マフィンと勉強
今日は家庭科の調理実習だ。
カップケーキを作るのかと思っていたら、事前に通達された内容はマフィンだった。違いがわからないよ…。
由紀とは一緒の班になった。材料を持ってくるなら好きにアレンジ可能だったので、班で話し合った結果、モカチョコマフィンにすることになった。
私は紅茶かチョコにしようと言ったのだが、多数決で由紀が推すコーヒーマフィンになりかけて、私がチョコ要素をねじ込んだ結果だ。
なんで私以外の班員は、みんなコーヒー飲めるの?
私はあの苦さが駄目です。香りは好きなんだけど。
調理内容は…うん、マフィンそのものに関しては、特に言うべきことはなかった。基本的に混ぜて焼くだけだからね。
ただし、焼く作業は魔法だ。温度管理とそれを維持しながら、ひたすら魔力を練り続けるという地味で大変な作業を、班員がローテーションで行わなければならない。
なんですぐ横にボタンひとつで焼いてくれる文明の利器があるのに、こんなしんどい手作業しなきゃいけないんだと生徒には不評だった。そりゃあ炊飯器の横で、飯盒炊爨しなさいと言われているようなものだ。誰だって微妙な気分になるだろう。
割となんでも出来ると思っていた我が親友が、卵割るのに失敗してへこんでいた。ただしオーブン係としては一番活躍していた。
誰か一人が失敗すると、班員全員のマフィンが生焼け、黒こげの末路をたどるのでみんな真剣だった。
出来上がったモカチョコマフィンは普通に美味しかった。チョコを入れたやつと入れてないやつ両方作ってみた。チョコを入れなかった方は、甘いものが苦手な男子に好評だった。
コーヒー味であんまり甘くないし、香りがいいからね。チョコを入れた方も美味しかった。私はチョコ入りの方が好きだな。
けっこうたくさんできたので、余った分は班員で分けることにした。私はチョコ入りとなしのやつをひとつずつもらった。
入れる袋がないなぁ…。ラップでいいか!
適当にくるんで、鞄に放り込んでおく。
今朝、副会長から『今日は登校するから、放課後来い。』というメールをもらっていたので、生徒会館に向かう。
いつものように勉強室をノックして入ったのだが、誰もいない。
「あれ?いつもは副会長が先に来ているのに…。ペンネもいないし…。」
鞄を椅子に置き、携帯を確認する。副会長からメールが来ていた。
『風紀委員の会議が入ったので出席する。30分ほど遅れる。すまない。』
おっと、どうやら遅れるみたいだ。
どうやって時間つぶそうかな…。今手元に時間をつぶせるものとかないしなぁ…。せめてペンネがいれば一緒に遊ぶのに。
机に突っ伏してぼーっと時間をつぶしてみる。
暇だ…。そしてちょっとお腹が減った。
調理実習と、午後の魔法実技がハードだったからだろう。このまま放っておいたら、副会長といるときに盛大にお腹がなりそうな予感がする。
さすがにそれは不味い。
「あ、ちょうどいい!マフィン食べよう、マフィン。」
鞄の中からマフィンをごそごそ取り出して、いそいそと食べる。
うん、冷めても美味しい。
マフィンをちょうど3分の2ほど食べ終えたところで、突然勉強室の扉が開いた。
私を待たせているから駆け足で来てくれたのか、軽く呼吸を乱した副会長が入ってきた。
「遅くなってすまなかった。思っていたより早く終わ………なにを食べてるんだ、お前は…。」
副会長と目があった瞬間固まった私は、ちょうど、大きなひと齧りを口に入れた瞬間だった。
「…(もごもご)…はふぃんふぉ…。ほなはは、ふひてひはのへ(もぐもぐもぐ)…。」
口元を覆いながら必死に咀嚼して、説明する。
「あぁ、いい…。わかったから、落ち着いて食べろ。喉に詰まらせるぞ。」
「ふぁい…。」
副会長は、脱力しながら私の隣に座る。
私は何とか口の中のマフィンを食べ終える。
「……もう大丈夫です。すみませんでした。」
「気にするな。遅れたのは俺だ。」
しかし私の手元には、まだ食べかけのマフィンが残っている。これどうしよう…?残すのも微妙な量だし、食べてしまいたい。けどこの状況で一人で食べたり出来るわけもないしな…。
「ちなみにこの部屋は飲食禁止だ。」
「え? …えっ、そうだったんですか!?す、すみませんっ!!」
よく考えたらここ勉強室なんだ。当然だろう。
「今回は大目に見てやる。」
「うぅ…すみません…。」
毎回、毎回、副会長関係の私のタイミングの悪さが酷すぎる。
「…口止め料として、これはもらうぞ。」
「え?」
そう言って副会長は、机の上に出していたモカマフィンを手に取る。
そのままラップをはいで食べ始めた。
「あの、副会長…?」
「…これで俺も共犯者だ。内緒にしておけよ?」
そう言って、マフィンを齧りながら、ちょっといたずらっぽく笑った。
「あ、ありがとう……ございます。」
これが出来る気遣いというやつなのか。きっとこういう、さりげないフォローがモテる秘訣なんだろうな…。
あれ? これさりげなく、異性に手作りお菓子を渡したことになるのかな…?
