縁日と浴衣
すべりこみ季節ネタです。
「うぅ~……。雨が憎い。」
「はいはい。いいからさっさと手を動かす!後ちょっとなんだから。」
窓の外を睨みながらつぶやく私に、由紀が集中しろと促した。
今日は由紀が私の家に遊びに来て一緒に宿題を片付けている最中だ。
「それにしても雨続くね。もっと定期的にちょろちょろ降ってくれたらいいのに、こんなにまとめてざばっと降らなくたっていいと思うんだ。」
「美耶子的に重要なのは、副会長との花火大会のデートが大雨でつぶれたことでしょ?もう何回も愚痴聞いたよ。」
まだぼやく私に、由紀が聞き飽きたと言わんばかりの口調で私の心中を的確に指摘した。
二日前に花火大会があったので、私は副会長と一緒に浴衣デートしようと約束していたのだ。けれど、結局大雨で中止になっていけなかったのだ。
「由紀も行く予定だったんだよね?残念だったね。」
「私は毎年この時期に親戚が泊まりに来るから、それでみんなで見に行くんだよ。まぁかわりに、昨日夜雨が少しおさまった時に家で手持ち花火したよ。」
「花火かぁ~いいなぁ……私もしたい。」
そんなことを話ながら、宿題を片付けた。
二人で宿題をすべて片付けて、おやつ休憩になった。
由紀が母の焼いたロールケーキを食べながら言った。
「美耶子のお母さんのロールケーキ美味しいね。」
「由紀が遊びに来るよって言ったら作ってくれたやつだから、そう言ってもらえてよかったよ。あとで伝えとく。」
二人でロールケーキをもぐもぐと食べながら夏休みの間の出来事を話したりした。
そこで由紀が思い出したように鞄をがさがさしてチラシをとりだした。
「忘れるところだった。はいこれ。」
「何のチラシ?」
「夏祭りのチラシだよ。」
由紀が広げたのはこれから四日後にある神社の縁日のお知らせだった。
「電車でちょっとの場所だけど、そこそこの規模のお祭りだよ。これで副会長と浴衣デートすればいいんじゃないの?こないだの花火大会程じゃないけど、小さな花火くらいはあがるらしいよ。」
「嬉しいけど……でもいいの?由紀が教えてくれたのに私が斎先輩と一緒に行っても……?」
由紀に尋ねると、由紀は笑って言った。
「遠慮しなくても、私が行きたかったら美耶子を誘うって。別に私は行きたくないからいいの。見つけた時、美耶子に教えてあげればいいやって思っただけだから、私には遠慮しないでいいよ。」
「そっか、じゃあ遠慮なく斎先輩を誘ってみる!ありがとう由紀!」
「どういたしまして。」
笑顔でお礼を言うと、由紀も照れくさそうに笑って頷いてくれた。
「というわけで夏祭りですよ斎先輩!世間は浴衣一色なわけですよ!レッツ夏祭り!レッツ浴衣です!」
「ちょっと落ち着け、美耶子。行きたい情熱はすごく伝わったから。」
翌日、さっそく副会長の家を訪れた私は由紀にもらったチラシを見せながら、副会長にまくし立てるように言った。
副会長は大興奮の私をなだめるように、苦笑しながら言った。
「こないだの大雨で花火大会が中止になったこと、だいぶへこんでたからなお前。」
「そうなんですよ!せっかく浴衣用意してたのに着る機会を逃したことをものすごく悔やんでいた私の目の前に舞い降りた、大天使由紀様がくれた夏祭りのお知らせですよっ!行くしかないですよね!!」
一息で言いきって期待のまなざしで副会長を見つめると、副会長は「そうだな。」と笑って了承してくれた。
「やったぁ!じゃあ夏祭りに浴衣デートですからね!斎先輩も浴衣着て下さいね?」
「あぁ、わかった。……どうしても俺に浴衣を着せたいお前の熱意だけは伝わった。」
そう!副会長と浴衣デートしたいのだ。そして副会長の浴衣がみたい。
今度こそ晴れてほしいので、てるてる坊主を作って祈った。
そして夏祭り当日、副会長とは駅で待ち合わせすることになっていたので、私はからからと慣れない下駄と浴衣で苦戦しながら人ごみの中を歩いて改札を出た。
私の浴衣は藍色に淡い青色の桜が咲いた柄で、薄紫色の帯をしめている。従兄弟のお母さんが着付けが出来るので、お願いして着付けてもらった。帯の結び方は片花文庫と言うそうだ。髪はねじったりして後ろでアップにまとめて青い大振りの花のコサージュをつけた。
待ち合わせ時間よりひとつ早い電車に乗ってきたのだが、それでも同じ場所に向かう人ごみで結構込み合っていた。もうひとつ前の電車に乗った方がよかったかなと思った。
