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副会長と私と灰色のご縁。

副会長との待ち合わせの場所に向かう。

時間はまだまだ大丈夫だ。ゆっくり歩いて行こう。ショーケースのガラスを鏡に、自分の姿を映して最終チェックする。

柔らかい黄色のふわっと広がるひざ下丈のワンピースと短い丈のデニムジャケット……大丈夫、おかしくないよね……?

前髪を手櫛で軽く整えてから、気合を入れて副会長の元へ向かった。

待ち合わせ時間の七分前位に、待ち合わせ場所のお店の看板が目についた。早すぎず遅すぎず丁度いい時間じゃないだろうか。

前を歩いていた人を避けて進むと、副会長が待ち合わせ場所に立っていた。

黒のテーラードジャケットにグレーのVネックを着て、デニムのズボンをはいていた。


「斎先輩!」


駆け足で近づいて小さくハイタッチをするかのように両手を前に出すと、声で私に気がついた副会長は柔らかく笑って私の出した両手に自分の両手を重ねるように合わせて、私のちょっとした勢いごと受け止めてくれた。


「お待たせしました!」

「まだ待ち合わせ時間になってないし大丈夫だ。その服、似合ってて可愛いな。」

「ほんとですか?良かった!斎先輩もかっこいいです!」


二人で褒め合って、小さく笑って、どちらからともなく手を繋いで歩きだした。


「皐との話し合いはどうだった?」


何気ない口調で副会長が尋ねてきた。


「斎先輩をください!って言ったら勝手に幸せになれ!みたいな感じの言葉をもらいました。話せてよかったです。」


ようやくすると、だいたいそんな感じだと思う。


「お前は娘をもらいに来た彼氏か……。まぁ、有意義な話し合いが出来たのならよかった。」


副会長は呆れたような口調でため息をついていたけれど、安堵の吐息も混じってるのではないかと思う。口には絶対出さないけど、私と弟君の両方を案じての心配だといいな。


「映画、楽しみですね!」


話題を変えるために今から向かう映画の話をする。最近CMでよく宣伝してる


「話題作らしいからな。」

「お昼どこで食べましょう?」

「映画の前に食べるから、時間に余裕持たせとかないとな。休日だからどこも混んでるだろ。」

「すごい人ごみですもんね。」

「はぐれないようにしないとな。」


そんなことを話しながら映画館に向かった。

副会長が事前にネット予約しておいてくれたので、そのチケットを発行した後、少し並んでお店に入ってお昼ごはんにした。

ランチセットを頼んだら前菜として小さなサラダが出てきた。ガラスの器にレタスとキュウリ、ベビーリーフとプチトマトが盛られたシンプルなサラダだ。

プチトマト……嫌いなのに……。

メニューにはミニサラダとしか表記されてなかったからわからなかった。写真とか載せておいてほしかったなぁ……。

なんでサラダにプチトマトを入れたがるんだろう。普通のトマトにしてほしい。あの噛んだときにぷちゅぅっとなる感じと、やたら酸っぱいトマトに当たる確率が高いから嫌いなのに……。

我慢してなるべく平然と食べていたのだけれど、副会長はすぐに私の様子に気がついたらしい。


「美耶子?……もしかして何か嫌いな食べ物でもあったのか?」

「…………プチトマトです。」


ご飯を美味しく食べれないなんてよくないよね……。いきなりこんな醜態をさらすだなんて思わなかった。


「プチトマトって苦手な人は、とことん苦手らしいからな。じゃあプチトマトは俺にくれ。」


副会長は笑ってそう言いながら、あーんと口を開けた。私がプチトマトをフォークで刺して副会長の口に運ぶと、ぱくりと食べてまた口を開けた。残っているもう一つのプチトマトも食べてもらう。


「あの、……ありがとうございます。」

「俺はオクラが苦手なんだ。あの食感が駄目でな。もしオクラが出たときは助けてくれ、な。」


しかも気まで使わせてしまった。

メインの料理が届くと、副会長が自分の料理を一口くれた。


「お前食べさせあいっこ好きなんだろ?」


そういってフォークに刺してくれたので、あーんと口を開けて受け取った。

私もお返しに自分の料理を一口渡す。副会長も同じように食べた。


「斎先輩の料理も美味しいですね。」

「美耶子の料理意外な味付けだな。」


お互い料理の感想を言い合いながら楽しく食べた。


その後、予定通り映画を見に行った。

笑いあり涙ありの明るい映画だった。噂に違わず面白くて、私は笑ったり泣いたりと忙しかった。ちらりと副会長を見ると、副会長も時々くすくすと笑っていた。同じところで一緒に笑うと、なんだか嬉しかった。


