ミルクティーと遭遇
下校途中、親友と二人で駅のそばの喫茶店に入った。外観が、女子高生にはやや敷居の高そうな古めかしい瀟洒な造りのせいで、学生には知られておらず、ゆったり時間をつぶせる穴場なスポットだ。
私の親友はこういう店を見つけるのがやたらとうまいのだ。ここだって私一人なら絶対に入ろうとしないだろう。
私はたいていミルクティーを頼む。由紀は気分でコーヒーか紅茶か変えるようだ。
私は紅茶にミルクと砂糖を入れてかき混ぜながら、副会長との出来事を話した。
親友は餃子のくだりで机をたたいて爆笑してた。
由紀の頭を叩いてやりたい。
他のお客さんがいなくてよかった。
カウンターのおじさんと目があったので、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げたら「気にしないでいいよ。」みたいな微笑みを返してくれた。
マスター、いい人だ。本当にマスターかどうか知らないけど。
「…いい加減笑うのやめてよ。さすがに怒るよ?」
「はは、ははは……はぁ、ごめんごめん。まあ、災難だったね美耶子。」
「本当にね。言い訳させてもらえるならば、今日はたまたま口臭ケアグッズを切らしてただけなんです!」
「それは私じゃなくて副会長にいいなよ…。」
「言えたら苦労しないよ!」
「美耶子は慣れたら面白い子なのに、初対面だと人見知りしてすんごい無口になるからね…。」
わかってるけど、由紀みたいに、誰とでも平気で会話ができる方がすごいのだと思う。
ふてくされながらミルクティーを飲む。おいしいなぁ。
「そもそも、なんであんな可愛い子猫が副会長の使い魔なの!?わかるわけないじゃんか!!誰か教えといてよ。」
「そういや…普段の実技魔法とかでは、大きな豹の使い魔使役してるみたいだね。」
「え?使い魔って複数持てるの?」
たいてい一匹ぐらいだったはずだ。使い魔については、教科書に5行ぐらいの内容だった。テスト前にならないと思いだせない…。
副会長は子猫と豹の二匹を使役してるのだろうか?豹はわかるがなぜ子猫の使い魔を創ったのだろうか…。
由紀は少し、考えるようなそぶりをしている。指先でカップを弄っている。
これは由紀の考え事する時の癖だ。話をまとめているのだろう。
「うーん…。前に例えたケーキの話で説明するなら、ホールケーキをたくさんもってたら使い魔にホールケーキをひとつずつあげたら可能だと思う。」
「へぇ…。すごいことなんだよね?それ。」
「創るだけなら魔力がたくさんあれば出来るよ。けど普通は色んな事が出来る一匹を持つようにしてる。二匹も一緒に使役するのが大変だからね。魔力の制御とか、ものすごく繊細で精度の高い技術が要求されると思う。
だから複数で手数を増やすよりは、単体に大きな魔力を与えて運用する方が楽だし、効率的だよ絶対。」
「そういえば、由紀も使い魔を使役できるくらいの魔力量があるんだよね?由紀は使わないの?」
由紀は飲んでたカップをピタリと静止した。
「しないよ?前に美耶子に言ったように、私は絶対目立つことはしないって決めたの。」
以前にも似たような質問をした時も「目立ちたくないから。」と言っていた。事実、魔法実技も試験も、すべてにおいて由紀は手を抜いているのだ。
何か、以前に目立って嫌なことがあったんだろうか?
これはもう触れない方がいいだろう。いつか、教えてくれる時が来たら言ってくれるだろうし。
さくっと意識を切り替えて、明日からのことを確認しておく。
「そっか。じゃあ、これからしばらくお昼と放課後は別行動になる?」
「あ~そうかも。あの子猫が美耶子と一緒にいる間は私は逃げるから。」
由紀は目立つのと同じくらい、何故か生徒会と関わることを嫌がるのだ。生徒会といると強制的に目立ってしまうからかな?
廊下ですれ違うことすら器用に避けている。そしてその割には、やたらと生徒会事情に詳しいのだ。
一周回って好きなんじゃないかと思うレベルで詳しい。怒るだろうから絶対言わない。
そして、由紀がマイペースにふらふら自由行動するのは割といつものことなので気にしない。野良猫のような気まぐれ屋さんなのだ。
ないがしろにされてるわけじゃないし、どちらかというとかなり気にかけてもらってる気がするのだ。
嫌われてるわけじゃないのに、私以外の人と仲良くしてるの見たことないしね。
しばらくお弁当は違うグループの友達と食べようかな。
その後、二人で他愛ない話をしたのち帰宅した。
翌日、いつも通り由紀と途中で鉢合わせ(待ち合わせしてるわけではない)して一緒に校門へ続く、緩い坂を登っていく。
この坂は学園への大通りなので、朝は同じく学園に通う学生の姿がちらほらと見える。
いつも通りだ。けっして周りの視線なんか気にしてはならない。
「すごいな美耶子。あんためちゃくちゃ見られてるよ!」
…なんで隣を歩く親友はいちいち私にとどめをさしにかかるんだ!!
