勉強と眼鏡
暴走しました。
私と主人公が。
「おい、計算間違えてるぞ。」
「あれ?えーと……あ、ここの計算間違ってる…?」
「間違うぐらいなら暗算するな。ここの式も、間違うぐらいなら全部書いて計算しろ。」
副会長と勉強している。今は数学だ。
副会長が完全に家庭教師になっていた。
副会長は、間違ってる場合だけ指摘する。どこをどう間違っているかは教えてくれない。私に考えさせて、自力で間違いを見つけて訂正させる。私が間違いを見つけ、正しい答えを見つけられたら、何故間違ったかの解説をくれる。
あとはひたすら、似たような問題をさせて反復させる。特別なことはしてないが、丁寧に何度も反復されると段々覚えてくるものだ。
「忘れる前に、何度も繰り返して自分に覚えなおさせてやるんだ。間違った記憶の方が残りやすいのだから、ついでに一緒に正しい答えを覚えてしまえばいい。」とは副会長の言葉だ。
副会長自身も、こつこつ勉強するタイプらしい。
「教科書を軽く読んだ程度で、俺と張り合う成績を簡単に叩きだす生徒会長には殺意すら覚える。」
「その気持ちはすごくよくわかります。」
私の親友も天才型だ。どうやら副会長は秀才型らしい。
由紀は、私が間違ったところを根気強く解説しながら教えてくれるのだが、副会長はより根気強く、ヒントを与えながら私が自力で解けるまでひたすら付き合ってくれる。由紀の教え方が決して悪いわけではないし、副会長の教え方が特別上手いというわけでもないのだが、どうやら私には、副会長の教え方の方があっているらしい。
勉強にも相性ってあるのかな、と考えた。
そして副会長は、私の集中力があまり長く続かないことをすぐ理解した。「だから魔法技能が伸びないんだ。」と嫌みを言われたけど、それからは定期的に休憩時間を挟んでくれるようになった。
そして休憩中は世間話をするようになった。
最初は、絶対に会話が続かないと思っていたのだが、ペンネの癖や出来ごとから始まって、私が共感できるような話や、魔法のちょっとしたトリビアみたいなものを教えてくれた。
必要なこと以外は話さないタイプと思っていただけに、意外だった。
というか、私の趣味趣向が完全に把握されてる。あまりに詳しいのでちょっと怖くなったのだが、よく考えたらペンネに話していたことばっかりだったので、知らずに自己申告してただけだった。
「それを解いたら一旦休憩するぞ。」
「はい。」
ようやく解き終わって、ちょっと背をそらして伸びをする。以前の私なら、副会長の前で伸びをするなんて考えられなかっただろうなぁ。
私の膝に頭を乗せて大人しくしていたペンネが、にゃおんと上目遣いで鳴いたので頭を撫でてあげる。以前の図書室と同じように、勉強中は膝枕で魔力を渡している。
今は副会長は、ペンネとの一切のリンクを切っている。副会長曰く、同じ場所にいるときにリンクしてると、微妙に違う似通った視界と音声が重複して、若干気持ち悪いので必要ない限りはしたくないらしい。
ペンネは副会長と触覚のリンクを繋げていない時しか、私の膝に乗らないらしい。そしてペンネは私の膝枕自体は気に入っているらしい。
もう、ペンネは可愛いなぁ!
ペンネのあまりの紳士っぷりにときめいてしまいそうだ。
「ペンネが人間だったら惚れてたよ!」
と、にこにこしながらペンネに向かって言ったら、横で聞いてた副会長が複雑そうな顔をしていた。その何か言いたげな表情が気になりますが、ペンネが嬉しそうなのでどうでもいいか。
そんなこんなで意外と快適に、副会長との勉強会は実りあるものになった。
ただ、副会長がペンネの原因探しをやめてしまったのが気になる。わかったんだろうか?諦めたのかどっちだ…?
今日はテスト一週間前の最後の日だ。テスト期間中は副会長と会わないので、今日が最後の勉強会になる。
それなのに、よりにもよって最後のHRで担任の雷が落ちた。
内容は私に全く関係なかった。クラスメイトの一人が起こした問題に対して、連帯責任で巻き込まれ、一緒に怒られている。
見て見ぬふりなんかしてない、本当に知らない生徒は帰してほしい。
うちの担任は一度怒ると結構長い。
どうしようかな…。もうチャイム鳴ってるんだけど…。今携帯に手を伸ばそうものなら、担任の罵声と一緒に魔法まで飛んできそうだ。魔法って体罰に入るんだろうか?
