衣装と風邪
いつものように学園に登校すると、端末に混合仮装借り物競走の参加者一覧が出ていた。
一年生のところに、ばっちり自分の名前を見つけてへこんだ。教室に着くと、クラスメイトにもいい感じに茶化される。
「お、中原。副会長を妨害しろよ!」
「中ちゃんおはよ!衣装可愛いの書いといたから、頑張ってね!」
などなど、みんな超好意的に副会長を妨害しろ!と笑って言ってきた。恐ろしい無茶ぶりである。
「というかなんで私ばっかりで、同じく参加決定の由紀が誰にも何にも言われないの…?」
「人望の差だよ。愛されてるね、美耶子。」
もう素直に弄りやすいんだと言えばいいじゃないか……。
絶対面白がられて参加させられた私よりも、単純に美人枠で放り込まれた由紀の方がみんな関心はあるはずなんだ。
私は完全に副会長に何か仕掛けろとけしかけられてるだけで、私自身を見られてるわけじゃないあたりが、まだ救いと考えるべきかな。
その日から体育の授業やロングホームルームなどが、ちょこちょこ魔会の練習や説明にあてられた。みんな楽しそうにしている。私だって借り物にさえ出なければ、純粋に楽しかっただろうに……。
しばらくして借り物の衣装が決定したそうだ。衣装は当日まで発表されないようだ。
そしてその衣装のサイズ調整があるので、個別に呼び出されて採寸をしなくてはならないらしい。
私も借り物競走運営委員に呼び出されて採寸教室に向かった。
魔会は基本的には体育委員会が指揮しているのだが、借り物競走だけは別の運営組織があるらしい。どうやら参加者の集計と衣装の投票の集計が結構手間で、しかも一人一人に違う衣装を提供しなければならないので、有志による別組織が動かすようになったらしい。
さらに意外なことに、私の採寸担当は風紀委員の人だった。
「あれ?先輩が私の担当なんですか?」
メジャーを持った風紀委員の人は、にっこり笑って私を手招きする。
「ええそうよ。私は借り物競走の運営委員ですからね。あなたの衣装は私がサイズ調整することになっているの。中原さんこっちに来て。キャミソール着てるわよね?下はそのままでいいから上を脱いで頂戴。ちゃんとカーテンは引いてあるしドアも目隠ししてあるから大丈夫よ。」
風紀委員をしながら副会長のファンの派閥のリーダーもこなし、借り物競走では運営委員もする。裁縫も得意らしい。この人本当に何でもやってるなぁ……。
言われて少し恥ずかしかったが、シャツを脱いでキャミソール姿になった。
スリーサイズだけかと思ったのだが、きちんと肩幅や腕の長さ、足の長さなどを測る結構本格的な採寸だった。
少し気になったので、メモ帳にサイズを書きこんでいる風紀委員の人に尋ねてみた。
「あの……結構本格的に測るんですね。」
「そうね。だって借り物競走って走ったりするのだから、途中でびりっといったら悲惨なことになるでしょう?生徒会メンバー以外は、基本的には演劇部や過去の寄付の衣装を手直しすることになるから、きちんとサイズを直しておかないと無理して着たら走れないわ。」
「生徒会は違うんですか?」
「生徒会はみんなからお金を募ってそれで材料を購入して一から作り上げるの。これも有志…というかおおむねそれぞれのファンが中心になってやってるわね。」
「寄付金集めてるんですか!?」
「そうよ。一応告知はしているけれど、積極的に集めているわけではないわね。ファンならたいていの人が自発的に寄付してくれるし、そうでない人に無理やり求めることをしたくないからね。別にお金を出すことがイコールファンであるというわけではない、と私は考えているからね。でも缶ジュース一本我慢して寄付すれば、斎様がよりかっこ良い衣装を着てくれるのだと思えば安くありません?そしてほんの少しそう思ってくれる人がいたら、寄付してくれると嬉しいな、って感じかしらね。」
なるほど…そう言われると安い気がする。そして缶ジュース程度でも女子の人数を考えれば結構なお金になるだろう。五百円までなら寄付しても惜しくないと思えるし。
「お金集めはそれぞれのファンの派閥の代表者が受け付けてるの。少なくてもお金ですから、ちゃんと名前と寄付額を控えて、衣装が出来上がったら、後日端末に衣装に使ったお金の明細が届くようになっているのよ。
ちなみに集まったお金よりわざと少しだけ足が出るように材料を購入し、足が出た分はファンが出し合うという風にしているので、寄付金が余って違うことに使われる心配はまずないようにしているわ。募金は今週までやってるから、気になるのならば私に言ってくれれば受け付けるから。……はい、終わり。もうシャツを着てもいいわよ。」
この日のために私や他のファンの人達はバイトしてるのよ、と教えてもらった。方向性がおかしいが凄まじい情熱だと思う。敬意を表して私も副会長の衣装に五百円ほど出してみた。
風紀委員の人は丁寧にお金を受け取った。
