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きっかけの香り

短編「副会長と私。」の連載版です。

短編とは違う話の流れ、設定になると思うので、ご注意ください。

『校内 生徒会広報

昨日、放課後5時頃。場所、学園西館の中庭。生徒会副会長、星陵せいりょういつき様が、自身の使い魔ペンネの傷を治癒された生徒に大変感謝して、お礼のために探しておられます。該当者は速やかに名乗り出るように。』


いつも通り、親友と二人で校舎裏の花壇のそばのベンチでお昼を食べていたときに携帯端末に届いた校内メールだ。衝撃の内容に口に運んでいた餃子を落としてしまった。膝の上だからセーフです。

隣で同じく端末のメールを見ていた親友が、ゆっくりと油の切れた機械のように首をこちらに向けて訊ねてきた。


「……ねぇ。私、似たような話を最近聞いたことがあるんだけれど、具体的にはついさっき。昨日、西館の中庭で怪我をした使い魔の灰色の子猫を手当てして、魔力の器を満たしてあげたみたいな話を聞いたんだけれど、中原さん。どう思います、中原なかはら美耶子みやこさん?」

「あー!もう、やめてよ由紀ゆき!なんで急に他人行儀になるの!?そうです。私です!確かに治療しましたね、使い魔らしき灰色の子猫を!!」


頭を抱えて唸る。この学園の生徒会はやっかいなのだ。家柄、魔法、おまけに容姿までそろった実力者達が学園の権力と女子の心を掌握してる。なんでただの生徒にそこまでの権力を与えるの!?

はっきり言って関わり合いになりたくない!

横で親友が呆れたようなため息をついてる。ははは、さすが我が親友。学園では希少な生徒会連中の顔に心ときめかない、冷静な貴女が大好きです。


「で、どうすんのよ?いかなきゃいけないんじゃないの?わざわざ校内メールで学生全員に通達してることなんだけど…?」

「うぅ、行かなきゃだよなぁ…。やだなぁ…逃げたいなぁ…。」

「ほら途中までなら一緒に行ってあげるから、ご飯食べたらすぐ生徒会室に行こ?」

「出来れば最後まで一緒にいてっ!!あんなところに一人で行ったらファンクラブから睨まれそうで怖い!」

「え?いやだよ、もちろん。美耶子が生徒会と関わり合いになりたくないのと同じくらい、私だって関わり合いになりたくないし。」


途中まで一緒についてきてくれることがすでに最大の友情なんですって、わぁ薄情者!


仕方ないので、重い足取りで由紀と一緒に、生徒会室のある別館へ向かった。

この学園は、生徒会と風紀委員会がそれぞれに独立した小さな館を持っている。ここ私のような一般市民が大半の学園なのに…。なんで無駄に色んな設備が整っているんだ…。せいぜい私立程度の入学金しか払ってないはずなのに。

そして私達が向かった生徒会の別館前は、恐ろしい数の女子の群れでひしめき合っていた。


綺麗にめかしこんでいようが、どれだけ顔が可愛かろうが、あれだけ群がって必死に声を張り上げている女子の集団なんて、恐怖以外の何物でもないと思う。


「星陵様ー! 私がペンネ様を治療したんですぅ!」

「いいえ私ですわ! 私が手当てを致しました!」

「斎様どうか私の話を聞いて下さいな!」

「私が手当てをしたので中に入れて下さい~!」


色んな声が飛び交ってほとんど何を言ってるのかわからないが、まぁみんな似たようなことを言ってるんだろうね。

つまり「私が治療した」と。ファンの女性から見れば今回の副会長の出来事は、さながらガラスの靴の持ち主を探す王子様のようなものなんだろう。

隣で眺めていた親友も、同じ結論に達したようだ。


「あれ、たぶん副会長のファン以外も混ざってるんじゃないかな?とりあえず中に入れば他のメンバーともお近づきになれそうじゃない?」


おっと、さすが親友は私の一段上の推理をなさっていました。うん、どうでもいいね。


「…由紀。もう戻ろうか。」

「ん?あそこに交ざらなくていいの?本物として。」

「やだよ!嘘だろうが本物だろうがぺしゃんこにされそうだよ!」

「じゃあ名乗り出ないの?」

「別にお礼言われるだけでしょ?なら別に私ほしくないから代わりの誰かが受け取ってくれればいいよ。」


そういって二人で教室に戻ることにした。

教室内でもみんながそわそわしていた。誰がシンデレラなのかみんな気になっているんだろう。

意外なことに男子生徒もかなりの人数がそわそわしていた。不思議に思った由紀が尋ねてみると、どうやらメールには治療した生徒の性別は書かれていなかった。つまり男子かもしれないということだ。そうなれば自分たちが名乗りを上げることもできるのだと息巻いていた。