「違うから!これは私への視線じゃないから!!きっと由紀を見てるんだよ。美人さんだからね、由紀は!」
現実逃避だが、由紀が美人なのは事実だ。本人は目立つのを嫌っているのだが、私からしたら通りすぎざまに、ちらりとでも目を奪うくらいには美人なことは誇っていいことだと思うけど。
そんな会話をしながらいつもより多めの 由 紀 へ の 視線を横で つ い で に 浴びながら歩く。
私の主張にすごく何か言いたげな親友の視線は軽くスルーします。
ちょっとやめてよ!現実逃避するなよ、みたいなため息つくのは!!
そんな感じで、長い坂をゆっくりと登りきると大きな校門が見える。
そして校門の向こうには女子の一群が、綺麗に門の左右に整列して和気あいあいとしている。
それ自体はいつもの光景なので、門をくぐる学生は誰も気にしない。
生徒会のファンクラブの有志による朝の出待ちの儀式だ。これから学園に入ってくるのに出待ちっておかしくない? とか言ってはいけない。
そして校門に差し掛かったところで、横の親友が思い出したように告げた。
「ごめんね。私先に行くから。」
返事をする間もなく軽やかな足取りで猛然と去って行った。なんて器用なことをするんだ我が親友…。
というか、何故先に行ったの…?
と思いつつ、校門をくぐった瞬間、出待ちの女子が一斉に私を注目した。
謎の視線の威圧感にびくりと立ち止まってしまう。
出待ちのファンがひそひそとささやき合っている。
「あの子が…?」
「昨日の斎様のお探しの相手?」
「なぜあの子程度の魔力で?私の方が完璧に治療して差し上げましたのに…!!」
「偶然ペンネ様を治療しただけのくせに…。」
「あの子なんて……。」
なるほど、副会長と接触を持てた私が妬ましいらしい。
副会長は生徒会の中でもファンとの交流が薄い、というかほぼ無視しているタイプだからね…。
それでもイイ!!というかそこがまたイイ!!というファンは多いらしい。
代わってくれるなら私は代わっていただきたかった。
そうしたら餃子女と笑われることもなかったのだ!!
「そして由紀が先に行った理由はこれかな…?」
優しい親友だ。私に視線独り占めさせてくれるらしい…。そんな気遣いはいらない。
私の独り言が聞こえたのかファンの視線が一段ときつくなった。めちゃくちゃ怖い。
「…おい、邪魔だ。門の真ん中で止まるな。」
「あっ!ごめんなさい!」
後ろから声をかけられたので、慌てて謝りながら脇に寄り、振り向く。
……振り向くんじゃなかった。
親友が逃げた理由これだな…。
副会長がいました。
「ひぃっ!!」
「化け物でも見たような反応だな。おはよう、餃子姫。」
さすが副会長。私の痛いところを的確に攻撃してくださる。不愉快全開の黒い笑顔が眩しいですね。
わぁいお姫さまだって。餃子の国のかな? 私を餃子好きな子みたいに言うのやめてほしい。
真っ青だった顔だって、真っ赤になるってものですよ。
もちろん羞恥心でな!
後でよく考えたら、一応小声だったことは、周りに言いふらす気はないという副会長の配慮なのかもしれないが、そんなもの今の私が理解できるはずもない。
「…改めて昨日はありがとう。何か困ったことがあったら言ってくれ。出来る限り力になろう。」
周りできゃあきゃあ、ぎゃあぎゃあ、動向をうかがっているファンに聞かせるように、少し声を張りながらお礼を言われた。
意外なことにきょとんとしていると、さらに小声で追加事項があった。
「ペンネは昼にお前のところに送る。他の奴らには関わらせるなよ。」
こっちが本題だろう。
どうやらお昼はボッチ飯が確定したようだ。
私がこくんとうなずいたのを確認して、副会長は私に興味をなくしたように校舎に入って行った。
その後ファンに詰め寄られたが、「使い魔の手当てのお礼を言われただけ。」を繰り返すと、力になるなんて社交辞令だから御手を煩わせることのないように、勘違いしてうぬぼれないように、と釘を刺されたので、神妙な顔をしてうなずいておいたら納得してもらえたらしい。すぐに解放してもらえた。
「そこで厳重注意だけで終わらせてもらえるのが、美耶子のすごいところだよねぇ~。」
教室で待っていた薄情な親友にその後の話をすると、感心したような一言をいただいた。
「そうかな?副会長のファンはそこまで過激派じゃないから刺激しなければ睨まれるくらいだよ。」
多少の妬みを受けるだけだ。それもしばらくすれば沈静化するだろうし。
「いや、たぶん美耶子だからだと思うよ?美耶子って敵意を向けにくいんだよね。無害な感じがするっていうか…。」
「まぁ第一印象はおとなしく見られがちだけどさ…。」
実際大人しいかどうかは別問題だと思うんだ。
割と言いたいことは言う性格だよ。相手に慣れていればの話だけど…。
「まんがみたいな制裁がなくてよかったじゃん。」
「そうだね。」
そんなもの現実にあるわけないと思うんだけどね。