ペンネの謎と魔力酔い
翌朝気づいたらペンネ、もとい副会長からメールが来てた。
『放課後、生徒会室。忘れるな。』
忘れたふりして逃げようとした思考がばれてますね。
鋭すぎて怖いよ…。
朝からちょっと憂鬱な気分で登校した。
今日からお昼は、また由紀と一緒にとることになった。
これまでの経緯を話すと、由紀から呆れたようなため息をいただいた。
「いくら知識がないからって、普通、陰口言う相手が使役する使い魔に言わないと思うんだけど…?」
「仕方ないじゃん!話せる相手がその使い魔しかいないんだから!」
「本音は?」
「うっ…。ちょっと副会長本人に言ってるみたいでスッとした。」
「実際本人に間接的に言ったも同然だしね。」
ぐあぁぁぁっ!振り返れば振り返るほど、見事な自爆っぷりだな、私。
「行きたくないよ…。放課後なんてこなきゃいいのに!!」
とかうだうだと言っていたけれど、時間は流れ放課後になった。
嫌なことがある時ほど、時間がたつのは早い。
昨日と同じ勉強室に向かうと、副会長が待っていた。
何かの書類をチェックしていたらしい。机にファイルやらノートが広げてあった。
私が顔を出すと、副会長の足元に寝ころんでいたペンネが私にすり寄ってきた。
いつもの癖で、頭を撫でようとして直前でハッと気づく。
副会長を見ると、意外そうな顔をしていた。
「さすがに昨日の話は覚えていたようだな?まぁ、今はペンネとはリンクを切ってるから、その懸念は無意味だぞ。」
感心したようなつぶやきを見るに、どうやら私が同じ轍を踏むと思っていたようだ。
むぅ、失敬な!
座れと促されたので、また長机の真ん中あたりの椅子に座る。副会長は前回と同じ机の端に座っている。たぶんそこが定位置なのだろう。
「遠すぎる。もっと近くに来い。」
命令されてしまったので、副会長の二つ隣りの椅子に座る。私達の間には一席分の空間があいている。
副会長が無言で席をひとつ詰めてきた。え?近いです。
「あの…、近すぎませんか?」
「隣の席に座っただけだろ。過剰に反応しすぎだ。」
そんなものなんだろうか?たしかに壁ドンや昨日の出来事からすればとても常識的な距離だ。
でも緊張するのだ。
照れなのか恐怖なのかよくわからないけど。
よし、電車で隣に座るよりはましって思っておこう。
気を取り直して質問してみる。
「……えっと、ペンネに魔力をあげたらいいんですよね?」
「あぁ、いつもどおりに渡してくれればいい。」
ペンネがひょいと、私と副会長の中間あたりをめがけて、軽やかに机に飛び乗った。
私がペンネに魔力を渡すため、額に触れる。
さすがにいつものように撫でまわす気にはなれず、そのまま額に手をあてて魔力を流す。
横でそれを見ていた副会長が、片手をペンネにかざし、魔力を織り上げて陣のようなものを作り上げる。
するとペンネの足元の陣から溢れだすように、周囲に筆記体のような連なった呪文が帯のようにくるくると現れた。
びっくりしすぎて魔力を流すのをやめそうになったが、副会長のひとにらみですぐに再開した。
「…これは何をしているんですか?」
「ペンネを構成する魔法を可視化している。これでなぜペンネが、お前の魔力を問題なく自身の魔力に変換できるのか、確認している。」
…それペンネの一番大事な情報なのでは?使い魔は主のオリジナル要素で構成される、ほとんどオーダーメイドな存在なのだ。
会社でいえば、独自の特許技術とでもいう部分を、私は目の当たりにしてることになる。
私にそんな大事な情報を見られて大丈夫なのだろうか?
信頼されている?理解できないバカだと思われてる?
