キスの余韻と愛の形
副会長とキスをした私は、案の定、魔力飽和を起こして気を失った。
ぼんやりと意識が戻ってきて目を開けると、副会長が上から心配そうに私を見降ろしていた。
……ちょっとこのクッション固くて高い。もうちょっと低反発してくれるといい感じなんだけど。微妙に副会長に視点が定まらないまま、私はぼんやりとした意識で口を開いた。
「……斎先輩の唇を、味わえなかった……。」
「第一声がそれなのか……。」
ため息をついて呆れられた。
「だって……ファーストなちゅーだったんですよ?なんかこう、どんな感じなのかなっていう憧れとか、色々あるじゃないですか。そういうのをまるで堪能できませんでした!うぅ、魔力……受け止めきれなくてごめんなさい。」
はっきり言って、キスを堪能している余裕なんてなかった。私は副会長から流れてきた魔力の大きさに堪え切れなくて、副会長の魔力のことばっかりに気をとられて、最終的には意識すら失ってしまった。あんな大量の魔力が体の中を巡ってるんだ……。
Aクラスのトップレベルの魔力量ってすごいなぁ。正しく器が違うって感じなんだ。
「俺の魔力のせいだから、お前はあんまり気に病むな。頑張って口の中の魔力を制御することを覚えるから、そうしたら好きなだけ堪能してくれ。」
「うぅ~……はぁい。」
私が未だに少し自分にいじけていると、副会長が顔をかがめてゼロ距離まで近づいてきた。
あれ、もう一回キスしてもらえるのかな?と思って緊張しながら目をつぶると口の横、唇の端にほんの少しかすめるくらいのところに、軽くちゅっと副会長の唇が触れた。
「今はこれだけで我慢してくれ。何度も魔力飽和で倒れるのは危険だからな。」
小さい子をあやすみたいな言い方でなだめられた。けれど私は嬉しいんだから我ながら単純だと思う。
そして上体を起こしてソファーに座りなおしたのだが、起き上がってから気がついた。
「あれ?もしかして私、今まで斎先輩に膝枕してもらってたんですか!?」
「そうだな。」
なぜ覗き込むように見降ろされてた時点で気付けなかったのだろう。ぼんやりしすぎだ私!
ってことはあの固めのクッションだと思ってたのは副会長だったんだ。
「おいこら、何をいそいそと寝直そうとしてるんだ。」
「え?だって貴重な膝枕が……。」
再び寝ようとしたら止められてしまった。残念。
「夕方になる前に帰った方がいい。美耶子は魔力飽和で倒れたし、今日は色んなことがたくさんあったから疲れただろう?明日も学校だし早く帰ってよく休め。送っていくから。」
副会長がそう言ったので、色んな問題は整理する時間も含めて、明日以降に話し合うことにした。
副会長と手を繋いで駅まで送ってもらい、家に帰った。
改札をくぐってから副会長にひらひらと手を振ると、副会長は嬉しそうにひらひらと手を振り返してくれた。
以前にも駅まで送ってもらったことはあったのに、あの時と何かが違う気がして照れくさかった。
夜、お風呂につかりながら、ぼんやりと自分の唇をなぞっては赤面する気持ち悪い私がいた。
「ちょっとぐらい、浮かれたって許されるよね。」
流れ込んできた魔力の洪水にのまれてキスの感覚とかはまるで覚えていないのだが、実は副会長の魔力の感覚だけは少し覚えている。
「斎先輩の魔力って、ひんやりさらさらしてて……あと、甘いんだなぁ。」
私の魔力はどんな感じがしたんだろう。私の魔力も甘いのかな?
