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マナーモードとメール

ノルマその1です。

放課後。

生徒会室の別館、副会長曰く生徒会館に到着した。


生徒会館には用事のある委員以外は来てはいけないことになっているし、その玄関にたむろするのも基本的には禁止なので現在ここには私一人だ。

だ、大丈夫だよね…?

だって副会長が呼んだんだもん。このメモは副会長でいいんだよね? ペンネが持ってきたから名前書いてなかったけど副会長だよね?


メモを握りしめてドアをノックし、生徒会館に入る。


そろ~っとドアを開けた。


足元でペンネがにゃおんと鳴いて私を見上げていた。

よかった。ここで副会長が仁王立ちしていたら、私は迷わずドアを閉めてまわれ右してた自信がある。いや、どうだろう逆に硬直して何もできなかったかもね…。


ペンネの先導で前回とは違う部屋に通された。

有難いことに誰ともすれ違ったりしなかった。

通り過ぎた部屋の向こうで話し声が聞こえたことから、まったく誰もいないわけではないようだが。


二階の廊下の奥から二つ目のドアの前で、ペンネが立ち止まった。

ドアプレートには『勉強室』と書いてある。

え?まさか役員専用の勉強部屋があるの!?しかも机も椅子もここの方がランクが上だ!椅子に肘かけまである。

そりゃあ共同で使う勉強室に生徒会の役員がきたら、勉強どころの騒ぎではなさそうだがこんな特権があったなんて…。

てっきり家で勉強してるか、教科書見てるだけで点数取れる天才かと思ってた。後者は私の親友の話だ。天才ってずるい…。


ドアをノックしてしばらく待つ。「入れ。」という声が聞こえたので深呼吸してからドアを開けた。


「失礼します…。」


副会長は不機嫌そうな顔で私を眺めつつ、長机の一番奥の端に座っていた。

あ、副会長も真ん中よりは端っこが好きなタイプですか?そこだけはちょっと親近感がわきます。私も基本端っこに席を取りたいタイプです。

私がドアを閉めて長机の真ん中あたりまでくると、副会長が盛大にため息をつきながら私に訊ねてきた。


「単刀直入に聞くが、お前のクラスは使い魔について勉強していないのか?」


私は全力で、無造作に肘かけにおかれた副会長の手元を見つめている。なので、今副会長がどんな表情をしているかは知らない。

声から察するにご機嫌なわけではないだろう。


「…授業としてなら基礎は一応…。」

「ではサボっていたのだろうな。」


馬鹿にしたような声音で言われたのでちょっとムッとする。


「……私は授業は真面目に聞いています。」


お昼休み後一番の授業が、めちゃくちゃ眠くなるような話でない限りは、かなり真面目に授業を聞いてる自負がある。成績に反映されないだけで…。

副会長に座れと言われたので、手近な椅子を引っ張り出して、副会長の方向に向けて座った。副会長とは椅子3つ分の距離だ。


「ならば覚えていないのだろうな…。

いいか、使い魔というのは、基本的には使役主が自分で生み出すすべてがオリジナル個体だ。自分で自分の魔力を使い、自分に一番適した形に作り上げる。人間以外の動物を模す場合が多いな。

