弁当と間接
さて、ようやくテストも明け、後は結果が返ってくるのを待つだけになった。
着替え終えて大きく伸びをした。魔法実技で着た体操着を、たたんで鞄に詰める。
魔法実技のテストだけは、筆記じゃないので大変だ。魔力を使うしお腹が減る。
「美耶子ー、今日一緒に帰ろう?」
由紀が鞄を持って私に声をかけてきた。
「あ、ごめんね。今日は副会長に呼ばれてるんだ。」
副会長、の部分だけ小声で告げる。
「なんか最近、放課後ずっと副会長だなー…。さすがに毎日は面白くないから、たまには私との時間も作ってよ。この浮気者っ!」
芝居がかった口調で嘘泣きする親友に、私もそうだねと告げる。
「ごめん、ごめん。何故かずっと呼び出されちゃってるから…。私も由紀とお店めぐりとかしたいな。ペンネのお世話も、いつまで続ければいいのかわからないから、今日ちゃんと聞いておくよ。」
ペンネは可愛いけど、由紀とだって遊びたい。女の子同士の話や、買い物もあるしね。
「あ、美耶子!じゃあ今週の土曜日デートしよう、デート! 見たい映画があるんだ。付き合ってよ!」
「いいよ!ついでに美味しいケーキのお店を新規開拓したいね! あと私、新しい服探したいんだ!」
そんな感じで、由紀と土曜日の約束をとりつけて、ちょっとだけしゃべってから別れた。
生徒会館に向かい、勉強室に入った。
うわぁ…。プリントの束が10個の山を作ってる。これを全て束ねて留めろと?
二人でやっても、絶対放課後までに終わらないような気がするんだけれど、大丈夫かな…?
そして副会長これを一人でやろうとしてたの?
「来たか。飯にするぞ。」
副会長が机の一角を二人分あけている。
私は副会長の向かい側に座って、お弁当を出す。
副会長もお弁当を出した。コンビニ弁当だった。
「副会長はお昼は外食派ですか?」
「まぁな。」
あれかな?親が忙しくて作る時間がないとか、一人暮らしとか?
下手に突っ込むのはやめておこう。
地雷を踏みたくない。
私は母のお手製弁当の蓋を、ぱかっと開けた。
とたんに広がる、香ばしいにんにくの香り。
「…………。」
「…………。」
そっと蓋を閉じた。
お母さん!!あんた…また忘れたころにやりやがりましたわねっ!!
これは昨日の晩御飯の、しし唐とベーコンのにんにく炒めだ。にんにくが効いてて、しし唐の苦みが好きならたいていの人はハマるだろう。私も大好きさ!
けどね! 女子高生の弁当に入れるおかずじゃないんだよ!!
めちゃくちゃ匂うじゃないか!あれほど、匂うおかずはお弁当に入れないでって懇願したのに、なんで覚えててくれないんだよ!
どうせ「美耶子も好きだし、明日の弁当用にちょっと取り分けておこう!」と準備してたんだろう。それなら昨日おかわりしてでも食べたかったよ!
うぅ…どうする?残す?でも好物だし、残すのはもったいない。それに開けた瞬間ににんにく臭が広がる時点でアウトだ!
……もう、色々と諦めよう…。
「……副会長。」
「…なんだ?」
「ご飯…食べても、いいですか…?」
「どうぞ。」
副会長は私のあえて伏せたにんにくの香りには言及しないでくれた。その優しさが辛い…。
しし唐を食べる。うん、美味しいです。にんにくが良い香りですね、食欲をそそります。白米とよく合う塩辛さと苦みです。
私の箸は機械的に私の口にしし唐を放り込む。早く処理してしまいたい。
「ご飯は美味しいか?にんにく姫?」
副会長が、さわやかな笑顔で言い放った。
優しさじゃなかった。
私に効果的なダメージを与えるタイミングをはかってただけだった。
「ははは…超美味しいですよ……ははは…。」
「そうか、よかったな。」
副会長のすがすがしいほどの真っ黒な笑顔と、私の乾いた笑顔が交差してお互い笑いあう。あはは、うふふ。
こうなったら反撃してやる!!
