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弟君と私

放課後、私は副会長と一緒に帰っている。


「それでね。テストほんの少しだけ点数上がってたんですよ!」

「よかったじゃないか。おめでとう。」


私がテストの結果を報告すると、副会長が優しく褒めてくれた。


「斎先輩のおかげです!ありがとうございます。」

「美耶子の力になれたならよかった。……それで、今週の土曜日でいいんだな?」

「はい。皐君に連絡してもらえますか?」

「美耶子がそういうのならわかった。けれど、皐が何を言おうと関係ないからな。わざわざ美耶子が言わなくても、俺から言ってもいいんだぞ?」


副会長は由紀と似たようなことを言った。私は副会長に笑って言った。


「大丈夫ですよ。何言われても気にしません。そんな難しいことじゃないと思いますし。私は斎先輩が大好きなので別れたりしませんって言うだけですからね。」

「わかった。俺はついて行かなくていいのか?」

「はい。斎先輩がいたら皐君の本音が聞けないかもしれないので、私一人で会います。」

「そうか。何かあったらすぐ呼べよ。」

「はい!」




そして土曜日になった。

私は以前に弟君と話した公園のベンチで待っていた。

弟君は約束していた時間の十分前に到着した。


「あ……お待たせしてすみません。おはようございます中原先輩。」


私を見つけた弟君が小走りでやってきた。


「気にしないで!私が早く来すぎちゃっただけだから。おはよう皐君。」


とりあえず弟君にもベンチに座ってもらった。


「えっとね。まず、私は斎先輩とお付き合いすることになりました。」


どこから話していいかわからなかったので、とりあえず直球で告白したことを話してみた。


「はぁ!?え、……あの話の流れで何がどうなって付き合ったんですか?調べたんでしょ!?わかったんですよね?俺の言った意味。」


弟君は一瞬びっくりして、その後私を睨むように、きつめの口調で問い質してきた。


「中原先輩にとっても兄にとっても、面倒なことが多すぎます。良いことなんて一つもない!」

「皐君は人を好きになったことある?その時その人を条件で好きになったのかな?」

「好きな人くらい……いますけど……。そりゃあ、条件とかじゃないですけど……。」


弟君はそっぽを向いて、気まずそうに眼を伏せた。耳がほんのり赤い。

……いるんだ。現在進行形で好きな人が。青春だなぁ。

私は穏やかな口調で自分の気持ちを正直に告げた。


「結婚とか未来がないとか、正直今の私には実感がわかないよ。魔力の差とか、それは私の努力でどうにかできることじゃないしね。

だから私は、今は将来斎先輩と絶対結婚しますとか約束しない。けど今日より明日、明日より明後日、もっともっと斎先輩のことを好きでいることは約束できるよ。たとえ魔力酔いで倒れても、やっぱり斎先輩とキスしたいし、キスが出来ないならば手を繋いで歩きたい。隣にいて、一緒に笑っていたい。そう願い続けることは私にもできるから。」


自分勝手でも、まだまだ先の未来の約束はしない。けれど、明日明後日、ほんの少しの先の自分なら約束できる。


「私は斎先輩に『好きになってごめん』みたいな言葉を言わせたくないの。だから私は受け入れるよ。斎先輩の体質のことも、私との魔力差のことも、他に付随する問題があっても全部全部覚悟して、受け入れるよ。全部ひっくるめて、斎先輩が好きだって言えるから。」


