弟君と私
「兄と別れて下さい。」
さて、弟君から言われたこの言葉に私は何と答えればいいだろうか……?
「私と斎先輩はまだ付き合ってないよ?」
悩んだ末、無難に返事をしてみた。
弟君は「はぁ!?」と言いたげな顔で私を見た。開きかけた口を何とか引き結んだのは、私が年上だったからだろうな……。
「あれの……どこが!?」
君ほんの数分私達を目撃しただけじゃないの。私達の何を知っているんだ。
「あれだけ二人だけの空気作ってて、兄さんがあれだけ別人みたいな表情で見つめてて、付き合ってないとかありえないだろ!」
私の心の声が表情に出ていたのか、弟君が客観的に見えた意見をくれた。口調が乱れてるあたり、本心の言葉なのだろう。
「まさかあれだけ兄がわかりやすく表情全体で『好きです』なオーラを出してるのに、中原先輩は遊びだというつもりですか!?」
弟君が睨みつけてきたので、私は慌てて否定する。
「そんなつもりはないよ!まだ告白出来てないだけでちゃんと付き合いたいと思っているからね!!っていうか弟君が来なければあの場で告白してたんだよ!」
勢いで反論したら、完全に余計なことまで言ってしまった。
照れて赤面する私と、つられて赤面する弟君。お互い微妙な空気を醸し出していた。
私の照れがおさまってくると、こちらもなんとか意識を切り替えたらしい弟君が、真剣な顔で言った。
「……まだ告白してないなら、ちょうどよかったです。そのまま告白しないで兄とは離れて下さい。」
「なぜ?いくら弟君でも、いきなりそんなこと言われて、わかったなんて言えないよ。」
私が理由を尋ねると、弟君は少し言葉を選びながら私に告げた。
「……釣り合わないから……。」
「釣り合わないって何が?容姿?学力?まさか家柄とか言わないよね?」
家柄が釣り合わないとかどこの漫画の世界だ。
弟君はきっぱりと言った。
「釣り合わないのは魔力です。失礼かもしれませんが、中原先輩は魔法使いとしては非常に……普通ですよね?」
「否定しないよ。私はCクラスだね。」
もっとたくさん魔力があればいいとは思うけれど、別に平凡な魔力の持ち主であることを嘆いたことなど一度もない。
「そして兄は……兄の秘密について知っていますか?」
確認するように問われたので、慎重に言葉を選んで答えた。
「……体質のこと?」
「はい。その体質のせいで、兄は魔法使いとしてあれほどの魔力を持ちながらも欠陥品です。けれど欠陥といえど、魔力量で言えば俺なんて比較にならない優れた資質を持っています。」
「欠陥」という言葉が癇に障ったが、ここで怒るのも大人げないかと思って静かに我慢した。
「そして兄の欠陥部分ですら、あなたを遥かに凌ぐんです。」
「ごめんね、何が言いたいのかさっぱり分からないよ。」
副会長の魔力が多いから、私が平凡だから、副会長の魔力の出力がその魔力量に見合わないほど小さいけれど、それでも私の出力よりは遥かに大きいという事実。そんなことは出会ったときからわかりきっていることだ。私はCクラスで副会長はAクラスなのだから。
「魔力の差が恋愛するのに、一体何の関係があるって言うの?魔力が平凡な私は斎先輩の彼女にふさわしくないって言いたいのかな?」
少し強気に弟君をまっすぐ見据えていった。
「恋愛するのは私と斎先輩だよ。だから、付き合うのも別れるのも私達二人の問題でありたい。魔力や容姿や家柄だけを見て、周りに指図されたくはないの。たとえそれが斎先輩の弟の皐君だとしても、釣り合わないとかふさわしくないみたいな理由では私は納得できないよ。」
「釣り合う」とか「ふさわしくない」とか、その言葉で他の人に私達の価値を決められたくない。
私がきっぱりと言うと、弟君は申し訳なさそうな顔で目を伏せた後、私を見据えて言った。
「いいえ。中原先輩はふさわしくないんです。そして兄さんも中原先輩にふさわしくない。周りの人間云々ではなく、お互いの『魔力』が、です。その魔力のせいで、未来がない。」
「どういうこと……?未来?」
「二人には結婚という未来がない。」
高校生の交際で、いきなり何を言い出すんだろうかこの中学生は。
「あの……いきなり何言い出すの……?何も付き合って即結婚します、みたいなことはないよ。まだ高校生だし、そんなの考えたこともないよ。」
そ、そりゃあお付き合い出来たらそのまま何事もなく大学生になって、社会人になって、その時にもまだ一緒にいられることが出来れば結婚……とか、できたらいいと思うけどさ。
「まだまだ先の話だよ。いきなり結婚とか言われても……。」
「たしかに付き合う時点で、将来結婚しますなんて考える人は少ないと思います。けど、将来絶対結婚できない相手と付き合う人はいませんよね?」
どういうことだろう。その言い方だとまるで、私と副会長は将来結婚出来ないと言いたげだ。
私の疑念を察したのだろう。弟君が急に話題を少し変えた。
「中原先輩は現代人の結婚相手の傾向が、だいたい同じレベルの魔法量の相手に依存する傾向が強いのは知っていますか?」
私はこくりと頷いた。世論調査やニュースでも時々やっている。
「もしかして、それが私が斎先輩と結婚できない理由と同じ?」
今度は弟君がこくりと頷いた。
「私は詳しく知らないけれど、もしかして魔法使いの名家には結婚相手にも強い魔法使いを…みたいな習慣でもあるの?」
私がひとつ浮かんだ懸念を口にすると、弟君は「それもありますけど……。」と続けた。
「俺と兄が、一番わかりやすい実例だと思います。」
「斎先輩と、皐君が……?」
二人の差?
「あれ?兄さんから俺のこと、聞いてないんですか?」
私がきょとんと首をかしげると、弟君はちょっと目を見開いて確認してきた。
「うん。他校に通ってる弟がいるってこと以外は特に何も聞いてないけど……?」
どうやら弟君が家の跡継ぎ的なポジションにいるらしいことと、どう接していいかわからないくらいには距離のある兄弟らしいと言うことしか知らない。
私が内心でそんなことを考えていると、弟君はもやっとしたような表情で苛立たしげに言った。
「聞いてないなら……兄から聞いて下さい。」
「聞いていいの?事情がよくわからないけれど、斎先輩は皐君に配慮したんじゃないのかな?」
私が知っても知らなくてもいい情報ならば、弟君のために言わなかったんじゃないだろうか。副会長は対応に困ってはいたけれど、決して弟君を嫌っている感じはしなかった。
そう思って発言したのだが、私の推測を聞いた弟君は柳眉を寄せて顔を真っ赤に染め、唇を切れるんじゃないかと思うぐらい強く噛みしめた。
私がその変化にびっくりしていると、弟君はすくっと立ち上がって私に投げつけるように言った。
「とにかく!……俺からでは納得できないでしょうから後は兄さんにでも聞いて下さい。それでは失礼します!」
弟君は私が何か言う前にぺこりと私にお辞儀して、そしてすたすたと早足で行ってしまった。
公園のベンチに一人取り残された私は弟君の去った方向を見て、ぼんやりと考えた。
「駅の方向同じだから、走ったら追いつけちゃうけど追いつかない方がいいよね……?」
ぽつんとつぶやくとお腹が鳴った。
携帯の時計を確認するともうお昼をとっくに過ぎている。とりあえずお腹が空腹を訴えているので、お昼ご飯を食べようと思って公園を出た。
ご飯を食べたら話を聞きに行かなくてはならない。
私は会う約束をするために、メールを送信した。