従兄と雨
魔会も終わり、しばらく落ち着いた日々が続いていた。
私は休日に、母に頼まれて従兄弟の家におつかいに来ていた。
副会長の家と同じ方向にあるのだが、最寄駅は副会長の家よりひとつ先にある。
従兄弟の家について、インターホンを鳴らし、叔母さんに迎えられて家に上がった。
「いらっしゃい、美耶子ちゃん。久しぶりね~!さぁ、あがってあがって。」
「お久しぶりです、おばさん!お邪魔しまーす。」
昔はよく遊びに来たなぁと、あの頃とほとんど変わっていない家の中を懐かしく思いながら、リビングに通された。
リビングには従兄弟の五人兄弟のうち、長男でこげ茶の髪が印象的な青年がソファーで寛いでいた。
「あ、浩君お久しぶり~!今日はお仕事じゃなかったんだね。」
青年は私を見て、びっくりしたような顔で声を上げた。
「美耶ちゃん……?美耶ちゃんか!!うわー久しぶりだな!え?今日どうしたの?なんかあったのか?貴史は今日いないぞ?」
「あれ?おばさんから聞いてないの?お母さんの用事で来たんだよ?」
私が向かいのソファーに掛けながら答えると、浩君は納得したような顔でため息をついた。
「あぁなんだ……。てっきり貴史が呼んだのかと思った。」
「お兄ちゃんは、今日私が来ること知らないんじゃないかな?言ってないから。」
「え……。あの馬鹿、未だに美耶ちゃんにお兄ちゃんとか呼ばせてるわけ?……うわぁ、気持ち悪いな。」
鳥肌が立ったかのように腕をさする浩君に、私は苦笑を返す。
私は五人の従兄弟を、次男以外はみんな名前に君付けで呼んでいるのだが、私を妹のように溺愛している次男だけはお兄ちゃんと呼んでいる。
浩君と話をしていると、おばさんが飲み物を持ってきてくれたので喉を潤した。
「お袋、俺美耶ちゃんが今日来るとか、聞いてなかったんだけど……?あと俺の飲み物は?」
「浩、あんた今日の朝になるまで、今日が休みとか言わなかったじゃない。だから言わなかったのよ。飲み物ぐらい自分でとりに行きなさい。美耶子ちゃん、貴史は今日はどっか用事があって出かけてるんだけど、もうすぐ隼人が帰ってくるから、そうしたらお昼にするからね。おばさんちょっとお昼の買い出しに行ってくるわ。」
どっかの誰かさんがお昼ご飯家で食べるなんて知らなかったから材料が足りないの、と浩君を睨みつけながらおばさんはにっこり笑って言った。
「へいへい。」
睨まれた浩君は頭を掻きながら、めんどくさそうに飲み物をとりに行った。
そして、すぐに戻るからと言い残して、おばさんは買い物に行ってしまった。
浩君と近況なんかを話しながら時間を潰していると、私よりひとつ下の隼人君が帰ってきた。
「ただいまー……。」
「おかえり隼人君。お邪魔してるよー。」
学生服に身を包んだ中学生の隼人君は、おばさん似の緑の瞳をいっぱいに見開いて私を見た。
「あれ?美耶ちゃんどうしてうちにいんの?貴史兄が呼んだの!?」
「今日は違うよ。叔母さんの用事。それにしてもまた背が伸びたね。前会った時はまだ私の方が背が高かったのに……。」
「そりゃまぁ男だし、美耶ちゃんよりは高くないとね。」
その後、着替えてきた隼人君も交えて再びお互いの話をした。
「それにしても隼人君の学校の制服って、白い学ランなんだね。なんかエリートですって感じ。」
「あれ汚れが目立つから生徒には微妙なんだけどな……。」
愚痴るような隼人君の言葉に、浩君が冷やかすように言った。
「お前兄弟の中で唯一、中学から学費のバカたっかい学校に行ってんだから文句言うんじゃねぇよ。」
「兄貴達と違って頭良かったからだろ!」
二人はぎゃあぎゃあと仲良く言い合っている。懐かしいなぁこのやりとり。
「隼人君の中学校って、名門高校の附属なんでしょ?なんで高校は共学なのに附属の中学校は男子校なんだろうね。」
「あ、附属の女子中学もあるんだってさ。」
「へぇ~……なんで分けたんだ?」
「俺が知るわけないだろ。」
会話の途中で飲み物を補充したり、浩君がどこからか引っ張り出してきたお菓子をつまみながら、三人で好き勝手にわいわいと話す。
「でも高校で合流させるなら中学からまとめてもいいのにね。女子中学の方は白いセーラーなのかな?」
