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ファンの心と魔会の裏側

風紀委員の人視点です。

時系列的には魔会の少し前ぐらいです。

「会長!調査結果がでました!」


放課後、斎様を見守る会の同志の一人が私の元に走ってきた。


「七海さん。気持ちはわかるけど廊下を走っちゃだめよ?」


私がやんわり注意すると、七海さんも気付いてゆっくりと減速してくれた。


「そっかそっか、ごめん会長って風紀委員ですもんね。」

「ええ。一応注意しなきゃいけない立場だから、ごめんなさいね。」


苦笑しながら言うと、七海さんは笑って「私が悪いんだから気にしないで。」と言ってくれた。


「それで、結果がでたの?」


私が彼女の持ってる用紙に目をおとしながら尋ねると、七海さんは「そう!」と興奮を隠しきれない声でまくし立てた。


「やっぱり斎様の衣装のアンケートの予測集計では、今年の斎様の衣装は神父服になりそうです!私達の軍服は二番手です……。」


七海さんはそう言って、しょんぼりと肩を落とす。私も、周りにいた他の同志達も同じように肩を落とす。


「私達の派閥は、やはり人数では笹野さん率いる派閥に一歩及びませんね……。」

「それにあの人達、一般生徒にかなり強引な勧誘方法を行っているようですしね。」

「結束力なら負けないのにっ!!」

「あぁ、軍服姿の斎様をこの目にみたかった!」


皆それぞれに意見を述べている。

悔しいのはもちろん私も同じだ。自分達の一番希望している衣装が通らなかったことはやはり悔しい。

けれど私は彼女達を見渡して努めて明るい声で言った。


「みなさん。確かに軍服姿の斎様を見れないことは悲しいですが、けれど神父服の斎様だって素晴らしいお姿でしょう。嘆くことなど何もありません。私達のなすべきことは、斎様の勇姿をこの目に焼き付けることなのですから!ですから前向きに気持ちを切り替えて、神父服の材料や費用のことを考えましょう!」


みんなもそうよね、と同意してくれた。やはり同志なかまは心強い。

みんなで手芸店などの価格と品質の話をする。既に二週間ほど前から衣装の素材に使う材料などの下調べは行っている。

神父服という予測が立ったのである程度の方向性が決まった。借り物競走の集計が終わり衣装が決定したら、借り物競走の実行委員で話し合い最終的にすり合わせをすることになるだろう。

話がまとまったのでみんなでぐだぐだと今週の斎様について話をしていると、一人が諦めきれないようにぽつりとこぼした。


「斎様の神父服は楽しみですけれど、笹野さんの派閥が得意げな顔をしそうなのが少し不満です……。」

「それは直接関係ないことだから気にしたらだめよ?」

「でも……っ!最近笹野さんの派閥は何かにつけて私達につっかかってくるじゃないですか!私達が中原さんを好意的に受け入れているのが気に入らないのか、会長にだってものすごく態度が悪いですし!会長は中原さんまで被害が及ばないようにずっと一人で抱えているから……っ!!」


中原さんに関しては、それこそ笹野さん達には関係のないことのはずだ。斎様が中原さんと親しくしようが付き合おうが、いちファンである私達が二人の間に割って入る権利なんてありはしないのだ。そこを理解していない人達が多いのが問題なのだ。

私のことを心配してくれる同志に、私はにこりと笑って言った。


「心配しなくても大丈夫よ。私はあんな人達の悪口には屈しないし、私が勝手に使命感を持ってやっているだけよ。私達派閥の問題なのだから、私達派閥内で解決しないとね。それこそ、中原さんや斎様にまで話がこじれる方が私は悲しいわ。」


中原さんの存在を、快く思っている人が全くいないかと言えばそうではないのだ。万人に好かれることなんてありえないのだから、斎様に好意を向けている人達から見れば面白くないことだろう。

それで直接斎様に告白するのであれば何も言うつもりはないが、ファンを名乗っておきながら中原さんの存在が面白くなくて不満があると言うのは間違っている。

この空気は良くない気がする。あまり派閥仲がいいとは言い難いけれど、いがみ合うような関係に率先してなるのは良くないだろう。

少しでも前向きな気分になれるような方法はないものだろうか……。

神父服の斎様は素晴らしいだろう。きっと中原さんも喜ぶに違いない。彼女も何気に斎様の外見は好きらしい。というか斎様の眼鏡姿が好きなのだそうだ。斎様は眼鏡があってもなくてもそれぞれ違った魅力があって素晴らしいと思うのだが、そこは彼女の意見も考慮して、神父服に眼鏡を添えるのも良いだろう。想像しただけで素敵だ。

