魔会と異なる一面
「え…あの、先輩。こんな衣装だとは思わなかったんですが…へそ出しだよって教えてもらったからお腹はいやだと駄々をこねましたが、これはお腹以前の問題ですよ……。」
「仕方ないわよ。決まったんだもの。それと胸と背中はお腹を隠すために犠牲になったから、元々はそこまで露出してなかったのよ?」
私の言葉に風紀委員の人が大変だったんだから、とこぼす。
うん。すごいと思いますよ。風紀委員の人のお裁縫スキルの高さとリメイク力はね。問題はこの衣装です。
「私ただの露出狂じゃないですか…。」
「可愛い子の露出は目の保養だと思うわ!」
にこやかな風紀委員の人のフォローが辛い。私だって、それが他人に向けられた言葉なら全力で同意しますよ。私じゃなければね!!
「こんな恰好して全校生徒の目の前に出るとか、正気の沙汰じゃないですよ!?」
「大丈夫よ。確かにこの衣装は露出度が高いけれど、中原さんが一番じゃないわ。もっとすごいのが別の学年にいるもの。」
もはやそれは痴女レベルのコスプレですよ…。拒否権のないその人が可哀そうだ。私の拒否権もないようだけれど。
そんなやりとりがありつつ、私が衣装にむなしい抵抗を繰り返している間に、さくさくと一週間が過ぎて魔会が始まった。嘘だ……。
日焼け止めを入念に塗りたくって、屋外での活動に挑む。
学年対抗なので、色分けは信号機カラーだった。私の学年は黄色だった。
「あ、副会長だ。」
集合している途中で、生徒会長らしき人と話している副会長を見つけた。
体操着で他の人達とは違う場所に集まっている。生徒会は整列も別の場所なのかな?
副会長は緑の鉢巻きをつけている。遠目からでもわかりやすく背が高いし、よく目立つ。改めて、あの人かっこいい人なんだなと思った。
「ちょっと美耶子。副会長に見とれてないで早く行こうよ。美耶子は見ようと思えば至近距離でいつでも拝めるじゃん。」
「それとこれとは別問題だよ!」
「拝めることは否定しないんだね…。」
「拝んだら拝んだで、でこピンされる不思議なんだけどね。」
「どうせ眼鏡と鎖骨ばっかり見てるんでしょ。」
「なぜばれたし!?」
由紀とそんなやりとりをしながら自分の学年の整列場所に待機した。
魔会は副会長が司会の開会式から始まる。
マイク越しの声を聞きながら副会長の司会姿を見ていると、まるで遠い人のように感じた。
副会長って有名人だったんだなぁと、ふと思った。私が副会長をみつめるのはこんなに簡単だけれども、副会長が私をこの列の中から見つけ出すのは至難の業だろう。
などと考えていると、生徒会長の挨拶が始まった。けれど私は会長のあいさつそっちのけで副会長を見ていた。
すると、全体をぐるーっと見まわしていた副会長が、私の学年のところで目をとめた。
っていうか私と目があった気がする。そして少しだけ笑った。心臓が跳ね上がった。
副会長はそのまま手元の進行表に目線を戻してまた無表情に戻ってしまったけれど、私は見つけてもらえたことが嬉しくて、そのまま開会式が終わるまで、ずっと副会長を見つめていた。
「美耶子、今日は副会長の応援したらだめだからね!」
魔会が始まって、由紀を中心にクラスのみんなから真っ先に言われた言葉がこれだった。
「失礼な!クラスの応援ほったらかして副会長の応援したりなんてしないよ!」
自分の学年と副会長がぶつかったら、もちろん自分の学年を応援する。でも違う学年と副会長がぶつかった試合は、副会長を応援しても良いだろうと思っていた。
私がそう反論すると、そうじゃないと全員から言われた。クラスどころかA、Bクラスからも釘を刺された。
「もう中原が見てるってだけで、副会長が無駄にがんばりそうな気がして嫌なんだよ!」
「副会長の競技中だけ、こいつどっかに隠せないかな……?」
「割と本気でありかもしれないな……。」
「でも後で副会長に睨まれたりしたら、私立ち直れないよ。」
学年対抗だが、競技としては基本的に自分の一つ上からひとつ下までのクラスとしか当たらないようになっている。でないと魔力の差で始める前から勝負がついてしまうことがあるからだ。
なので副会長と当たる可能性のあるA、Bクラスが真剣に私の存在について検討しだした。だが、途中から話の方向性がおかしくなっていく。
「……てか副会長って、彼女はべたべたに甘やかすタイプだったんだな。」
「生徒会長や書記の扱いが結構そっけないからクールなのかと思ってたけど、中原には別人みたいな構い方してるよな。」
「今週なんか用事のない日は一緒に帰ってたしね。あれ中原さんはバレてないと思ってるんだろうなぁ…。駅付近でちょくちょく一緒にいるの見かけたし。」
「副会長自体がどこ行っても目立つ存在なのに、隠そうとする方が無理だよねー。」
