魔会と参加投票
翌日の日曜日は、家でぼーっと過ごした。
正直にいえば、ずっと副会長のことを考えたまま一日が終わった。
もしかしたら何かメールとか来るかもしれないとか考えて、携帯を一日中握りしめていた自分がちょっと恥ずかしくなってしまった。
月曜日、いつものように登校していたのだが、由紀と出会わない。
私ももう学習した。これは副会長フラグだ。呼吸を整えて副会長と出会う心の準備をしておく。
五分ほどして、背後から声をかけられた。
「美耶子じゃないか、おはよう。」
「おはようございます、副会長。」
やはり副会長だった。
私に並んで隣を歩きだす。心の準備はしていたので不意打ちではないけれど、やはり副会長の顔が見れない。
「…………。」
「…………。」
む、無言……。どうしよう…会話がない。
けど、別にいたたまれないとかじゃなくて、少なくとも私は妙な緊張感を持っているだけで気まずくはない。
ちょっと心臓がものすごく煩いだけだ。とまれ心臓!じゃなかった、死んじゃう。落ち着け心臓。
私が俯いたままなので、副会長も声をかけあぐねているのだろうか。
すると、副会長がようやく会話の糸口を見つけたのか話を振ってくれた。
「昨日、俺からの連絡待ってた?」
一瞬で顔から火が出そうになった。よりにも寄って話題がそれ!?
「ぅぐっ!ま、待ってにゃ、い!……待ってないです!!なんでよりにも寄ってその話題を振ってくるんですか!」
動揺しすぎて噛んでしまった。副会長は私の非常に分かりやすい反応に嬉しそうに笑いをかみ殺している。
「ごめん、ごめん。土曜日に色々あったし、冷静になって考える時間があった方がいいだろうと思ったのと、俺のこと考えてくれるといいと思ってな。」
ご機嫌な様子で考えてくれた?と聞きながら謝罪してくれた。確信犯だったらしい。
私ばかり振り回されてるみたいで悔しいが、事実なので仕方がない。
「か、考えてましたよ……。」
「ん?」
「考えてました……。一日中副会長のこと、ずっと。連絡があるかもしれないと思って、携帯握りしめてました。」
真っ赤になりながらぼそぼそ言うと、副会長が私を凝視しながら「失敗した……。」とつぶやいた。
「電話、すればよかったな。俺だって美耶子のこと考えてたからな。」
ちょっと悔しそうに言った。か、考えなくていいから!いいですから!!
私が何とか真っ赤な顔を冷まそうとぱたぱたと手で顔を煽いでいると、副会長が悪戯っ子のように目を細めて、内緒話をするかのように話しかけてきた。
「美耶子、美耶子。」
「な、なんですか…?」
「手、繋ぎたい。」
「やです!」
「そうか、残念。」
私が真っ赤に拒むと、思いのほかあっさりと副会長は諦めた。
もうちょっと強引に来るかと思っていたから結構強めに拒んだのに、引かれてしまうと逆に言いすぎたかと気になってくる。いっそ強引に繋いでくれても……やっぱりなんでもない!