「らしいよ。一応、うちと揃えたようなデザインなんだってさ。高校からは白のブレザーになるんだって。」
「白セーラー……やだなぁ。私そこの学校じゃなくて良かったよ。」
私の苦い口調に、二人が意外そうな顔で私を見る。
「美耶ちゃん白セーラー嫌なのか?」
「そういえば、美耶ちゃんが白い服着てるの見た記憶がないかも……。」
「うん。私絶対に白いワンピースとか、上に白がくるような服着ないようにしてるの。髪が鼠色だから、白が近くにあると髪の色が汚く見えるような気がして嫌なの。」
「そんなことないと思うけどな…。」
「白い服可愛いじゃん。美耶ちゃんも着ればいいのに……若々しくて清楚な感じで良いと思う。」
「浩兄発言がおっさん……。」
「うるせぇ!」
「隼人君。やっぱり中学から隼人君の学校に通う人ってお金持ちの子とか多いの?」
「あぁ、やっぱりある程度は、お金に余裕があるのが多い気がするな。何人かは大きな会社の社長子息とかもいるし。」
「へぇ~。」
「おい、隼人。そういうやつと友達になって将来のコネを作っておけよ。」
「浩兄げすいなぁ……。」
「浩君。弟相手に何を言ってるの……。」
「美耶ちゃんも隼人経由で、将来有望そうな彼氏とか紹介してもらえばいいじゃん。」
「え?私はいいよ、そういうの。」
「美耶ちゃんは年下彼氏は嫌?」
浩君の茶化すような質問が、私の方まで飛んできた。
「紹介するかしないかは別として、俺達の間だと、妹より姉の方が人気高いよ。」
「いや……年下とかは関係なくて、私が単純に彼氏とか紹介してもらう必要ないってだけだよ。」
私の発言に、二人が目を見開いて口を開いた。
「え?美耶ちゃん彼氏出来たの!?」
「い、いないよ!!」
即座に否定したけれど、真っ赤になるのは隠せなかったようで、二人は口をそろえて私に言った。
「けど好きな人はいる感じだね。それ絶対、貴史兄に言わない方がいいから。」
「あぁ……貴史には言うな。あいつ絶対、何様気取りで口出してくるぞ……。」
私は、ごくりと効果音がつきそうな表情で、真剣に忠告する二人の圧力に押されて頷いた。
二人はお兄ちゃんをどれだけ危険人物扱いしているのだろう……。
そんな会話をしていると、おばさんが帰ってきたのでみんなでお昼ご飯を食べた。
母の用事を済ませて和やかに団欒し、夕方には帰った。
ふと、なんとなく足が向いたので、最寄駅の方には向かわず副会長の家の方に向かってみた。
マンションの前まで来て、副会長の階の辺りを見上げてぼーっとする。
「なんか……用事もないのに家の前まで来ちゃうとか、私ストーカーみたいじゃない……?」
段々雲行きも怪しくなってきたし、考えたらむなしくなってきたので帰ることにした。
駅に向かって歩いていたのだが、ぽつりと雨が降ってきたのを皮切りに勢いよく雨が降り始めた。
「う、嘘っ!?」
あわてて雨宿り場所を求めて走り出す。周りは住宅街なので雨宿りできそうな場所などない。
ここからだと副会長のマンションより、駅の方が若干近いので駅に向かう。
激しい雨が叩きつけるように降り注いで、五分ほどで全身びしょぬれになった。
交差点でじりじりと信号が変わるのを待っているのが非常にもどかしい。なんで何も来ていない時の赤信号って、こんなに長く感じるんだろう。車も来てないし渡ってしまいたくなるが、じっと我慢する。雨で視界が悪いので、もしかしたらすぐそこに車が来ているかも知れないと思い、大人しくその場で足踏みしながら信号が変わるのを待ち続ける。
私が信号を睨みつけていると、頭上に影が差して頭に叩きつけていた雨がピタリとやんだ。見ると傘が差し出されたので、慌てて背後を振り向くと、隼人君と同じ学校の白い学ランに身を包んだ男の子が立っていた。
鮮やかな青い髪にオレンジ色の瞳が印象的な、頭がよくて気が強そうな美少年と言っていい相貌の男の子だった。目線は私よりも少し高い。
「あの……どこまで行くんですか?」
おそるおそると言った感じで男の子が私に尋ねてきたので、私もおずおずと答える。
「あ、とりあえず駅まで走ろうと思ってたんだけど……。」