「ん?斎先輩って甘いの苦手だよね?」
……どうしよう、私の魔力が甘かったりしたら、斎先輩実は辛いんじゃないだろうか。
にわかに不安になってきた。
ささっとお風呂からあがり、悶々としながらドライヤーで髪を乾かした。
部屋に戻って携帯を見ると、副会長から『なんか声が聞きたくなった。電話していいか?』というメールが来ていた。
それだけで嬉しくなったので、すぐに副会長に電話をかけた。
『もしもし、美耶子?』
「はい!すみません、お風呂に入ってたのでさっきメールみました。」
『そうだったのか。返事くれれば俺からかけたのに。』
「私も斎先輩の声聞きたかったんで。」
『そうか。』
副会長の声は穏やかで柔らかい。私も自然と嬉しくなった。私、喜んでばっかりな気がする。
せっかくなので、お風呂で気になっていたことを聞いてみた。
私が真剣に尋ねると、電話の向こうで副会長は笑いながら言った。
『はは、なんだ。そんなこと気にしてたのか。』
「そんなことってなんですか!大事なことですよ!」
『ふわふわした感覚の、水分多めの果物みたいな感じだったな。嫌だなんて思ってないから大丈夫だ。』
それを聞いてホッとした。
『美耶子は……ってわかるわけないよな。魔力飽和になってたし。』
「魔力だけならわかりましたよ?あの……ひんやり冷たい感覚で甘かったです。」
『意外だな。俺の魔力は甘いのか……。嫌じゃなかったか?』
「いえ、その……ほんの一瞬しかわからなかったんですけど、嫌じゃなかったです。」
言ってて段々恥ずかしくなってきた。
その後、恥ずかしさを紛らわすように、明日返ってくるテストの話などをした。
『美耶子。』
そろそろおやすみなさいを言う頃合いかなと思っていると、副会長が私の名前を呼んだ。
それまでの穏やかで気楽な声音から、少し落ち着いた静かな声になった。
「はい。」
『俺は自分が、結構めんどくさい事情を抱えているとわかっていて、……その上でお前を自分の事情に巻き込もうとした。そのことについて謝ったりはしない。俺はお前の彼氏になったことを後悔していないから。
だから、こんな言い方はおかしいかもしれないが…………俺の事情に巻き込まれてくれてありがとう。なにがあっても美耶子を逃がすつもりはない。……手放すつもりがなくて、ごめんな。』
「斎先輩……。」
あぁ、これは……副会長が私と自分自身に感じている、負い目のようなものなのだろう。
副会長自身が悪いことなんて何もないのに。もしかしたら、副会長は愛すること、愛されることを諦めていたのかもしれない。
そんな副会長が、自分の事情に巻き込むことを承知で私を求めてくれたのだと言うのなら、それを負い目だなんて言わせない。そんな悲しい言葉、もう二度と言わせない。
「斎先輩。私が斎先輩の彼女になりたくて、彼女になったんですよ?巻き込まれたんじゃないです。私が望んで斎先輩の事情に巻き込まれにいったんです。
だから謝らないでください。斎先輩が嫌だっていっても、私は斎先輩を放してあげませんよ。だから、おあいこなんです。」
内緒話をする様に笑って言うと、副会長も小さく笑った。
『おやすみ、美耶子。また明日。』
「おやすみなさい、斎先輩。」
電話を切って、ベッドにぽふんと倒れ込んだ。
副会長と私の間にある問題。魔力飽和を起こすほどの魔力の差。それによる将来、子供が出来ないかもしれない可能性。
「だからなんだって話でいいんだよね、きっと……。私は今の自分が後悔しないようにするだけ。未来のことは、未来の私が考えればいいんだよ。」
今の私に必要なのは、今の副会長と共にありたいと言う覚悟だけだ。そして未来の私が、未来の副会長を好きなままであればいいんだ。
ならばとりあえず、私はそれを伝えなくてはならない。そしてそれを伝えるために、ひとつ困ったことがある……。
「皐君と、どうやって連絡取ればいいんだろう?」
考えている間に眠ってしまった。
「へぇ。ようやく付き合ったんだ。おめでとう。」
「あれ?私まだ何も言ってないんだけど、由紀?」
教室に到着した私に、由紀が呆れ顔で祝福してくれた。
「いや、登校してくる様子見たらわかるよ。二人で一緒に登校してきたじゃん。まぁ、それだけだと今までもあったけど、よくみれば美耶子がちょっと積極的だし、なんか幸せオーラみたいなのだしてる。簡単にいえば、超浮かれてるね。」
「うぅ、そんなに駄々漏れなの?」
「まぁ付き合った最初くらいはいいんじゃないの?あんまり長いことやられると、段々腹が立ってくるだろうけど。」
由紀は紅茶色の髪をがしがしとかきながら、投げやりに言った。
「あ、昨日はいきなり電話してごめんね。教えてくれてありがとう。」