それはそれで申し訳なくなって、副会長の制服を控えめにつんつん引っ張っておずおずと訂正しておいた。
「あの……あの、別に副会長と手を繋ぐことが嫌なんじゃなくて、他の生徒にみられる可能性のある今は恥ずかしいって意味ですからね?」
副会長はちょっと私を見た後、くすりと笑って目を細めて言った。
「大丈夫、ちゃんとわかってる。今度二人っきりで人が少ない時に繋いでくれればいいから、な?」
「あ、はい。わかりました!」
優しく確認するように言われて、安堵して了承した。…………あれ?なんかうまいこと約束をとりつけられたような気がする。
しばらくしてから、副会長がそういえば…と切り出した。
「たしか、今日発表だったな。」
「何がですか?」
「魔会の内容。」
「魔界!?何かファンタジーな響きですね…。」
副会長が違う違うと訂正した。
「初めて聞く奴はだいたい同じ聞き違いするけどな。略称だ。詳しくは担任から説明あるだろうから省くが、まぁ魔法のお祭り騒ぎだな。ろくでもない行事だぞ。」
辟易した口調でしみじみとぼやいている。何か去年めんどくさいことでもあったのだろうか。
「でも、魔法使う行事なら副会長やAクラスの人が有利じゃないですか。」
「有利は有利なんだが…その分負担がでかいんだ……。A、Bクラスは裏方作業も兼任するんだ。選手したり係をしたりと忙しいんだよ。競技もおかしなものしかないからな……。」
「へぇ~……大変なんですね。」
「あと、とある競技が最悪でな……。」
副会長がものすごく嫌そうな顔をしている。
でも、嫌なら出なければいいと思うだが。私の疑問を汲みとったのか、副会長は悟ったような目で遠くを見た。
「強制出場なんだ……。生徒会は、たいていな。」
ご愁傷様です。
でも、それがなんの競技なのかについては、どうせ後でわかるからと教えてくれなかった。
後でわかるなら今教えてくれてもいいのに……。
その後は他愛ないことを話しながら普通に登校した。
私の頬がちょっと赤かったのと、副会長がやたら私をにこやかに見つめていたことを除けば普通だ。うん、普通。
いつものように授業を受けて、由紀とお昼を食べ、午後の授業を受けた。
午後からは五、六時間目がロングホームルームになり、二週間後に行われる大魔力競技大会の競技内容の発表と、出場者選びを行う時間にあてられた。
「お前らは一年だから初めてだが、大魔力競技大会…まぁみんな略して魔会とか言ってるんだが、その魔会では魔法を使ったり禁止だったりまんべんなく全体の生徒が活躍できる体育会とは違って、その名の通りたいていの種目が魔力を使うものになる。つまりぶっちゃけ魔力が多いAクラスが優位になる。
よってこの魔会はクラス対抗ではなく学年対抗だ。学校行事だが、体育会や文化祭と言うよりはこの前の球技大会に近い内輪の行事だ。競技とは銘打ってるが基本的には魔法を使った馬鹿騒ぎと言う印象が強いな。お前らも気楽に楽しめばいい。どうせ一年生は毎年負けるからな。」
身も蓋もない担任の説明から始まり、委員長、副委員長が進行を引き継いで出場種目を黒板に書きだす。
「空水陸リレー、魔力ドッジボール、暴風雨の目、北風と太陽大作戦、重量級創造魔法綱引き、大声文字飛ばし、混合仮装借り物競走……ほんとにお祭り競技って感じだね。」
名前からして既に馬鹿騒ぎ感をひしひしと感じる。そして競技の説明もまともにされない。基本的に読んで字の如しらしい。軽く、使う魔法系統の補足が入ったくらいだ。なんて雑な……。
各自適当にやりたい種目にエントリーしていく。学年競技なのにクラス単位で種目決めするあたりから、もう勝つ気がないのがありありとわかる。
作戦や人の割り振りなど気にしないらしい。本当のお祭り騒ぎなんだな…。
一通りクラス全員がエントリーし終えた。混合仮装借り物競走以外の枠がすべて埋まった。
そして手元に配られたこの小さな投票用紙はなんだろう。自分の名前と誰かの名前を書く枠が四つ、そしてさらに四つの枠には括弧のスペースまである。
疑問に思っていると、委員長から説明が入った。
「今配った投票用紙は混合仮装借り物競走の出場者を募るものです。一番上に自分の学年、クラス番号と名前を書いて不正や重複防止にしているので無記名にしないでください。
下の四つの枠には自分の学年から二人、他の学年から一人ずつ出場候補者の名前を書いて下さい。自分の学年は絶対一人は書いてもらいますが、二人目と他学年は希望があればで構わないので、なければ書かなくて大丈夫です。括弧の中には本人にしてほしい衣装を書いて下さい。すべて集計し投票数の多い上から順に人数限界まで選ばれるそうです。衣装は一番リクエストの多かったものになります。名前は名字だけでも構いませんが間違えないように、同じ名字が複数いた場合は無効になりますので、出来れば下の名前もわかる範囲で書いて下さい。ニックネーム等は認められません。ただし、生徒会役員と各委員の委員長、部活の部長は役職名での表記で大丈夫です。
明日の放課後回収するのでそれまで失くさないようにしてください。ちなみに、選ばれた人物はよほどの理由がない限りは強制参加になりますので覚悟しておいて下さい。」
異様に長くて細かい説明があった。テンプレの説明らしい。どうやらこれが毎年人気の種目なのだろう。各学年の人気者達が普段見られないコスプレをしながら借り物競走するのだ。
なるほど、副会長が嫌がっていたのはこれだ。
そして言えるわけがない。実質人気投票の様なものなのだ。
副会長は今年もまず参加だろうな…。
嫌がるだろうなー…でも見たい!すんごく嫌なんだろうなー…だが見たい!!
