傷跡と弱み
シリアス?
私はとりあえずぽかんと間抜け面を晒してしまった。
だって、こんな人ごみの中の休憩中に、さらっという言葉ではないはずだ。
はず、だよね……?
「美耶子……大丈夫か?」
副会長が完全に固まってしまっている私を覗き込む。全然大丈夫じゃない。
「あの……助けて下さい。クレープも、斎先輩の言葉も、全然処理できないです。どうしたらいいですか……?」
こんな状況でも、私が助けを求める相手は副会長しかいないんだ。とんでもないことを言ったのは副会長なのに私が助けを求めるのも副会長なんだ。
副会長はぐるぐるしてる私を見つめて、ちょっと仕方ないなと言うように柔らかく笑った。
「大丈夫だ。いきなり言って悪かったな。とりあえず落ち着こうか。ここじゃなんだから場所を変えよう。おいで。」
そのまま私の手をとって歩きだした。
私は副会長に繋がれた自分の手を見つめながら、ぼんやりと副会長に言われたことを反芻する。
恋愛対象の異性として認識して?副会長を?でないと副会長が困る……?
単純に考えるならば、告白されたととってもいい言葉じゃないだろうか?
私が混乱している間に、移動が終わったらしい。手を引かれるまま全く何も見ずに歩いていたのだが、いつの間にか公園に来ていた。
小さなブランコと砂場のある小さな公園で、私達以外には誰もいない。
「昔の影響か、公園探しをたまにするんでな。ここは近くに大きくて綺麗な公園があるから、あんまり人がいないんだ。」
まぁ公園は子供のものだし、不審者と間違えられても嫌だからあんまり来れないんだけどな、と副会長は内緒話でもするように教えてくれた。
私達はブランコの周りにある囲いの柵に、並んで座った。
私達の手は、まだ繋がれたままだ。
「斎先輩……?さっきの言葉はどういう意味ですか。」
私は副会長に聞いてみた。
副会長も私の目を見つめて、優しく問い返してきた。
「美耶子はどういう意味だと思った?」
「まるで……その、私のことを好きだと言っているように聞こえました。」
間違っていたらまるでうぬぼれ屋の様で、自分で言った言葉に恥ずかしくなった。
「言ったよ。そう言った。ちゃんと言わないと伝わらないって理解したからな。」
自分の言葉を副会長に肯定されて、顔から火が出るかと思った。
「あ、あの……あの、えっと……私えぇっと……。」
な、何か返事をしなくてはいけないんだと言うことはわかる。わかるけどなんて?なにを?どう返事をすればいいんだろう。
私がおたおたと困っているのを見越して、副会長がまた、優しく問いかけてきてくれた。
「なぁ……美耶子は親しい人間との距離感がとても近い。そこに同性、異性は関係なくて、まるで恋愛感情に絶対発展しないと思っている。俺がお前と恋人関係になるとは思わなかったか?」
こくんとうなずいた。
「じゃあ俺がお前のことを好きかもしれないと、ほんの少しも考えなかったか?」
「ほんのちょっとだけ……考えました。斎先輩が……私のことをどう思っているんだろうって……。でもありえないって思ったから……。」
副会長は段々俯いてゆく私の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「どうしてありえないって思った?お前ネガティブ思考でへこむことはあっても、自分を無闇に卑下するような性格じゃないだろ?どうしてありえないって考えた?」
「だって……だって、昔、言われました。勘違いするんじゃないって。」
すぅっと心が静かになっていくのを感じた。ぽつりぽつりと静かに話す。
「昔……仲の良かった男の子がいました。私はその男の子と一緒にいるのが楽しくて、とても好きでした。おそらく男の子も私のことを同じぐらい好いていてくれるんだとなんとなく思ってました。
けれど、クラスメイトに私との仲をからかわれたその男の子は、怒って教室で大声で言いました。『中原とはただの友達だったのに、あいつが勝手に勘違いして付き合ってると思ってきたんだ!俺は好きなんて一度も言ったことなんてなかったのに!』って。……否定できませんでした。
だって、確かに彼は私に好きと言ったことなどないし、彼もきっと自分と同じ気持ちだと勘違いして好きになっていったのは私です。今でもあの瞬間の教室の空気と、クラスメイトの視線が忘れられません。」
副会長は静かに私の話を聞いていた。