別々の人間が、同じ動物の使い魔を持っているように見えても、見た目が似てるだけで全く性質は異なる。」


唐突に、副会長の使い魔講座が始まった。ここまでは私も知っている。授業のように感じたので副会長と視線を合わせる。

あぁ、今の説明しながら眼鏡クイッてやってくれないかな…?すごくハマると思う。


「では、使い魔を使役するメリットがわかるか?」

「……手数が増えるから…?」


私は実際に使い魔を使ったことがないのでメリットがよくわからない。別にメリットがなくても、私ならペンネみたいな使い魔を愛でるためだけに召喚したいくらいだ。


「それももちろんあるが、使い魔の最大のメリットは偵察だ。」

「偵察…。」


なんか嫌な予感が膨れ上がってきた。


「使い魔は主と魔力で繋がっている。特殊な場所で繋がりを絶たれない限り、常に主に情報を伝えることができるし、主自身が直接行動させることもできる。」


副会長がゆっくりと立ち上がり、私の方にゆっくり近づいてくる。

窓から差し込む夕日で副会長の表情が見えにくいのが怖い。副会長から伸びた影が私を覆う。

膝の上で握った拳を見つめる。


「もちろんペンネも俺と常に繋がっている。ペンネは攻撃性のある魔法は使えないので、特にその能力を特化させてある。」


拳はじんわりと汗をかいてふるふると震えている。


「そして、俺はお前とペンネを接触させる時は、常にペンネをリンクさせていた。」

「………………。」



もう何が言いたいか、おおよそ把握できました。

現実と副会長を直視したくない私のために、わざわざ副会長が私の視界に入るように片膝をついて、私を覗き込んでくださいます。


「『あの胡散臭いきらきら笑顔の下には真っ黒な野心があるんだよ。だけど使い魔の名前はペンネ……。ぶふっ!』か…?」


やだー。

一言一句覚えてらっしゃいますよ、4日前の出来事なのにね。


「他にも色々と好き放題言ってくれたな?お前が俺に眼鏡着用を求めていることやら、お前がシャツからのぞく鎖骨にときめくといういらん情報まで。」


そういや鎖骨フェチなこととかも語ったね…。由紀とぐだぐだしゃべるレベルの、他にもどうでもいいこといろいろ言った気がするよ。ゆで卵は白身が好きだとかね…。


「ははは…。」


自分の口から乾いた笑いが漏れた。

人間本当にどうしようもない時は、笑ってしまうんだね。

今、私の顔は赤いんだろうか青いんだろうか、もはや自分では判別できない。


私が石像のように固まっていると、副会長が私の握りしめた両手を優しく包み込む。軽くポンポンと叩いている。

いたわるような仕草のはずなのだが、真綿で首を絞められているような錯覚を覚える。どうせなら真綿で包んでください。


「ちなみにペンネと俺が繋げることができるのは情報だけではない。五感も繋げることが可能だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚…そして触覚も。」


もう一度、私の両手をポンポンと叩いている。

そして、私の両手は膝の上に置いてある。


「無理やり膝枕を堪能させてもらったよ、ありがとう。」


俺の膝とは違って柔らかかったぞ、と鼻で笑われた。


やだ詰んだ。


ペンネは自分が副会長とリンクしていることをわかっていた。

そしてペンネは確かに私の膝に乗ることを嫌がっていた。それを抱きしめて疑似壁ドンして無理やり膝に乗せたのは私なのだ。

知らなかったとはいえ、全力で副会長にセクハラかましていたのだ……。

っていうか他にもペンネに頬ずりしたり、抱きしめて撫でまわしたりしていたのだ。


つまり、ペンネを撫でていた。ペンネを抱きしめていた。ペンネを無理やり膝枕した。

ペンネを副会長に置き換えてみるとよくわかる。

副会長を撫……あ、もうだめだ。


状況的には壁ドンほどではないが、副会長の顔がかなり近い。

助けて下さい!今すぐ誰かがこの状況を代わってくれるなら私はお金払ってもいいよ!!

今なら副会長の上目づかいという貴重なシチュエーションを堪能し放題だ。

愛らしさはまるでないうえに、胸ではなく胃が締め付けられるドッキドキの展開だ。


副会長は楽しそうに、うなだれた私の髪を優しく梳いている。その手つきは、私がペンネを撫でている時の手つきと全く同じだ。

されたことを同じように再現しているのだろう。

だが正直そんなことはどうでもいいのだ。



「ち……。」


声が震えていた。


「ち?」

「……痴女ですね、私…。」


茫然と副会長に問いかけると、副会長は一瞬キョトンとした後、私の膝に顔を伏せた。肩が震えているので笑っているのだろう。

なにがツボに入ったのかわからないが、そこは私の膝の上です。息が当たってくすぐったいんです、どいてほしい。

声を殺すように震えているので、携帯のマナーモードのようだ。

マナーモード副会長だね。

いっそお腹から声を出して笑ってくれた方が、私としては慰めになるんだけど。

前も思ったんだが、意外と副会長は笑い上戸な感じなのかな。私の醜態を見てやたらと笑ってることが多い気がする。逆か。私が副会長と会う比率に対して醜態が多すぎるのだ。

…いやだな、それ。

それよりも、なんで授業では感覚の共有は教えてくれなかったんだろう。それとも私が忘れていただけなの…?