普段は和気あいあいとしたノリのいい我がクラスが、今は生徒一丸となって静まり返り、神妙な顔をしてさっさと怒りが静まるのを待つ。
ここで反論してもHRがひたすら延長されていくだけで、短くなんてならないのだから。隣の男子!欠伸はもっと噛み殺して!見つかったらまた、怒りに油を注ぐんだから!!
そんなこんなして、副会長に連絡することも出来ずに、結局30分遅れることとなった。
これはまずい!私が悪いわけではないけれど、申し訳ない。副会長は遅れるときは事前に連絡入れて、早めに戻って来てくれたのに、私が連絡も入れずに遅れるなんて!
廊下を走りながら副会長に電話したけれど出なかった。
怒っているのか、気付かなかっただけかどっちだ…怖すぎる!!
慌てて廊下を走っていたら、風紀委員に見つかった。
「ちょっとあなた止まりなさい!廊下を走ってはいけません!」
「ごめんなさい!すごく大事な用事があるんです!!」
ものすごく正論なんだけど、今回だけは見逃してほしい。
ひたすら廊下を走って生徒会館へ向かい、階段を一足飛びに駆けあげる。
息を整える間もなく、ドアをノックしてさっさと開ける。
「大変遅くなって申し訳ありません!実は………あれ?」
副会長は机の端の定位置で、背もたれに背を預けて目を閉じていた。
寝てる…?
寝ると言えば、女子はわりと寝顔を見せないように、机にふせったりするものだけれど、男子は結構平気で寝顔晒しているよね。隣の席の男子が、私の方を向きながら爆睡していた時はびっくりしたものだ。
私が近くまで来ても、まだ目をつぶっている。軽く目の前で、手をひらひらさせてみたけど起きる気配がない。
あんまりじろじろと寝顔を見るのも失礼だと思い、なるべく見ないようにする。
「え?どうしよう…。これ起こすべきなのかな…?」
机の上には、資料とファイルが散乱している。窓があいていて、そよそよと風が心地いい。待ってる間に生徒会の仕事をしていたが、天気が良くて眠気が出てきて、そのままうたた寝したって感じかな?気持ちよく眠っているなら起こすのは忍びないが、そもそも副会長は私を待っていたはずなのだ。
到着したのに起こさないのってどうなのだろう…?
別に一人で勉強してもいいのだが、それって失礼になるのかならないのか…。
とりあえず声をかけてみる。気分は寝起きドッキリのリポーターだ。
「…おはよーございまーす……!」
起きない。
もう少し大きな声で呼びかける。
「…もしもし、ふくかいちょーう…!!」
起きない。疲れているのだろうか。
うーん…気安く肩とか、ゆすってもいいんだろうか?
声かけたくらいでは起きてくれないみたいなので、どうしようか迷っていると、窓から入った風で書類が数枚、床に落ちてしまった。
拾って、飛ばないようにファイルで押さえておこうかと机の上を見ると、ひとつ、ものすごく気になるものがあった。
コロンとした、楕円形で手より少し大きいくらいのサイズの、黒い皮張りケースだ。
あれは、世間一般的にいう眼鏡ケースではないだろうか…?
そして、眼鏡ケースには眼鏡を入れるのが普通だ。まさか筆箱代わりに使うという、特殊な方法で使用してるわけはないだろう。
私はおそるおそるケースに手を伸ばす。
震える手でそっと開けると、やはり中には眼鏡が入っていた。細身のシルバーフレームの眼鏡だ。
なぜ、眼鏡がここにあるのだろう?いいえ、問題はそこではない!これが誰の眼鏡であるかだ。
ここは生徒会館の勉強室で、ここは生徒会の人しか利用しない。そして最近はどうやってか、副会長がほぼ貸し切っているようだ。
ほかの生徒会役員の忘れものという可能性もあるだろうが、副会長の定位置にファイルなどと一緒に置かれているのだ。一番高い可能性は、副会長の持ち物だ。
そして、この眼鏡が副会長の持ち物だということは…。
副会長が眼鏡をかけるということだ……っ!!
