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交わした心と交わす魔力

副会長視点です。

「違います。……その女の子は……公園の少女は…………私じゃ、ありません。」


美耶子のつぶやいた小さな声が、リビングに静かに響いた。

俺は驚きのあまり、数秒間呼吸を忘れて固まってしまった。

落ち着けと自分に言い聞かせて、美耶子に尋ねた。


「どういうことだ?美耶子はペンネに魔力を渡すことが出来る。公園で助けた白い子猫の思い出、お前の家独特の子守唄も覚えてる。俺は確かに少女の顔を覚えてはいない。けれどこれだけ一致していれば、あの少女はお前だろ?それに俺が覚えていなくても、ペンネは魔力をもらった相手を間違えない。ペンネが魔力を受け取り、懐いているのは美耶子だ。違うか?」

「あ、ま、待って下さい!今整理します!!たぶん全部が嘘じゃないと思うんです!斎先輩は勘違いしているんだと思うんですっ!」

「勘違い?」


美耶子がうーんと考えるように小首をかしげつつ言う。俺は美耶子が情報を整理し終わるのを静かに待った。

しばらく考えた後、美耶子がぽつりぽつりと話し始めた。


「えっと……私は確かに子供のころ、公園の前でまっ白な子猫を拾いました。そして病院に連れて行って、そこで見知らぬお兄さんと一緒に治療しました。私が子守唄を歌ったのはそこなので、斎先輩が覚えている子守唄はその時ですね。」


俺はその言葉に頷いた。少女が子猫の背中を特有のリズムで、独特な子守唄を歌いながら叩いていたから記憶に残っていたのだ。


「ペンネに話した時はそこで終わりましたけど、あの話には続きがあります。あの後、私はその子猫を家に連れて帰ったんです。そして飼いたいと親に言ったんですけど、野良猫どころか誰かの使い魔を勝手に連れてきたことをものすごく怒られて、見つけた公園に返しに行きました。そしてそのまま、泣く泣く子猫を公園において帰りました。」


ということは、目が覚めた俺が子猫越しに出会った少女は、少なくとも美耶子ではないということか。


「それに斎先輩の話だと、女の子は白い猫耳パーカーを着てたんですよね?私は昔からこの鼠色の髪を気にしていたので、上に白い服は絶対着ないようにしてたんです。猫耳の白パーカーも持っていませんでした。」


俺は美耶子から聞いた話を整理する。


「つまり……、俺は二人の少女を同一人物だと勘違いしてたのか……?」


子猫を通して俺の命を救ってくれた恩人は美耶子、幼い俺と一緒に遊んで心を救ってくれた少女は別の人物だったということだ。


「たぶんそういうことだと思います。」


美耶子も同じ結論に至ったのだろう。だから「公園の少女は私ではない。」という発言が出たのだ。


「私は後日、どうしても気になって公園にその子猫を見に行ったんです。そうしたら、そこには白い子猫と遊ぶ私と同じ歳ぐらいの女の子がいました。だから、私はその子が子猫の主だと思ったんです。子猫が楽しそうにしていたので、私はひっそりとお別れしました。」


私の中では子猫は既に私のものになっていたので、誰かと一緒にいる姿を見たくなかったんです、と美耶子は言った。だから俺が鎌をかけた公園の思い出にも反応しなかったのだ。美耶子の中ではあの少女が子猫の主だったから、せいぜいよく似た話があるんだなという程度だったのだろう。

俺が自分の中で結論を出していると、美耶子は静かに俯きながらさびしげに言った。


「だから……斎先輩が私に興味を持ったきっかけは……誤解だったんです。きっかけも、斎先輩が私を好きになってくれたことすら、ペンネの魔力を通した錯覚で……全部、勘違いだったんですね……。」


はらはらと静かに涙をこぼす美耶子を見て、俺は自分を殴りつけたくなった。


「美耶子、美耶子!きっかけは俺が勝手に勘違いしていただけだ。お前に落ち度なんて何もない。それにお前が命の恩人であることにはかわりないだろう?」


美耶子の肩をそっと掴んで、柔らかく覗き込むように目を合わせた。

ぼんやりと俺を見つめる美耶子の瞳は、とろりと涙の膜を張っている。美耶子は全体的に色が白い。一番目につく長い髪は灰色で肌の色も白いから、表情が抜け落ちて涙をこぼすとその色味も相まって、びっくりするほど悲しみを湛えた空気を纏う。普段の美耶子が明るく朗らかだからこそ、その落差はより一層強く感じた。


