看病ごっこと身内の話
翌日、昨日と同じように副会長のマンションの玄関で呼び出しインターホンを鳴らした。
「ちょっと朝早すぎたかな…?でもたぶん副会長は寝てるだろうからペンネが開けてくれるよね?」
しばらく待っていると、インターホンから返事が返ってきた。
「……美耶子!?ど、どうぞ。ちょっとゆっくり上がって来てくれ。」
なんだろう…?妙に慌てていたような気がする。そしてゆっくり来てくれと言われたけれど、こんな時に限って一階で待機しているエレベーターさんなんだよね。急いでるときはとんでもない階にいたりするくせに…。
そんなわけで副会長のお願いはむなしく、私はするっと副会長の家の前までたどり着いた。
ここで少し待った方がいいのかなと考えたが、さくっとインターホンを押してしまった。
ドアの向こうですごくばたばたしている音がする。何をしているの副会長?
そしてようやくドアがガチャリと音を立てて開いた。
上半身裸で 髪からぽたぽたと水滴をおとしている 副会長が降臨された
「……こんな恰好ですまない…とりあえず上がってくれ。」
申し訳なさそうに謝罪する副会長の言葉など耳に入らない。
おそらくシャワーでも浴びていたのだろう。慌てて体を拭いて、ズボンを穿いて出てきたのだろう。
前髪は少しかきあげたように後ろに流してオールバックの様になっている。首にタオルをひっかけているが、それ以外は上半身には何も身につけていない。
首筋から鎖骨にかけてのラインには髪から落ちた水滴が筋を作り流れている。
意外としっかりと筋肉のついた胸元と腹筋が、惜しげもなく私の眼前に晒されている。
私は鼻と口から溢れだしそうになるパッションを抑えるべく、すばやく両手で口と鼻を覆った。
「きゃは―――――っ!!ご褒美でございまするのこと――――!!」
「おい、完全に心の声が漏れてるぞ。」
副会長が私の奇声にすごく微妙な顔をしているが、私は鎖骨をガン見するのをやめない。
するとぐいっと強制的に顔を上にあげられた。
「ちゃんと俺を見なさい。」
「かつてないほど斎先輩を見ておりますが。」
「具体的にどこみてた?」
「鎖骨。」
無言で、でこピンされた。ちょっと痛い。そしてため息をつかれた。
「ぶれることなく鎖骨に興奮してるお前を見ても、好きだと思える自分が怖い…。」
リビングに行って待っとけ、と言って副会長は自分の部屋にすたすたと入って行ってしまった。残念。
私はおじゃましますと言って靴を揃えてリビングに向かった。リビングではペンネが、いつものユキヒョウ姿でソファーでくつろいでいた。
「おはようペンネ。今日は少年姿じゃないんだね。」
私が反対側のソファーに座りながら尋ねると、にゃおんと鳴いて立ちあがり、私の座っているソファーに飛び乗り私の膝に頭をころんと乗せる。可愛いなぁ。
そういえば少年ペンネを見るときは、たいてい副会長が動けないときばっかりだった。ということはペンネが少年になっていないと言うことだから、副会長は動けるくらいには元気になったと言うことだろう。
ペンネを撫でながら待っていると、頭をわしゃわしゃとタオルで拭きながら、服を着た副会長が戻ってきた。
「斎先輩どうしてYシャツ着てるんですか?寝るのに襟が邪魔じゃないですか。」
「身の危険を感じたから。」
「襲いませんよ!……そしてすいません。あまりにも早く来すぎちゃいましたよね。」
朝ご飯を食べて準備を整えて、わりとすぐに家を出たので、学園に登校して一時間目が始まったくらいの時間だ。
正直副会長は眠ってるだろうから、ペンネに開けてもらうつもりで早めに来たのだし……。
