猫耳と少年
待ち合わせ時間のほんの少し前に到着し、先に到着していた由紀と合流して、さぁデート開始だ!
大型のショッピングモールに向かい、午前中は雑貨などのお店散策をして、お昼御飯をちょっと早めに食べたら由紀の気になる映画を見に、映画館に行く予定だ。
その後はお茶休憩してから、私の洋服を見た後、由紀の靴探しをする予定になっている。
午前中を楽しく過ごし、お昼は女性向けのパスタのお店に入った。
私が頼んだ和風のパスタが完全にお蕎麦風だった。私達の中ではパスタの皮をかぶったざるそばで定着してしまった。
私のざるそばも由紀の頼んだ洋風パスタも味はすごく美味しかったので、ざるそばパスタはまた食べにこよう、と二人で笑った。
映画の時間に間に合うように、ちょっと早めに昼食をとったら思ったより時間が余ったので、映画館のひとつ下のフロアのちょっとした休憩スペースになってる場所のベンチに座って、これから見る映画について話をしながら時間つぶしをしていた。
すると、何やら下の方から騒がしい声が聞こえてきた。
なんだろうと、あたりの客と一緒に声のする方を見ると、巨大な吹き抜け空間から見えるひとつ下のフロアで、警備員が小さな何かを追いかけまわしていた。
えらく俊敏なそれは警備員の捕縛魔法をするりとすり抜けて、客の間をジグザグと駆け抜けている。
「動物?」
「いや、使い魔でしょ。」
「え?こういう公共施設は使い魔禁止でしょ?」
「だから追いかけてるんだろうね。使い魔は野良なんて基本的にいないから、けしかけた主がいるんだから。」
由紀が使い魔と言ったその何かは、エスカレーターを駆けあがり、私達のフロアに上がってきた。
私達のいるところの向こう側に出てきたその使い魔は、少し立ち止まって、こちら側にものすごい勢いで走ってきた。
「ね、ねぇ由紀。なんかこっちに向かってきてない…?」
私達の周辺の客も動揺してざわめいている。
怖くなって由紀の腕にひっつくと、由紀は私を背中にかばって呪文を唱え、攻撃と防御の姿勢に入る。
私も慌てて、防御の魔法を発動させる準備をする。
まわりでも何人かが、呪文を唱えながら様子をうかがっている。
使い魔は時折横から放たれる何かの魔法を、ひょいひょいとかわしながらまっすぐこっちに向かってくる。
「あの灰色め、小さくて動きがすばしっこすぎて狙いにくいな…。通り過ぎてくれたらいいんだけど。」
私は舌打ちしそうな由紀の声に、思わず使い魔を凝視する。
小さくて、灰色のすばしっこい使い魔…?
まさか……?
灰色の使い魔は、私達の方に迫ってきた。
「ゆ、由紀まって!もしかしたら―――。」
「っ当たれ――!!」
私の静止が間に合わず、鋭く放たれた由紀の水系統の攻撃魔法を、使い魔はぎりぎりで回避し、そのまま私達に飛びついてこようとして、由紀の防御結界に弾かれて吹き飛ばされた。
「にゃおっ……!!」
「やっぱり!!…ペンネ!?」
「…え?えっ!?ペンネ!?」
私が吹き飛ばされて倒れたペンネに駆け寄ると、一拍遅れてペンネだと気付いた由紀も駆け寄ってくる。
「ペンネ!?ペンネしっかりして!!」
弾かれた衝撃で気絶したのか、ペンネはぐったりとして動かない。
すぐに治癒魔法をかけながら、ペンネをそっと抱き上げる。
「由紀、どうしようっ!ペンネが起きないんだけどっ!!」
「落ち着いてそのまま治癒魔法掛けて!確かに強めの結界だったけど、気絶するほどの衝撃じゃなかったはず…。ここに来るまでに既に何度か攻撃魔法でも当たったのかな?
とにかくひたすら消耗しているから、治癒かけ続けて起きるの待とう。」
「…わかった…。」
「あ~…それ君達の使い魔?ここは使い魔禁止だから、ちょっと一緒に来てくれるかな。」
さらに遅れて到着した警備員の人が、息を切らしながら私達を睨みつけた。
別室でペンネを治療しつつ、由紀と二人でお叱りと注意を受けたが、知り合いの使い魔で私達の使い魔ではないという言葉で、比較的すんなり解放してもらえた。
とりあえずショッピングモールを出て、そばの公園のベンチに腰掛ける。ペンネに治癒をかけ続けているのだが、なかなか目を覚まさない。呼吸が浅いのが気になる。
「それにしても、どうしてペンネは突然来たんだろう…?」
腕の中でぐったりしているペンネを見つめながら疑問に思った。副会長に連絡を取ろうと電話しているのだがつながらない。
その疑問には、横で難しい顔をした由紀から答えが返ってきた。
「……副会長に、なにかあったのかもしれないね……。」
「それなら副会長が直接連絡してくると思うけど…。」
「連絡も出来ないってことじゃない?」
「で、でも私より他に頼るべき相手はいるんじゃないの?両親とか…他の友達とか…!?」
「…もしかしたら副会長はそっちに頼ってるのかもしれないけど、少なくともペンネは美耶子を頼りに来たってことでしょ?