同じく浴衣で歩く人達がちらほらといる中、なんとか待ち合わせ時間前に到着した。
携帯で到着しましたとメールを送ると、副会長からももう到着しているとメールがあったので、連絡を取りながら人ごみの中合流した。
「美耶子、ここだ。」
「あ、斎先……はぅあぁっ~~~~っ!!」
ようやく副会長の声が聞こえて、くるりと振り向いた私は、副会長の姿を視界に入れた途端そのまましゃがみこむようにその場に崩れ落ちた。
「浴衣眼鏡の副会長がいりゅ…………っ!!」
「お前のそのテンション久しぶりな気がするな。おい、せっかくの浴衣が汚れるぞ。」
そういって浴衣眼鏡の副会長が同じようにしゃがみこんで私を覗き込んできた。
目の前三十センチに濃紺の刺子縞の浴衣を暗い色の黄色の帯で結んだ浴衣姿の、さらに眼鏡をかけた副会長がいる。
私が無言で悶えているのをしばらく眺めた副会長は、適度に私が落ち着いた頃合いを見て、私に手を貸して立たせてくれた。慣れた対応だ。
「おい、俺がお前の浴衣姿に何か言うタイミングを完全に逃しただろ……どうするんだ、この俺の持っていきようのない気持ちを。」
「すいません……思わずテンションがマックスになってしまいまして……。」
まさか眼鏡がくるとは思わなかったんです。でもありがとうございます。
気を取り直して、はぐれないように手を繋いで夏祭りの場所に向かった。
私達が向かった縁日は大きな神社を中心に、付近の車道まで広がり通行止めにして出店が展開していた。提灯のオレンジの灯りが辺りを照らし、沢山の出店がわいわいがやがやと大勢の人で賑わっていた。
「出店いっぱいありますね~!」
「それにしてもすごい人ごみだな。とりあえずぶらぶら巡ってみるか。」
「はい!」
そこから二人で一緒に出店巡りを始めた。
「昔リンゴ飴を買ってもらったことがあったんですけど、結局最後まで食べれないんですよね、あれ。」
「無性に憧れる形なんだけどな、あれ。」
二人でそんな話をしながら団子のようにふたつ串に刺さっているイチゴ飴を購入して食べた。……甘さに副会長が途中で脱落しそうになっていた。イチゴのあのサイズで早すぎます……。
そして他にも一緒にから揚げやたこやきを買って半分ずつ食べたりした。甘いものは私が少し多めに、甘くないものは副会長が少し多めに食べていた。
抹茶味のかき氷を一緒に食べている時、思いついて副会長に話しかけた。
「斎先輩、斎先輩。ちょっとべーしてみてください。べー。」
「ん?」
副会長が言われた通り舌をだす。
「あ、やっぱりちょっと緑色になってますね!」
「あぁ、なんだそういうことか。美耶子は?」
「たぶん私も緑色ですね。」
同じように私も副会長にべーっと舌を出して見せる。緑色だな、と言って副会長が笑った。
「あれブルーハワイが一番綺麗に染まる気がします。」
「青いからな。さっき隣にいた子供達もそうだったな。」
兄弟なのか友達なのか、先ほど隣で同じように買ってもらったかき氷を食べていた子供達が、舌を見せあって笑っていた。
思い出して私も小さく笑った。
「可愛かったですね。途中からお互いのかき氷を少しずつ食べたら、相手の色もついて舌が緑と青で半分になるんじゃないかって言って試してましたね。」
「子供らしい謎の発想と情熱だったな。なんで舌の上で綺麗に半分に別れることが前提なんだろうな。」
二人で子供達を思い出しながら話をして、また店を冷やかしつつ神社の方に向かった。
「結構歩きまわってるが足は大丈夫か?」
慣れない下駄をからころ言わせて歩いてる私に、副会長が尋ねてくれた。
「はい。今のところは痛くなったりはしてないですね。斎先輩がかなりゆっくり歩いてくれてるし、サンダル用の靴下履いてますしね。」
そう言って私が下駄を少しだけずらしてレース編みのトングタイプのサンダル靴下を見せると、副会長が私の足元を見つめて珍しそうな口調で言った。
「それ靴下だったのか。そういうデザインの下駄なんだと思ってた。」
「サンダル用の靴下ですよ。鼻緒とかで擦れて皮が剥けないように作られた靴下ですね。あと一応絆創膏と携帯傷薬も持ってきてるんですけど、出番はなさそうです。」
「どれだけ怪我する前提の準備なんだ……。」
