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明かされた真実と知らされた事実

ピンポーン


インターホンを鳴らしてすぐに、玄関が開いた。


「いらっしゃい、美耶子。」


リラックスした服装の副会長が、笑顔で迎えてくれた。


「突然すいません、お邪魔します。」

「いや、俺も会いたかったから来てくれて嬉しいよ。どうぞ。」


家に上がってリビングに通された。

副会長がお茶を淹れている間ソファーで座って待っていると、ペンネがとことことやってきてにゃおんとすり寄ってきた。

撫でながら魔力を渡すとゴロゴロと喉を鳴らした。可愛いなぁ。

副会長が二人分のお茶を入れて隣に座った。副会長は無言で私の膝に乗っていたペンネを降ろす。降ろされたペンネは、不貞腐れたように副会長に尻尾をひとふりして、反対側のソファーを占領して寛いだ。

その様子を見た副会長が「あいつは何故あんなに態度がでかいんだ。」と呟いているのを聞いて私が笑う。

ひとしきり和んだところで、副会長が私に水を向けた。


「制服ってことは一旦家に帰らなかったのか?」

「はい。色々あって時間がなくなっちゃって。」


私が笑いながら言うと、お茶を一口飲んだ副会長が、私に尋ねてきた。


「皐にあったんだって?」

「はい。皐君に言われたことで、斎先輩に聞きたいことがあったので、来ちゃいました。」


私はお茶で喉を潤してから、意を決して尋ねた。


「皐君が、私は副会長とお互いの『魔力』がふさわしくないから結婚できない。斎先輩と皐君が実例だって言われたんですけど……どういうことなんですか?」


私が簡単に皐君との詳細を語ると、副会長はちょっと困ったように笑いながら答えた。


「あいつ……なにがしたいんだ?まぁいい。どこから話すかな……俺と皐のことから話すか。」


一度間を開けて、副会長はぽつぽつと語りだした。


「俺の両親は恋愛結婚でな。両親は周りに猛反対された中で結ばれたんだ。俺の父は優秀な魔法使い、母は魔法使いとしては並以下だった。

けれど苦難の末結ばれた二人には、なかなか子供が出来なかった。長い年月をかけてようやく待望の子供が生まれた。それが俺だ。

二人も周りも、ようやく授かった俺が高い魔力を持っていたことにとても喜んだんだ。その後は知ってるな。」


私はこくりと頷いた。以前聞いた、家族の不仲と副会長の孤独の話に繋がるのだろう。


「両親が離婚したのは、実は俺だけのせいではない。二人はようやく授かった俺に、魔法使いとして致命的な欠点があったことをとても嘆いていたんだ。お互いを責めて、悔やみ続けた。そして、負い目とストレスで自棄になった父は、たった一夜の過ちを犯した。

まぁ簡単にいえば浮気したんだな。相手は高校の時の同級生だ。そしてそのたった一夜の過ちで、相手が身籠った。のちのちそれが発覚して、俺が小学生のころに両親は離婚。かわりに皐とその母親が家に来た。」


まさかの着地点に、びっくりして思わず声が出そうになった。つまり副会長と弟君は、腹違いの兄弟にあたるわけだ。

そんなドラマみたいな話があるんだ……。


「家を継ぐのは魔法使いとして優秀な皐だろうな。けど皐は皐で浮気相手の子供ってことで、それなりに苦労しているみたいだ。何かと俺に張り合ってくるのは、俺より優位を示さないと自分を保てない部分があるからかもな。」


何も期待されていない俺はある意味楽なものだから、せめて皐の皮肉ぐらいは受け止めている、と副会長は笑って言った。

弟君も副会長も、本人達には何の落ち度もないことなのに、辛い話だ。どうすることも出来ないのがもどかしい。


「ここで俺と皐の違いなんだが……俺達の父親は同じ。違いは母親の魔力の差だ。」


魔法使いとしては優秀ではなかった副会長のお母さんと、お父さんと同級生ということは同じく魔法使いとして優秀だった弟君のお母さん。

魔法使いとして優秀な副会長と、魔法使いとして平凡な私。知らず、私はスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。


「魔力に差があると、子供が出来にくいと言うことですか……?」

「そうだ。俺の母親がけっして子供の出来にくい体質というわけではなかった。もちろん皐の母親が一夜で皐を授かったのは他の諸々の要因もあるだろうが、少なくとも魔力的な問題をクリアしていたということだ。」


