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看病と移った熱

無事副会長の家に到着した。

前回はペンネに手を引っ張られて急いできたので、ちゃんと道を覚えているか不安だったのだが、なんとか記憶を手繰り寄せてさほど迷うことなくこれた。

玄関ホールで部屋番号を呼び出した。無言だったが前のドアが開いたので入れてもらえるということだろう。


「っていうか、ここら辺昔引っ越す前にいた場所とかなり近いかも……。」


かなり昔の話だし、子供だったからさほど知ってる範囲も限られているので、元の家にいけるかどうかは自信がない。子猫を連れて駆け込んだ歯医者とかまだあるのかな?

エレベーターの中でそんなことをぼんやりと考えた。

『星陵』と表札の掲げられた玄関に到着し、深呼吸してからインターホンを押した。

しばらくして灰色の猫耳少年がガチャリと扉を開けた。


「あ、ペンネ。副会長の具合はどう?今日も休んでいたから心配になって来ちゃったんだけど……。」


ペンネは私をみてにぱっと笑った後、中に入る様に私を招き入れた。

なるほど、ペンネが副会長の面倒を見ているみたいだ。一人でどうしてるのかと心配していたので、助けてくれる誰かがいたことに安堵した。


「おじゃましまーす。」


靴を揃えて玄関をあがり、副会長の部屋に通された。

副会長は眠っているようだ。呼吸は若干荒く、額に玉のような汗が浮いている。

私はおそらくペンネが用意していたのであろう、近くにあったタオルで汗を丁寧に拭って額に手を当てた。


「まだ熱いなぁ……あんまり下がってないみたい……。」


やはり副会長は、一度風邪引くと長く引き続けるタイプのようだ。

魔法での治癒は負傷には効果があるが、不調に効果はないのでどうすることもできない。

とりあえず持参してきた冷却シートをおでこに貼って、首周りの汗も拭っておいた。

……上がってない。首筋と鎖骨を流れる汗にテンションが上がったりしてなんていない。相手は病人だ。自重してる。

窓が閉めっぱなしだったので少し換気してみる。適度に空気を入れ替えたら閉めた方がいいのかな。あれ?どっちだろう。

しばらく様子を見ていたのだが、つんつんと肩をつつかれて後ろを振り向くと、少年ペンネがマスクを渡してくれた。


「あ、そうだね。私が風邪引いたりしたらだめだもんね。ありがとう、ペンネ。」


ペンネからもらったマスクを着けて、ついでに氷枕もぬるくなっているようなので取り替えることにする。

ペンネとキッチンに向かい、冷蔵庫に入っている氷枕をひとつ取りだした。氷枕がやたら大量に用意されているのが、副会長が日常的に発熱しやすいのを感じさせて少し微妙な気分になった。