中原さんもきっと喜ぶことだろう。

そこでふと疑問に思った。


「中原さんは借り物競走に出場するのかしら?」


私の疑問に皆が一斉に注目した。

皆の視線に答えるように私は思いついたことをぽつりとこぼす。


「まだ今年の一年生では、そんなに他学年で評判になるような人はいないはずだわ。せいぜいが部活の間で先輩に可愛がられている注目株か、他学年まで噂が届くほどの美人が数人だったと思うの。それだってわざわざ名前を調べて投票数する人がどれだけいるかって話よね。

それに比べて中原さんは、斎様との交流で、ほぼ全学年が名前と顔を知っている存在だわ。もしかしたら中原さん投票されているかもしれないわね。」


私の発言に皆が顔を見合わせてハッとする。


「そうね。確かに斎様にある程度関心がある人は全員が知っているし、時々一緒に登校したりしているから目立っているわね。」

「なら適当や面白半分に中原さんの名前を書く人って、結構いるかもしれない……。」

「それに中原さんと一緒にいる時の斎様は普段より表情が豊かだから、狙って中原さんと一緒の時を見たいと思う人って多いみたいだしね。」

「出場するなら、何か可愛らしい衣装を私達の組織票で選んであげるのもいいかもね!」

「中原さん何のお題を引くかしら。もしかしたら斎様を借りることもあるかもしれないわ。」

「むしろその可能性を考慮して、斎様の妨害要因として投票されるかもしれない!」

「そうしたら中原さんには可哀そうだけれど、面白いことになりそうだね。」

「斎様は中原さんのコスプレ姿にどんな反応をされるかしら……?」

「……いっそ、二人の衣装を揃えてみたいわね。」


私が最後に漏らした発言に、全員が「それだっ!!」と食いついた。


「いいじゃない!さすが会長!!斎様は神父服って予測が立ってるんだから、中原さんの衣装を合わせてしまえばいいのよ!」

「そうすれば笹野さんにもちょっとした仕返しが出来るじゃない!」


わいわいと、さっそく中原さんの衣装を斎様とお揃いにしよう作戦が始まった。失敗したらしたでいいのだ。二番手は私達の組織票で軍服になるはずだから、どちらに転んでも私達は美味しい展開になる。


「神父とお揃いと言えばシスターかしら?」

「あと天使ですね。」

「悪魔とか?」

「大体そのみっつかな……中原さんに一番似合いそうなのは……。」


みんなで中原さんの姿を想像する。


「悪魔かな。」

「悪魔ですね。」

「悪魔にしましょう。」

「いっそ小悪魔!」

「……じゃあ満場一致で悪魔に決定ね。中原さんが悪魔の衣装になるようにしましょうか。」


どうやら中原さんのクラスでも中原さんを妨害要因として出場させる動きがあるらしいので、兄妹がいる同志がさりげなく悪魔に誘導してみると言っていた。

張り切り過ぎて強引な勧誘にならないように注意して、その日の『斎様を見守る会~借り物競走について~』会議は終了した。






それからしばらくたって、私は借り物競走で決定した中原さんの悪魔の衣装を直していた。


「お邪魔します。先生、勉強教えて。」


休日に皐君が私の家に訪ねてきた。

皐君は私を先生と呼んでいる。昔、父親に頼まれて皐君の勉強を見てあげてたことがきっかけだ。

私はよく知らないのだが、皐君は反抗期と家庭の事情が重なって、内面的に非常に荒んでストレスを溜めこんでいたようで、家庭教師をするためにやってくる私にきつい言葉で当たり散らしたりしていた。

皐君はあの時の私に対する自分の行動を、思い出したくないくらい後悔しているようだけれど、私の方はこっそり父からバイト代をもらっていたし、暴力さえ振るわれなければ年下の外では猫を被っているらしい男の子のストレス発散など「反抗期なんだなぁ。」で済ませることが出来る精神力があったので、そこそこ失礼で酷い発言をされたくらいは全く気にしていなかった。