「面白いかったです!よかった!」

「バランス良くていい映画だったな。パンフレット買っていいか?」

「あ、私も欲しいんで買います!」


二人で並んでパンフレットを買って、その後ぶらぶらとお店を冷やかしてまわった。

休憩がてらカフェに入って、飲み物を飲みながらパンフレットを開いて、二人で映画の感想などを話したりした。

そして副会長の家に向かった。

初デートで即彼氏の家に行くとかどうなんだろうと思わなくもないが、ぶっちゃけ家に行かないと、いちゃいちゃできない!

私が魔力飽和で倒れることが前提なので、どうしても介抱してもらえる場所が必要なのだ。

…………キスするために場所を移動するとか、考えると猛烈に恥ずかしいな。でも、だって、したいんだもん!


「おい、声に出てるぞ。」


玄関のカギを開けた副会長が、振り返って苦笑した。


「ど、どこから……。」

「キスするため、から。」


恥ずかしい。露骨にがっついてる私、恥ずかしい。


「大丈夫、大丈夫、俺は嬉しいから。俺の唇を堪能するんだろ?」


前回魔力酔いで倒れた後に言ったフレーズだけど、何気に気に入ってるのだろうか?私はちょっと拗ねながら、くすくすと笑う副会長に手を引っ張られて副会長の家に入った。


色々と話をしながら小さく笑いあい、そして魔力を交換した。

やっぱり私は倒れてしまったけれど、それでも嬉しくて、少し心配そうな顔で私を見降ろす副会長に、小さく笑ってそっと囁くように告げた。


「斎先輩。大好きです。」

「俺もだ。大好きだよ、美耶子。」










懐かしい夢を見た。


皐君に付き合ったことを報告して、初デートした時の夢だ。

ゆっくり目を開けると、目の前に目を閉じて眠っている斎先輩の顔があった。

そういえば斎先輩の部屋で、枕を並べて一緒にお昼寝していたんだ。時計を見たら夕方の四時になろうとしていた。

穏やかな寝息を立てて眠っている斎先輩の髪を、柔らかく撫でた。

私も斎先輩も大学生になった。

あの頃よりもほんの少しだけ大人びた斎先輩だけれど、眠っていると少しあの頃と同じ感じがする。私もそうなのかな?

すると、私と斎先輩の間で一緒に丸くなっていたペンネが小さくにゃおんと鳴いたので、ペンネも撫でてあげる。

すると私の頭のすぐ隣から少し拗ねたような、寝ぼけたような声が聞こえた。


「にゃー。」

「ペンネのご主人さまも猫になっちゃった。」


私はペンネにねーと言いながら、クスクスと笑って大きな藍色の猫を撫でる。すると、斎先輩も私の髪を優しく梳いた。その手が気持ちよくて目を細める。


「そろそろ起きて準備しましょ?」

「もうちょっとごろごろしたい……。」


斎先輩は私を抱き寄せるように腕の中に閉じ込める。ペンネがにゃお!っと抗議の声をあげて慌てて脱出した。


「もう、斎先輩!これ以上お昼寝したら、晩御飯の準備する時間がなくなっちゃうじゃないですか!ほら起きて下さい。」


私がぐらぐらと揺さぶると、ようやく斎先輩が起き出した。やっぱりちょっと寝ぼけてたな。


一緒にキッチンに向かい、お昼寝する前にオーブンから出して冷ましておいたスポンジに、生クリームとイチゴをデコレーションする作業だ。


「斎先輩も最後まで一緒に作るんですか?これ斎先輩の誕生日ケーキなんですけど。」

「今年は一緒に作りたいかな。今までは買ったケーキだったから、美耶子と一緒にケーキ作るのは今回が初めてだし最後までやりたい。来年は美耶子の手作りがいい。」

「はいはい、わかりました。じゃあイチゴ切ってくださいね。私は生クリーム泡立てます。」


イチゴのパックを斎先輩に渡して、私は生クリームをハンドミキサーでガーガーと泡立てる。

適当な硬さになったところで角を立てるためにひょいっとハンドミキサーを持ちあげたのだが、完全に回転が止まってから持ちあげればいいのに、手元のスイッチを切ったのと同時に持ち上げたらちょっとクリームがはねた。