「それ以来、私はクラスの男の子から勘違い女って言われました。あいつと仲良くしてると勝手に両想いにされるぞって。そしてそれまでは、何人かそこそこ仲のいい男の子がいたんですが、すぐに疎遠になりました。それ以来なんとなく男子とは、本当に必要な話をしたりする以外はほとんど接触しなくなりました。
それから簡単に人を好きになることが怖くなりました。だからもう二度と勘違いしないって決めたんです。私のうぬぼれや勘違いで友情を失ったりしないように。……もう自業自得で傷つかないように。……これが理由です。斎先輩は本当に久しぶりにとっても仲良くなれた男子でした。だから、また勘違いで失いたくなかったんです。」
私が話し終えると、副会長は私を見つめて真摯に言った。
「俺は大丈夫だ、美耶子。絶対にお前が失くさない相手だよ。」
「どうして言いきれるんですか?……そんなことわからないですよ……。」
副会長は繋いでいた私の手を両手でぎゅっと包み込むようにして告げた。
「俺はお前が好きだけど、別に一目惚れをしたわけじゃない。ひとつのきっかけからお前に興味を持って、仲良くしてるうちに、段々好きになったんだ。俺の片想いも初めは友情から始まった。」
「私が倒れている斎先輩を助けたから、恩義を感じて……とかですか?」
「厳密にはもっと昔の約束なんだが……まぁいい。今言ってもどうせ混乱が大きくなるだけだから置いておこう。」
「は…はい。」
もう十分に混乱を極めているので有難い。
「約束しよう。俺はたとえお前に振られたとしても、お前が俺を嫌ったりしない限り、ずっと友達でいるよ。絶対だ。」
「そんなの、嘘です……。そんな約束、きっといつか消えちゃいます。」
「じゃあ、命を救ってくれた恩人を嫌いになったりしないと言えば信じるか?」
「……さっきよりは信じられます。…………私ものすごく嫌な子ですね。弱みに付け込まなきゃ斎先輩のことを信用できないって言いました。」
副会長は、変わらず柔らかいまなざしで私を見つめて、くすくすと笑いながら、甘い声音で囁いた。
「美耶子にならいいよ。今は信じられないのなら、美耶子だけが握っている俺の弱みに付け込めばいい。それでお前が俺を信じて、俺の隣にいるならば何でもいい。」
「私だけが握っている斎先輩の弱みってなんですか……?」
副会長が囁きかけるように落とす甘い声音が、私の耳朶を優しく撫でた。
「美耶子がペンネを治療したこと。ペンネが俺の生命維持装置であること。俺が欠陥を抱える体なこと。…………あと、俺が美耶子を好きなこと。命の恩人でも、惚れた弱みでも、なんでも付け込めばいい。これだけ俺はお前に弱みを握られて、お前から逃げるなんてできないだろ?」
茶化したように笑いながら、副会長は私に弱みに付け込めと言った。とてもとても大切に、私の負った過去の傷を癒そうとしてくれているのだと感じた。
たった一度の小さな、けれど私の中に恐怖となって残った傷跡におびえるばかりの自分を、酷く情けなく感じてしまった。
けれど、一度臆病になった私は、その言葉に確かに安堵してしまった。副会長の優しさと自分の馬鹿さ加減に涙が出てきた。
「お前にとってメリットしかない提案をしよう。俺はお前に好きになってもらえるように頑張る。だからお前は俺だけ見てろ。お前が俺のことを好きにならなくても、お前には男友達が一人出来るんだ。
お前は俺の努力をまっすぐ受けとめて、自分の心に正直でいてくれればいいだけだ。な、簡単だろ?」
「自分の気持ちに正直に……?」
「嬉しいと思ったら喜べばいい。嫌だと思ったら拒めばいい。ドキドキしたら照れたらいい。」
「それ……斎先輩になにもメリットがないですよ。」
「あるよ。今までも俺なりに口説いてたけど何も伝わってなかったんだ。これからはちゃんと伝わる。
俺の努力次第で美耶子が俺を好きになる。俺にとってはそれだけで十分メリットだ。」
この人は、どこまで私を甘やかすつもりだろう。
そう言いながら、副会長は私が未だ手に持ったままだったあと少し残っているクレープを大きく一口かじった。
そして残った一口を私にあーんと差し出した。
さっきまでは当たり前にやってきた行動だ。けど、これは副会長がかじったクレープだ。
これまでは他意がないから友達として食べさせ合いもした。けれどさっきまでとは意識がまるで違う。
私に好意を向けてくれている副会長と……間接……?