「それに、きっかけや錯覚がなんだ。そんなもので、俺が今まで積み上げてきた美耶子への気持ちが全部嘘だなんて誰にも言わせない。

もし俺に過去に戻って選択することが出来るなら、やっぱり俺は勘違いをするし、ペンネの魔力を通して錯覚する。そうすれば何度だって美耶子を好きになれる。そうしなきゃ美耶子を好きになれないならば、俺は過去の自分を騙してだって好きになる。」

「……で、そこま、で……。」


美耶子の言葉に、自然と柔らかに笑っている自分がいた。


「美耶子が大好きだからだ。」


好きなのは、こんなにも心惹かれたのは美耶子だったからだ。

何か特別なものがあったわけではない。特別可愛いと思ったわけでもなかった。魔法使いとして優れているわけでも、特別な才能があったわけでもない。時々突発的な行動をするけれど、とても普通の女の子だ。

美耶子が自然と俺を魅了した。段々惹かれていった。それは間違いなく、相手が美耶子だったからなんだ。始まり方がどうかなんて、ほんの些細な問題だ。

灰色に朱が混じった。白い頬が赤く染まる。いつかの夕陽よりも赤く、赤く。

すると頬を真っ赤に染めた美耶子が、突然思い出したように叫び出した。


「あ、あ!違う!思い出したっ!」


いきなり大声で違うと叫んだのでびっくりしていると、そのままの勢いでタックルをかまされた。

完全に油断していたので、受け止めきれずにソファーに倒れた…………のだが、なぜか美耶子まで一緒に倒れ込んできた。

「ふびゃぁっ!」と小さく呻いている。俺の胸元で鼻を中心に顔面を強打したらしい。頭をぶつけられた俺も、若干痛い。

……なにがしたかったんだ?


「おい、美耶子?……突然どうした。」


美耶子は鼻をさすりながら、ソファーに四つん這いで起き上がった。


「いたた……すいません。とりあえず押し倒そうとしてみたんですけど、勢いが強すぎて私まで一緒に倒れちゃいました。」

「どんな思考で、とりあえず押し倒そうと言う発想が出てきたんだ……?」


美耶子は自分の行動を振り返って、少し気まずそうにしながら「空気を変えたかったんです。」と言った。


「あの、私の予想していた以上に話が二、三転して混乱してパニックで泣いちゃう醜態までさらしておいてあれなんですけど……。私がそもそもここに来た目的を、まるで果たしていないと思いだしたので……。」

「ここに来た目的?」


皐の意味深な発言を聞くために来たのではなかったのだろうか?確かに話が余計なところまで脱線してはいたが……。

というか、びっくりして泣いていたのか。傷つけたかと思ってものすごく焦ったのに、一度に色んな事がありすぎてパニックになっていただけなのか……。

あの発言は、単純に言葉にして確認取ってただけなのか……。

俺がそんなことをぼんやり考えていると、美耶子はなにやら深呼吸しながら真剣な表情で俺を見つめていた。

未だに俺はソファーに押し倒されたまま、顔の両脇には美耶子の腕があり、美耶子の髪がカーテンのようにさらさらと流れて、灰色の世界に閉じ込められた。


「えっと、私……斎先輩が好きです。大好きです。ここには、斎先輩に告白しに来たんです!」


真っ赤になって言いきった美耶子に、俺はびっくりして呼吸を忘れてしまった。これは何事だ?


