ペンネと膝枕
お昼休みになり、お弁当を持って校舎裏に向かうと、私の定位置のベンチに豹柄の子猫が鎮座していた。
どうやってここに先回りしたのだろう…?
私をじーっと見上げる子猫の横に座る。可愛いなぁ。
「こんにちは、ペンネ。今日からしばらくよろしくね?」
ペンネはきょとんとしたような顔をした後、にゃおんと鳴いた。了承の合図かな?
私がそっと触れると、ペンネは嫌がりもせずに私にされるがままになっている。
可愛い小動物を見てると和むなぁ。私は副会長の顔よりペンネの顔を見つめていたい。
にこにこしながらペンネの頭を撫でる。
「よしよし、ペンネはお利口さんだね。ちょっと待っててね。ご飯を食べたら魔力をあげるからね。」
お腹がすいてる状態で魔力を使うのはあまりよくない。私が元気な時にあげる魔力の方がいいだろう。
久々の一人でのご飯なので、ペンネに話しかけながらお弁当を食べる。
「…で、ちょっと口臭ケアグッズを、たまたま忘れただけなんだよ?よりにもよってそんな日にお弁当に餃子が入ってただけで、私はそんな餃子大好きな人間じゃないんだよ!
だいたいわざわざ私をからかう副会長が悪いと思うんだよ!あなたの御主人様はいじわるな人だね。というかなんであなたあんなところで怪我してたの?たいした怪我じゃなかったから私でも治癒できたけど、危ないからあんまり御主人様の傍を離れちゃだめだよ?
それにペンネの名前の由来が気になる。副会長は何を考えてあなたにペンネって名前をつけたんだろうね? よく似合ってて可愛いと思うけど、なんでそんなちょっと可愛い名前をつけたんだろうね。副会長のあの顔で、真面目に考えた結果がペンネなんだったら、ちょっと絵面が面白いよね。
あの胡散臭いきらきら笑顔の下には真っ黒な野心があるんだよ。だけど使い魔の名前はペンネ……。ぶふっ! すごいギャップだ!!ペンネは御主人様に似ちゃ駄目だからね?」
もちろん内容は副会長への不満だ。本人には言えない私の主張をペンネ相手に聞いてもらう。
ペンネはおとなしく私の話、というよりほぼ愚痴のような内容を聞いてくれている…ように見える。
お弁当を食べ終わり、ペンネを撫でながら魔力を渡す。
手のひらから溶け出すように溢れる私の魔力をペンネに染み込ませるようにして渡すと、ペンネは喉を鳴らして目を細める。
「そういえばペンネは御主人様に似ず可愛いけど、目だけは副会長と同じなんだね。」
ぱちくりと私を見つめる大きな瞳は、副会長と同じ薄い金色をしている。
午後の授業に影響しない範囲で、魔力をゆっくりと渡していると予鈴が鳴った。
ペンネは予鈴を聞いてすくっと立ち上がり、私ににゃおんとひと鳴きしてベンチを飛び降りてすたすたと歩いていく。
「気をつけて副会長のところに帰るんだよ!あと、さっきまでの話は副会長には内緒だよ!」
私がペンネの背中に声をかけると、一度立ち止まったペンネは肩越しに私をちらりと見て、尻尾を大きくひと振りしてすたすたと行ってしまった。
あれは黙っててくれるのだろうか…?
まぁ主人と違って私に優しいのできっと内緒にしてくれることだろう。
ペンネとお昼を食べだして3日になる。
だいたいペンネとの過ごし方が固定されてきた。
お昼は授業の内容や担任の話、副会長への文句や疑問をいいながらお弁当を食べ、ペンネを撫でて過ごす。副会長がなぜ眼鏡をかけていないのかをペンネ相手に予鈴が鳴るまで語った時は、ペンネが若干疲れたような顔をしていたような気がした。ごめんね。
使い魔とはいえペンネ相手に語りかける私の姿は、はたから見てどうなんだとかは考えてはいけない。いけないんだ。
放課後は図書室で基本的にペンネを膝に乗せたまま宿題をするか、読書をするかしながら30分から1時間程過ごす。
使い魔は人語を解する知能を有し、暴れさえしなければ図書室に一緒に連れてきても問題ない。
なぜか3つある図書室の、一番人の少ない第三図書室が、私が今利用してる図書室だ。
普段は教室なのだが、使い魔を持たない平均的な生徒が多い私の所属するCクラスでは、ペンネが注目を集めてしまう。
そして誰の使い魔なのだということになったら、数日前に私が治療したことが知れ渡っている副会長の使い魔であることに気づくことは簡単だろう。
そこで図書室にきた。閲覧できる本があり、勉強用の机といすもあり、人が少ないという好条件だ。ペンネは私が一人の時を見計らって、勝手にやってきてくれるので人に見られることもない。
放課後は、私がずっと撫でているお昼とは違い、私は宿題なり読書なりをしているので両手がふさがっている。なので、ペンネに魔力を渡すためにペンネを膝に乗せようとしたのだが、これには最初、普段はおとなしくてお利口なペンネがかなり嫌がった。
うにゃぁ!と鳴きながら膝から降りようとするのだ。
「こら、ペンネ。いくら貸し切り状態同然でも、図書室で大きな声出しちゃだめだよ。いい子だから大人しく膝に座ってて?寝ててもいいから。」
はっきりいって、ペンネは子猫としては大きいので私の膝には乗りきらないのだが、上半身だけでも私に乗せて接触しててもらわないと、魔力を渡すことができないのだ。
「お願いだから膝に乗って頂戴?ペンネは子猫としてはちょっと大きすぎるから、膝に乗ってもらうしかないんだよ。もっと本物の子猫並みに小さかったら肩とか頭に乗ってもらうんだけど、ペンネに乗られたら、私の肩も頭も潰れちゃうから駄目なんだよ。」
私がお願いしても、ペンネは私の隣の椅子から動こうとしない。
私はペンネに、自分の膝をぽんぽんと叩きながらペンネを誘う。
「ほら、おいで~ペンネ。女子のふとももだよ!男子の副会長と違って柔らかいよ~。」
ペンネはつーんとそっぽを向いている。私のふとももにはさほど興味がないらしい。
それともペンネは実はメスだったのだろうか?そもそも使い魔に性別なんてあるのかな?