生徒会の連中はほとんどが財閥やら名家やらグループ企業の子息だったりする。友達になれたら将来のコネができるわけだ。まぁ私が治療した学生なので女子なんだけどさ…。


「どうやらファンが強すぎて別館には行けなかったみたいだけど、虎視眈々とチャンスを狙ってはいるみたいだね。」


と情報を持ってきた由紀は言っていた。まぁ生徒会連中と繋がり持てたら学園内だけでもかなりの影響力を持てるしね。

私はそんなもの欲しくない。生徒会みたいに一言発するだけで周りが騒ぎたてるような影響力とかいらないよ。心休まる時がなさそうだ…。

こないだ生徒会の誰かが昼休みに教室で居眠りしてたらしい。そんなことがメールで全校にお知らせされるんだよ。何それ怖い。

私はお礼を他の生徒に託して、さっさとこの騒ぎが落ち着くのをのんびりまっていればいいかと思っていた。


思っていたのだ…。だが現実は思ってたより手厳しいようだ。




「…1-C、中原美耶子だな。一緒に来てもらおう。」


放課後、副会長様自ら迎えに来て下さったようだ。教室の扉が開いた瞬間女子の悲鳴が上がり、私は副会長の姿を認識した瞬間机の下に隠れた。

親友があきれ顔で「何してんの?」とつぶやいた。

避難訓練だよ!!

副会長は周りの反応など気にも留めず、すたすたと私の席まで歩いて来て、机の下で縮こまってる私に先ほどの一言を告げた。


「…………はい。」


私に拒否権なんてない。針のような視線を浴びつつ、生徒会の別館まで連行された。


生徒会室の隣の本棚と机と椅子が置いてあるだけの小さな部屋に通された。

よかった。生徒会室で他の役員たちとも顔を合わせるような事態にはならなかったようだ。

美形集団に囲まれるなんてぞっとする。


私が入ってきたドアを閉めると、ずっと私の前を歩いていた副会長がくるりと私に向き直った。

美形は遠くから見るに限る派の私は、すかさず俯いて副会長の足元を全力で見つめ続ける。その靴、結構履いてる感じなのになんで汚れてないんだろう。


「さて、ずいぶんと俺を煩わせてくれたようだな中原美耶子。お前がさっさと俺のもとに来ていればわざわざ俺がお前を迎えに行く必要もなかったわけだが…。」

「いえ、人違い……。」


副会長が右手で魔力を練り上げて召喚魔法を発動させる。

灰色の身体に豹柄の、やや大きめな子猫の使い魔が現れ、私を見て、にゃおんと鳴いていた。あの子だ。


「心当たりは?」

「……あります。」


嘘をつくのも怖いので、正直に告げる。


「広報が勝手に俺の発言を記事にしたようだが、お前がさっさと出てこなかったせいで、今日はずっと煩い集団が張り付いていたんだ。俺や周囲が追い払うのにどれほど苦労したと思っている。」


あぁ、あの後もずっと女子に付きまとわれてたんですね、お察しします。ですが私にあの集団に加われというのは、はっきり言って無謀の一言です。

そして、それ副会長の自業自得であって私のせいではないと思います。イライラしてるからって八つ当たりしないでほしい。けど、いえない。俯いたままだんまりを決め込む。


「逃げていたあたり、わかっているのかもしれないが…。お前を呼んだのは礼のためではない。」


あら違うんですか。別にお礼なんていらないと思っていたけれど、くれないのなら逆に欲しくなりますね。見返りのためにやったわけではないですが、ここまで私の望まない展開になった以上は、せめて感謝の言葉くらいはくれてもいいんじゃないかと思います。


「どうやらお前が治癒のために与えた魔力をペンネが気に入ったらしくてな。俺からの魔力供給を受けつけようとしない。だが放っておけばペンネは魔力が尽きたら消滅してしまう。そこでペンネが飽きるまで、ペンネに魔力を与えてもらう。」


え?決定事項なのですか?私の都合は聞いてないみたいだ。別にさほど不都合もないのがくやしい。忙しいんで無理です、とか言いたい。言う勇気もないし、実際忙しくもないから駄目だけど。

っていうかずっと思ってたんだけど使い魔の名前ペンネなんだ。いやこれを普通の女子がつけてるなら可愛いで済ますんだけど、副会長ですよ?