衣装何にしよう。まぁでもどうせ生徒会とかはファンの組織票対決が起きそうだから、私は堂々と好きなもの書いておけばいいか。当たればラッキーなノリで。眼鏡が一番似合う衣装は何かなー…執事、白衣、看護師、ホテルのドアマン、フロント係、バーテンダー…なんでもいけそうだなぁ。
放課後も多くのクラスメイトが教室に残ってお互いに誰を入れるか、何の衣装にするかでワイワイと盛り上がっていた。
私も由紀のところに話しかけに行く。
「由紀ー誰にいれるー?」
「えー…誰にしよう。本気でめんどくさいんだけど、こういう行事。あ、美耶子の名前かいてあげよっか?」
「別にどうしても浮かばないなら書いてもいいけど?由紀の一票ぐらいでは、私は参加が決まるわけないからね~。」
思いついたようににやりと言った由紀に対し、私はふふんと勝ち誇ったように主張し胸を張った。しかしそんな私に背後から声がかけられた。
「いや、もしかしたら中原も参加あり得るぞ。」
クラスの男子の一人が私に向かって言ったので、不思議に思って聞き返した。
「どういうこと?だってこれいわゆる人気者投票みたいなものでしょ。なら私あんまり関係ないと思うんだけど……。」
むしろ単純に美人な由紀の方が男子の支持を集めそうだ。
男子の声が比較的大きかったからか、周りも私達の話に耳を傾けている。
「中原はほら…副会長と今、噂になってるだろ?だから副会長の妨害工作のために参加させられるかも。」
「副会長の妨害に美耶子が参加ってどういうこと?」
机に頬杖をついたまま由紀が尋ねる。
すると横から別の女子が話題に加わってきた。
「わかった!私のお姉ちゃんが言ってたんだけど、借り物競走の借りてくるお題って結構地雷や鬼畜な内容が多いらしいの。定番の『好きな人』や『好みのタイプ』とかもあれば、『キスしたい人』『抱きしめたい人』とかの完全に嫌がらせみたいなのも多くて、まともな借り物がほとんどないって話らしいよ。
その中で比較的メジャーな『好きな人』はたいていの人が当たり障りなく同性の親しい人とかを選ぶらしいの。だから単純に副会長に今年も会長を選んでほしいとか、中ちゃんが他学年のポイントに貢献するのを潰すためにとか色々思惑があるね。参加選手が借り物になる場合は自分が借り物をしてゴールできなくなるらしいから中ちゃんが副会長を借り物すれば副会長を潰せるもんね。
副会長はたいてい借り物されるのを断るんだけど、中ちゃんなら借りてこれるかもしれない。そう考えるとありかもね!」
「全然ありじゃないよ!私が副会長たった一人を潰すために背負うリスクとダメージが半端ないじゃない!!」
「でもこの混合仮装借り物競走は、出場者のダメージが大きすぎるためかしらないけど、ものすごく得点が高いんだよ。副会長一人でも潰してしまえればかなりのダメージだよ!」
「私も大ダメージだよっ!!」
クラスのみんなが割と真剣に私の出場を検討しだした。や、やめろ!なんで放課後なのにこんなに出席率がいいんだよ。ちょっと他クラスにまで情報まわしに行かないで!
「お願いだからやめてください!!」
私の懇願むなしく、私の衣装の検討が始まった。
せめて人数制限で弾かれることを切に祈った。