ファンとストーカー
書いてて楽しくなってきたら、長くなってしまったのでここで区切りました。
『生徒会副会長、星陵斎様に恋人か!?人目のない場所での逢瀬!!』
見出しに我が目を疑った。
しかも私がちょうど服を返している瞬間と、副会長が缶をふたつ差し出してる瞬間の写真が添付されている。
確かにこの見出しでこの画像を見せられたら誤解しますね。てか広報怖いよ!なんで人目のない場所なのにどっから撮ったんだよ!
「芸能人でもないのに、ちょっと女子と喋ってただけでニュースにされるとか…。巻き込まれた美耶子も可哀そうだけど、副会長もいい迷惑だな、これ。」
由紀の言葉に心底同意した。そして私がやたら見られてた理由はこれか。
今はまだ遠巻きに見られてるだけだから、放置するしかないよね。
みんな遠巻きに私を見つめていたけれど、由紀が周囲を睨んでいたから、聞きたそうにしていたクラスメイトも何も聞いてこなかった。
副会長に、どうしたらいいですかとメールを送ったのだが、返事が返ってこないことも不安を煽った。
周囲の視線が怖すぎて、私は午後は由紀にべったりとくっついていた。
なんとか無事一日を終えて、心からほっとした。このニュースが午後からでよかった。
午前中からだったら、さすがに視線にさらされるのに耐えられなかっただろう。
そして放課後。さっさと帰宅しようとしていると、数人の女生徒に呼びとめられた。
「中原さん…よね?ちょっとお話したいんだけどいいかしら?」
「あ…他の人と待ち合わせしてるので、また別の時ではだめですか?」
私が間髪いれずに問い返すと、一人の女生徒が切り返した。もし声をかけられた場合にはこう言って逃げようと思っていた。
由紀は今日どうしても外せない急ぎの用事があるらしく、一緒に帰れなくてごめんね、と謝りながら先に帰ってしまった。
一緒に学園を出ることが出来なかったのは、私が掃除当番だったからだ。
「えっと……、用事の人には後で私達も一緒に謝りに行くから今はちょっと時間貰える?」
せっかく人数を集めて勇気を出してきたのに…としょんぼりと言われたので、そのどことなく哀愁を誘う子犬のような風情にやられてほんのちょっとだけですよ、と言ってついて行くことにした。
空き教室みたいなところに連れてこられた。
「ここは美術室の備品が置いてある準備室で、ほとんど人が来ない場所なんです。」
「へぇ…。で、お話ってなんですか?」
「あぁ…そのことなんだけど…。」
こほん、と軽く咳払いをして先ほどと同じ女生徒がしゃべりだした。この人がリーダー格なんだろうか。他の人たちはあんまりしゃべらない。
「単刀直入に言います。あなた最近生徒会館に出入りしているそうね?」
「そんなお話どこで聞かれたんですか?広報にものってませんけど?」
私が聞き返すと、逆に聞き返されてしまった。
「私のこと、覚えてません?」
「……?どこかで会いしました?」
「廊下を走って生徒会館に向かうあなたに注意しました。……テスト一週間前の時です。」
テスト一週間前…。そんなことあったっけ?あの期間といえば副会長に勉強を教わって眼鏡姿を拝んだくらい……あ、思い出した。
ちょうど眼鏡姿を拝んだ日だ!担任の雷で遅刻して慌てて走ってたときに、そういえば注意された。
「あぁ!思い出しました!風紀委員の方ですよね?あの時は急いでいたとはいえ、すいませんでした。」
もしかして副会長のファンの人かもと思っていたのだが、ファンの人じゃなくて風紀委員の人だったか。これは全面的に私が悪いのできちんと謝る。
「えぇ、もちろんそれは反省してもらわなくちゃいけないんだけど、大事なのはそこではないわ。
あなた確か、以前に斎様の使い魔の件で、斎様に感謝されていた人よね?あの後あなたを追いかけたら、生徒会館へ入って行ったわ。あなた、もしかしてあれから入り浸っているんじゃないの?あそこは一般生徒立ち入り禁止だし。出入りさえ気をつければ、広報に唯一見つかることのない場所だもの。あそこは一般生徒と広報は、許可なく立ち入りできない場所だからね。」
いいえ。大事なのは、廊下を走ったことだと思います。
そしてやたら勉強室に呼び出すと思っていたら、ちゃんと理由があったんだ。
あそこって広報立ち入り禁止なんだ。生徒会が常駐してる場所だからだろうな…。
それに斎様って誰かと思ったら、副会長のことだった。つまりこの人たちは、やはり副会長のファンの人らしい。
なんて答えるべきだろう…?と考えていると、風紀委員の人がおずおずと私の顔を窺うように切り出した。