そしてしばらく家庭教師を続けていると、猫を被らないで素の自分で当たり散らせる私は、皐君にとって気楽で得難い存在だったのだろう。私に反発してばかりの皐君が、段々私に懐いてくるようになった。そこからは勉強も教えやすく、成績も目に見えて伸びてきたので私は父からボーナスをもらったりしていた。

ある時、いつも皐君の家に私が尋ねていたので、たまには我が家にも遊びに来ない?と気分転換のつもりで招待したら、皐君は我が家の家族がいたく気に入ったらしく、家庭教師の日はもっぱら皐君が我が家に勉強をしにくるようになった。よく晩御飯も一緒に食べていった。今はもう家庭教師はやめたのだが、皐君はその時の名残で未だに先生と呼んでくれている。

リビングで作業をしていた所だったので、そのままリビングに皐君を通した。


「あら、皐君いらっしゃい。ちょっとテーブルの上が散らかってるけど気にしないでね。飲み物何がいい?」

「気にしないで、なんかしてたんでしょ?自分で勝手に取るから。」


皐君は一時ほとんど我が家に入り浸り状態だったことがあるので、迷うことなく冷蔵庫に直行してオレンジジュースを汲んで持ってきた。

私が作業をしていると、皐君はオレンジジュースを飲みながら私の手元を覗き込んで尋ねてきた。


「これ何作ってるの?」

「衣装よ。悪魔の衣装なの。元は演劇部の衣装なんだけれど、サイズとデザインを直しているところよ。借り物競走で着る衣装なの。」

「先生が着るの?」

「私じゃないわよ。一年生の女の子のよ。借り物競走用の衣装なの。」

「先生は選ばれてないの?」


実は私も、斎様の派閥の会長としてそこそこ知名度がある。斎様のファンといえば、知ってる人ならばまず私と笹野さんの顔が思い浮かぶはずだと思う。

皐君の疑問に私は悪戯がばれたかのように小さく囁いた。


「……実はね。選ばれていても、拒否する方法があるのよ。」

「あれ?歩けないような怪我でもしてない限りは、ほぼ強制だって言ってなかったっけ?」

「借り物競走の実行委員になってしまえば特別に免除されるのよ。だからもしかしたら、私も投票されているかもしれないけれど、免除されてるの。意外とみんな知らないんだけれどね。だから絶対になりたくなければ、実行委員になってしまえばいいの。そのかわり魔会が始まるまですごく忙しくて大変だけれどね。」