「私は、まわりからごちゃごちゃ言われるのは平気です。けれど、言われたことで斎先輩が傷つくのは耐えられません。でも、今回皐君がいったことは、私たち自身の問題です。でもそれ以前に……私達まだ付き合ってすらいないんですよ!?」


美耶子のまなざしが段々剣呑になっていく。


「まだスタートラインにすら立ててなかったんです!私、段々腹が立ってきましてね!付き合う前からみんなごちゃごちゃとキスしろだのするなだの、未来はないだのつりあわないだのって!だったら私今すぐ告白して斎先輩と付き合ってくるから、みんなちょっと待ってろって言いたいんです!告白したいんだから邪魔しないでほしい!ちゃんとお付き合いしていちゃいちゃして、誰にはばかることなく斎先輩を彼氏ですって言えるようになってから、それから文句でもなんでも、色々言ってこいって思うんです。そうしたら、私はようやく斎先輩の『彼女』として、色んな問題に向き合うことが出来るんだと思うんです。」


そこまで言った美耶子は、真剣な、けれど柔らかな声で俺に告げた。


「私と、お付き合いして下さい。私は誰にも……たとえ公園の初恋の女の子が現れたって、斎先輩をあげません。斎先輩は私のものです。私だけを見ていてください。楽しいことも嬉しいことも、困ったことも全部全部、二人で半分こしましょ。私に、斎先輩と共にいるための資格をください。」


この感情を、どう形容すればいいんだろうな。

不思議な高揚感でいっぱいになって、言葉が出てこなかった。

誰かを特別に思うことも、誰かに特別に思われることも一生ないだろうと思っていた。


美耶子の特別になったんだ。


独占欲をむき出しにして、俺を一人占めしようとしている。美耶子自身の言葉で、美耶子の心をくれたんだ。

俺がしばらく無言で喜びをかみしめていると、美耶子がじわじわと思いだしたように赤面し出した。


「あの……告白した後で何なんですけど、私が告白する前に既に斎先輩から告白をもらってましたよね……?この場合ってどうなんですか?どっちが返事すればいいんですか?」


不安そうにおずおずと尋ねてきた。

せっかくかっこつけて告白したのに、台無しじゃないか。でも、それすらも美耶子らしいと言うべきなのか。

思わず笑ってしまった。


「なんで自分で台無しにしていくんだ。せっかくかっこよかったのに……。」


くつくつと笑いが止まらなくなって肩を震わせていると、美耶子は拗ねたようにきゅーっと唇をかみしめて頬を膨らませた。

俺は笑いがおさまってから、ごめんごめんと謝りながら上体を起こした。美耶子はそのまま俺の膝をまたいだままぺたんと座った。

美耶子がそのまま手を繋いできたので、指を組み合わせるように繋ぎ直す。美耶子は間を持たせようとしたり、緊張したりすると、とりあえず手を繋ぐような気がする。俺は嬉しいので大歓迎だ。

俺は改めて美耶子に告げた。


「美耶子、俺の彼女になってください。」

「斎先輩、私の彼氏になってください。」


二人でくすくすと笑いあった。そのまま小さく笑いながら額と額をこつんとくっつけた。


キス……したい。


「キス……したいです。」


口に出したのかと思ってびっくりしたが、声の主は美耶子だった。真っ赤になったまま小さくつぶやいた。


「あの……キス、しません、か?」


震えるような声音で問いかけてきた。


「したい。けど駄目だ。お前が倒れる。」


自分の声が苦々しさを持っているのが、自分で分かるほどだった。どう考えても今、冷静に魔力を制御するなんて無理だ。


「平気です。ほんのちょっとくらっとするぐらい、大丈夫です。そんなこと言ってたら、一生出来ない気がします。倒れたって斎先輩がついててくれますから大丈夫ですよ。」


何の根拠もなく大丈夫と笑う美耶子につられて、俺も小さく笑った。


そして、片手は繋いだままでもう片方の腕を美耶子の背中にまわして、肩を抱き寄せた。

美耶子は俺が引き寄せる力に柔らかく体を任せて、そのまま自然に目をつぶった。

体がぴったりとくっついた。


唇を、重ねた。


美耶子の柔らかい唇から溢れるように流れてきた魔力が、じわりと口の中に広がった。

不思議な心地よさと感覚だった。

ふわふわと雲の様な、瑞々しい果実の様な、そんな魔力だった。


好きな相手と魔力が混ざる感覚に得難い幸福の全てを感じながら、俺は美耶子の魔力を受け取った。


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