秘密とお礼
それから副会長は、ぽつりぽつりと語り始めた。
幼いころに、魔力消費能力だけが止まってしまったこと、けれど魔力量と魔力を生み出す能力だけが増え続け、常に燃費の悪いペンネを召喚して魔力を消費し続けないと、魔力飽和を起こしてしまうことを。
学園に行こうとしていたのは、訓練場を借りて攻撃魔法などで魔力を消費しようとしていたかららしい。特殊施設でない限りは攻撃魔法や、周囲に影響が起きるほどの大量の魔力を使う魔法を発動してはならないからだ。
「副会長、なぜ学園に申請しなかったんですか?治療院にかかった方がいいと思います。」
副会長の話を聞いて、私がまず思った疑問だった。
「今回倒れたのは魔具のせいなんですよね?なら申請すれば、先生達も対策をとってくれたと思います。それに周りが知っていて、いざという時に正しい対処で助けてあげられる方が、危険はずっと少なくなると思います。」
副会長は苦い顔で、だが頑なな声音で私に言った。
「……昔から、何度も考えたことがあった。だが、俺は期待されていた分、欠陥だとわかった時の両親の失望も大きかったんだ。
そしてペンネという魔力消費の対処手段を覚え、人並みに学校に通い出し、徐々に頭角を現していった時の周囲の期待が重かったんだ。いまさら誰にも告げられるわけないだろう?」
副会長は、たぶん怖いんだ…。周囲の期待に応えれるだけの能力があるのに、たったひとつの問題で周囲に、特に両親に失望された幼少期がトラウマになっているのかもしれない。父親と折りが悪いと言っていたし。
なまじ高い能力で、対処手段を得てここまで一人でやってこれてしまったから、いまさら誰かに頼ることが出来ないんだ。
そう思った瞬間、副会長に幼いころ助けた白い子猫の姿が重なった。魔力酔いで倒れていたことも含めて、副会長が猫のようだとなんとなくしっくりきた。
助けてあげたいと、強く思った。
あの子猫のように、今度はちゃんと守ってあげたいと思った。
「副会長、私がいますよ。ペンネだっています。二人で副会長を助けますよ!また副会長が倒れそうになったなら、その前に私を呼んでください。また魔力をもらいます。だから、えっとその…副会長は私に頼ってくださってもいいんですよ!」
「あぁ…、ありがとう……。」
副会長は、ちょっと肩の力が抜けたかのようにほっとしていた。
今まで誰にも打ち明けられなかった秘密を共有する相手が出来たことで、ちょっとでも副会長の心が軽くなればいいと思った。
その後、副会長に駅まで送ってもらった。
副会長は家まで送ると言ってくれたが、まだそこまで遅い時間でもないし、大丈夫だと私が丁重に断ろうとした結果、じゃあ駅までは送ると副会長が言いきったのだ。
ちなみに私の着てた上着はもらった紙袋に入れて、借りたTシャツだけでは少し肌寒いかもしれないと、長袖のパーカーも貸してもらった。ちょっと大きいので、袖は手が出るように折り曲げさせてもらった。子供みたいだ。
「服を貸していただいて、ありがとうございます。借りた服は、洗って月曜日にお返ししますね。それでは。」
「あぁ。急がなくていいからな。こっちが色々と助けてもらったんだから、あんまり気を遣ったりしなくていいぞ?気をつけてな。」
改札のところで、姿が見えなくなるまで見送ってくれた。なんとなく手を振ってみたら振り返してくれた。
家に到着し、携帯を確認すると由紀から何度かメールが入ってた。私が副会長の家で寝てるときだ。
しまった!由紀のこと完全に忘れてた!!
心配してくれてたんだろう。申し訳ないことをしちゃったな。
すぐに由紀に電話をかけた。
『あ、美耶子?無事?』
「うん、返事が遅くなってごめんね?何度もメールくれたみたいなのに気づけなくて……心配してくれてありがとうね。」
『気にしないで。結局、副会長はなんだったの?』
ちょっと言葉に詰まった。親友だし、心配してくれてたんだけど、勝手に秘密を言うわけにもいかない。
「えっと…ごめんね。由紀に嘘つきたくないから、何も言えないの…。心配掛けておいて申し訳ないんだけど…。」
『……そっか。副会長の事情なんでしょ?美耶子が謝ることないよ。とにかく、副会長も美耶子も、あとペンネも無事なんでしょ?』
「うん。それだけは保障する!」
『ならいいよ。』
電話の向こうで、柔らかく笑っている由紀の様子が想像できる声音だった。
「由紀、映画はどうだったの?面白かった?」
『あ、あぁ……。うーん…見てない、かな?』
由紀はバツが悪そうな声で、躊躇いがちにそう言った。
もしかして時間が間に合わなかったのだろうか?お金払って本当に見れなかったの!?