後者な気がしてならない。
そして理解できても、私が使い魔を創れるほど魔力がないのも、見られて問題ない理由になりそうだ。
なんて嬉しくない安心のされ方だ。
ペンネを包む淡い光が綺麗で、しばらくそれを眺めながら魔力を渡し続ける。副会長は呪文を観察し、時々手元のノートに何かを書き込んで、確認するように何か書き足している。
集中してるのに邪魔するのも悪いな、と思ったので大人しくペンネの周りをくるくるしてる光の帯を見つめることにする。
10分が経った。
…さすがに無言が辛くなってきた。
由紀となら30分ぐらいお互いしゃべらなくても平気だけど、副会長とこの無言空間はきつい…。
かといって話しかける度胸もない。
助けてペンネさぁん!
もちろんペンネがどうにかしてくれるわけもなく、さらに5分ほどして、副会長が大きく息を吐いて陣を消した。ペンネの淡い光の帯も音もなく消えていった。
「…何かわかりましたか?」
これは聞いてもいいよね?もう無言空間に耐えられないんです!
副会長は、難しい顔をして答えてくれた。
「…不思議なことに…。お前の魔力を、ペンネは一切変換することなくすべて取り込んで、自分の魔力にしているらしい…。」
「えっと…それはおかしいのでは…?」
普通、別の人間が持ってる魔力をもらうときは、自分の魔力に変換しなくてはいけないのだから、変換する過程で変質させた魔力の量は少なくなってしまうはずだ。
そして他人の魔力を自分の魔力に変換するのは、とても大変な作業なのだ。これは使い魔にも同じことが適応される。そして使い魔は、主以外の命令を聞かないように創られているのだ。なので主の魔力以外をはじこうとする性質がある。魔力操作による、他者の命令を聞かないようにするためだ。これが他人の使い魔に魔力を干渉させにくい理由なのだ。
「あぁ、おかしい。ペンネは俺の使い魔で、俺の魔力を共有してる以上、形の違うお前の魔力を受け付けるはずがない…。」
ペンネに異常は何も見られないのに起きてる状態は異常だ、と副会長は考え込んでいる。
そして私をじっと見続けている。居心地が悪くてペンネに視線を向けてペンネを撫でる。
視線を外したのに、副会長の視線をものすごく感じる…。
あんまりまじまじ見ないでほしい。
違う!これは私を見ているんじゃなくて私の魔力の形を見てるだけだから!
決して変な勘違いをしてはいけない!!
私ががちがちに緊張しながら副会長の視線に耐えていると、副会長が私に手を差し出した。
「…?」
「手を出せ」
言われた通り、手のひらを上に向けて右手を差し出す。
おもむろに副会長が右手を掴んできた。
副会長と差し向かいで握手してる。
「ひょわっ!な、なんですかっ!?」
「ちょっと俺に魔力を渡してみろ。」
お願いだから握手する前に説明して欲しい。心臓に悪すぎる。
私はペンネに渡していた魔力を一旦止めて、副会長に握られている右手に魔力を集中させる。
魔力には色がついている。副会長の魔力は藍色だ。たいてい魔力は髪と同じ色をしている。私の魔力も髪と同じ鼠色だ。
右手から零れる様に溢れた魔力を、副会長に流し込むように渡す。
握手している両手を渦巻くように、鼠色の私の魔力と副会長の藍色の魔力が、反発しあって混ざらない絵の具のようにうごめいている。
副会長はそれを受け取ってみたけれど、ペンネのようにすんなり受け取ることができず、自分の魔力に変換しているようだ。
そしてもとから少ししか渡していなかった私の魔力が、ようやく副会長の魔力になった時には、ほとんど絞りかす程度の量になっていた。
私はそっと魔力を渡すのをやめた。ある種当然の反応なのだが、私と副会長の魔力の形は全然違うので変換しなければ受け取れない上、効率が悪い。
「今度は俺が魔力を渡すから、お前が受け取ってみろ。」
「わかりました。」
副会長からふわりと魔力が立ち上る。
私は握った副会長の右手から魔力を受け取って自分の魔力に変換しようとして……そのあまりの膨大な魔力にぐらりと大きく視界が揺れた。
スローモーションの視界の中で一瞬副会長の顔が見えた。
私の意識はそこでフッと途絶えた。
どうやら私は人生初の魔力酔いを体験したみたいだ…。