私が内緒話をする様に言うと、皐君は中原さん用の衣装を見ながら、ふーんと言った。


「ちなみに斎様は神父の衣装を着るのよ。」

「一言も兄さんの話なんて聞いてないけど。」


私が斎様の話をすると、皐君は嫌そうに眉を寄せた。


「私が話したいから言ったの、だから皐君は聞いてて頂戴?」

「俺、先生に勉強見てもらいに来たんだけど……?」

「話し終わったら見てあげるから。」


私がお願いすると、皐君はそっぽを向いてしまったけれど、私がお構いなしに話し始めるときちんと耳を傾けてくれている。

皐君は昔からそうだった。

嫌がっているようでいて、皐君は斎様の話を聞くことが嫌いではないのだ。そして私も斎様のことを聞いてくれる皐君が嬉しくて、ついついたくさんしゃべってしまう。


「それでね。最近の斎様は毎日とても楽しそうにされているの。私はそれがとてもうれしいわ!」


私が衣装の縫い目を確認しながら笑顔で告げると、皐君は気のないそぶりで何気なく口にした。


「彼女でも出来たの?」

「そうねぇ。彼女かどうかは明言されていないけれど、親しくしている人は一人いるわね。」


私が何と説明するべきか迷いながらそう答えると、皐君は私の手元の衣装を見ながら言った。


「もしかして……その衣装の持ち主が兄さんの親しくしてる人?」


恐ろしい勘の良さで指摘された。

私が素直に頷くと、今度はその相手について詳しく教えてほしいと尋ねてきた。


「教えたら学園に来ていきなり値踏みしたりしないわよね?」


私は、さりげなく斎様のことを常に気にしている皐君が、姑よろしく乗り込んでいかないかと不安になって確認してみた。

皐君は頷いた。


「そんなことしないって。だから教えて。」


問われたので仕方なく中原さんのことについて簡単に教えた。

学年と容姿と性格とクラスと…と、つらつらと話していると、皐君が途中で遮るように確認してきた。


「先生。その中原さんってCクラスなの……?」

「えぇ、そうよ。もしかして斎様の親しくする人は、魔法使いとしても優秀じゃないと許せないっていう感じ?」

「当たり前だ!兄さんの彼女候補だろ?っていうか話を聞く限りつきあってるんじゃないの!?そんな相手がCクラスとかありえない!」


皐君が強く主張するので、私はなだめるように言った。


「彼女かどうかは微妙なラインだけれど、人付き合いするのに魔力は関係ないわよ。」

「関係あります!兄さんはAクラスの魔力の釣り合う頭がよくて美人な人と付き合うべきです!!」

「さりげなくハードルを上げるのね……。でも斎様は魔力で付き合う人を選んだりはしないみたいね。だから中原さんと親しくなったんだしね。それに私も友達や恋人は、魔法使いの才能の優劣だけで選ぶわけではないわ。皐君だってそうでしょ?」


私が言うと、皐君は「そういうことじゃないんだ……」と小さくつぶやいた。


「それに皐君だって、私と一緒にいてくれるのは私がAクラスの魔法使いだったからではないでしょう?」


覗き込むようにして問いかければ、少し耳を赤くした皐君はふいっと目をそらした。


「先生は……俺の家庭教師だったから…………。」

「そうね。そこに私の魔力は関係ないわよね?そして私が皐君を大好きなのも、皐君がAクラスの魔法使いであることは関係ないわ。」


だからあまり斎様の彼女に高い理想を求めてないであげてね、と笑って言えば、皐君は真っ赤になりながら言った。


「……先生、いまの、もう一回言って……。」

「?あまり斎様の彼女に高い理想を求めないであげてね?」

「……そのもひとつ前。」


私はあぁと得心がいって、出来るだけ心をこめて言った。


「私は皐君が大好きよ。皐君が星陵の家の跡取りや斎様の弟であることも、Aクラスの魔法使いであることも関係なく、皐君のことがとても大切よ。」


皐君はストレートな愛情表現に飢えている部分があるのだ。なまじストレートに愛情表現できる家族との仲が難しいらしいので、より一層なのだろう。資質の高さを求められ続けているからか、我がままで年相応に子供らしい部分を隠す傾向がある癖に、そこを好きだと言われるのが一番うれしいのだ。皐君の自慢を素直に褒めると、少し照れた後とても嬉しそうに笑うのだから。

また眉を寄せて嫌そうな顔でそっぽを向いているが、嬉しくて照れているのがわかっているので、可愛らしくなって頭を撫でた。するとさすがにそれは、子供扱いするなと怒られてしまった。


「…………ちなみに兄さんのことはどう思ってる?」

「斎様?斎様は私にとってなくてはならない日常の癒しであり潤いでありそっと見守り続けたい対象だから!影響を与えたりしたいなどという気持ちではなく、私達が斎様から日々の喜びを与えられているのよ。これは好きとか大切だとかとはまた別種の感情なのよ!皐君に対するのが親愛だとするならば、斎様へのこの想いはあえて名前をつけるならば信奉や崇拝なのよ!!」


私が嬉々として告げると、皐君は小さく肩を落とした。


「……これだから兄さんが嫌いなんだ……。」


心なしか皐君がしょんぼりしたので、私は少し調子に乗りすぎたかと自重して、こほんと咳払いをして意識を切り替えた。


「じゃあ衣装も縫い終わったし、勉強を見ましょうか。」

「お願いします。…………絶対、兄さんよりかっこいいって言わせてみせる。」


私がテーブルを片づけながら言うと、皐君は持ってきた勉強道具を広げながら小さくつぶやいた。

そんなに張り合わなくっても…と思いながらも、私はそのことは口に出さずに小さく笑った。

きっと優秀な兄に張り合いたい弟の意地の様なものなのだろう。

心の中で皐君を応援しながら、皐君の勉強に付き合った。


私は出来れば、魔会の様子だけでも皐君に見せてあげたいなぁと思った。きっと斎様の勇姿や、斎様が中原さんと一緒にいるときのとても優しい表情で笑う姿を見れば、何かが変わると思うのだ。


何か複雑な事情があるらしい皐君と斎様が、ほんの少しでも良い方向に歩み寄るきっかけがあればいいのに、と小さく願った。


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