「あなたは斎様の恋人なんですか…?」
「こ……っ!!」
恋人。という他人からのあからさまな関係をにおわす指摘に、顔全体に熱が集まるのがわかった。
副会長と、恋人?私が…?あの記事見た人みんなから、そんな風に見られていたんだ。いや、わかっていたはずだけれど、改めて人から指摘されると猛烈に恥ずかしくなってきた。
「あ、あの……わ、わかんないです…。だって、そんなこと、考えたこともなかったし…。一緒にいて楽しいとか思ったりはしたんですけど…そ、そんなこと考えるようなことなんてなかったし……っ!!えっと、ええと、あの……そんな風に…見える…んですか…?」
真っ赤になりながらわたわたと慌てふためく私の様子に、ファンの人たちもちょっとあてられたのか、ちょっと真っ赤になりながら私をなだめるように優しく語りかけた。
「お、落ち着いて…?別に恋人じゃなきゃだめとか、友達ならいいとかそんなことをいうつもりはないのっ!」
風紀委員の人は仕切り直すように深呼吸し、私はまだ赤い顔を手でパタパタと仰ぎながら、しばらく無言空間になる。
そして、お互いの呼吸が少し落ち着いたころ、また仕切り直すように咳払いをして風紀委員の人が改めて口を開いた。
「…えっとですね、私達があなたを呼び出したのは言っておきたいことがあったからです。」
「は、はい……。」
なんだか真剣な空気なので、私もなるべく真面目な顔をして頷いた。
「あなたが今後、副会長と友達関係なり、恋人関係なり築こうとするとき、きっとくだらない嫉妬や野次馬、妬みの目を向けられることがあるかもしれません。本当に斎様のことが好きであなたに嫉妬するならまだ理解できるかもしれませんが、中には私達のようにファンをしているのに、誰かが斎様に近づくのは許せないという人もいるかもしれません。
ですが、はっきり言ってそれはおこがましいことだと思います。恋愛感情として好きならば、きちんと節度を持って斎様に近づけばいいのです。ファンならば、斎様の行動をそっと見守り、恋人なり友人なりが出来たことで、斎様の毎日が充実することを喜ぶべきなのです。それこそが正しいファンのあるべき姿だと私達は思います。」
誇り高くきりりと言いきった風紀委員の人の表情は晴れやかで、その姿にはついて行きたくなるようなカリスマ性すら感じる。
…けれどよく考えると、彼女の言ったことはただの無害なストーカー宣言だ。
有害だったり悪質なわけではないけれど、迷うことなく常に副会長をそっと見守りたい宣言は、ポジティブなストーカーと同義ではないだろうか?
後ろ暗いことをしているはずなのにポジティブストーカー……。
「私達があなたにお話ししたかったのは、これから先、理不尽なことがあってもそれを理由に副会長との関係を終わらせてほしくないと言うことと、私達とは派閥の違うファンが迷惑をかけるかもしれないという忠告と、あなたを応援し、見守っているファンがいるのだと言うことを知っておいてほしかったの。
あなたと斎様の関係がなんなのかはわからないけれど、この写真の斎様はとても自然に笑ってらっしゃいます。普段、こんな笑顔を見せることはないのです。だから私達は、そんな相手が斎様に現れたことに、純粋に喜びを感じています。だからこそ、二人自身の問題以外のことで、二人の関係が拗れてしまうことは望まないのよ。」
ふふっ、と優しく笑う風紀委員の人はまるで聖母の様な表情をしたストーカーだ。
なんだろう、私の中でストーカーという存在の定義がよくわからなくなってきた。なんだかとてもかっこいい正体不明のお助けヒーローのように感じる。
……まぁとりあえず要約すると、ストーカーがストーカーに気をつけてねと忠告してくれ、でも私の味方のストーカーもいるから負けないでね、と激励を飛ばしてくれたようだ。
ストーカーの世界も奥が深いなぁ……。
「あの…お気持ちありがとうございます。ちなみにここに呼び出した理由は?」
「え?あなたがファンに絡まれているなんて、根も葉もない噂を広報に知られたくないからよ?あなたも迷惑するでしょ?本来は接触もすべきではなかったんだけれど、覚悟のないままいるよりは、事前に覚悟と、味方がいることを知っておいてほしくて。」
なるほど、ストーカーにも流儀があるらしい。呼び出したのは私への気遣いだったようだ。
そしてその後、副会長の話をしながら意気投合し、そのまま仲良く小一時間語り合ってしまった。
アドレスを交換するほどの副会長萌え仲間が出来ました。