「……副会長。」
「…なんだ?」
副会長が箸を止めてこちらを見た。
私は身を乗り出して、副会長にしし唐を差し出した。
「はい、副会長。」
「は……?」
私はさっきの副会長に負けないくらい、さわやかな笑顔で箸を突き出している。副会長がぽかんと固まった。
フッ…勝ったな!!
「…………。」
副会長は数秒躊躇したが、私の顔に浮かぶ挑発的な表情を見てそのままぱくっとしし唐を食べた。
「美味しいですか、副会長?」
「……あぁ、にんにくが効いてて美味いな。」
よっし!これで副会長も、にんにくの国の住人だ!ふはは、私の勝利ですよ。死なばもろとも!
「…………。」
副会長は無言で私を睨みながら、しし唐を咀嚼している。
私はそんな副会長をにやにや見ながら、お弁当を食べる。
「お前はあれか…?ペットボトルの回し飲みに抵抗がないタイプの人間か?」
「はい? …そうですね。それが友達なら気にしません。むしろお互い一口ずつ味見とかしたいタイプです。」
由紀とは、よくお互いの食べ物を一口ずつ齧り合ったりしてる。
「そうか。なら異性の俺相手でも気にしないんだな。」
「え?さすがに異性は………え!?あぁっ!!」
副会長が私の箸を見つめている。
さっきこの箸、副会長が口をつけてた…。
その箸で私は…気付かずに、普通に、ご飯を食べてた…?
ようやく私が副会長の言いたいことを悟ったと気付いた副会長は、にやにやと問いかけてくる。
「ちなみに俺は異性との回し飲みは、割と気にするタイプなんだが……。
世間ではこれを俗に間接…――――。」
「ぎゃああああぁぁっ!!言わないでぇ―――――っ!!」
全力で叫んで、副会長の言葉をかき消した。
こないだといい…私、副会長の前で叫びすぎじゃないか……?
「お前は調子に乗ってるときほど、必ず自ら墓穴を掘るな。」
「……否定の言葉もございません…。うぅ…すいません。ごめんなさい…。」
悔しいから、にんにく仲間に引き込もうとしただけなんです。
その後なんとかお弁当を食べ終わり、換気のために窓を開け、口臭ケアグッズをいつもより多めに食べた。
先に食べ終わった副会長が、自販機の牛乳パックを買ってきてくれた。にんにくの匂いが抑えられるらしい。
生徒会館、すぐ近くに自販機あるんだ…。有難くいただくことにした。
「ちなみに緑茶や100%リンゴジュースも効果があるらしいぞ。お前のその水筒の中身は?」
「麦茶ですね…。」
ちなみに副会長は、緑茶のペットボトルを飲んでた。
ここが差なのか……。
「気にするな。俺も食べたから匂いは気にならない。」
副会長がフォローの言葉をくれた。
優しいですね。ものすごくにやにやした顔で、口元を押さえながら笑って言わなければね!!
