球技大会と応援
次の週になり、朝からえらく騒がしいと思ったら、そういえば今日は副会長の学年の球技大会だった。どうりでみんなそわそわしているはずだ。
ちなみに副会長は身体を動かすのは好きらしい。小さいころ身体が弱かったと言っていたからその反動なのかもしれない。
校舎の窓からでも副会長がどこにいるかは大体分かる。
女子の応援の凄まじいところだ。女子が固まっているので、そこに会長と副会長がいるのだろう。同じチームなのかもしれない。
用意周到なクラスメイトは双眼鏡を持ってきて、窓から観戦しているが、私はあんまり興味がないのであとで副会長に結果だけ聞いて、お疲れさまでしたと言えばいいだろうと思ってる。
人がそんなにいなければ、グラウンドに行って遠くから応援ぐらいしようかと思っていたのだけれどこれは無理だ。あの女子の波に私は近寄りたくない。
制服も混じっているから他学年の女子もちらほら休み時間ごとに観戦に行っているのだろう。10分でグラウンドと校舎を往復してまで応援しに行くガッツを心から尊敬する。
そんなことをぼんやりと考えながら授業を受けていたのだが、ふと思い出した。
そういえば、副会長は魔具つけてて大丈夫なのかな?
今回は試合中だけとはいえ、逆にいえば試合中は絶対外せない。ということは、試合中は副会長はペンネを召喚できないし、あれだけ人目があれば休憩中にペンネをこっそり召喚するのも難しいのではないだろうか。そうなれば午前中いっぱいは魔力をほとんど消費できない状態だ。
え?本当にまずいんじゃないだろうか…?
さすがに気になって仕方ないので、次の休み時間にグラウンドに降りてみた。
だがさすがに校舎の窓から見るよりも女子の壁が厚い。何これ怖いな…。しかもほとんどが私より年上の人だから、通して下さいとか言えるわけがない。
どこか段差のある階段とかに上ってなんとか様子をうかがおうかと思っていると、壁から出てきた人が私に声をかけてきた。
「あら、中原さんじゃない?あなたも斎様を応援しに来たの?」
風紀委員の人だった。この人最前列にいたんだ…。そしてやたらと高性能そうな双眼鏡も持参している。さすがです。
「あ、はい。ちょっと副会長の様子が気になったので……。」
「あら、あなたも?私はずっと斎様の勇姿を心のアルバムに焼きつけていたんだけれども、実は斎様ちょっと体調が悪いのかと思っていたの。斎様はスポーツは積極的になさるし、運動神経もいいのに、今日はあまり活躍されていないのよ。天理様に花を持たせているのかと思ったけれど、そんな感じでもないしね……。名残惜しいけれど、私は今から自分の競技に向かわなければいけないので…。」
じゃあね、と親しげに私に別れを告げた風紀委員の人の言葉を聞いて、より不安が募ってしまった。副会長のことに関しては異様に詳しい風紀委員の人の言葉だ。たぶん魔具で体調が思わしくないのだろう。
でもどうしたらいいのだろう…。
私が途方にくれていると、背後から声をかけられた。
「あれ?灰色の子猫ちゃんじゃん!」
振り向くと体操着の書記の人がいた。
そうか、書記の人も同じ学年だったっけ…。
「斎を見に来たの?」
「あ、えっと…はい。」
「じゃあもっと前で応援してあげればいいのに~。ちょうど今終わったところだから声かけれるんじゃないの?ちょっと通して~。はい、ごめんね~通るよ~。」
にっこり笑った書記の人は、私の腕を掴んでぐいぐいと女子の壁に入ってゆく。
女子も書記の人が通る時は素直に道を開けてくれるので、腕を掴まれたままの私も一緒に最前列に突き進んでゆくことになった。
視線がいたたまれないので、ちょっと俯き気味に小声ですいません、失礼しますと繰り返しながら通らせてもらった。
最前列まで到着すると、決着がついて整列して挨拶をしてるところだった。どうやら副会長はバスケに参加していたようだ。
痩せ我慢をしているのか、私には副会長のどの辺が体調が悪そうかなどわからない。けれど、よくみれば少し呼吸が荒いような気がする。
激しい運動で疲れてるだけと言われればそれだけの様な、微妙な加減だ。この距離で判別できようはずもない。
するとまだ私の腕を掴んだままだった書記の人が大声で副会長に呼びかけた。
「お~い、斎~!子猫ちゃんが応援にきてくれてるぞ~!!」
その場の注目が一斉に私に集まる。
ぎゃあぁー!!やめてっ!!やめてください!