美耶子、ペンネに懐かれてるんでしょ?そしてどうせ今日ここに来ることも話してたんでしょ?他の人の居場所が分からなかっただけかもしれないけど、なんとか出来ると思ったから美耶子を探してたんじゃない?」
確かにホッチキス作業の時に話はした。ここに来ることだって話題に出した。
でもそれでペンネが私に助けを求める状況ってなんだろう……。
「何かって…副会長に何があったの…?」
「それはわかんないけど……。」
二人して黙りこんでしまう。
そこで、ふと思い出したことがあった。
「由紀!映画!!」
「あぁ…あと15分ぐらいで始まるんじゃないかな?」
腕時計を見ながら由紀が言う。
既に座席予約もしてあるのだ。由紀が楽しみにしていたのに、副会長関連という、どちらかといえば私よりの都合で、お金だけ払って見れないなんてあんまりだ。
「由紀、私はペンネに付き合うから由紀は映画を見てきて?一緒に行けなくて申し訳ないけど、由紀までお金払って見れないのはなんだし…。」
「お金のことは今は仕方ないから気にしないで!…さすがにこの状況で、ペンネを美耶子に丸投げしてサヨナラできるほど私は薄情じゃないよ…。」
「もちろん由紀がそんな人じゃないってわかってるよ。でもここからは副会長が深くかかわってきそうだし、ペンネが頼って来てくれたのは私なんだから私が何とかしてみるよ。」
「でも……あ、ペンネが起きたよ!」
由紀に言われて、腕の中のペンネがうっすらと目を開けたことに気がついた。
治癒の効果があったのか、先ほどよりは呼吸もしっかりしているし元気そうだ。ペンネはすぐにハッと起き上がって私を見つめた。
「ペンネどうしたの?副会長に何かあったの?さっきからずっと電話してるのに、全然つながらないんだけど…。」
ペンネは私の腕の中でバタバタと暴れたので、地面に下ろした。地面に降りてからもまだぐるぐると回ったり唸ったり、悲壮な鳴き声をあげたりしながら私を見上げているのだが、あいにく何が言いたいのかさっぱり分からない。
「ご、ごめんねペンネ。どうしたいのかがわかんないよ…。」
ペンネも私ももどかしい。
すると突然、ペンネが魔力に包まれて発光した。
そのまま光に包まれて、ペンネの身体が分解されてゆく。
「え?ちょっとペンネどうしたの!?」
そのまま分解された光の粒子が、体積をまして膨らんでゆく。
そして私の胸あたりくらいの大きさまで膨れ上がり、そのまま人型になってゆく。
光が霧散すると、そこには一人の小学生くらいの男の子がいた。
ペンネと同じ青みがかった灰色の髪と副会長と同じ金の瞳、髪と同じ色の灰色のパーカーと、チャコールグレーのカーゴパンツをはいている。
そして頭には髪と同じ色の猫耳がちょこんと生えており、ズボンからはどうなってるのかわからないが尻尾が出ている。
瞳が大きな美少年だ。猫耳美少年が瞳にいっぱい涙を溜めて私にしがみついてきた。
「ほわぁ!!え?ちょ、ちょっと待って!……えっとペンネ?ペンネでいいんだよねっ!?」
美少年に抱きつかれて、状況も忘れて真っ赤になってしまった自分を殴りたい。
「ペンネ人型になれたんだね。どうしたの?副会長に何かあったの?」
ペンネは私を見つめて口をパクパクさせるだけだ。もしかして喋れないの?
たしか副会長も以前、ペンネに喋る機能はつけてないって言ってたし…。
するとペンネは結局伝えられないと気付いたのか、私の腕をぐいぐい引っ張ってどこかに連れて行こうとする。
「たぶん副会長のところに連れて行こうとしてるんでしょ。」
由紀の言葉に、ペンネが全力でこくこくと頷いて同意した。
私と由紀がついていこうとすると、ペンネが由紀を見つめてふるふると首を横に振った。
どうやら、由紀が行くのはだめらしい。
「…由紀、私ちょっと行ってくるよ。映画一緒に見れなくてごめんね。」
「気にしないで。私は生徒会とは関わり合いになりたくないしね。早く行ってあげな?何かあったら電話しなよ?出来ることは協力するから。」
由紀が笑って言ってくれた。ペンネに気を使ってくれたんだろう。さっきは思いっきりはじいちゃってごめんね、とペンネの頭をひと撫でしてショッピングモールに戻って行った。
ペンネがちょっと耳をぺたんとさせて、由紀にぺこりとお辞儀をしてから私の手を引いて猛然と走りだした。
私はペンネに手を引かれるまま、魔法で足を強化しながら可能な限りの全速力で走りだした。
副会長、どうか無事でいて下さい…!!