え、やだ!副会長、眼鏡かけるんですね!どうして言ってくれなかったんでしょう。水臭いじゃないですか!きっと普段はかける必要ない視力なんでしょうね。
だから今まで私は、副会長の眼鏡姿を見たことなかったんだ!
かけてる姿が見たい!!
だがペンネに語った私の、副会長は眼鏡!という情熱に引いてたから黙っていたのだろう。
お願いしてもかけてもらえないような気がする。
だが、ここには眼鏡がある。幸い副会長は寝ている。
ならば、かけるしかないじゃないか!!
もはや、自分の遅刻のことなんて完全に忘れて、変なスイッチが入ってしまった。
私は 眼鏡をかけた副会長を 見なくてはならない !
ケースから眼鏡を恭しく取り出し、膝立ちでそろそろと副会長のそばに寄る。
膝立ちすると、座って寝ている副会長より、私が少し低い視線になる。
さっきまではささやかな配慮で、ちゃんと見ていなかった副会長の寝顔がよくわかる。
少し俯きがちで、目を閉じている副会長は、なんていうか…麗しかった。
意外とまつ毛が短いのが、ちょっと可愛い。すんごい肌が綺麗だ。風にさらさらと、くせのない髪が揺れてる。
こうして一方的に見る機会なんてなかったけど、改めてみてもほんと美形だなー…。
そして現在、副会長は、ブレザーを背もたれにかけて、シャツのボタンを3つ外している。
普段はきちんと着ているシャツから、男性らしい首筋と、鎖骨が見えていた。
副会長が、鎖骨を、晒して、いるっ!!
もう完全に、私のテンションがおかしくなった。
かつてない集中力で、そろそろと眼鏡を副会長にかける。
副会長の顔がやや傾いているので、横からなるべく触れないようにかけるのは難しい。必然かなり身を寄せなくてはならなかった。
ほぼ密着してると言っても過言ではない距離で、慎重に慎重に、なんとか副会長に眼鏡をかけた。
「はぁ…っ!――――…っ!!っ、~っ!!!!」
声にならない声で悶えた。私は今、大興奮している。感極まって涙すら出てきた。
理想の副会長が ここにいる !!
眼鏡姿の副会長ひゃっほぉ!!
麗しの副会長が、眼鏡をかけて、鎖骨をちらりとのぞかせて眠っている。これはいかん! 鼻血どころかよだれが出そうだ。
私がそのまま両手で顔を覆い、無言でじたばたと悶えていると、にゃおん、と机の下から声がした。
すぅっと、急激に現実に引き戻される感覚があった。
「ペ…ペンネ…さん?」
机の下から、とぼとぼ現れたのはペンネさんだった。え? どこにいたの…?
そしてなぜだ。その表情にどことなく憐れみが見える。あーあ、やっちゃったね…みたいな感じかな? ペンネさん、私をかわいそうな子扱いなさってます…?
お願いペンネさん、見捨てないでください!
しかし次の瞬間、私はペンネさんが憐れみを向けた本当の意味を理解した。
「眼鏡姿は堪能したか…?」
頭の上から、死刑宣告を告げる声が降ってきた。あーあ、やっちゃってますわ、これ。
眼鏡姿の副会長が、真っ黒な笑顔で私を見下ろしていた。
ネズミをいたぶる猫のような笑顔なのだが、そこに眼鏡があるだけで、私はもうときめけばいいのか、恐怖すればいいのかよくわからなくて、結局、謎の不整脈を起こしている。
「はは…ははは…今、起きられた…んですか…?」
この期に及んでまだ、私は全力で最悪の事態を否定しようとあがいてみた。
「ずっと、起きていた。」
「そうですか…。」
副会長の笑顔が輝きをます。
私の絶望感も増していく。
「ちなみに、お前がこの部屋に入ってからの行動は、ペンネを通して全部、見ていた。」
「………………。」
「あまりの食いつきように笑いがこみあげて、寝たふりが難しくて困った。」
「はは…ははは…。」
うん。ペンネがいた時点でそんな予感はしてたんだ……。
いや、私が悪いんですよ?そもそも遅刻したのは私ですし。馬鹿な行動をとったのも全部私の自業自得だ。
けど……―――
「ちくしょう!はめられた―――――っ!!」
私の後悔の大絶叫と、副会長の堪え切れなかった笑い声が響いた。