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俺と公園の思い出

九話の副会長視点

回想が多いので、わかりにくかったら申し訳ありません。

―――『あれぇ?猫ちゃんが人間になっちゃった!』


―――『しゃべれないの?じゃあね!わたしが名前をつけてあげる!んーとね…んとね。グラタンー…お餅ー…。あ、ペンネにしよう!昨日お母さんが作ってくれたのがペンネのグラタンっていうの!だから君はペンネよ!肌も髪もまっ白でわたしとちょっとおそろいみたいね!』


―――『あのね、ペンネ…。わたし遠くに行かなくちゃいけないんだって。おうちの場所が変わっちゃうの。だからもうこの公園に来れないんだって…だから約束して?きっと――――…』




朝起きて、あぁいつもの症状が出たか、と憂鬱な気分になった。


頭が割れる様に痛む。おそらく熱もあるだろう。

身体もだるいし思考も散漫だ。


魔力酔いだ。


こんな無様な姿を晒すわけにはいかない。それなのに2、3カ月に一度やってくるこの状態は相変わらずだ。

いつも通り、ペンネを召喚し、好きにするよう命じ、携帯で学園に欠席連絡を出した。

すぐに学園中に広がることだろう。


そろそろくるだろうと、事前にベッドサイドに準備しておいたスポーツドリンクを飲む。ぬるくてまずい。

そのままもう一度ベッドに倒れ込んだ。何もする気にならないほど身体がふわふわしている。


そのまま意識を沈めて、ペンネと感覚をリンクさせる。


ペンネは家を出て、学園に向かったようだ。お前が行っても出席扱いにはならないんだがな。

どうやら、自分の代わりに学園へ向かっているらしいペンネの視界を通して、通い慣れた通学路を見る。


昔はろくにベッドから出ることもできなかったため、それを気にしたペンネはよく外へ行き、色んな景色を見せようとしていた。

ペンネを初めて創った時からの、俺がペンネに与えたただ一つの使命だった。




周囲の反対を押し切って結婚したらしい両親から産まれた俺は、優秀だった父親に似て、赤ん坊のころから将来を期待されるほどの魔力量だったらしい。まわりは俺に期待をかけ、俺はそれに応える様に成長していった。