「ふわっ!」


私の顔に盛大に。


「何やってるんだ。」


斎先輩は笑いながら呆れている。

私はちょっと恥ずかしい思いをしながらタオルでごしごしと顔を拭いた。


「美耶子、美耶子。まだついてるぞ。」

「え?どこですか?」


尋ねるのとほとんど同時ぐらいに、斎先輩にぺろりと頬を舐められた。私が真っ赤になると、斎先輩はにやりと笑った。


「もう、言ってくれればいいのに……。」

「つまみ食いしたくなったからな。甘いな、このクリーム」

「イチゴがちょっと酸っぱいんで、これくらいで丁度いいかなと思って。でも斎先輩、甘いもの結構平気になって来ましたね。」

「そりゃお前が時々作るお菓子食べてたからな。昔よりはいけるようになってきたな。」

「斎先輩が食べたいって言うから作ったんじゃないですか。でもそれだって、既定の分量よりかなりお砂糖とか減らしたところからスタートしたんですけどね。はい、ほんとのつまみ食い。」


私は斎先輩が切ったイチゴをひときれつまんで、ボウルの中のクリームを少しつけて斎先輩の口に放り込んだ。

自分にも同じようにイチゴにクリームをつけて食べる。うん、美味しい。


「美味しいな。美耶子、もう一口。」


斎先輩が口を開けるので、もうひとつクリームをつけたイチゴを口に入れる。さらにもう一口、とねだられたが全部なくなりそうなので却下した。

二人でああだこうだ言いながら、スポンジをクリームとイチゴで飾り付けした。

ようやく出来たイチゴのケーキを、崩さないようにそっと冷蔵庫に入れておいて、夕食作りだ。

こちらは手慣れたもので、お互いに分担作業をしながらてきぱきと作り上げる。

誕生日には、玉ねぎ多めのハンバーグを一緒に作ることを毎年斎先輩がリクエストするのだ。なので斎先輩の誕生日は基本、メイン料理はハンバーグになる。去年は煮込みハンバーグだった。

斎先輩がひき肉をこねてるところに横からザクザク玉ねぎやら塩コショウ、卵を放り込んでいく。私が空気抜きをしたハンバーグと付け合わせの野菜を一緒に焼いたりしいている間に、斎先輩はサラダとスープの仕上げをする。

斎先輩が「塩。」と言うと私はひょいっと塩を渡すし、私が「お皿~。」というと、斎先輩はお皿を用意してくれる。慣れたものだ。


「ビールかワイン出します?」

「いや、飲むと魔力の制御が少し甘くなるから今日はやめとく。」


遠回しにキスしたいから飲まない、と言われてしまった。照れくさいけれど、ちょっと嬉しい。

斎先輩が頑張って頑張った結果、私が高校を卒業する前には斎先輩が口の中の魔力制御を習得してくれた。それまではペンネに口の中の魔力を即時送りこむことで、一応魔力酔いで倒れたりしないことがわかったのだが、キスする為にペンネを抱っこしなきゃいけないのは私達もペンネも少々気まずかったので、斎先輩がひそかにすごく頑張っているのを、何もできない私は申し訳ない気持ちでそっと応援していた。


「美耶子。準備出来たぞ?」

「あ、はい。すぐ行きます!」


私がちょっと考え事をしてる間に、斎先輩が完成した料理をテーブルに運び終えたようだ。


「いただきます。」

「いただきます。」


二人でテーブルについて、一緒に手を合わせて食事を始める。

毎年手を変え品を変え作っているだけあって、美味しい。

二人で楽しい食事を終えて、一緒にお皿を洗って一息ついてから、ソファーのテーブルの方にケーキと紅茶、コーヒーを準備した。


「お誕生日おめでとうございます、斎先輩!今年も一緒にお祝い出来てとっても嬉しいです。斎先輩と出会えたご縁に心から感謝します。私と出会って下さって、ありがとうございます。」

「ありがとう美耶子。その言葉を聞くと、一年たったんだなって思うな。」

「一年に一度しか言いませんからね。」


穏やかそうに小さく笑う斎先輩に、私も一緒に小さく笑う。

蝋燭はいらないと斎先輩が言ったので、普通にケーキを切り分けて二人で食べた。かなり美味しいんじゃないかと二人で絶賛した。まぁ自分たちで作ったからなんだろうけれど。


と、ここでひとつ思い出した。私はリビングにおいていた鞄から、ごぞごぞと封筒を取り出した。


「あ、斎先輩にプレゼント預かってるんでした!はい、これどうぞ。」

「ん?誰からだ。……皐?美耶子、さりげなく連絡取ってたんだな。」


封筒を受け取った斎先輩は、中に入っていたメッセージカードの名前を見て、ちょっとびっくりしていた。

私は悪戯が成功したようににこーっと笑って言った。


「はい。実は月に一度くらいの頻度で、メールのやり取りしてるんですよ。それでもうすぐ斎先輩の誕生日だけど、何かあったら渡すよって言ったら持ってきてくれたので預かりました!」