私の宣言を聞いて、弟君は私の目をじっと見つめた。私はそれをまっすぐ見つめ返した。


「……中原先輩は勝手です。」

「うん。」

「それは物事の、根本的な解決ではないです。」

「そうだね。」

「どうにかできないまま、受け入れるんですか?」

「どうにかできるならするよ。でも出来ないこともたくさんあると思うの。だから受け入れる。私にできることがそれならそうするよ。」

「……兄よりいい人だって、いっぱいいます。」

「いるだろうね。斎先輩より頭がよくて、顔がよくて、優しくて私と魔力がちょうど釣り合う人も、きっといるだろうね。でも私は斎先輩がいいの。」

「…………兄にだって、中原先輩よりいい人がいると思います。」

「いるだろうね。私より頭良くて美人で、優しくて斎先輩と釣り合う魔力の人も、たくさんいるだろうね。」


けれど、そういうことではないのだ。ただただ、お互いにゆっくりと惹かれあったのだ。障害だらけの未来を、一緒に歩いていきたいと願うほどに好きになったのだ。


「私は皐君の許可があろうとなかろうと、斎先輩と付き合うよ。けど、皐君がどんな気持ちで別れろって言ったのか知りたかったからお話しに来たの。」


私が尋ねると、それまで私を見つめていた弟君は、ふいっとそっぽを向いてしまった。


「斎先輩が嫌い?」

「…………嫌いです。」


弟君ははっきりと言った。そのままつぶやくように小さく続けた。


「昔から頭も良くて、魔力も俺なんかよりずっとずっと恵まれていて、欠陥さえなければ、誰もが認める素晴らしい才能を持った魔法使いだったんだ。

それがたったひとつの欠陥のせいで、みんなが俺に責任を押し付けた。」


弟君は顔を伏せていて表情がわからない。膝の上の拳はぎゅっと握りこまれていた。


「全部……本来は兄が背負うはずのものだった。なのに俺が背負わされて、兄の分まで期待を掛けられて、常に兄と比べられた。」


副会長はとても優秀な人間だ。それこそ誰もが羨む資質を持っていて、それを常に磨く努力を続けてきた人だ。そんな兄と比べられることが、弟君にとってどれほどの負担になったことだろう。


「兄に欠陥なんてなければよかったんだ!そうすれば俺は気楽な弟でいられたのに……。けど、そうしたら……きっと、そもそも俺は産まれていない。」


絞り出すような声だった。

弟君は、副会長の家庭がうまくいかなかったからこそ産まれた子供だ。そして弟君が産まれたからこそ、副会長はさらに顧みられることがなくなった。

副会長は両親に振り向いて欲しくて努力したけれど、期待をかけてもらえなかった。弟君は必要以上の期待を向けられて、常に優秀な兄と比べられ続けた。

お互いがお互いを憎んでもおかしくない状況だと思う。

けれど…………。


「ねぇ、斎先輩も言っていたけど、どうして家からの手紙を皐君が直接手渡ししてるのかな。」


弟君はもごもごと、前回と似たような言い訳をしていた。けれどなんとなく、違うと思った。


「私と初めて会った時も斎先輩の家の近くにいたけれど、皐君もしかして斎先輩に会いに来る用事が欲しかったんじゃないかな。」


弟君は何も言わなかった。

そして、それが答えなのだと思った。


弟君が副会長に抱く感情は複雑なんだろう。弟君が『欠陥』と忌み嫌う副会長の体質が、自分の出生にまで関わるほど深く結び付いている。

だから会えば罵倒するし、常に比較され続けるストレスもあるのだろう。

けれど副会長のことを、嫌いではないのかもしれない。少なくとも、嫌いな人物に用事を作ってまで会いたいと思う人はいないだろう。

用事を見つけて会いにきて嫌みを言って、私と初めて会った時は用事がなかったから、近くまで来たのに訪ねることが出来なかったんじゃないだろうか。

副会長は弟君と、あまり交流がないような言い方をしていたはずだ。

だからたとえ口から出るのは嫌みしかなくても、弟君は副会長に会いに行くのだろう。


副会長に会いたいと思う弟君は、とても優しい子なのだと思う。

それだけの環境におかれて、その原因である副会長を嫌わないことの方が、ずっと難しいんじゃないかと思う。

思えば副会長も、決して弟君を嫌ってはいなかった。どう接していいかわからないとは言っていたけど、きちんと弟として皐君を見ていて、愚痴を受け止めるくらいだけどと言いながら、きちんとお兄ちゃんをしていた。