副会長は若干呆れ口調ながらも「痛くなったらすぐ言えよ。」と私に念押しして、またゆっくりと神社の方に向かった。
鳥居をくぐった先に広がる祭りの賑わいに、副会長を見上げて思わず声を上げた。
「わぁ~!やっぱり神社の中に来ると縁日って感じがしますね!」
「確かに漫画の中みたいな縁日だな。祭りな感じはさっきまでもしてたけど、やっぱり神社の中の方が雰囲気あるな。石畳のせいか?」
副会長も私を見降ろしながら同じように同意する。どこからか聞こえる笛や太鼓の音にも風情がある。
すぐ近くにスーパーボール掬いがあったので二人で勝負した。
結果は副会長が十一個で私が十二個で私が勝利した。勝利はしたのだが、女子にあるまじき本気加減で全力のポイさばきを見せた私に対して、静かにすいっとスーパーボールを掬いあげる副会長の方が上品だった。あれ、本気だったんだよね……?手加減してもらったとかじゃないよね?女子力勝負だったら確実に負けていそうなので、深く考えずに勝利を喜ぶことにした。
景品として、一人ひとつずつ好きな色のスーパーボールをもらった。二人で自分の手の平のスーパーボールを見て「ペンネが喜びそう。」と同時に言って、二人で顔を見合せて笑った。
勝利して調子に乗った私が隣のヨーヨー掬いを意気込んでやると、あっけなく紙が千切れてしまった。
「あぁー……。」
落胆していると、私の少し後ろで見ていた副会長が隣にしゃがみ込んで言った。
「その赤とオレンジのやつでいいのか?」
言うと、お金を渡して受け取った釣り針でひょいっととってくれた。
そのまま紙が千切れるまで合計五つのヨーヨーを釣り上げた。
「わぁっ!すごいすごいっ!!」
私が手をたたいて喜んで見てると、副会長は赤とオレンジのヨーヨーを受け取って他は戻し、ヨーヨーを私に渡してくれた。
「はい、どうぞ。」
「斎先輩ありがとうございます!嬉しいです!」
「美耶子はものすごくわかりやすいから、カッコつけがいがあるな。」
両手で受け取ってお礼を言うと、副会長が照れ隠しの様にそう言った。手の中のヨーヨーがなんだかとても特別なもののように感じて嬉しかった。数日しか持たないのが残念だ。
せっかくなので一通り神社の中をうろうろした後、一番広くて人が多い中央の方に向かった。
中央の方の広い敷地では、浴衣を着たお年寄りの人達が輪になって盆踊りを踊っている。それに小さな子供が時々混じって、真似をしながら一緒に踊っているのを二人で眺めた。
すると、遠くからどぉん、と低く体に響くような大きな音が聞こえた。
周りの声とともに振り向くと、花火が打ち上げられていた。
夜空に大きな花火が咲き、周りの歓声が広がる。
私は花火を見ながら、副会長にぴったりと肩を寄せるようにひっついた。
「綺麗ですね。」
私は花火を眺めたままつぶやいた。
「綺麗だな。」
副会長も花火を見つめたまま返してくれた。そしてそのままさらに続けた。
「美耶子と見れて良かった。」
ぎゅっと、繋いだ手に少し力を込めて穏やかに言った。
照れくさくなって、私も花火を見つめたままぎゅっと手を握り返した。
しばらく周りと一緒に歓声を上げたり、静かに次を待ったりしながら断続的にあがる花火を見ていると、十分ほどで花火はすぐに終わってしまった。花火を見つめている間は長く感じたのに、終わるとあっけないほど短い時間だったかのような気がした。
花火の余韻に浸りながら、私は小さく答えた。
「はい。……来年もまた浴衣デートしましょうね。今度は花火大会も行きたいです。」
「そうだな。……来年はちゃんと晴れてるといいな。」
行くことが当然の様な口調で、お天気の心配をしてくれた副会長の気持ちが嬉しかった。
そっか、来年もまた一緒に来られるんだ。
副会長もそう信じてるんだ。
浴衣眼鏡の副会長も、副会長にとってもらったヨーヨーも、どれも私の大切な思い出だけれど、一番の思い出は未来を約束してくれたこの言葉かもしれない。
「……ん?どうした美耶子?にやにやして。」
「ん、ちょっと……斎先輩と一緒にいれてとっても嬉しいなってだけですよ。さ!もう少し時間ありますしお店巡りしましょ!」
「そうだな。行くか。」
そういってどちらからともなく、そっと手を繋ぎ直した。
そうしてまた、一緒にからんころんと石畳に下駄の音を響かせて、ゆっくりとお祭りの喧騒の中を二人で歩いた。