「中身は新しく出来たテーマパークの招待券二枚だ。美耶子と二人で行ってこいって意味かな?メッセージカードに自分の名前しか書いてないんだが……。」


お誕生日おめでとうと書く勇気はなかったらしい。名前がカードの隅に書いてあるあたり、葛藤があったのだと思われる。


「誰かを誘っていけばいいってことですよ、きっと。」

「俺に美耶子以外を誘う選択肢はないぞ。皐を誘えとか言わないよな?」


色んな意味でそれは難しいんじゃないだろうか。斎先輩が皐君と一緒にいるよりは、私が皐君を誘って遊ぶ方がまだ会話が続くと思う。


「言いませんって。じゃあ今度二人で行きましょう!」


後で皐君に私からもお礼を言っておこう。


「で、私からの誕生日プレゼントなんですけど……本当にあれでいいんですか?」


私が尋ねると斎先輩はそれまでの穏やかな表情を一変させて、苦笑するように静かに告げた。


「あぁ。自分で言うのもなんだが、割と重たいプレゼントを要求したと思うしな。」


斎先輩が静かに、私の手に自分の手をそっと重ねた。

私はその斎先輩の手を包み込むようにもう片方の手をそっと重ねた。

そしてまっすぐ斎先輩を見つめて、告げた。


「私…中原美耶子は、将来星陵斎先輩と結婚します。たとえ子供が出来なくても、もし産まれた子供に魔力的な問題があるかもしれなくても、斎先輩が望んでくれるなら、斎先輩と結婚したいです。」


斎先輩が望んだプレゼント、「私と斎先輩の将来の約束」。きっと、斎先輩も不安だったんだ。普通の結婚をしたって何かの問題がある可能性があるのに、斎先輩と結婚すると言うことは明確なリスクを、確実に背負うことになる。

だから、私に望んだんだろう。口約束でいいから考えて欲しいんだ、と斎先輩は気軽な口調で言ったけれど、本当はとてもとても不安だったのだ。

私は斎先輩に言った。


「さっきお昼寝してる時にね、懐かしい夢を見たんです。」

「夢?」


斎先輩は急に変わった話題に少し首をかしげた。


「私と斎先輩が初デートした時の夢だったんですけど、そのデートの前に私皐君と話をしてたの、覚えてます?」

「あぁ。」

「その時に皐君と約束したんです。『色んな問題全部ひっくるめて、斎先輩ごと受け入れる。絶対に斎先輩を幸せにする。』って。だから、受け入れますよ。大好きな斎先輩と結婚するためにリスクを受け入れなければならないならば、受け入れます。普通の人より、ほんの少しリスクが明確なだけです。むしろ覚悟が出来てて、ちょうどいいんじゃないでしょうか?」


私がなんでもないことのように自然に言うと、斎先輩が確認するように問いかけてきた。


「問題だらけの俺で、いいのか?」

「はい!斎先輩がいいです。それに、たぶん問題がなければ斎先輩と私は、こんな風になれなかったんじゃないでしょうか。」


とても、とても酷い考え方だけれど、斎先輩が問題のある体質だったからこそ、私達は出会ったのだ。


「斎先輩に体質的な問題がなければ、きっと斎先輩は幸福で、順風満帆な人生を送れたのではないでしょうか。

きっとペンネは生み出されなかったでしょう。ペンネが出来ても、きっと倒れることもなくて、私が助けることもないからペンネが私の魔力を受け取ることもなくて、公園の少女と勘違いしてきっかけが生まれることもなかったんだと思います。私達の縁は、ペンネと勘違いだったあのきっかけが始まりなんです。

どちらが欠けても、私と斎先輩は今の様にはなれなかったんじゃないのかなと思います。」


だからと言って、斎先輩に体質的な問題があってよかったなんて口が裂けても言ったりしない。ただ、斎先輩が健康だったら、ペンネが倒れなければ。斎先輩は少女の顔や名前をきちんと覚えただろうし、ペンネが私に懐いて魔力を受け取ることもなかった。