「え?ど、どうして?」
『だって映画館では、携帯の電源切らなきゃいけないじゃんか。見てたらもし美耶子から電話があった時に気づけないでしょ。
だからお店巡りしながら時間を潰してたの。あ、可愛い服見つけたから買っちゃった!まぁ結果的に電話来なかったから見ててもよかったね。』
なんでもないことのように告げる由紀に、私はますます申し訳なさが募った。優しい由紀があの状況で映画なんて見ているわけがない。由紀は別れるときに、何かあったら連絡してって言ってくれた。あの言葉を守るために、由紀はずっと携帯を握りしめて心配していてくれたのだ。
副会長の介抱をした後か、ううん、容体が落ち着いた後にでも真っ先に由紀一言でもに連絡をするべきだったのだ。ずっとはらはらしながら待っていてくれたのかもしれない。なんでそのことに気付けなかったんだろう。自分の馬鹿さ加減が嫌になった。
「由紀…。本当に連絡がこんなに遅くなってごめんなさい。」
『私が勝手に心配してただけなんだから気にしないで。』
電話の向こうの由紀の声はからからと笑っている。
『そんなに気に病むなら今度一緒にいつもの喫茶店行こう?私に飲み物を奢ってくれてもいいんだよ?』
「うん、ぜひ奢らせて!……本当にありがとうね、由紀。」
『ふふっ、いいってことよ。んじゃ、また月曜日に学園で!』
「うん。今日は短い時間だったけどデートも楽しかったよ!ありがとう。おやすみー。」
『ん~、おやすみ~。』
通話を切ってから、ベッドに頭からダイブした。
「あーもー!私最悪っ!最後まで由紀に気を遣わせたーっ!!」
枕に顔をうずめてふがふがと言いながら自己嫌悪する。由紀の優しさが胸に痛い…。
仕方ない。やってしまったことは後から挽回しなくちゃだ。あんまり気にしすぎるのもきっと良くないだろう。普段は気にしないようにして、ちゃんといつか何かの形で返せればいい。
そう決意して、さっさと寝る準備をすることにした。
月曜日、由紀と合流して登校し、いつも通り授業を受けた。
休み時間中に副会長に『放課後、少し会えますか?服を返しに行きたいです。』とメールしたら『今日は委員会がある。昼休みでよければ時間があるから、食事が終わったら校舎裏のお前の食事ポイントに行く。』と返事が返ってきた。
そしてお昼休み。由紀と二人で昼食を校舎裏のベンチで取り、由紀には先に教室に帰ってもらうと、10分ぐらいしてから副会長がやってきた。
いつもは勉強室に私が行くというスタンスをとっているので、別の場所で待ち合わせのように副会長と会うのはちょっと新鮮な感じがして気恥かしかった。
「待たせたか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。まだ予鈴まで余裕がありますし。これ、返したかっただけなんで、どうもありがとうございました。」
洗ってたたんだ服が入った、ちょっと可愛い雑貨のビニール袋を副会長に渡す。
そして副会長から片手にもった二つの缶を見せられた。
「お前とお前がこの間デートしてた友達は、どっちかコーヒー飲めるか?」
「あ、友達が飲めますね。」
「じゃあ両方やる。二人で飲んでくれ。あとこれ、映画見に行く予定をだめにしたから映画のギフトチケットだ。
あそこのショッピングモールの映画館で、半年以内なら好きな映画チケットと交換できるから2人でなんか見に行ってくれ。」
そう言って二つの缶とギフトチケット二枚を渡された。
「え?もらえませんよ!」
「いや。これは俺からの土曜日の邪魔をしてしまったお詫びの気持ちだから受け取ってくれ。必要なければ誰かにあげればいい。」
そこまで言われたので、ありがたくいただくことにした。
由紀が映画見れなかったことは私も気にしていたので、由紀にこれで同じものなり新しいものなりまた見に行こうと誘えるな―と思った。
お礼をいって別れて、教室に戻った。副会長とは5分も一緒にいなかった。せっかくだからペンネにも会いたかったな。
教室に戻って由紀に副会長からのコーヒーとチケットを渡した。今度もう一度あの映画を見に遊びに行こうか等と話をした。
次の休み時間にトイレに行くと、すれ違った人からものすごく見られた。スカートがまくれ上がっているわけでもないし、変な格好をしてるつもりもない。
なんだろうと思いながらも心当たりが見当たらず、首をかしげながら教室に戻ると、教室でもものすごい視線にさらされた。
怖くなって由紀のもとにそそくさとかけよる。
「え?何なに?ものすごく見られてる気がするんだけど私何かした?」
由紀が渋い顔で端末を睨んでいる。私に自分の端末を無言で差し出してきた。
校内メールだ。最新のニュースらしい。
私はその端末に大きく映った見出しに驚愕し、あんぐりと口を開けてしまった。
『生徒会副会長、星陵斎様に恋人か!?人目のない場所での逢瀬!!』
……嘘でしょ!?