仕方ないので、そっぽを向いて完全に油断してるペンネを抱き上げて、やや強引に膝の上に抱きしめる形でホールドしつつ乗せる。
びっくりしたペンネが抜け出そうともがくが、後ろ足は私の膝の上、前足は抱きあげられたことによって私の肩あたりにおいてバランスを取っている。
紳士なペンネは私の体に爪を立てたらまずいと力技で抜け出すことができない。
期せずして、まるで副会長に壁ドンされた時と似たような状態になった。あの時の私の位置にペンネがいる。私はペンネににっこり笑いかける。
「大人しく膝に乗ってくれるなら、一旦放してあげるよ?」
ペンネはぐるぅ、と唸って大人しく私の膝に頭を乗せるようになった。
そんな初日の出来事があり、私はペンネを膝枕する権利を獲得した。
ペンネは可愛いなぁ。最近は副会長の使い魔であることを、若干忘れかかっている時もあるくらいだ。いっそ私の使い魔にしたい。
今もペンネはお弁当を食べている私のそばで、私があげた、鈴の入ったサッカーボールのおもちゃを追いかけて遊んでいる。
そして私がお弁当を食べ終わると、見計らったように私の横に座り、丸くなる。
私が膝をぽんぽん叩いて催促すると、しぶしぶといった体でペンネが頭を乗せてくれるようになった。私はペンネの背中を撫でるようにして魔力を渡している。
マッサージするように撫でると、喉をゴロゴロならして喜ぶのだ。撫でられること自体は嫌いに見えないのだけれど、どうして膝に乗せたり抱っこしたりは嫌がるんだろう?
まだ完全には信用されていないとか?結構慣れてきたと思ったんだけど…。
「ペンネ~?なんでペンネは私の膝に乗ったり抱っこするのは嫌がるのかな?」
ペンネの、やや短めで太い前足を触りながら問いかけた。ペンネの足はがっしりしてる。
犬の足はがっしり太い方が健康だ、みたいな話をどこかで聞いたような気がするのだけど、猫はどうなんだろう?病的に細いよりは全然いいと思うけれど。
毛も、いつもツヤツヤしている。艶やかな灰色に豹柄が浮かび上がっていてかっこいい。
ペンネは何猫なんだろう?
色味はロシアンっぽいけど、ロシアンみたいにほっそりした身体じゃない。それにロシアンに豹柄模様なんてないはずだし…。
たしか豹柄模様の猫がいたはず…。ベンガル猫だっけ?でもペンネは割と毛の長い子猫なんだよね。
ロシアンもベンガルも短毛種だったはず…。
あぁ、でもペンネは使い魔なんだ!何も実在する動物にこだわる必要はないんだ!
たぶん、ネコ科の色んな特徴を混ぜて色んな種類にちょっとずつ似てる、って感じの副会長のオリジナルキャットなんだろう。
「ペンネ、あなた世界で一匹だけのオリジナルキャットなんだね!
いいなぁ。私もペンネみたいな可愛くてかっこいい使い魔が欲しいな…。」
ペンネを撫でながらつぶやくと、なぁおん、とペンネが応えてくれた。
ごめんね。何を言いたいのかはわからないんだ。
ペンネと意思疎通ができればいいのに、とちょっと思いながら今日のお昼は過ぎていった。
今日がペンネと過ごす6日目のお昼だ。
間に休日をはさんでいたので毎日というわけではなかったが、学校がある日はずっとペンネとお昼をともにしてきた。
明日にはペンネともお別れなんだな…。副会長と縁が切れるのはありがたいけど、ペンネと縁が切れるのはさみしい。
ペンネとずっと一緒にいたお昼と放課後だって、副会長とは一切あっていないんだから、副会長とはほぼ無縁の存在と言っていいだろう。
ペンネとだけ会うのであれば、これからもずっと一緒にいたいという思いもある。
けれど、ペンネが一緒にいる限り、由紀と一緒にいることが難しくなる。
由紀とは教室では一緒にいるけど、お昼や放課後は別行動になっている。
たぶんペンネが私と一緒にいる限り、由紀は私とは別行動だなぁ…。
私はペンネと由紀、両方と一緒にいる方法はないのかなと思案しながらいつものベンチに向かった。
たぶんないだろうね。
いつものようにベンチに座っていたペンネが、いつもと違って何かを咥えていた。
メモのようだ。
私がメモを受け取ったのを確認すると、ペンネはくるりと背を向けて帰って行ってしまった。
『放課後、生徒会館にこい。』
はっはっは、あらいやだ。
嫌な予感がプンプンします!