どんな条件が欠けても、私と斎先輩は出会えなかった。


「斎先輩が斎先輩だったから、私は出会い、惹かれました。他の可能性を考えたことはありませんし、斎先輩以外に幸せにしてもらうつもりもありません。

だから、いつか責任とって素敵なプロポーズをしてくださいね?『はい。』っていうお返事を用意して、楽しみに待ってますからね!あとそれから……。」


私はそこで少しだけ間をおいてから、もじもじと告げた。


「ペンネは斎先輩の魔力と、私の魔力で今の姿になった、二人の魔力が混ざった存在なんですよね?だったら、もうペンネが私達の子供みたいな存在で良いんじゃないでしょうか?な、なんちゃって……?」


私が真っ赤な表情でごまかすように少し早口で告げると、斎先輩はすこしびっくりしたように目を見開いた後、くしゃりとした顔で笑った。

そのまま無言で私を抱き寄せた。私は斎先輩にくたりと体を預けて背中に腕をまわして抱きしめた。


「かっこいいな、美耶子は。プロポーズのハードルが上がったぞ。」

「ふふ、楽しみにしてますね。」

「でも一つだけ訂正だ。俺に体質的な問題がなければ幸せだっただろうと言うが、俺はこの体質でも十分幸せだ。

むしろ美耶子と出会えたのだから、良かったと思ってる。得られなかった幸福は関係ないんだ。俺は美耶子という幸福を手に入れたから、それで十分なんだよ。だから俺に美耶子を幸せにさせて欲しい。」

「もう十分幸せですよ。」

「もっと、だ。」


耳元にかかる斎先輩の息がくすぐったい。お互いに顔を見合わせて小さく笑うと、どちらからともなく目をつぶり、魔力を交わした。


ここ数年で、緩やかに斎先輩の魔力も少し変化した。私が途中で気絶せずに魔力を感知できるようになったからかもしれなけれど。

冷たくさらさらとして甘かった斎先輩の魔力は、ほんのり温かくて甘く、深く深く、優しく沁みわたるように感じるようになった。


私の魔力も変化しているのだろうか?


後で、斎先輩に聞いてみようかな?


でも、今は…………もう少しだけ魔力を交わそう。












テーブルの上においてある携帯が鳴った。

キッチンにいた私は、ぱたぱたとリビングにまわってケータイに手を伸ばした。


『もしもし美耶子?今駅から帰ってるから。予約したケーキは確保済みだ、他に何か買って帰るものとかあるか?』

「ううん、もう全部済ませてあるから大丈夫だよ。料理もほとんど出来上がってるから斎の帰り待ち。」

『なるべく急いで帰るから、もうちょっと待っててくれ。』

「事故が怖いから普通に帰って来てくれたらいいよ。ペンネと二人で待ってるからね。」

『わかった、すぐ帰るよ奥さん。』


そう言って切れた携帯を見つめて、時間を確認する。今駅だから、もうすぐしたら帰ってくるだろう。

階段を下りてくる足音が聞こえ、灰色の髪の猫耳少年がリビングに姿を現した。

二階でお手伝いのために、人型になっていたのだろう。


「あ、ペンネ。今さっき斎から電話があったからもうすぐ帰ってくるよ。」


私が笑って言うと、ペンネもにこりと笑って私にとてとて駆け寄ってきた。

そのまま私のお腹に猫耳をぴったりあてて抱きついてくる。

私は笑ってペンネに言った。


「ようやくちょっと膨らみ始めたところなのに、まだわからないよ?それともペンネの耳には何か聞こえるのかな。」


ペンネは少し難しい顔でむぅっと唇をとがらせている。わからなかったようだ。ペンネは私の左手の指輪を弄って遊んでる。

指から抜いちゃいやよ、と笑って言ってから、私はペンネの灰色の髪を優しく梳いた。ペンネは遊ぶ手をとめて、目を細めて気持ちよさそうに撫でられている。

すると目を細めていたペンネがピクリと耳を動かして、玄関の方を見つめた。


玄関のチャイムが鳴った。

ペンネと二人で顔を見合せて笑った。


「帰ってきたね。一緒にお迎えしよっか、ペンネ。」


ペンネと手を繋いで玄関に向かう。

今日は何度目かの結婚記念日だ。ちょっと仕事で遅くなった斎を優しく迎えてあげよう。

私とペンネと、お腹の中のもう一人で。



「おかえりなさい、斎!」

『副会長と私と灰色のご縁。』これにて完結になります。

物語としてはここで終わりですが、後日番外編を数話投稿するかも?しれません。

ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。

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