申し訳なく思って謝罪すると、副会長が私の隣のソファーに座りながら返事をくれた。その際そっとペンネを私の膝からどけた。
「気にするな。昨日、一昨日とたっぷり睡眠だけはとっていたから、今日はかなり早くに目が覚めたしな。」
「そうですか……、それならよかったです。それより斎先輩、寝てなくて大丈夫なんですか?シャワーとか浴びてたみたいですけど…。」
「一応昨日よりは熱は下がったし、短時間でさっと入っただけだから大丈夫だろ。まさか浴びてるときに来るとは思わなかったからびっくりしたが。」
「う、すいません。でも熱、少しは下がったんですね。どんな具合ですか?」
そういって熱を測ろうと手を伸ばすと、すいっと避けられた。私の手を避けた副会長が、ちょっと悪戯っぽい表情で私にお願いしてきた。
「おでこで測って。」
「え?」
「いや、こう…少女漫画とかでありそうな看病っぽいことがしてほしい。」
「そもそも少女漫画に看病するようなシーンってありますかね…?」
「読んだことないからわからん。なんとなくのイメージで言ってみただけだしな。けど、それっぽいことをしてみたい。」
にこにこと頼まれると断りづらい。とりあえず看病されてみたいらしい。昨日我がままを言っていいと言ったし仕方がない。
全力で付き合おう。……副会長すでにかなり元気じゃないかとか突っ込んじゃいけないんだと思う。
「じゃあとりあえず、二人で思いつく限りの看病っぽいことやってみますか!」
ということでまずはおでこで熱を測ってみた。
「ちょっとかがんで目を閉じてください。」
「なんで閉じるんだ?」
「わ、私が恥ずかしいからですよ!」
しぶしぶと言った体で目を閉じてもらい、そろりとおでこを近づける。
……うぅ、やっぱり目を閉じてもらうんじゃなかった。なんか別のこと考えちゃう!!
なるべく副会長の唇から意識をそらしながら、おでこをこつんとくっつけた。
うーん、わかりにくい……微熱?
などと考えていると、副会長がぱちりと目を開けた。至近距離で視線を交わし合った瞬間、昨日のことを思い出して真っ赤になり、のけぞる様にして距離をとった。
私の反応を見て、何を考えていたかわかったのだろう、副会長はちょっと色っぽく、くすりと笑って目を細めた。
くやしい……完全にからかわれてる!
その後、副会長の髪乾かしてという我がままから始まり、お粥を食べさせたり、何をするでもなくただ手を繋いだり、はちみつ大根のお湯割りを作ったり、と色々な我がままをねだられて、恥ずかしい思いをしながらなんとかこなした。
基本的にねだってくるわがままが、全部子供が母親に小さいころにしてもらうようなことだったことに少し思うところがあったけれど、それをねだっている副会長は子供じゃないし、私も母親ではないので恥ずかしくてたまらなかった。副会長も若干私の羞恥心を面白がっている部分もあったし…。けれど、ねだったことをすると副会長が新鮮に喜んでくれるので、恥ずかしかったけれどしてあげてよかったと思った。
ただ、全部恥ずかしいので思い出したくない!!
ひとつだけ笑ってしまったのが、副会長のわがままのひとつに「リンゴをウサギに剥いてくれ。」と言うのがあった。
あぁ、うん。私も小さいころに母にねだったことがあった。懐かしい。
小さいころに食後や間食に果物を果物ナイフ一本でするすると剥いてしまう祖母に憧れて、小学校四年生ぐらいの一時期ものすごく練習していたので、ブランクはあったけれどなんとかウサギを作ることはできた。あの時覚えていてよかったと心から思った。仕込んでくれてありがとう、お祖母ちゃん!
