電話とおやすみ
途中から副会長視点になります。
休日を経て、テストです。滅べばいいのに!
今回は五教科プラス魔法史、魔法理論、魔法実技が加わっての8教科を三日で受けなくてはいけない。
これに副教科と専門魔法が追加されると合計16教科になる期末テストなどは地獄を見る。
意外なことに、テスト一日目が終了した夜、副会長から電話が来た。
え?…電話っ!?
「も、もしもし中原です。」
『今日のテストはちゃんと出来たか?』
自分が教えたから、ちょっと気にしてくれてるらしい。
「たぶん大丈夫です。」
と答える。副会長の声が耳元でするんですけど! 緊張するんですけど!!
『…たぶん?』
たぶんが不満だったらしい。
「数学はいつもより出来てる気がします。」
もともとの点数が低いと点数が上がりやすいよね。
『出来てなかったら許さない。』
許さないと言われましても……。
「出来てたらどうするんですか?」
『……ご褒美でも欲しいのか?』
ちょっと笑っているようだ、にやにやと。
いいですね、ご褒美。副会長が言うとすごく妖しい響きに感じます。
「眼鏡!眼鏡をかけた写メを!ください!!」
『却下だ。』
にべもなく拒否された。
「じゃあいいです。」
『他にないのか…?』
眼鏡をくいっとやってくれるのでもいいかもしれない。
『眼鏡以外で。』
私の思考を先読みして潰さないでください。
「ないですね。」
『…お前が餃子食べてる画像を送ってくるなら、眼鏡姿の画像を送ってやる。』
なるほど。交換条件ですね。絶対いやです!私が餃子食べてる写真の何が楽しいんだ…。
「というか…よく考えたら、成績が上がることが私のご褒美なので、副会長からもらう必要はないですね。」
『そうだな…むしろお前が俺にご褒美でもくれなきゃな?』
え?何その流れ嬉しくないです。
「…私が副会長にお願いしたわけじゃないです…。」
『けれど俺が勉強を見たのは事実だろ?それで成績が上がったのなら、お礼くらい言われてもいいだろう。』
「お礼は後日ちゃんと言いますよ。」
『別の礼も欲しいな。』
「なんですか…?」
嫌な予感しかしない。
『テスト終わりの昼から、俺に付き合え。』
え?お昼から放課後まで副会長と過ごせと?何して?
「お昼から何をするんですか?」
『生徒会館で飯を食べて、委員に配る資料をひたすらホッチキスで留める作業だ。楽しいぞ?』
くっ!本気の雑用に巻き込む気だ。
「他の雑用の人はいないんですか…?」
『…………書記発案のじゃんけんで全部押し付けられた。』
じゃんけん負けたんですね。舌打ちが聞こえてきそうな声だ。あの人、仕事を副会長に押し付ける天才なんじゃないのかな。
「わかりました…。」
『テスト最終日は、弁当をもって生徒会館に来い。あと、ぎりぎりまで詰め込むのもいいが、さっさと寝るのも大事だぞ。それじゃあ…。』
21時半か…。30分ぐらい話してたんだ。
「あ、はい。それではおやすみなさい、副会長。」
『――っ……!!』
電話口で、息をのむような音が聞こえた。
ん?何か変なこと言っただろうか?この時間ならおやすみって言わないかな?私は由紀と電話した時は言うんだけど…?
「………副会長?」
『あぁ、なんでもない。……おやすみ、中原。』
電話が切れた。
びっくりしすぎて、変な声でそうになった。
なんか…すごく言い方が柔らかかった。
「副会長、あんな優しい声で名前呼んだりできるんだ……。」
とりあえず、ちょうどこの間餃子の皮包みを手伝わされた時に、我ながらびっくりするほど美しく包めて、しかも母の焼き加減がこれまた絶妙だったため、芸術品のような素晴らしく美しい餃子が出来て、ほれぼれして記念にとった写メがあったので送信しておいた。
数十分後に、机の上に置かれた眼鏡が写った写メが返ってきた。やっぱりだめか。
本当はもう少し明日の勉強しておきたかったんだけど、全然手に付かなかったので、諦めてさっさとベッドに入った。
副会長のあの声が耳に残ってなかなか寝付けなかった。
『おやすみなさい、副会長。』
「おやすみ…か。」
久々に言ったし、言われた。
そんなこと言う相手なんていつ以来だ?