「中原さんが顔真っ赤にしながらきょろきょろしてるのと、副会長がそれを見てにこにこしてるのを見てると、嫉妬とかよりどっか余所でやれよって気持ちが強くなるんだけど。」
みんな仲いいね…。私の話をされてるはずなのに、何故か私は疎外感を感じているよ。
そしてバレてたんだね……一緒に帰ったりしてたの。やっぱり副会長に大丈夫って言われても、手なんて繋ぐんじゃなかった。あのにやにやは、必死に周囲を確認する私の無駄な努力を笑っていたのか副会長め。
そして、もう完全に付き合ってる認定されている。なんか……外堀が埋められてる気がする。
「ちょっと!話がそれてる。茶化すのやめなさいよ!副会長からも茶化すなって公式に発表したことがあったでしょうが。」
由紀の一喝でその場がぴたりとおさまった。そして結論として、副会長を応援することは絶対にするな、と私に念押しして解散した。
由紀が少し心配そうな顔で尋ねてきた。
「美耶子……平気?さっきは美耶子の前だったしみんな悪い感じではなかったけど、完全に面白がって茶化されてたけど……。」
優しい親友は、野次馬に茶化されることで、私が傷つかないか心配してくれたらしい。なまじ自分が言いはじめたことがきっかけだったから気にしているのかもしれない。
私は笑って由紀に答えた。
「別に色々言われるのは平気。確かに恥ずかしくていたたまれないけれど、それを理由に副会長を避けたりはしないよ。私が茶化されることで副会長を嫌いになることはないから。……私が怖いのはもっと別のこと。」
「私は美耶子が平気なら、副会長を避けようがどうだっていいんだけど……。別のことって?」
私は曖昧に笑って言及を避けた。だって言ったら本当にそうなりそうで嫌だから。
そんな話がありつつも、魔会は順調に消化されていった。
さすがと言うか…やはり副会長の学年が異様に強かった。副会長と会長と書記の人がいる。この三人は出る競技で必ず勝利をもぎ取っていくので、みんな一丸となって潰しにかかるのだが、圧倒的な強さで蹴散らして勝利をかっさらう。
ちなみに副会長が特に圧倒的な強さを見せつけたのが、使い魔障害物競争だった。
使い魔を作れることが出場条件の競技で、召喚した使い魔と一緒に、様々な障害物を排除したりうまく抜けたりしながら、一番にゴールする競技だ。
使い魔を召喚したら、その後は魔法を一切使わずに、自身の身体能力と使い魔の能力のみで障害物を踏破しなければならない。
副会長はペンネとは別の、本物と見紛う立派なヒョウの使い魔を召喚した。副会長にヒョウが寄り添って立っている姿が、ものすごく絵になっていた。
スタートの合図とともに副会長が使い魔と共に走り出し、ハードルを越えたり、使い魔のヒョウに命じて炎を操ったりしていた。
女子の声援が凄まじかったけれど、副会長はどこ吹く風と無表情で淡々とトップを独走していた。私は応援したくても、クラスのみんながしっかりと私をにらんでいるので、そっと心の中で応援しているだけだった。
副会長は二着に圧倒的な差をつけてゴールしたけれど、軽く汗をかいている以外は特に何の感慨もなさそうな顔をしながら、使い魔の頭を軽く撫でてねぎらっていた。
隣の由紀が面白くなさそうに、棒読みでつぶやいた。
「びっくりするほど余裕な顔して一位を持っていったね。かぁっこいいー。」
「うん……。あの人誰だろう……?あんな淡々としてる人だったっけ、副会長って……。」
実は意外とノリがよくて、寛容で優しい人なのに。そんなに表情がよく変わるわけではないけれど、柔らかく目を細めて笑う人なのに……。
私が首をかしげながら言うと、由紀が何言ってるの、と言った。
「美耶子さえ絡まなければ、だいたいあんな感じだよ、あの人。そもそも美耶子だって副会長と仲良くなる前は『眼鏡が似合いそうでかっこいいけど、腹黒っぽさそうだから近づきたくない』とか言ってたじゃない。」
「あぁ、そういえばそんなこと考えてたね。」
ものすごく過去の様な感じがするが、そんなに昔の出来事ではない。私の中で副会長の存在が急激に大きくなって、近づいて、色んな表情を見ることがあったからなのだろう。
自分が特別扱いされている自覚なんてまるでなかったのだが、そう考えると私は副会長の色んな表情を知っているっていうことが既に特別なんだな、と思った。
そう思うと嬉しいのと同時になんとなく恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠すように俯いた。
私は団体競技の玉入れに出場した。
それぞれ籠と玉とがあるエリアの周りに丸いラインが引いてあり、選手はその外側から何らかの魔法を使って玉を籠に入れるのだ。もちろん魔法を使って相手の玉入れを妨害するのもありだ。