真っ赤になって副会長を睨みつける。副会長は、またちょっとしたマナーモードに突入していた。
副会長との食べ物関連の出来事は、ろくでもないことが多いと改めて自覚した。
さて、気を取り直して資料作りだ。
お昼?何かありましたっけ?知りません。
まずはプリントを山から一枚ずつとって、ひとつにまとめた束を作らなくちゃいけない。
さっそく始めようかとプリントに手を伸ばしたら、副会長がストップをかけた。
「あぁ、それは手間だから魔法でやる。」
「え?魔法で?」
私が聞き返すと、副会長は呪文を唱え始めた。
風の詠唱だ。プリントが一枚ずつふわりと浮きあがり、隣の山のプリントに移動して、その山からプリントを一枚浮きあげて、また隣の山に飛んでいく。
そして全ての山の上を飛んで束になったら一番端の空いてるスペースに互い違いに着地した。これが連続して、次々とプリントが飛んで山の上を滑っている。
「ふわー!」
これはすごい! プリントの山を、風で飛ばせと言われれば私も出来る。けれど飛んで移動して、さらに一枚だけ山からプリントを掬いあげてまた次の山へ、みたいな複雑で細かい魔法は出来ない。
たぶん頑張れば、私の魔力量でも十分可能な魔法だろう。けれどここまでの技量がない。副会長は、繊細な魔力操作の技量がすごい人なんだって由紀も言ってたっけ。
目の前の副会長が、自分とは別格の技量を持った人なんだと改めて感じた。
プリントが飛んで行くのを、どこからか飛びついてきたペンネを抱きかかえながら、ひたすらぼーっと眺めること20分ほど。
ようやくプリントが全て束になり、互い違いに置かれた山が二つ出来上がった。
そしてさっきまでペンネが全く姿を見せなかったのは、私に対する優しさなんだろうか…?
この山を全部ホッチキス作業しなくてはならないのか…。
「……ちなみに副会長。ホッチキス作業も実は魔法で出来ちゃったりしますか?」
「出来るならやってる。それに、それだとお前を呼んだ意味が、全くないだろうが。」
「そうですよね…。」
二人でホッチキスでパチンパチンと、資料を留める作業に入った。
ペンネは私の膝に頭をのせて、うとうとしている。
こういう作業は別に苦じゃないんだけど、途中から握力がなくなってくる。
パチン、パチン
無言の時間が続く。
うーん…。単調な作業だから、色々と余計なことを考えてしまうな。
さっきはにんにく仲間に引っ張り込むのに忙しくて気付かなかったけど、よく考えたら私、完全に「はい、あーん。」してたよね…。
私、副会長相手に何をしてるんだ。
副会長をちらりとみる。黙々とホッチキスでプリントを留めている。
どうしても唇に目がいってしまう。
恥ずかしさがこみあげてきた。頭を振って作業に集中しようとする。平常心、平常心!
いまどき間接なんてたいしたことないじゃんか。ただの間接的な接触に過ぎないんであって、直接触れたわけでもないし、気にするようなことではないはずなんだ!
由紀や同性の友達とならよくしてることになるし、たまたま異性の間接相手が副会長だったからちょっと動揺してるだけで、そもそも私にそんなつもりはなかったんだからノーカンと言ってもいいんじゃないかと思うし………。
だめだ…。意識しないようにとか考えてると余計にぐるぐるする。
必死で目の前の作業に集中しようとしていると、くすくすと笑い声が聞こえた。
副会長が私を見て笑っていた。
「……な、なんですか…?」
「いや…くくっ、顔に出すぎだろ。めちゃくちゃ百面相してるぞ。」
そんな顔にでてたんだろうか?
「わかりやすいぞ。」
出てるらしい。
話題をそらそう。
「そういえば、結局ペンネの魔力供給の謎は明らかになったんですか?」
私の質問に、副会長はちょっと難しい顔になって、しばらく考えた後、言葉を選ぶように慎重に切り出した。
「……ほぼわかったな。ただ根本的な問題が解決できない以上、どうしようもないんだがな。」
「根本的な問題ですか…?」
「それは言えない。俺とペンネの根幹に関わる部分だからな。協力してもらってるのにすまない。」
それは言えなくても仕方ない。気にはなるけど、魔法関連の隠し事は、勝手に暴くのはよくないしね。
「いえ。大丈夫です。そうしたら、私がペンネに付き合うのもここまでということですか?」
そうなると、ペンネとももう会えなくなるのか…。ちょっとさみしい。
「そう…なるな。だが出来れば、今週いっぱいは来てくれないか?」
「はい、大丈夫です。」
今週いっぱいで、心ゆくまでペンネを思う存分構い倒そう!
膝の上のペンネが、構ってほしそうに私を見つめているので、ホッチキス作業が終わったら、全力でペンネと遊ぼうと決意した。