「気にしないで。私が知ってることなら力になるから、誰が何言っても気にしないぐらいでいたらいいんだからね!」
「うん、ありがと由紀。大好き!」
「ふふ、知ってる。」
二人で仲良く笑いあった。
お昼は由紀と一緒にとったのだが、その時に由紀からアドバイスがあった。
「美耶子が覚悟の上で付き合ったんだからいずれ向きあうことになるだろうけど、初めてキスする時とかは魔力飽和で倒れる覚悟しなよ?命に別条はないだろうけど、何度も何度もキスのたびに倒れるだろうから、しばらくは良い雰囲気になっても外とかでキスしようと思っちゃだめだからね。」
「え?あ、はい。」
もう既にキスしました、とか言えない。由紀は真面目に私の体調を心配してくれているんだから。
私は居心地悪く、もごもごとご飯を食べた。
「……まさかもうしたの?」
ぎく。
「それだけ赤面してたらわかるよ。美耶子顔に出やすいから。なんだ、じゃあもう一回は倒れた後か。」
「はい……。」
若干呆れたような顔をされた。やめて!口の動きだけで「早っ!」っていうのやめて!!せっかく心配してくれたのにごめんなさい。
「じゃあ副会長の愛情の形がダイレクトに分かったんだ。」
「ん?どういうこと?」
私がきょとんとすると、由紀が説明してくれた。
「えっとね、キスをすると相手の魔力が流れるでしょ?それって相手が自分に与えてくれる愛情の形をしてるんだって。だから例えば一人の女性と二人の男性がキスをしたら、同じ女性の魔力なのに、二人の男性が受け取る感覚はそれぞれ違うんだって。」
「へぇ~、新密度とか相手に向ける好意が違うからってこと?」
「そ。だから好きな人とキスするのは気持ちいいんだよ。相手の愛情がとってもダイレクトに伝わるからね。」
ということは、あのひんやり甘い副会長の魔力は……私への副会長の愛情の形だったんだ。
じわじわと照れくさくなってきた。あんなに甘い気持ちを向けられていたんだ。
「聞かないから、どんな感じの魔力だったとか、聞かないから言わなくていいからね。」
「の、惚気たりしないよ!」
「ぶっちゃけ明確な根拠なんてないから、俗説みたいなものだからね。」
「上げて落とさなくてもいいじゃん……。もう俗説でいいよ!」
真っ赤になって否定したけど、じわじわと喜びが止まらなくて、しばらく由紀に気持ち悪いと言われながらにやにやしていた。
私が落ち着いたところで、由紀が尋ねてきた。
「ねぇ、美耶子。これからどうするの?あの時の電話じゃ何の理由か聞いてなかったけど、弟君に反対されたんだっけ?」
「うん、だからまずは皐君に会いに行こうと思うの。皐君は私に付き合うなって言ったけど、私はそれを無視……というか逆に刺激されて告白しに行ったわけだしね。ちゃんと皐君にも説明しないとね。」
「ぶっちゃけ弟だろうが、お兄ちゃんの恋愛に口出しする権利はないと思うけどね。」
由紀がすぱんと言いきった。私はそれに苦笑しながら答えた。
「まぁ最終的にはそうなんだけど、私は許可が欲しいんじゃなくて納得して欲しいの。出来れば私はお付き合いする人の家族とは仲良くしたいなって思うからね。」
私が笑って言うと、由紀も一緒に小さく笑った。
「その妙に強気なところが美耶子らしいね。」
「ふへへ。」
「寂しい一人身の私を抱きしめて!」
「よしきたおいで、由紀ちゃん!」
私は膝立ちになって、隣に座っている由紀を抱きしめた。
「……ねぇ美耶子。」
「なに?」
「なんで抱きしめるのにわざわざ膝立ちしたの?そのまま普通に抱きつけばいいと思うんだけど。」
「え?それだと抱きしめるじゃなくて、私が抱きしめられる感じになっちゃうから。抱きしめるのって、相手より頭の位置が高くないと抱きしめるって言わないよね?」
「あぁ、そういう理屈でこれなんだ。てっきりわざと顔に胸を押しつけられてるのかと思ってた。……男子にやっちゃだめだからね。」
「斎先輩ぐらいにしかしないよ。」
「それもどうなんだろうね……。でもこれいいね。女子ですって感じするね。」
由紀がぎゅーっと腰に抱きついて、しばらく胸を堪能していた。女子同士だし別に減らないから気にしない。
胸元にしがみついたまま、由紀が小さくつぶやいた。
「でも、副会長にばっかりかまって、私のこと忘れたりしたらだめよ?たまには私ともデートしてね。」
「もちろんだよ。最近由紀とあんまりお話してないから、いっぱい色んなこと話したいな!」
茶化す由紀に私も笑って答える。
そこからテスト返却の話から始まり、ドラマの話題になって、クラスの恋愛模様の話など、由紀と他愛ない話をたくさんしている間に、お昼休みが終わった。
あとでこのやりとりを副会長に話したら「女子相手でも減るからしちゃだめ。」と言われてしまった。