二人とも、とても優しいところが似ているんだ。

複雑すぎる感情を持てあましていても兄に会いに来る弟と、それを受け入れて嫌みを聞いている兄は、お互いにお互いのことをそれぞれの形で好きなんだ。


きっと、弟君が今回私達の問題に関わってきたのも、副会長を心配したのかもしれない。

ただでさえ複雑な事情の副会長が、さらに私という魔力の差という問題のある相手を選んだことを気にしたのかもしれない。自分達の親と似た悲劇を繰り返すんじゃないかと危惧したのかもしれない。

だったら、私はひとつだけ心に決めた。


「皐君。ひとつだけ約束する。私、斎先輩を絶対に幸せにする。私を好きになったことを後悔させないよ!」

「中原先輩?」


私が努めて朗らかに言うと、弟君はきょとんとした表情で私を見た。

だから私は、弟君をしっかり見つめて言った。


「だから、皐君のお兄さんを私に下さい。」


皐君はぽかんとした後、ぎゅっと眉を寄せて不機嫌な表情を作った。


「俺の、兄じゃないです。」

「斎先輩の弟は皐君だよ。」

「どうせ俺の許可なんかなくても兄と付き合うんでしょう?」

「そうなんだけど、私は皐君に認めてほしいの。皐君とも仲良くしたいからね。」

「俺は仲良くする気ありません。中原先輩とも……兄さんとも。」


弟君は私を見ないまま、どこか遠くを睨みつけるようにして言った。その耳は、ほんのりと赤い。


「俺の立場に執着されても困るし、欠陥品は凡人と勝手に仲良くしてればいい。けど……付き合うなら、ちゃんと幸せにしてください。兄も……あと、中原先輩も……。」


これが弟君の精一杯なんだろう。


「うん。約束するよ。指きりでもする?」

「しません。あと、兄にはもう中原先輩がいるんだから、他の女を寄せ付けないように言っておいてください!」

「もともと寄せ付けてないと思うけど……?ファンはいるけど。」


ファンだって遠巻きに見てるだけだ。近寄る隙すらない。

私がきょとんと首をかしげると、弟君は今度こそわかりやすくちょっと怒ったような表情で、言った。


「ファンも、です!ちょっと魔法使いとして優秀で、顔と頭と運動神経がいいからって、愛想のない兄になんであそこまで夢中になれるのかわからない……。

話はもう終わりですよね?じゃあ、俺はこの後用事があるのでもう失礼します。」


えらく具体的な妬みが出てきた。もしかして好きな人が副会長のファンなのだろうか?そしてさりげなく副会長をべた褒めしている。尊敬してるんだね。


「あ、うん。付き合わせちゃってごめんね。私も今から斎先輩と遊びに行くんだ!」

「あぁ、道理でえらく気合入った服だなぁと思ってました。デートだったからなんですね。」

「今度、皐君とも遊びたいな。映画でも見に行かない?」

「浮気とみなしますよ。兄さんと行けばいい。」

「そうだね。斎先輩とも行きたいな。」

「じゃあ、俺はもう行きます。今日は……ありがとうございました。」

「私の方こそありがとうね。皐君とお話できてよかったよ。」


私が笑ってそういうと、弟君は何も言わずにそのまま行ってしまった。私はそれを手を振って見送った。

複雑な関係の兄弟に、仲良くしてなんて言えない。ただ、優しい二人が長い時間をかけてでも、少しずつ距離が縮んでいけばいいと願う。


「さぁ、私も斎先輩のところに行こうかな!」


なんだか今、無性に副会長に会いたいのだ。

会ってぎゅーっと抱きしめたくなった。兄のそばに行きたくても行けない弟君の代わりというわけではないけど、いっぱい副会長を甘やかしたくなった。

願わくば弟君にも、心を許せる相手がいてくれればと思う。


私は少しはやる気持ちを抑えつつ、副会長の元に向かった。


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