だが、3歳を過ぎたころに俺の身体に異変が訪れた。


俺は成長と共に魔力量も順調に増え、それに見合うように一度に生み出す魔力も増えた。

だが一度に使える魔力の量だけが、徐々に増えなくなってきた。

人は一度に生み出す魔力よりも、一度に消費する魔力の方が多くなるように作られている。でないと体に魔力が溢れ、魔力飽和を起こしてしまうからだ。

そして一度に生み出せる魔力は器の大きさに比例する。

器が大きければ生み出す魔力も多く、消費する魔力はさらに大きくなる。これが常識だ。


ただ俺は、その常識に当てはまらなかったらしい。

魔力量は成人するぐらいまでは緩やかに伸び続け、消費する魔力も生み出す魔力も同じくらいまでは大きくなり続ける。

それが俺は5歳で完全に止まってしまった。

生み出す魔力も一緒に止まってくれればよかったのだが、消費する魔力だけがピタリと止まり、魔力量と生み出す魔力は増え続けた。


するとどうなるか、増え続ける魔力に消費する力が追い付かず、俺は常に魔力飽和を起こし、魔力酔いの症状で苦しみ続けた。


大きなプールとそれに釣り合う給水量、ただ水を捨てる蛇口だけが見合わないくらい小さいのだ。水を捨てても捨てても、新しく注ぎ込まれて消費が追い付かない。


期待をかけていた両親は、俺の症状を知ると失望した。その頃から両親の不仲が目立つようになり、俺が小学校に上がったころには離婚していた。

俺は父親に引き取られたが、必要最低限の世話以外は、存在を隠すようにひっそりと育てられた。

小学校にもろくに通えず、常に熱にうかされて身体は弱く小さかった。


一人さみしくベッドの上で死んでしまうんだと思った俺は、ある日たまたま読んだ本に出てきた使い魔という存在を創ってみることにした。


自分の代わりに色んなものを見てきてほしい。そう願い、溢れるほど有り余る魔力とつたない技術で試行錯誤しながら、小さなまっ白な子猫を創り上げた。

まともな能力もなければ、まだ完全に存在が安定してもいないその子猫に、俺は命じた。



――僕の目と耳となって、世界を見せて―――



そのまま俺はベッドの上で意識を手放した。


すると夢のようにぼんやりした感覚だが、眠っている自分を見つめていた。

そのまま自分の部屋を出た俺は、換気のために開いていた窓の隙間からするりと外に出て、屋根や塀の上を器用に歩いていた。

どうやら使い魔の子猫に意識を同調させているらしいと気付いた。だが自分の好きなように動くことは出来ないようだ。

けれど猫の視点で見る町はとても面白かった。

近所に駄菓子屋があったり、何故そこにあるのかまったく理解できない信号機の存在など、見るものすべてが新しかった。


――公園、公園に行ってみたい!―――


俺がそう願えば、子猫は応える様にさらにうろうろと歩き続けた。

子供の声のある方へと進んでいくと、ようやく大きな公園を見つけた。

子猫も嬉しくなったのだろう。早足で公園へと駆けて行った。

そして公園の入口の手前まで来たところで、子猫に異変が起きた。子猫の視界がかすむ。足取りも遅くなっていく。

創りたてで安定してない存在のまま、長距離をうろついたことで、魔力のバランスが崩れたらしい。ついでに俺の溢れる魔力を受け止めきれなくて、コントロールも出来なくなったのだろう。

子猫は入口までずるずると引きずるように歩いていたが、ついに身体のコントロールを手放してぱたりと倒れてしまった。

俺がどんなに声をかけても反応しないし、俺はそれを見ていることしかできない。ベッドの上の俺は助けに行くこともできず、助けを求めることもできずに泣いていた。

すると空から声が降ってきた。


「…――――ちゃん、猫ちゃん?どうしたの?怪我したの?」


おそらく自分とそう変わらない年の女の子の声だろう。ただ子猫はぐったりと目を閉じているのでわからない。


「猫ちゃん!しっかりしてぇ!!」


そばでしゃがみこんで揺さぶっているのだろう。必死なのはわかるが、揺らされると頭ががくがくする。

反応しない子猫に、何度も何度も声をかける。


―――耳元で叫ぶな、うるさい!―――


俺の声など届くはずもなく、子猫は誰かに抱えあげられた。

そのままどこかに連れていかれているようだ。腕の中で激しく揺さぶられた。走っている振動がダイレクトに伝わってきて、吐きそうだった。


ようやく揺れが止まったと思ったら、また少女は泣きながら何かを訴えていた。俺は気分が悪いし、何を言っていたかもほとんどわからなかったが、どうやら大人に助けを求めているらしい。

そこまではかろうじて覚えているが、それ以降は意識が途切れてしまい、ほとんど覚えていない。

次に意識を取り戻した時には公園にいて、また空から声が降ってきた。


「あ、子猫ちゃん!ようやく目を開けたのね?よかったぁ!」


今度は安堵して笑っているような、澄んだ朗らかな声だった。





そこでふつりと、映像が途切れた。

ふと意識を取り戻すと、ペンネは校舎裏のベンチに来ていた。

どうやらあのまま眠ってしまっていたようだ。昨日少し話したせいか、久々に懐かしい夢を見た。

ペンネの目で状況を確認すると、目の前で驚いた顔で灰色の少女、中原美耶子がこちらを見ていた。

ペンネはやたらとこいつがお気に入りだな…。

思えばペンネは、はじめからこいつには警戒心が薄かった。俺が触覚を繋げてさえいなければ、ペンネ自身は、中原に膝枕で背中を撫でて欲しいらしい。

しかも中原が俺に間接的に触れるからではなく、俺が中原に間接的に触れることが問題らしい。

なんだ、こいつのあいつに対する配慮は…。


中原はペンネの登場にびっくりはしたものの、すぐに笑顔でペンネを迎えた。

ペンネが隣に座ると、中原が話しかけてきた。


「今もペンネとリンクしてるんですか、副会長?」


ペンネはにゃおんと鳴いた。たぶん繋がっていると言いたいのだろう。

それが伝わったのか、伝わってないのかはわからないが、中原は気にせずに魔力を渡しながら、ペンネ相手に世間話を始めた。

こいつに学習能力はないのか?それとも俺に聞かれていても構わないのか…。


中原は、ペンネに対しては感情豊かによくしゃべる。

たいていがくだらない日常の話や、天気の話だ。今日は予習したのに当てられなかったという話だった。


こいつの線引きがわからない。

ペンネとは初めからタメ口で楽しそうに話すのに対し、俺には萎縮してまともに目も合わせようとしなかった。最近は多少は慣れてきたようだが、敬語で遠慮がちに話す。

俺がペンネと繋がっているとわかっているのに、今も変わらず気楽に世間話をしている。

こいつ実は、俺の顔が嫌いなんじゃないか?