副会長は私に気付いた途端、ダッシュで私に駆け寄ると、私の腕を掴んでそのまま校舎の方へ猛然と走りだした。
「え?え?ちょっと、副会長っ!?」
「説明は後だ、ちょっと一緒に来てくれ!」
大混乱のまま引っ張られているが、私の腕を掴んでいる副会長の手が、異様に体温が高いことに気付いた。
そういえば、魔力が限界近くまでたまると体温が上がると言っていたっけ……?つまりこれは確実に危ないというサインなのだろう。
周囲の絶叫を置き去りに、私は副会長に引っ張られたまま一緒に校舎裏まで走っていくことになった。
校舎裏の人気のないところまで来たところで、副会長は壁にもたれるようにしてずるずるとしゃがみこんでしまった。
「副会長!?大丈夫ですか!!」
「……はぁ、はぁっ…っ!さすがに……身体がだるい状態で激しい運動はきつい…っ。」
副会長はかなり辛そうにしている。副会長はすぐさまペンネを召喚した。
ペンネはすぐさま、全力で魔力を消費しようとしているのだろう、全身を発光させて魔力を放出している。
だがたぶんそれではすぐにはよくならないだろうと思い、私はペンネを抱きかかえてそのまま副会長を抱きしめる。
副会長も、私がしようとしていることがわかったのだろう。私の背中に腕をまわして身体を密着させる。
私はそのまま副会長の魔力を吸収し、ペンネに渡してゆく。
今回は意識のある副会長が積極的に渡してくれるので、前回よりもスムーズに魔力をもらえた。
途中でチャイムが聞こえたが、そんな場合ではないので授業はさぼってしまうことを決意した。
「……授業…ごめん、美耶子。」
チャイムの音が聞こえたのだろう副会長が、申し訳なさそうに私の耳元で告げた。くすぐったい…。
「気にしないでください。斎先輩の体調の方が大事です。」
ごめんなさいで済む私の授業よりもよほど大事だ。
そのまま15分ほどだろうか、なんとか副会長の魔力を4割は消費したんじゃないかというところで、副会長が私からするりと腕をほどいた。
「……もう大丈夫だ…。だいぶ楽になった。」
副会長はふぅっと一呼吸置いて目を閉じた。
私は副会長にちょっと待ってもらうように言って、一番近い食堂の自販機でスポーツドリンクを買ってきた。
念のためにと小銭を持っておいてよかった。
戻ってくると、副会長は立ちあがって軽く屈伸運動をしていた。
「これどうぞ。昨日、私もペンネにプレゼントしてもらったので…。ふ…斎先輩も水分補給はちゃんとしてくださいね。」
「あぁ…ありがとう。」
副会長は受け取ってすぐにふたを開けて、がぶがぶと飲み始めた。汗かいてたし喉が渇いていたのだろう。
飲み終わって一息ついた副会長が、じっと私を見てきた。
「なんですか?」
「いや……汗、つけてすまない…。制服なのに…。」
言われて自分の制服の襟元をつまんで嗅いでみれば、多少私も汗の匂いがする。
体温の高い副会長に抱きしめられて私自身が少し汗をかいたのと、副会長からうつったのが大半といったところだろうか…。
「そんなに匂いますかね…。後で教室に戻ったら制汗スプレー吹き付けるので大丈夫ですよ。」
「そうか…なら、よかった…。本当に助かった。ありがとう。」
「にゃおん!」
足元のペンネが抗議をしてきた。
自分が一番大変だったと言いたいようだ。確かに、私と副会長の間にはさまれて動けない蒸し風呂状態だったペンネが一番つらいかもしれない。
「ペンネもお疲れ様!」
私が笑いながら言うと、副会長はペンネに片手をかざして呪文を唱え始めた。
ペンネの身体からほわりと魔力が浮き上がり、少し湿気を帯びてへたっていたペンネの毛並みが綺麗になった。
ペンネは満足そうににゃおんと鳴いて、自分の毛皮を舐めている。
「さて、勝手に抜け出してきたが、そろそろ戻らないとまずいな…。」
「そうですね。私も教室に戻ります。」
「…応援してくれないのか?」
「だって他の女子から嫌というほどもらってるし、必要なさそうじゃないですか。斎先輩は応援しなくたって頑張ってるし、私が応援しなくても斎先輩と会長がいれば、なんかほいほい勝ちそうじゃないですか。」
どうせなら相手チームを応援してあげたくなる。
「そこは形だけでも応援しておけよ…。あと俺や天理も、魔法がなければ結構必死でやってるんだぞ…?」
「だって魔力酔いになりかけの状態抱えて今まで頑張っていた斎先輩に、さらに頑張れとか鬼の所業じゃないですか?むしろ体調を気遣って、無理しないでほしいです。」
副会長はちょっと憮然とした後、ぼそりとつぶやいた。
「……とりあえず俺が美耶子の応援が欲しいから、言ってくれ。」
「…………が、がんばって、斎先輩。」
不意打ちで変なこと言うの、本当にやめてほしい。
これでよかったんだろうか…。とりあえず恥ずかしいのを我慢して、私もぼそりと応援してみた。
「頑張ってくる。」
そう言って副会長は行ってしまた。
私も教室に戻らなければならない。
時間としては20分ほどしかたってない。もう授業が終わりかけならばよかったのに…まだ30分ぐらいある。
さて、どうしようかな…。
無難に体調が悪いのでトイレにいましたとか言おうかなぁ。
トイレに約20分か…。微妙だな……今からでも保健室に行こうかな…。
私はそんなことをうだうだと考えながら、とりあえず教室に戻った。