「じゃあ、丁度俺も駅に向かうので傘に入っていきませんか?」
さすがにこの雨の中で、傘を持っていない私を見かねてそう言ってくれたのだろう。
けどこの雨で私が彼の傘に入れてもらうと、確実に彼までびしょぬれになる。それに私は既にすぶぬれなので、雨に濡れないようにひっつこうとすると彼が濡れてしまう。
「いえ、大丈夫です。気持ちだけ受け取らせてもらうね、ありがとう。けど、もしよかったらこの辺でコンビニがあるなら教えてほしいかも……。」
さすがに傘に入れてもらうのは申し訳ないので、遠慮して違う質問をする。男の子はそれに申し訳なさそうな顔をして返事をした。
「すみません。俺もこの辺あんまり詳しくないんでわからないです。とりあえず信号渡りませんか?」
やり取りをしている間に青になっていたらしい。男の子が入るといいと言ってくれたので、交差点を渡る間だけ傘に入れてもらうことにした。
渡りきったところでお礼を言って走ろう。
「ありがとう、ここまででいいよ。君が濡れちゃうの申し訳ないし、私はもう濡れてるからこのまま走っていくね。じゃあね!…………ふびゃっ!!」
「ぶふっ……!?」
年上のお姉さんらしく笑って走り出したのまでは良かったのだが、一メートルほど進んだところにあった濡れたマンホールに足を滑らせて盛大にこけた。
なまじかっこつけて走ったがゆえにダメージが大きかった。精神的にも肉体的にも……。
なんか後ろから、完全に噴き出したような声も聞こえたしね。
背後から若干笑いをこらえたような声が聞こえてきた。
「あの……やっぱり俺の傘に入りませんか?」
「……お願いします。」
こうして男の子に、駅まで一緒に傘に入れてもらうことになった。
「――……でね、私の従兄弟が君と同じ学校にいってるんだよ。」
「へぇ。じゃあもしかしたら話したことあるかもしれませんね。」
男の子は今中学三年生で生徒会長をしているそうだ。外見にぴったりな、絵にかいたような優等生だ。
「実は今日も、従兄弟に会いにこっちにきてたの。朝はいいお天気だったから雨が降るなんて思わなくて、傘を持ってこなかったのは失敗だったけど……。」
「そうだったんですか。今日は夜は激しい雨が降るって予報で言ってましたよ。」
「私、今日天気予報を確認してこなかったんだ……。ちゃんと見とけばよかった。君がいてくれて助かったよ。ありがとう。」
「いえ、別に……。」
私がお礼を言うと、男の子は少し照れたように笑った。
笑った顔が、少し幼くて可愛かった。
「君はこっちには何の用事だったの?」
「あぁ、ちょっと知り合いに会いに来たんですよ。」
にっこり笑って男の子はそう答えた。
それから学校の話を中心にしていたのだが、私が自分の学校名を告げると、知り合いがその学校だと言っていた。
意外な偶然ってあるんだね、世間ってせまいですねと他愛のない話をしながら駅に向かった。
駅に到着して、改めてお礼を言って別れた。
そして家に到着して、そのままお風呂に直行して着替えて、ようやく落ち着くことが出来た。
「それにしてもあの男の子。どことなく誰かに似てる……。誰だろう……?」
鮮やかな青い髪にオレンジ色の瞳。あのカラーリングの容姿レベルの高い知り合いかぁ……。
艶やかな藍色の髪に薄い金色の瞳の、柔らかく目を細めて笑う副会長をふと思い出した。
「あぁっ!!斎先輩だ!あの子斎先輩にどことなく似てるんだ!」
カラーリング以外は、同じ知的な印象でも顔だちは結構違う。けれど、笑う時に目を細めて柔らかいまなざしになるところが似ているのだ。
というか、副会長とは違って愛想のいい子だったなぁ。副会長は……あれ?でも副会長も猫かぶって愛想良くしたらあんな感じになるのかな?
「明日聞いてみようかなぁ……ふぇっくし!……うぅ、体冷えたのかも……今日は早く寝よう。」
ずびっと鼻をすすってベッドに入った。
携帯にお兄ちゃんから、今日来るなら用事キャンセルしたのになんで教えてくれなかったんだ!と文面全体から悲しみが溢れたメールをもらったけれど、用事をキャンセルしそうだから言わなかったんだよ、とは言えなかった。