切った携帯を眺めていると、足元にペンネがすり寄ってきた。自分がいるじゃないかと言いたいらしい。お前から言われたことも言ったこともないぞ。
部屋を出て、真っ暗なリビングを通り過ぎて、キッチンで水を飲む。
ふと思い出したのは、俺に眼鏡をかけてはしゃぎまわった後、はめられたと気付いた時の中原の顔だ。
眼鏡、眼鏡とうるさいので、試しにやってみたら、普段の比較的大人しいあいつはどこにいったのかといわんばかりのテンションで暴走していて、思わず笑ってしまった。
真っ赤な顔で涙目になりながら、悔しそうに下唇を噛みつつ俺を睨みつけていた中原は、笑っている俺を睨んでいるのかと思ったら、眼鏡をかけたまま笑っていた俺を見ていただけらしい。
複雑そうなのは笑われたことと眼鏡姿を拝めたことに、感情の折り合いをつけるのが難しかっただけらしい。
俺が眼鏡を外したら、酷く残念そうな顔をしていた。
ペンネへの態度や、俺の眼鏡姿への情熱を見るに、中原は好きなもの、興味のあるものに対しては、遠慮のないずうずうしい性格をしている。
逆にそれ以外のことには遠慮がちで、大人しい控えめな対応をするようだ。
からかっていたり、勉強を教えてみると、段々俺への緊張が取れてきたのか、たまに本音や自分の欲求を素直に伝える様になってきた。
伝えてくるのがおおむね「眼鏡をかけて!」に集約されるのがむなしくなってくるのだが…。
とりあえず、来ることはないだろうが、あいつに絶対、授業中の姿を見せてはいけないことだけはわかった。今のクラスでの席は後ろなので、授業中は常に眼鏡だ。
魔法治療にかかるほど悪くもなければ、魔法での身体強化で、視力なんていくらでも底上げできる現状が問題なんだろう。授業中だけは魔法使用を禁止されているので、眼鏡を使わなければならない。
「…とりあえずペンネと眼鏡で、中原の興味は惹けることはわかってる。しばらくはこれを餌にしながら中原との距離を縮めてみるか。」
足元のペンネがふにゃあと鳴いた。
自分の方が中原に好かれているといわんばかりに鼻を鳴らしている。踏んでやろうか。
「お前が人の姿になった時に、同じように相手にしてもらえると思うなよ。」
中原は忘れているようだが、あいつと遊ぶためにペンネには人になれる能力があるのだ。俺の許可が必要なために、普段はなれないのだが。
あいつに人の姿のペンネを見せたらさすがにわかるだろう。
どんな顔をするだろうか?
――――「ペンネが人間だったら惚れてたよ!」――――
……まだしばらくは、見せるのはやめておこう。
冗談だろうとは思うが、あいつはペンネをいたく気に入っているようだしな…。
というか、ペンネの性格は子供のころの俺をベースに作ってあるんだが……。
あいつの好みの性格が、子供のころの俺だとでも言うのだろうか?
俺より素直で、好きなものに対する好意がストレートなだけで、本質はさほど俺と変わらないはずだぞ…?
考えるのをやめよう…不毛になってきた。
部屋に戻ると、中原からメールが来ていた。
無駄に見栄えのする餃子が写った画像が添付されていた。
眼鏡を撮って、送りつけてやった。
ベッドに入ると、珍しくペンネがベッドに飛び乗って、俺を見上げてにゃおんと鳴いた。
こいつなりに気にしたらしい。
「あぁ、お前もおやすみ、ペンネ。」
ペンネの頭を軽く撫でて、眠りについた。