そして剥き終って出来たウサギを二羽、お皿に乗せて副会長に出したのだが、一匹食べた副会長が静かに言った。
「……これ食べにくいな。」
「それは誰もが一度は通る道だと思います。」
あの耳って結局食べるときは邪魔以外の何物でもないのだ。やはり副会長も同じことを思ったのかと笑ってしまった。
私は笑いながらウサギの耳を引っぺがし、さらに半分に切って、そのまま手から直接副会長の口に放り込んだ。
副会長はびっくりしていたが、そのままもしゃもしゃと口の中のリンゴを食べ始めた。
残りの半分は私が自分の口へぽいっと放り込む。うん、美味しいリンゴだ。
「結局こうやってお皿すら使わずに、手からもらうのが一番楽だし面白いんですよね。早く食べたいですし。兄弟がいるとここで争奪戦が起きます。完全に餌を待つ雛状態になりますよ。子供だし、待てなくなると手が動く前に切り終わった果物に齧りつきにいったりしますね。」
祖母の家に従兄弟達と集った時は誰が祖母の手から果物をとるかで争奪戦になったと話すと、副会長はへぇと言いながら物珍しそうに笑っていた。
「俺にも弟がいるけど、そんな風な争奪戦はしたことがないな。」
「え?斎先輩兄弟いたんですか!?」
衝撃の事実だ。ものすごく一人っ子っぽい感じだったのにまさかお兄ちゃんだったとは…。
「まぁ基本的にずっと離れて育てられたからな。ほとんど放置されていた俺と違って、弟は俺の分まで期待をかけられているようだしな。そういう美耶子は一人っ子なんだよな?」
「はい、一人っ子ですね。でも引っ越す前まで従兄弟達が近くに住んでいたので、兄弟みたいに過ごしましたね。」
私がそういうと、副会長が納得顔で言った。
「あぁ、なるほど。お前が妹っぽいのはそういう理由か。従兄弟って年上だろ?」
「年上もいましたね。男で五人兄弟なんですよ。そのうち三人が私より年上ですね。」
「多いな。」
「そうですね。みんな揃うと凄まじく騒がしかったですよ。それで私は女の子だったので、弟ばっかりで妹が欲しかったらしい年上の従兄弟の一人に溺愛されましたね。私も兄が欲しかったのでべったり甘えてましたし。」
そう説明すると、副会長がまた複雑そうな顔で納得した。
「……なるほどな。お前の過剰にスキンシップが強いところと、異性に妙に遠慮がない言動はその従兄弟が原因だな。」
適度に親密で程良く他人の従兄弟に妹として溺愛されて、それを喜んで受け止めて甘えるようになった結果が今のお前だな、と言われて愕然とした。
……私が親友や副会長から距離感がおかしいと言われる原因がお兄ちゃんの溺愛だったとは…。
そんなやり取りをしながら、結局リンゴを一口サイズに切っては副会長の口に放り込んで、もう一口を私が食べたりして過ごした。
途中からのろのろと切ってる私を待てなくなったのか、私の話に感化されたのか、私が副会長の口に手を伸ばす前に、副会長が私の手のリンゴに齧りついてきた。
私もそれに応戦して自分の口に先に放り込んだり、副会長の口に入れるふりをして自分の口にもっていったりして互いにフェイントをかけあったりして笑いあった。
勢い余った副会長にリンゴごと指を食べられた時はさすがに真っ赤になって、あやうく果物ナイフをおとすかと思った。
副会長もさすがに調子に乗ってはしゃいだ自覚があったのか、少し耳が赤くなっていた。しばらく二人で真っ赤になっているのを、ペンネがやれやれといった顔で見ていたのが恥ずかしかった。
そんなこんな色々とありながら副会長の看病ごっこも終わり、明日学校があるから早く帰った方がいいと副会長が言ったので、夕方には家に帰った。
せめて下までは送ると言われたが、元気だけど病み上がりなのだからと玄関の見送りで済ませた。
かわりにペンネに駅まで送ってもらうことにした。
「送ってくれてありがとね、ペンネ。斎先輩によろしくね。じゃあねー!」
私が手を振りながら改札を越えると、行儀よくその場で座ったままにゃおんと返して、尻尾をひらひらと振ってくれた。
家に帰ると、風紀委員の人からメールが着ていた。
『出来る限りお腹は隠してみたけれど、代わりに胸と背中を犠牲にしました。明日試着してみてください。』
明日学校へ行くのが怖くなった。