考えた途端、自分の顔が真っ赤になるのを感じた。私の顔は何回赤くなれば気が済むのだろう。副会長は私の顔をみて、ようやく意識しだしたか、と笑った。
そのまま唇にむにっとクレープを押し付けられて、そのまま食べてしまう。
押し付けられた際に唇についた生クリームとチョコレートを、唇をなぞるように親指で拭われた。
「美耶子、これからは俺にすること、俺がすること全部意識しろ。そうすれば自然と距離感ぐらい覚えるよ。意識する相手としない相手、異性と同性、まったく受け取る感覚が違うはずだからな。」
副会長はそのまま、悪戯っ子のように目を細めて親指を見せつけるようにぺろりと舐めた。
「俺としては今回のあれは告白じゃない。また改めてちゃんと告白するから、それまでにせいぜい俺を好きになってくれ。美耶子。」
そこが私の限界だった。
私は魔法まで使って全力でその場から逃げだした。副会長は追ってこなかった。
かわりにペンネが現れ、副会長からはメールが来ていた。『まだ暗くはないけどペンネに送らせるから連れて行け。俺は絶対にペンネの記憶を見ないと誓うから、ペンネに甘えていいからな。』と書いてあったので、私は一も二もなくペンネに飛びついてぎゅうぎゅうに抱きしめた。
ペンネはにゃおんと一言鳴いて、されるがままになってくれた。
そこでハッと大事なことを思い出して、携帯を取り出して副会長に電話をかけた。
コールが鳴る間中ずっと緊張しっぱなしだった。四コール目で副会長が出たとき飛び上がりそうになった。
『もしもし美耶子?』
「あ、あの斎先輩……。」
耳元で副会長の声がする。いつものことだ。いつものことのはずだ。
深呼吸して心を落ち着かせる。
「あの、あの……っ!」
『大丈夫。ゆっくりでいい。』
副会長の声は小さな子供をなだめるように穏やかだ。
「えっと、か、勝手に帰ってしまってごめんな、さい。」
『そろそろお前の容量が限界になりそうな感じはしてたからな。ペンネとちゃんと合流できたか?メールにも書いたが、お前と会ってからの記憶は俺に見せずに消すようにペンネに命令してあるから心配しなくていいぞ。』
「いえ、そのことではなくて……。」
『なんだ?』
ちゃんと言わなくちゃ、これだけは……。
「その、お誕生日おめでとうございます。ちゃんと一緒にお祝いできなくて、ごめんなさい。
……斎先輩と出会えたご縁に心から感謝します。私と出会って下さって、ありがとうございます。」
私の両親が、私の誕生日に必ず送ってくれる言葉だ。
電話の向こうの副会長がちょっと息をのんでいた。そんな言葉が来ると思っていなかったのだろう。
しばらくして、ちょっと照れたような、早口の返事が返ってきた。
『…………あぁ、ありがとう美耶子、おやすみ。』
「……はい!おやすみなさい、斎先輩。」
そう言って切った携帯を見つめ、そのままずるずると道端にしゃがみ込んで、深い深いため息をついた。
ちゃんと言えてよかったと思った。
足元で黙って見守ってくれていたペンネが、私の膝に前足をかけてにゃおんと鳴いた。
「うん。ちゃんと言えたよペンネ。これだけはちゃんと言えてよかった。私を家まで送ってもらってもいいかな?」
にゃおんと元気よく返事をくれたペンネにうちまで送ってもらって帰宅した。
その日は晩御飯があんまり食べられなかった。
ずっとどきどきぽかぽかと温かい気持ちだった。
熱があるんじゃないかと母に心配されたけど、真っ赤になりながら大丈夫だから!と部屋にこもってさっさと眠りにつこうとした。
今日一日で色んな事がありすぎた。
なかなか寝付けなくて大変だった。