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涙のあとと羞恥と喜び

副会長の腕の中で泣きじゃくって、ようやく気持ちと涙が落ち着いたころ、猛烈に恥ずかしさがこみあげてきた。

割とそれどころではなくてされるがままになっていたけれど、好きな人の膝の上でしがみついて泣きながら、子供をあやすような感じとはいえ、ぎゅっと抱きしめられていたのだ。

は、恥ずかしい……!!

私がドキドキして、体が緊張してきたのがわかったのだろう、副会長が柔らかく腕を解いて私の顔を覗き込んだ。至近距離で副会長に泣いた後の顔を見られることがたまらなく恥ずかしくて、俯いた。

私が照れてる様子を見て、副会長は柔らかく笑った。


「照れる余裕が出てきたってことは、もう大丈夫だな。」

「はい……。すいませんでした、もう大丈夫です。」


私は、目は腫れていないだろうか、声はいつも通りだろうか、私の今の態度は変じゃないだろうかと色んな事がぐるぐると気になってきて、今までどうやって私は副会長と接していたのだろうかと、軽いパニックになっていた。

おろおろしつつ視線をそらしていると、副会長の肩口が私の涙でじんわり濡れているのに気付いて慌てて声を上げた。


「あ、ごめんなさい!あの…肩、ものすごく汚しちゃいました……。」


涙だけだよね…。たぶん鼻水はつけてないはずだと必死で記憶を振り返りながら謝罪すると、副会長はちらりと肩を見て、気にするなと笑った。


「すぐに着替えるし、別に気にもならないから大丈夫だ。それよりちょっと目が赤いな。少し待ってろ。」


そう言って、副会長は未だに膝に乗ったままだった私をおろし、ストラを私にぐるぐるとマフラーの様に巻きつけて、どこかに行ってしまった。

しばらく待っていると、良く冷えた缶をひとつ持って戻ってきた。

そして副会長は、それを渡しながら私に言った。


「これを少し目にあてて冷やしておけ。後で飲んだらいい。俺は先に戻って、少し騒ぎが収まる様にしてくる。お前は目を冷やしてから着替えて、これを飲んでゆっくり帰ってきたらいい。」

「ありがとうございます……。あの、これストラ……。」


そのまま立ち去ろうとした副会長に、ストラを外して返そうとすると、押しとどめられた。

そしてちょっと照れくさそうに、内緒話をする様に耳元で囁かれた。


「着替えに行くまでそのまま巻いとけ。その恰好……似合っているし可愛いんだが、あんまり他の男に見せたくない。」


まぁいまさらなんだけどな、と笑う副会長の表情に顔が赤くなった。なんだろう、副会長からもらう言葉の一つ一つが嬉しくて恥ずかしい。

落ち着かなくてそわそわしていると、副会長が私を見ておかしそうに笑った。


「どうした?今日はえらく反応がいいな。意識されてるのがわかりやすくて嬉しい限りだ。」

「いつも通りです!その…あれです、顔が赤いのは今ちょっと暑いからですよ!」

「意外だな。俺が眼鏡だからテンションが上がっているんだと言われるかと思ってた。」


本当に意外そうな口調と表情の副会長に言われて、はじめて副会長が今、眼鏡をかけていたことを思い出した。

そういえば競技前からずっと、副会長は眼鏡神父のままだった。競技前にひとしきり大興奮し終えたとはいえ今の今まで、まるで意識していなかった。


「あ…………。」


私のぽかんとした表情に、察したらしい副会長がにやにやと嬉しそうに笑った。


「なんだ、本当に気付いてなかったのか。いいな、ようやく眼鏡より俺自身を意識しだしたようでなによりだ。せっかくだから、何かもうひと押ししておくか?」

「い、いりません!」


一層恥ずかしくなって、首に巻いているストラに顔を埋める。これ以上ドキドキさせてどうしたいんだ!

すると、名前を呼ばれながら頭をつんつんとつつかれたので、そろそろと顔を上げると、副会長の長い指で作られたキツネがいた。

きょとんとしてキツネをみつめて、とりあえずよしよしと目の前のキツネを撫でてみた。すると、にやりと楽しそうな悪戯っ子の様な顔をした副会長が、そのままずいっとキツネを私に近づけた。