しかも相手は副会長だ。
やばい…!ものすごく恥ずかしくなってきた…!!
これは違う!副会長は私の罪悪感を軽くしようと、一緒に食べてくれただけだ。変な勘違いで動揺してはならない!照れるな私。大丈夫! 別に私一人の手作りじゃないし!班員みんなでわいわいやった! 班員には男子もいたんだし、私だけの手作りじゃない!!
……男子の手作りマフィンを食べる副会長…。あ、大丈夫だ。冷静になってきた。
「あんまり甘くなくて美味いな。コーヒー味か。」
「はい。モカチョコマフィンなんですけど、それはチョコチップ入れてないのでモカマフィンですね。」
「俺のクラスはカップケーキだったな。」
そういえば争奪戦が起きたんだっけ。
ちなみに副会長の班は砕いたクルミを入れたカップケーキだったらしい。
「なんで違うお菓子なんでしょうね。」
「おそらくレシピの温度や時間で分けてるんだろう。」
答えが返ってくるとは思わなかった。副会長はマフィンの紙のカップを、リンゴの皮むきのように、くるくると横向きにちぎりながら教えてくれた。私の食べかけのマフィンは、花のように上から底に向かって縦に裂いてある。
「俺のクラスのレシピが焼き時間が一番長かったはずだ。生地を作りながら、予熱もしなければならなかったしな。生地だけは班で作って、焼くのは完全に個人作業だった。下のクラスに行くほど短い焼き時間にして、人数を増やして負担を減らしたりして調節してたんだろう。」
なるほど…。確かに私のクラスのマフィンは、予熱の必要ないレシピだった。お菓子はあくまでも、家庭科としてのおまけ要素だったんだろう。えらく簡単なお菓子だと思っていたら、魔法技能を見るのがメインの授業だったのだ。
「へぇ…。そんな理由だったんですね。知りませんでした。」
生地作りしながら、予熱も魔法で同時進行でやりなさいとか絶対無理だ。
先生のきまぐれかと思っていた。ちゃんと考えがあったんだ。ごめんね、先生。
そんな話をしながら、マフィンを食べ終えた。
飲食しちゃダメな場所だったので、ティッシュでテーブルの上をふいておく。食べカスが残っていたら大変だ。そこでふと、聞いておこうと思ったことを思い出した。
「あ、副会長。質問があるんですが…。」
同じく食べ終えた副会長が、ごみをくるくるとまとめながら聞き返した。
「なんだ?」
「来週からテスト一週間前ですが、その間はペンネのお世話はお休みですか?」
毎回テスト一週間前は、由紀と一緒に勉強してるのだ。由紀のヤマ勘の的中率は恐ろしいのだ。
この辺でるよ、って言われたところが8割の確率で出る。そしてノートをあまりきちんと取っていない由紀は、提出するノートの分は私のノートを写している。
なんで由紀はあんまりちゃんとノートとってないのに、勉強出来るんだろう。頭の出来かな…。
「お前は何か予定があるのか?」
「いつもは友人と二人でテスト対策に勉強してますね。」
うちの学園は魔法が評価されがちだが、通常の勉強も評価されないわけではない。というよりは勉強は出来て当たり前な進学校だ。学年ごとに上位30名は名前が張り出されて、内申点にも反映されるらしい。
そして進学校なので、勉強しておかないと平均点すら取れなくなる。魔力でクラス分けがされているが、上のクラスほどエリート意識が強いので、勉強でだって上位にいなければならないという暗黙のルールがあるらしく、テストが近づくと、みんな必死になって勉強する。
副会長は、しばらく考えてから切り出した。
「いや、…俺の生徒会活動が減るから、お前との時間が取りやすい。お前が問題ないのならここに来てくれ。」
これ以上副会長と一緒にいる時間が増えるんですか?無言が辛くなるじゃないですか。
今日はマフィンのおかげで、奇跡的に話題が繋がって、普通に世間話してたけれど、普段は基本無言なんだから気まずい。
「…友達に勉強を教わらなければならないので難しいですね。」
なので思い切って、テストがあけるまでしばらく放置していただけるといい。ついでにそのまま、私のことなんて記憶の彼方に投げ捨てていただけるといい!
「そうだな…その間は俺が勉強を見てやる。」
「え?」
今なんと…?
「時間を取らせるんだ、それぐらいはする。わからないところがあるなら、教えてやれるしな。」
おぉ!テストの成績で首位争いをする副会長から、勉強を教えてもらえるんだってさ。
光栄すぎて逃げたい!
「いえ、副会長の迷惑になりそうですし…。」
「大丈夫だ。お前に付き合ったぐらいで、成績が落ちるほど切羽詰まっていない。」
言いきった。
出来る人は違うね。
「来週からは勉強道具用意して来いよ。」
「はい…。」
強制的な勉強会が決定しました。