「ちなみに副会長の衣装って何になったんですか?」
「ごめんなさいね。それは教えることが出来ないの。当日のお楽しみという決まりだからね。」
風紀委員の人は申し訳なさそうな顔で私に謝罪した。
「かわりに、あなたの衣装なら教えてあげられるわよ。ただし、誰にも言わないって約束でね?」
風紀委員の人が内緒話をするように言ってくれたので、せっかくだから教えてもらうことにした。
耳元でこしょこしょと話されるのがくすぐったかったが、言われた内容にくすぐったさなど吹っ飛んだ。
「え!?冗談ですよね?なんでよりにもよって、そんなのなんですか!?いやです!」
「決定事項だから覆せないわよ。大丈夫、出る人はみんな嫌がってるから、ね?」
諦めて、と達観したようなまなざしで私を見つめる風紀委員の人に、私は縋りつくようにして懇願した。
「お願いですから衣装を替えて下さい!お腹出すのだけはいやです!!」
「無理よ。……大丈夫、あなたスタイルいいから似合うわよ。」
私をなだめようとしている風紀委員の人の腰をがしっと掴む。見るだけでわかってたけど、掴んでみたらめちゃくちゃ細かった。
「うぅ……こんなきれいなくびれを持ってる先輩に、へそ出しがいやな私の気持ちはわからないですよ!!」
結局どんなにお願いしても、衣装は替えてもらえなかった。そのかわり、可能な限りへそ出しにならないように頑張ってみると、風紀委員の人が約束してくれた。
風紀委員の人の頑張りに祈りながら、ちょっと腹筋とかした方がいいかもしれない……。
翌日の朝、副会長からメールが来ていた。
『風。轢いた』
……うん、風邪を引いたらしい。
たぶん熱とかもあって、ちょっと意識も曖昧なんだろう。眠い時とかのメールって後で見ると、びっくりするほど謎の文章送ってたりするしね。
頭と喉が痛いらしいので完全に風邪だろうとのことだ。前にお昼食べたときにくしゃみしていたし、あれから悪化したのかもしれない。
魔力酔いでないことを喜ぶべきなのか、風邪を引いたことを嘆くべきなのか微妙なところだ。
とりあえず、休み時間置きに返事はいらないメールを送ってみた。女子は休んでるときメール貰うとわりと嬉しいと思う人多いけど、男子はどうなのだろうか。
一番問題なのが眠りを妨げていないかどうかなんだけど……まぁ、大丈夫だと信じよう。お昼休みに一度だけ返事がきたのだが『せぶい』の一言だった。せぶいって何?ものすごく気になる。眠いのか寒いのか、はたまた全く別の何かなのかわからない。
そういえば、喉が痛い時ははちみつ大根がいいんだよね。喉の痛みがちょっとましになる。あれのお湯割りがけっこう好きなので、風邪引いてなくてもたまに飲んだりするんだけど…。
考えてたら飲みたくなってきた。今日家に帰って、大根とはちみつがあったらしこんでみよう。
夜、家でしこんだはちみつ大根のお湯割りを飲みながら、副会長にメールを出してみた。喉が痛いみたいだから電話はしない方がいいだろう。
「体調はどうですか?」と送ると『熱が下がらない』ときた。私は自分が一日寝てれば夜には体調が戻っているタイプなのでもう治りかけてると思ったのだが、どうやら副会長はまだよくなっていないようだ。大丈夫なのかな……。
次の日も副会長は休んでいた。
「さすがに心配になってきたなぁ……。」
「だったら見に行けばいいじゃん。家の場所知ってるんでしょ?」
お昼を食べながら私がつぶやくと、由紀が何悩んでるのと言わんばかりにさらっと言った。
「でも同性ならともかく、異性に体調悪い時にお見舞い来てほしい?むしろ気を使わせるんじゃないかな?」
私の疑問に、由紀は知らんと言いきった。
「そんなもの、関係性や相手の性格で変わるから何とも言えないよ。副会長が誰かに来てほしいタイプか、いない方が落ち着くタイプかなんて、私は知らないよ。
だから美耶子が気になるならいけばいいんじゃないの?」
「うー……どうしよう。」
まだ悩んでいる私に、由紀が呆れたような目で言った。
「その大事そうに持ってるジャムの小瓶って、中身副会長にあげたいものだったんじゃないの?」
「え?な、なんで!?」
図星すぎて声が裏返ってしまった。
「そりゃ休み時間ごとに魔法掛け直して温度管理してれば、なんとなくわかるよ。なんなのそれ?」
「……はちみつ大根のシロップ。もし今日学校来てて、まだ喉の調子が万全じゃなかったら渡そうと思ってたの。」
「じゃあ、もう学校終わったら届けに行ったらいいじゃん。はい決まりね。」
「え?あ、はい。行ってきます。」
さくっと由紀に決定されてしまった。
私はシロップを入れた小瓶を手の中でいじりながら、もう一度魔法をかけて冷蔵庫と同じ温度に整える。
副会長は受け取ってくれるだろうか…?それ以前にお邪魔して迷惑じゃなければいいんだけど……。
そんな不安を抱えながら放課後、副会長の家へと向かった。