「ちゅ。」


と言ってキツネが私の唇に、ふにっと柔らかくぶつかった。

びっくりして固まっていると、副会長は今度はキツネを自分の方に持っていき、私が見ている目の前でそのままそのキツネに自分の唇を押しあてて、ちゅっとキスをした。


「お題でお前がしてくれたキツネのキス。可愛らしくて俺は結構嬉しかったぞ。またしてくれ。今度はお前の間接キスつきがいいな。」


副会長は楽しそうにそう言いながら、真っ赤になって固まる私を残してすたすたと戻ってしまった。

残された私は、副会長が立ち去った方向を見つめ、次に手に持った副会長がくれたひんやりとした缶を見て、さきほどまでの状況を思い出してさらに顔を赤くしていた。


「やだ、どうしよう……。しばらくキツネ見るたびに色々思い出しちゃいそう……。」


しばらく一人で膝を抱えて、恥ずかしさに悶え続けていた。




更衣室に戻ると、大半の選手がもう着替え終わってグラウンドに戻ったらしく、ほとんど人がいなかった。

少しほっとしていると、残っている人の中に既に着替え終えて体操着姿の由紀がいた。

どうやら私のことを待っててくれていたらしく、私に気づくと心配した顔で私のところに近づいてきた。


「美耶子、大丈夫だった?さっきの借り物競走で副会長とゴールしてたけど、あのキスコールに嫌な思いしなかった?遠目で私はよくわからなかったんだけど、副会長が美耶子連れていなくなっちゃったから、もしかしたらものすごく嫌な思いをしたんじゃないかと思って……。」


心配そうに私の顔を覗き込んでくれる優しい親友に、私は心からの笑顔で大丈夫と告げた。


「大丈夫だよ。ほんの少し、昔の嫌なこと思い出しちゃったけど、もう平気。心配してくれてありがとうね。嬉しいな。」

「心配するのなんて当たり前でしょ!私は美耶子が大事なんだから。そのマフラーみたいなやつと缶は、副会長がくれたの?」

「うん。ストラって言うんだって。」

「へぇ…。でもなんかあれね。悪魔の恰好して、副会長の神父のストラ?巻いてるのって、まるで美耶子が副会長のものって主張してるみたいだよ。」

「私が……副会長のもの……?」


由紀にさらっと指摘されたことに、副会長から何度も「俺は美耶子のもの。」と告げられた記憶がよみがえり、私は真っ赤になった。今日だけで私は一体、何度顔が赤くなるんだろう。

由紀は「今さら気付いたの?」と呆れたような顔でつぶやいて、私の目尻をさらりと優しくなぞって、話題を切り替えるように笑って言った。


「……とりあえず元気になったみたいでよかった。早く着替えなよ。」


私の目元が少し赤いことに気づいてはいたようだが、由紀はあえて追及はしなかった。説明が難しいし、もう済んだことだから大丈夫なのだと言う私の言葉を信じて、何も聞かずにいてくれる由紀の優しさに感謝した。


私達がいなくなった後の借り物競走はどうだったのかと由紀に聞くと、借り物競走自体はその後も大盛り上がりで終了したらしい。

あの後生徒会長は、結局書記の人を借りてゴールしたらしい。

海賊姿の会長が告白をしたのだが、面白がった着流し姿の書記の人が、体をくねくねとさせながら「えー、どうしよっかなぁ~。真剣さがたりない…。」と言いながら髪を弄って女の子の真似をして、結局告白を三回やり直させたらしい。コメディのようなやりとりに、会場は笑いで大盛り上がりしたそうだ。……生徒会長も可哀そうに…………。そして書記の人は副会長だろうが生徒会長だろうが、弄って遊ぶ傾向にあるんだ……。


私が着替えて由紀とクラスの待機場所に戻ったのだが、みんなは普通にお疲れ様ー、よくやったと労いの声をかけてくるだけで、キスのことについて茶化されるようなことはなかった。

どうやら先に戻った副会長が、色々と釘をさしておいてくれたらしい。

結局、あのストラ越しで見えなかったキスはしていたのかしていなかったのか、気になると言わんばかりの視線が全くないわけではなかったが、事前に副会長が釘をさしていたのと、隣の由紀の睨みを利かせた視線もあって、直接私に何かを言ってくる人はいなかった。

というかあのキスがどうだろうと、その前のキツネのキスで審判の合格はもらっているので、私のトップ合格にかわりはないのだ。

私は借り物競走については無言を決め込んで、クラスの応援をしていた。




私は借り物競走で大きく学年に貢献したけれど、結果としては私達の学年は、結局負けてしまった。

今年の魔会の優勝は、当初からの予想通り、副会長の学年だった。借り物競走はポイントをさほど取れなかったが、他の競技で確実な勝利を収めて着実に積み上げた得点が、他の追随を許さなかった。


色々とあって少し嫌な思いもしたが、色んな意味で思い出に残る魔会だった。


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