『問題がなくてよかった。待っている。』
うえぇ!?まさか返事が返ってくるとは思わなかった…。副会長はメールとか、結構律儀に返してくれる人なんだ…。
きっと、おやすみなさいってメールに、おやすみって返してくれるタイプの人だ!私は返さないです。メール不精でごめんなさい。
こういうのも女子力っていうのかな…?
キューティクルで負け、香りで負け、メールの気配りで負けている!?
そんな馬鹿な…。これで副会長が実は料理もできますとか言われたらどうしよう…。
どうしよう…すんごい気になってきた…。
いつも通り親友と合流したので、不安をぶつけてみた。
「へ?副会長が料理できるかって?なんでそんなこと知りたいのさ…?」
「私の女としての沽券にかかわる気がするのっ…!!」
「家庭科の調理実習で特に失敗なく作れる程度なんじゃないの?こないだ生徒会メンバーが入った班の作ったカップケーキの争奪戦が起きて、オークションにかけられたという噂があるぐらいだし。
生徒会で料理上手って言われてるのは書記だね。」
とりあえず女子より料理出来るということはなさそうだ。よかった。当たり前だけど生徒会メンバーも調理実習とかするんだ…。エプロン姿が全く想像できない。
まぁ私もたまに人へのお礼に簡単なおやつ焼いたりする程度の腕しかないけど…。買うより安上がりで、たくさんできるからって理由だし。
ぎりぎり料理の腕では勝ってるとみなしておこう。私のささやかな心の安寧のために!
さらに由紀が思い出したように告げた。
「そういえばこないだA・Bクラスが料理実習やったってことは、時間割と順番的に、明後日私達のクラスが調理実習じゃない?」
「そっか、うちとDクラスが週の一番最後に家庭科あるもんね。私達もカップケーキだろうね。」
「美耶子一緒に班組もうよ!」
「うん、いいね。楽しみ!」
カップケーキに何を入れるかを話しながら、学園までの坂を登って行った。
放課後勉強室に向かう途中、生徒会館の玄関前で運悪く人に見つかってしまった。
委員バッチをつけている胸ポケットのラインが二本なので二年生だ。
「あら、あなた何しに来たの?ここは委員以外立ち入り禁止なのよ?」
やばい!今まで奇跡的にだれにも見つからなかったから油断してた!!
「あ、えっと…その…。」
副会長に用事があってきました?絶対納得してくれない!でも具体的な用事の内容は言えないし…。
「いや~待たせちゃったね!ごめんよ子猫ちゃん?」
「……っ!?」
びっくりして声にならなかった。
背後から肩を抱かれて思いっきり密着されてる。
だ、誰この人?
「きゃあ!四十万谷様ぁ!!」
パニックを起こして硬直していたら、委員の先輩が名前を教えてくれた。
特徴的な名前だから私も覚えていた。今朝、話題に上がった、料理上手な書記の人だ!
「あ、あの、四十万谷様!その子は四十万谷様がお呼びになったんですか?」
こんな至近距離で、生徒会の人と直接会話する機会などそうないのだろう。委員の人は真っ赤になった表情で書記の人に尋ねている。
「そうなんだよ~。ちょっと用事があってね?守秘義務があるから教えられないんだ。」
そんな用事など初耳なんだけれど、黙って事の成り行きを見守る。
「それ、委員会からの提出書類でしょ。持ってきてくれてありがとね。俺が受け取っとくよ。」
「あ、はい。よ、よろしくお願いいたしますぅ。」
書記の人は私からスルリと離れて委員の人から書類を受け取る。
距離がすごく近いな…。
委員の人に、不必要なほど密着しながらにこりと微笑んだ。
もう委員の人は、私なんて眼中にもないだろう。
委員の人は、ひらひらと手を振って見送る書記の人をちらちらと振り返りながら、小走りで去って行った。
非常に乙女な感じがして可愛らしい。
委員の人が去って行ったのでそこには私と書記の人二人だけとなった。
あ、しまった。同じタイミングで去ればよかった!
じりじりと距離を開けて、そっとフェードアウトしてしまおうと思ったのだが、書記の人が私を視界に入れた時点でその選択肢は消えたようだ。
私を見つめてにっこり笑うその表情に、私は悟った。
あ、逃げられないですね。これ。