副会長はそこで一息ついてお茶を飲んだ。

そして一度深呼吸してから私に向き直った。


「これは俺達の将来に起こりうる可能性だ。だからとりあえず今、俺達に差し迫る問題がある。」

「今の私達に差し迫る問題……。」


私はごくりと息を飲み込んだ。


「俺はお前にキスすることが出来ない。」

「え?キス……?な、なんで……?」


突然出てきたキスという単語に、戸惑いと不安を覚えて尋ねた。


「俺が美耶子にキスをすると、たぶん美耶子は魔力酔いを起こして倒れるだろう。かつての魔力を渡そうとしたあの時のように。」

「魔力……飽和で?」

「そう。口の中は体内の一部だ。そして体内には常に魔力が溜まっている。そして内側の魔力は制御することが難しい。魔法は自分という器の外で使うものだからだ。

キスをすれば、美耶子は俺の内側の魔力に晒されることになる。そしてお前はそれに耐えられないだろう。」


副会長と、キスが出来ない……。

私の魔力が少ないせいで……?


「俺もしたことがないから聞いた話だが、キスをすると相手の魔力を自分の内側で直に感じ取れるらしい。本来自分の魔力が他人と混ざることはありえない。だからこそ、キスで他人の魔力が混ざることは未知なる感覚で、そしてそこに快楽や高揚感があるそうだ。好きな相手とキスする好意は、好きな相手の一部が自分に混ざることに喜びをもたらすからいいんだ、と聞いた。けれどそれは、相手の魔力を受け止めることが出来る場合の話だ。」


副会長の言葉に、私は確認するように問いかけた。


「私が斎先輩とキスをすると、喜びとかを感じる以前に、斎先輩の魔力が多すぎて溺れてしまう、と?」

「そうだ。いきなり飲みきれないほどのバケツ一杯の水を飲まされたら、水を味わう以前に溺れて危険だということだな。」

「じゃあ……私は斎先輩と一生キス出来ないんですか?」


そんな辛いことを、私も副会長自身も強制されるのだろうか。あんまりだ、という私の言外の言葉をくみ取った副会長は、静かに言った。


「キス自体は出来る。俺が可能な限り、自分の魔力を渡さないように制御し続ければ……。けれど確実に何度か……もしくは毎回、美耶子は倒れることになるだろう。」

「……制御が、難しいからですか?」


私がおずおずと尋ねると、副会長は頷いた。


「それもあるし、俺がお前とキスして浮かれないと思うのか?制御に集中できるほど理性を保てると?俺はそこまで冷静でいられる自信はないぞ。」


真顔で言われた言葉に、そんな状況じゃないとわかっていても、顔が赤くなるのは止められなかった。


「実をいえば、子供を作ることが難しいのも同じ理由だ。お前の魔力の器では、俺の魔力の出力に耐えられない。皐の言った『未来がない』というのはそういう理由だな。」


副会長は静かにそう言った。

恋人になってもキスをするのが難しい。結婚をしても子供を作ることが難しい。現状と変わらないまま、私達は先に進むことが難しいのだ。それが弟君の言った『未来がない。』ということなのだろう。

私はいつの間にか下がっていた自分の視線を上げて、副会長をしっかり見つめて問いかけた。


「斎先輩は、それを全部知ってたんですよね?知ってて、リスクある私を好きになったんですか?」

「そうだよ。俺は美耶子が好きだ。それだけのリスクを背負ってでも、美耶子がいい。」


柔らかく、真摯に告げられた告白に、涙が出そうになった。

この人は、優しくて優しくて、包み込むように私を愛してくれる。

けれど……。


「斎先輩。どうして本当のことを言ってくれないんですか?」

「本当のこと?」


副会長が怪訝な表情で私の顔を覗き込んだ。


「……ごめんなさい。私本当は、いきなり斎先輩の話を聞いて受け止めきれる覚悟がなかったから、他の人に尋ねて簡単にだけれど、教えてもらってたんです。どうして魔力の差がある男女は結婚率が低いのか。」


魔力が大きいことを隠している親友は、やはり魔力の差がある人間の結婚が難しいことについても知っていた。

由紀からは簡潔に「本能的に受け付けない傾向があるから。」という答えをもらった。細かい説明は省かれていたので、副会長の説明を聞いてようやく飲み込めたけれど、先に由紀から答えを教えてもらっていたから、私は冷静に副会長の話を聞くことが出来たと思う。