私は、風魔法で自分の味方が籠に入れる玉を調整して補佐するサポートに徹していた。
基本的にA、Bクラスが個人戦が多いのに対して、それ以外のクラスは団体戦の方が多い。なので私は団体種目に多く出場していたし、副会長は個人種目に多く出場していた。
そんな中で私が『大津波』という団体競技に出場した。
用意された水を操って、相手の船を転覆させた方が勝ちと言うルールだ。複数人でそれぞれ水を操るので、協力して同じ方向に水を操らないと大きな波が出来ない競技だ。
その水を出現させたのが副会長だった。
深さ一mほどの水が入った二十五mプールくらいのイメージで水を作りだし、その場で維持し続けるのだ。これを一人で作り出すのだから、Aクラスの人達ってすごいなと思う。
水を作る係は公平なように戦う学年以外から選ばれるのだが、まさか副会長が係の競技に当たるとは思わなかった。
ちらりと副会長を見ると、副会長も私に気づいていたようで、口の動きだけで「頑張れ。」と言ってくれた。それだけで力をもらえた気がした。
…………まぁ、負けたんですけどね。
そんな午前中の競技が終了し、お昼休憩に入った。
お昼は由紀と一緒にとっていた。
由紀は得点結果に不満げだ。
「全然勝てない……。」
「うちのクラスは由紀が個人競技で結構ポイントを獲得してるんだけど、学年全体として見たらやっぱり低いね。一年生はたいてい負けるって言う伝統があるぐらいだしね……。」
「っていうか生徒会長、副会長達がいる学年が圧倒的すぎるんだよ!なにあの人材の宝庫!おかしいでしょ!?」
由紀はもしゃもしゃと怒りを込めて、ご飯を噛みしめている。私は由紀をなだめるように相槌を打ちながら、由紀の愚痴を聞いている。
「味方だとものすごく心強いけど、敵にまわるとすごくやっかいなんだってよくわかるね。」
直接当たることのない相手でよかったと心から思った。副会長達と当たるA、Bクラスのメンバーに同情する。
副会長や会長が圧倒的すぎて霞んでしまいがちなのだが、副会長の学年は他のAクラスのメンバーもかなり優秀な人が多いらしい。
風紀委員の人なども実はものすごく優秀なのだ。あの人も出た競技では常に上位争いに参加していた。
風紀委員の人は戦っている姿も、どことなく上品で凛々しくてかっこよかった。なぜ副会長のファンなどやっているのだろう。
あの人の優秀なスペックを知れば知るほど、副会長のファンの一角を担っているという一点が残念でならない。
試合中はあれほどかっこいいのに、観客席に戻って副会長の試合を観戦している時は、派閥の仲間達と双眼鏡片手に頬を染めて真剣なまなざしできゃあきゃあ言っている。うん、ハイスペックで残念なストーカーさんだ……。
私が風紀委員の人のことを考えていると、由紀が私を一瞬で現実に引き戻す一言をつぶやいた。
「お昼終わって一番初めの競技が借り物競走だね……。」
「やめてよ!全力で忘れてたのに思い出しちゃったじゃんか!!」
ついにあの衣装を着て人前に立たなければならないのだ……。
借り物競走だけは、魔力やクラスが関係しないで一斉に行われるので、Aクラスの副会長とCクラスの私が、同時に出場して争わなければならないのだ。だからこそ、私が副会長を妨害する要因として期待されているのだけれど……。
ちなみに私を使って副会長を妨害するこの作戦には名前があるらしい。その名も「エビで鯛を釣り上げろ大作戦」らしい。考えたの誰だよ!否定できないけどものすごく失礼だ!
出場者は着替えのためにお昼が少し短くなるし、嫌なことばっかりだ。
「嫌なのは私だって一緒だよ。美耶子は副会長の妨害頑張ってね。もうあの学年に一点もポイントをとらせたくない!特に借り物は得点が大きいんだから、副会長一人潰してしまえばかなりの効果があるよ!」
「それ、お昼に入る前に同じ学年の人からいっぱい言われたよ。由紀みたいに本気でポイントあげたくないから副会長をとめろって言う人はまだわかるんだけど、完全に面白がって副会長と絡めって言ってくる人がいるのが嫌なんだよね……。」
私のげんなりとした言葉に、由紀が少し申し訳なさそうな口調で言った。
「そっか…、じゃあ美耶子。無理することはないからね?ポイントなら私がとってあげるから茶化されるのが嫌なら無理したら駄目だからね。」
「うん、ありがとうね由紀。大丈夫。副会長には申し訳ないけど、妨害してクラスに貢献できるなら私は全力で副会長を潰しに行ってみるよ。まぁ断られる可能性だってあるけどね。」
「お題の内容にもよるけど、たぶん副会長は借りられてくれると思うけどね。」
そんな会話をしながら、借り物競走のための着替えに向かった。