副会長の頭を胸に抱えるようにしてそっと浮かせて氷枕を取り換える。

ついでに頭や頬をそっと撫でると、副会長が少し安堵したような吐息を洩らした。

熱がある時に、母親が冷たい手で撫でてくれると気持ちがいいよね。

ぬるくなった氷枕を冷蔵庫に入れる。ついでにはちみつ大根シロップとコンビニで買ってきたゼリーも放り込んでおく。その時にちらりと見ると、鍋にお粥が用意されていた。


「あ、やっぱり家政婦さんが作ってくれてたんだ。じゃあレトルトのお粥はいらなかったね。」


あのレトルトは持って帰って自分で食べることにしよう。

そのままベッドの横で静かにしてると、しばらくして副会長がもぞりと寝返りを打って横を向いた。


「ん……水……。」


小さくつぶやきながら、そのまま腕だけをにゅっと布団から出して、ごそごそと探る様に動かしている。

私は近くにおいてあったスポーツドリンクをそっと渡してみる。


「どうぞ。」

「ん…………。」


ペットボトルを受け取った腕はそのまま布団の中にずるずると戻っていき、副会長の上半身がゆっくり起き上がってきた。

ふたを開けてドリンクを飲んで、一口飲んでふーっと息を吐いたところで私と目があった。

まだ若干寝ぼけているらしい副会長は、私を見てこてんと首を少しだけかしげた。私も真似して首をかしげてみる。


「……みやこ……?」

「はい。お邪魔してます。」


まだ寝ぼけているようだ。


「…本物?」

「はい、本物ですよ。」


ようやく覚醒したようだ。大きく目を見開いて、まじまじと私を見ている。


「え?なんで…いる?」

「心配だったので、ちょっと学校帰りに様子見に来ました。一人暮らしだからどうしてるのかなって思ってたんですけど、ペンネが斎先輩を見ていたんですね。」


制服姿の私を見て、ようやく状況を飲み込んだようだ。


「もしお邪魔だったらすぐ帰りますけど……?」

「いや、別にそんなことはない…。」


気を使って言ってくれてる感じはしないし大丈夫かな?


「眠くないなら少し何か食べられますか?」

「あぁ……。」

「じゃあキッチンにお粥があったのであっためてきますね。その間に着替えておいて下さい。汗たくさんかいてるみたいなので。」

「……わかった。」


副会長がこくんとうなずいたのを確認して、キッチンに向かい、お粥の鍋を温めた。

温めたお粥を器に入れて運ぶ。家政婦さんが気を利かせて器もれんげもお盆も用意してくれていたので、私はお粥を入れて運ぶだけだ。

私が手柄を横取りしたような感じがして申し訳ない。

副会長の部屋をノックすると、着替えを手伝っていたペンネが中から開けてくれた。


「お待たせしました、斎先輩。」


そう言ってベッドに腰掛けて、自分の膝の上にお盆を置いてれんげをとる。マスクを外しお粥を少しすくって、ふうふうと息を吹きかけてよく冷ます。唇のほんの先をつけて温度を確認した後、副会長に向かってれんげを差し出した。


「はい、あーん。」

「…………。」

「無言で照れないでください!私の母はこうしてくれるんですもん!母リスペクトです!!」


私まで恥ずかしくなってきたじゃないか。ちなみに母が食べさせてくれるのは、布団の上にお粥をこぼされたらたまらないからという、結構身も蓋もない理由だと言うことは言わないでおこう……空気を読んで。

恥ずかしくなってきたので手を引っ込めようとしたら、副会長が私の手ごとれんげを掴んで固定したままぱくりと食べた。

びっくりしすぎて食べる瞬間を食い入るように見つめてしまった自分が恥ずかしい。


「……っえ、えっと、あとは自分で食べられますよね?」

「無理だ、食べさせてくれ。母親リスペクトで。」


妙に真剣な顔でお願いされてしまったので、そのままあーんを続けることに。

私が冷まして副会長に食べさせる。

副会長がゆっくり食べてる間に、次のお粥をすくって冷ましておく。

副会長が口を開けたらお粥を食べさせる。

やってることだけならば雛に餌をあげてる気分なのだが、なんだろう…。なんか違う。微妙に空気が恥ずかしい!やめて、なんかこの空気に耐えられない!空気を読んで黙った母リスペクトの理由とか言ってもいいかな…?