その割には「副会長はなぜ眼鏡をかけないんだ!絶対似合うのに!」などと、意味のわからない拘りをペンネ相手に語っていたしな…。

ペンネに見せるような笑顔を、俺に見せる気がさらさらないのが腹立たしい。

中原が、思い出したように話題を変えた。


「あのね、ペンネ。副会長は昨日、公園で遊んだ女の子の話をしたけれどね。私は公園の思い出といえば猫なんだ。」


少し気になったので、中原の話に意識して耳を傾けた。

そこから中原が語った内容に、思わず声をあげそうになった。俺が声を出しても中原に届くわけではないのだが。

それは、俺が先ほど夢見たかつての話だ。

そして、それは昨日、俺が立てたひとつの仮説だった。


―――中原はペンネの魔力構成そのものに干渉したことがあるのではないか―――


だが、いくら中原が治癒した時のペンネが弱っていたとしても、治療ならともかく、構築式への干渉など出来るとは思えなかった。

ペンネは俺の最大の秘密だ。俺が使い魔に特化した技術を手に入れたのも、魔力飽和を防ぐため、魔力を消費するはけ口を増やすためだ。

使い魔を操ることで、蛇口を増やしたのだ。蛇口の大きさは俺とさほど変わらなくても、増やす分だけ消費する魔力は増えることがわかった。そして複数の使い魔を操ることは難易度が高いが、それ自体が多くの魔力を消費するので都合がいい。

だから使い魔を操る技術をひたすら磨き、使い魔の構築式には俺の技術の粋を集めている。

使い魔を持たないレベルの平均的な魔力量と技術。そんな相手が俺の構築式とそれを守る魔法を突破できるとは思えない。


ならば、そんな相手がペンネに干渉できる機会とは…?


たった一度だけある。俺がペンネを創り、ペンネが公園前で倒れたあの時だ。

未熟だった俺が創り、しかもまだ存在が安定してない状態だった。あの時ならば、相応の知識があればいくらでも干渉できたはずだ。

それが出来たのは、ペンネを助けた、そして俺がペンネ越しに、一緒に遊んだあの少女だけだ。昨日、少し鎌かけのような言い方で話をしてみたが、中原自身は他人事のように微笑ましいと聞いていた。

中原に、身に覚えはないらしい。

違うのかと肩透かしを食らったが、今日のこの話…。


中原が、あの時の少女じゃないのか…?


だからペンネは、初めから中原に懐いていた。

恩人だったから。

魔力をすんなり渡せるのは、ペンネに干渉してなじませた魔力は中原のものだったから―――。


繋がる。中原があの時の少女だったのならば、すべて繋がるのだ。

何か、何かあとひとつ!中原があの時の少女だという確証があればいい―――!!


焦りが募る俺の内心とは裏腹に、中原は懐かしそうに語る。


「―――…なじませてる間、ずっと私は子猫を膝に乗せて、こうやって背中を撫でていたの。」


それまで穏やかに背中を撫でていた中原が、ペンネの背中を軽く拍子をつけて叩く。



トン、トトン、トン、トン



このリズムだ。治療の後、少しだけおぼろげながら覚えている。

このリズムで同じように子猫の背中を叩きながら、少女は子守唄を口ずさんでいた。

なんとも言えない不思議な調子で、妙に耳に残る歌だったから覚えている!


「それが私の公園に関する思い出かな。その後引っ越しちゃったからあの公園にも行かなくなって、すぐに会えなくなっちゃったんだけど、あのまっ白な子猫の使い魔は今も元気にしてるかな?」




―――見つけた―――



思わずベッドから飛び起きた。体調はいまだ悪いはずなのだが、全部吹き飛んだ。

少女が魔力をなじませて、そのなじませた魔力が一週間ほどかけて子猫に完全に浸透し、安定した時には灰色になっていたのだ。だから彼女と遊んでいた時の子猫姿は白かったし、俺の姿を模した少年ペンネもまっ白だった。

ペンネは今でこそ灰色のユキヒョウだが、もともとはまっ白な子猫だったのだ。


まるで、真っ白だった子猫が少女の魔力に染まったように。


そして中原の魔力の色は灰色だ。あの髪と同じ柔らかな灰色をしている。

あの灰色に俺の魔力の色を少し足して濃くすると、ちょうどペンネの灰色になるのだ。


あの時の少女。

こいつだ…。中原だ。


震えるような喜びがきた。


俺は何が嬉しいんだろうか…。あの時の少女が中原だったことか? 中原があの時の少女だったことか?


いや、どちらでもいいことだ!


「やっと、あの時の約束が果たせるな…。」


力が抜けると、どっと疲労が襲ってきた。

もう一度水分を補給して再びベッドに入る。

中原の子守唄のリズムをペンネ越しに感じながら、再び俺は眠りについた。





―――『だから約束して?きっと――――…』


―――『きっとまた会おうね。そして今度は使いペンネ越しの君じゃなくて、ちゃんと本当の君と遊んで、お友達になるの!約束だからね!』

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