「その人に教えてもらいました。『愛情を確かめ合う行為に常にリスクが伴うことは、お互いにとってストレスで、負担にしかならない。だから子供が出来にくいほど魔力の差がある者同士は、本来お互いを好きになりにくいんだ。』って。」

「美耶子……。」


私のその言葉に、副会長から今まで持っていた余裕の様な空気が消えた。

その様子にやはり副会長は気付いていたんだ。気づいて、それでも黙っていたんだと苦しくなった。


「斎先輩……。斎先輩のお父さんの髪と瞳の色はなに色ですか?」

「濃い青色と、濃い黄色だ。」

「お母さんの色は?」

「…………濃い青色と、金色だ。」


私の確信を持った問いかけに、副会長は唇を歪めて苦しそうな声音で告げた。


「斎先輩のご両親はよく似た魔力を持っていた。だから惹かれあうことが出来たんですよね。」


由紀は私に言った。「知ってる人の方が少ないんだけど、人は自分と魔力の差がない相手に惹かれやすいの。けど、ごく稀に魔力の差が激しいのに惹かれあう人もいる。そういう人はね、たいてい相手と魔力の色が似ているの。だから自分の魔力と錯覚して惹かれてしまうの。むしろ、普通に魔力が近しい相手より惹かれやすい傾向もあるらしいよ。」と。

でも、その理屈でいけばおかしいのだ。

私の魔力は灰色。副会長の魔力は藍色。似ているどころか間違う余地すら見当たらないほど違うのに、惹かれあうはずがない。


「本来、私と斎先輩が惹かれることなんて起こるはずがなかった……。それを可能にした存在がありましたよね?」


私は反対側のソファーで、静かにこちらを見ていたペンネを見つめた。

ユキヒョウのペンネは、その毛並みだけが本物と違って、青みがかった灰色をしている。

まるで私と副会長の魔力の色を混ぜたような、その中間の色。私の魔力を受け取って、副会長の魔力と混ぜることで力を増幅させることのできる存在。


「ペンネ……ですよね。私と斎先輩の色を混ぜた中間の存在。ペンネを通して私達は錯覚したんですよね。互いの魔力に似通っていると。だから惹かれた。」

「美耶子。」

「斎先輩、どうしてペンネは私の魔力を受け取れるんですか?なんで私と斎先輩の中間の色をしてるんですか?そこに……理由があるんじゃないですか……?」


最後は絞り出すように告げた私の言葉に、副会長は唇を引き結んだ。


「ペンネは……俺が造り出して、美耶子が魔力を与えて安定させて生まれた使い魔だ。」

「私が……?中庭でペンネを治療した時ですか?」

「違う。もっと昔の話だ。」

「もっと……昔……?」


私は小首を傾げた。私が副会長と出会ったのは、ペンネの治療の後だったはずだ。


「こんなタイミングで告げるつもりじゃなかったんだけどな……。」


少しため息をついた副会長は、改めて静かに私に告げた。


「俺が昔公園で遊んだ少女の話、覚えてるか?」

「はい。……初恋の女の子ですよね?」

「……別に初恋なわけじゃないんだが……。あの少女が美耶子、お前だよ。」

「…………え?」


うまく、副会長の言葉を認識できなかった。


「美耶子は覚えてないみたいだが、俺は覚えている。当時はまだ真っ白だった子猫のペンネの姿を借りて遊んだ。ペンネの名付け親の女の子。まっ白な少年ペンネを『お揃い』と言っていた、まっ白な猫耳パーカーの女の子。俺とペンネを救ってくれた一番初めの友達。あれは、お前だろ?」


副会長が一度休んだ時に、私がペンネに話した公園での猫の思い出話。あれで副会長は私が公園の少女だとわかったのだと言った。


「斎先輩が……私に興味を持ったきっかけは、私が公園の少女だったから……?」

「きっかけはそうだな。俺はあの時の約束を果たしたかった。俺にとって大切な恩人で友達の少女だから。」


副会長が私に興味を持ったきっかけは公園の少女だと思ったから、柔らかいまなざしを向けてくれたのは友達の少女だと思ったから。

私は呼吸を忘れたように、副会長をじっと見つめた。

絞り出すように震える声で、私は副会長に小さく呟いた。


「違います。……その女の子は……公園の少女は…………私じゃ、ありません。」



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