20秒ほど副会長がマナーモードしていたので、私は副会長の頭頂部をぼんやり眺めて、禿げればいいのに!と念じておいた。

このやりきれない感情は、八つ当たりで散らすに限ると思う。

マナーモードが解除されたらしい副会長が立ち上がり、軽く膝の埃をはらった。


改めて謝罪はしておこう。


「あの…。知らなかったとはいえ、いろいろと失礼な言動を繰り返してて、すみませんでした……。」

「…このことはもういい。今後は使い魔を普通の動物のように愛でるのはやめておくことだな。動植物に話しかける人間を否定する気はないが、他人の使い魔にそれをすると、主にほぼ筒抜けになるぞ。」

「……はい。」


身にしみて理解しました。


「さて、実は本題はこれではない。」


マジですか。もう帰りたい。


「実はペンネにお前の魔力を与え出してから、異常なほどペンネの調子が良くなった。

だが、俺とお前の魔力はまったく似ていない。そもそも、怪我をしていたとはいえペンネがすんなりお前の魔力を受け取れたことがおかしい。使い魔は主以外の外部の魔力に、抵抗するように出来ているのだからな。」

「はぁ……。」


なんか結構大事なことを言ってるような気がするが、上滑りして聞こえてくる。


「今のところお前以外の魔力を簡単に受け取るようなことはないが、ならば何故お前の魔力だけがすんなり俺の使い魔に混じることができるのかがわからない。

本来使い魔の性質的にありえないことだ。調べるために、今後は直接ここでペンネに魔力を渡してもらう。」


内容が頭に入ってこない。


「おい、聞いているか?」


私は自分の醜態を恥じ入るのに忙しいのだ。後にしてください。


「…たぶん、聞いています。」


聞き流してるだけともいう。一刻も早くここから逃げたいのだ。私は一度へこむと長いんですよ!

私が、地味にへこみ続けているのだと察した副会長が、ため息をついた。

誰のせいだよ。私の自爆ですね。ため息は私がつきたい。

さすがに見かねた副会長が私の頭にぽん、と手を乗せた。

お、何かいい感じにフォローをください。


「おい、へこむな、めんどくさい。」


フォローなんてなかった。


とんでもなく投げやりな口調でした。


「あの…帰っていいですか?友達に慰めてもらいに行きたいです……。」


もうこれ以上の失礼なんてないんだから、ちょっと強気に発言してみる。ほぼ面識のない副会長相手なのに、内弁慶な私がなかなかの主張だ。


「副会長の御用件は後日、ペンネを通じて連絡していただけたらと…。」

「ペンネは喋れないんだ。喋れていたら、お前が失態を演じる前にペンネから忠告があっただろうな。こいつはお前の醜態に同情気味だった。」


ペンネの紳士的な優しさと、自分の間抜け加減に泣けてくるね。


「なんで喋れないんですか?」

「俺とはリンクしてるんだから喋らなくてもいいたいことは伝わる。もともと、誰かとの連絡手段という役割で創ったわけではないから、喋れなくても問題なかった。」


そんな機能くらいつけておいてよ、という私の主張はにべもなく否定された。

そうだね、偵察、観察目的なら自分とだけ意思疎通ができてれば問題ないからね。余計な事をしゃべらなくていい分、都合がいいのかもしれない。

私もペンネが全く喋ろうとしなかったから、本物の猫のように扱ってたところがあるし…。言い訳だけど。


「あと、ペンネが声高に主張したがっているので代わりに言っておく。ペンネは子猫ではなく、豹だ。」

「へ?」


ある意味先ほどよりもよほど大きな衝撃が来た。灰色の子猫じゃないの?