「途中からえらく動きがぎこちなくなってきたな。」

「いや、その…。この空気なんか恥ずかしいです。」

「意識しだすと途端にぎくしゃくしだすんだな。意識してないときは平気で出来るくせに……。」


副会長にちょっと不思議そうな顔で言われた。


「そんなことは……別に恥ずかしい行動なんかとってませんよ。」


むすっと拗ねたように言い返すと、副会長に笑って否定された。


「してる。俺は毎回お前の無自覚にどきどきして振り回されてるんだからな。」

「ふ、振り回してません!」

「ずるいな、美耶子は。俺ばっかりお前のこと考えてる気がする。」


少し弱々しい副会長に柔らかく目を細められて見つめられ、少しかすれた甘い声でそっと呟かれて、かぁっと頬に熱が広がるのを感じた。


「もう黙ってください!斎先輩の熱がこっちに移りそうです!」

「本当に、熱……移してやろうか?」

「え?」


副会長の声が一段低くなった気がする。

そのまま副会長がぐいっとゆっくり上半身を私の方に傾けてきた。するりと頬に副会長の片手が添えられて副会長の顔が迫ってきた。

互いのまつ毛を数えられそうな距離で視線を交わし合う。私はびっくりしすぎて呼吸も忘れて固まってしまった。

あと、ほんの指ひとつ分の距離――――と言うところで副会長はそのまま……。


私に頭突きをかました。


「いたっ!?え?え??」


副会長の額には冷却シートが貼ってあったので、ジェルが衝撃を吸収してさほど痛くなかったけれど、突然の行動の連続に動揺が止まらない。

副会長はそのままずるずると私の肩に頭を置いて、深いため息を吐いた。


「はぁ……お前、頼むからちゃんと逃げてくれ。くそっ、全部風邪のせいだ。変な気分になったのも全部風邪が悪い……。」

「え?あ……ご、ごめんなさい。びっくりしてしまって固まってしまいました。」


ぶつぶつ言いながら頭を持ち上げた副会長は私を見据えて、真剣な表情で告げた。


「次からはちゃんと逃げろよ。次は途中でやめてやらないからな。」

「はい…………。」


お粥を食べ終わった副会長に風邪薬を渡してぬるくなっていた冷却シートを貼り直し、私は器を洗いにキッチンに向かった。

器を洗いながら、ぼんやりと先ほどのことについて考えた。

確かにびっくりして固まってしまったけれど、逃げるなんて考えもしなかった。

別に何をされるかわからなかったわけではない。

……キスをされようとしているということくらいはきちんと認識していた。

わかっていて、逃げなかった。なんで……?


「副会長が私の嫌がることするわけないって思ってるから逃げなかっただなんて………言わない方がいいんだよね?」


妙に気恥かしい感覚がじわじわとこみあげてきたので、意識的に思考を振り払って考えるのをやめた。

器を洗い終わったらマグカップを取り出し、はちみつ大根のお湯割りを作った。

それを持って部屋に戻る。


「斎先輩、飲み物は飲めそうですか?」

「あぁ…それは?」

「喉が痛いと言ってたので、作って持ってきました。」


副会長はマグカップを受け取って、少し冷ましてから口をつけてくれた。


「大根……?」

「はい、はちみつと大根のシロップをお湯割りしたものです。喉の炎症とかにいいんですよ。民間療法です。」

「へぇ、知らなかった。」


珍しそうにそういいながら、副会長はゆっくりと飲んでいる。


「なんかいいな、これ。」


副会長が手の中のマグカップを見つめながら、ぽつりと言った。


「気に入ったんですか?冷蔵庫にまだシロップがあるので、お湯で割ればすぐに出来ますよ。直接舐めてもいいんですけど甘いですからね。」

「それもあるけど、なんか…こう、誰かに看病されるって良いものだなって思ってな。」


その言葉に、今まで副会長が寝込んでも誰も看病を……心配をしてくれる相手がいなかったのだと察せられて、胸が締め付けられるようだった。


「お見舞いに来てくれて、ありがとうな。」


柔らかく笑う副会長に、私も柔らかく笑いながら努めて明るく言葉を返した。


「一人で辛いと思ったら、いつでも私を呼んでくれていいんですよ。さぁ、ご飯も食べたしお薬も飲んだし、あとはゆっくり休みましょうか。」


私が副会長からマグカップを受け取り、眠る様に促して布団を掛け直した。

副会長はされるがままに大人しくしたがっているが、少し不満そうに漏らした。


「なんかお前には弱ったところばかり見せてる気がするな……。」


ちょっと不貞腐れたような言い方が可愛かったので、くすりと笑って言ってみた。


「じゃあ魔会でかっこいいところを見せてくれたらいいんですよ。そのためにもまずは元気にならなくちゃですね。」


茶化したように言うと、副会長もくすりと笑ってくれた。


「斎先輩が眠ったら今日は帰ります。明日は休日だから朝、また様子を見に来ますね。病人は看病してくれる人に、ちょっとだけ我がままを言ってもいいんですよ。」

「いいな、それ。明日までに何かお願い考えておくか。見送れなくてごめんな。」

「気にしなくていいですよ。おやすみなさい、斎先輩。」

「おやすみ、美耶子。」


その後しばらくして副会長が眠りについたのを確認し、マグカップだけ片づけて私も家に帰った。

明日までに、副会長の熱が少しでもよくなっていますようにと願った。


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