すると、さっきまで大人しく存在感を消していたペンネが私の足元でにゃおんと鳴いた。ちょっと胸を張っているように感じる。


「豹…ですか?たしかに豹柄はついてますけど…。」


確かに子猫としてはちょっと大柄だとは思っていたけど、使い魔なんだし子猫ベースで副会長のオリジナル要素が入ってるだけだと思っていた。


「正確にはユキヒョウの子供だ。実在する動物だぞ。」


本物よりやたらとグレー味が強いがな、という副会長に、私はごくりと息をのみながら大事なことを確認する。


「……ペンネは成長…大きくなったりしませんよね…?」


私の言葉を聞いて、副会長が猫のように目を細めて笑った。


「してやろうか?」

「遠慮しますっ!!」


恐ろしい速度で否定の言葉が出てきた。足元のペンネの尻尾が、ちょっとしょぼんとうなだれてるように見えた。

ペンネは大きくなりたいんだね…。


「お願いですから、私がペンネの傍にいるときはこのままの姿でお願いします!」


私、大型の肉食動物がちょっと怖いんだよね…。遠目で見る分には大丈夫なんだけど、手が届きそうな範囲にいると、齧られそうで竦んでしまう。

散歩中のシベリアンハスキーとすれ違う時、怖すぎて顔ひきつってるって言われたことあるし。

なので思案するように、にやにやとこっちを見るのをやめてほしい。

警戒しながら副会長を見上げてしまう。


「少しは調子が戻ってきたようだな。」

「え…?」


もしかして気を紛らわせてくれたのかな?

ペンネが子猫じゃなかったという衝撃の事実で、ちょっと気持ちは浮上した。


まぁ、私の醜態が消えたわけじゃないんだけどね。


「では、明日から昼はいいから、放課後ここに来い。お前の魔力の供給を直接観察すれば何かわかるかもしれないからな。」

「え? あの…拒否権みたいなものは――…。」

「あると思うのか?」


ないですよねー。だって負い目があるからね!

なくてもたぶん断れないような気はするけどね…。私のいくじなし…。


ふいに、副会長が片手を私に差し出してきた。


「携帯を出せ。」

「え?あ、はい…………何をする気なんですか?」


恐ろしい。何の迷いもなく、立ち上がって携帯を差し出すところだった。なんて命令し慣れてるんだ!

渡す直前ではっと気づいて手をひっこめたが、するりと携帯を奪われてしまった。


あ、しまった。


携帯をじっと見つめた後、すぐに返してくれた。

その後自分の携帯をとりだし、しばらくカコカコと操作してた。

意外と操作遅いな…。私がメール打つ速度の方が速い。


何をしてるんだ、と思ったら携帯にメールが来た。

確認したら、未登録の人からの『登録しろ』というタイトルの、本文に電話番号が書いてあるだけのメールだった。

ちらりと確認するように副会長を見たら、顎をしゃくるようにして早くしろ、と催促されました。

え?あの数秒で私のアドレス暗記したの?その記憶力が怖いです。

登録するまで帰してくれなさそうなのでとりあえず登録しておいた。

後でそっと消そう。


「後で消すなよ?」


何故ばれた!?


登録したら今日は帰っていいと言われたので、さくっと登録してしまう。

ん?副会長の名前なんだっけ?星…りょう…りょうの漢字が分かんない。

もういいや!


ペ…ン、ネっと!はい登録!


そのままそそくさと帰宅したらさっそく夜にメールが来てた。


『アドレスを、他の奴にばらまいたら許さない。』


その手があったか!

ファンクラブに売れば偉いことになりそうだ。

副会長の許さないって怖いね。具体的に何されるか一切わからないところが怖い。


返事をするようなメールでもないので、アラームのセットだけして携帯を閉じる。


全部夢だったらいいのに……。


おやすみなさい。


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