冷たい印象の美形で、あと個人的に腹黒いイメージのある副会長が使い魔にペンネですよ?なんでネーミングセンスがそんなに可愛いんだ。ギャップか?これがギャップ萌えというやつなのか?お願いだからペンネ、ペンネ連呼しないでほしい。さりげなく気に入ってるのかな?

私の腹筋に対する拷問でしかないよ!本人の前でネーミングを笑ったら私の人生が終わる気がする。


「具体的には一週間ほど。昼と放課後に魔力を少し与えてもらう。お前は魔力が少ないからこいつの魔力を満たす必要はない。適度に腹が膨れるおやつ程度の魔力量で構わない。お前に倒れられる方が迷惑なのでな。用件は以上だ。質問はあるか?」


私の魔力量はおやつ程度か…。私としてはあれでもかなりの魔力を渡してペンネの器を満たしてあげたつもりだったのだが、全然満たされていなかったようだ。

使い魔は作った主の実力に応じて強さや溜め込める魔力の量も変わると聞く。

というよりは、そもそも使い魔を創れること自体が魔力が多いことの証明なのだ。使い魔は召喚すると主の魔力をごっそりと持っていき、使い魔が召喚されてる間、主は使い魔に渡した魔力分が使えなくなってしまうのだ。

頭のいい私の親友は、ケーキにたとえてわかりやすく説明してくれた。

持っている魔力量をケーキとすると、使い魔を召喚するためには自分のケーキを半分以上分けてあげなければいけないのだ。

持っているケーキが大きなホールケーキだと使い魔にもたくさんケーキを分けてあげられるし、自分もたくさんケーキを食べることができる。使い魔はたくさんケーキを貰って手伝えることもたくさんある。

けれど自分の持っているケーキが少ないと、使い魔にほとんどのケーキをあげてしまわなければならない上、主は自分の食べるケーキがなくなってしまうので出来ることがなくなってしまう。使い魔はもらったケーキの分しか手伝うことができない。だからケーキの少ない人は使い魔なんか召喚しないで自分でケーキ独り占めした方が効率が良い、と。

私は使い魔を召喚すると出来ることがほとんどなくなってしまうので、使い魔は持っていない。

つまり私と副会長に、使い魔で分かるほどの明確な魔力量の違いがあるのだろう。

けどひとつだけ言いたい。私の魔力が少ないのではなく、副会長の魔力が多すぎるんだ。あなたの周りの生徒会メンバーと比べないでほしい。あなた達が規格外なのであって、私は学生としては平均な魔力量の持ち主だと思う。


「…おい、聞いているのか。」

「は、はい。聞いています!」


俯いたままだんまりな私を不審に思った副会長の足が一歩こちらに動いたので、一歩後ずさりつつあわてて返事をする。

いや、内心ではいろいろ考えてたんだけど一言として言葉にできてなかったからね。


「顔を上げろ。」

「………はい。」


やや気分を害した様子の副会長の声に促されて、そろりと副会長と視線を合わせる。

知的な印象の端正な美形だ。藍色の髪の下に薄い金の瞳が覗き、涼やかな目元と合わさってやや皮肉気に歪められた唇が他者を寄せ付けない冷たい空気を放つのに、どきりとするような、年齢にそぐわない色気をたたえていて目が離せなくなる。

副会長といえば眼鏡だろ!という偏見のある私としては、何故こんなにも眼鏡をクイッとやる仕草が抜群にはまりそうなこの副会長が眼鏡をかけていないのかということを小一時間問い詰めたい気持ちでいっぱいになる。

はじめてこんな近くで見たけどすごい美形だな…。観賞用にならしたいがこんな近くで向き合いたいと思わない。

この人に振り向いて欲しいと思う女子の心境が、私にはまるで理解できないな。

だってこんな美形の隣に並んだら、自分の容姿に自信が持てなくなりそうだ。

いや別に、今だって自信があるわけじゃないけどさ。普通は普通なりに女としての手入れを怠っているつもりはないのだ。なのに目の前の、私の手入れした鼠色の髪よりも、手入れなんてしていなさそうな副会長の髪の方が艶やかな光を放つのを見てると、女として自信がなくなってくる…。


「…………女の敵め。」

「誰が何の敵だ。」


やばい、妬みのあまり本音が口に出てた!?そして聞かれた!!


「いえ、何も言っていません。ごめんなさい!」


全力で後ずさる。下がりすぎた。背中にドアがぶつかる。このドアは内開きなので、私がもたれかかっていると開くことができない。

に、逃げられない…。


「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。」

「滅相もございません!副会長の美しさに嫉妬を覚えただけですごめんなさい!!」


じりじりと副会長が近づいてくる。

それ以上来ないでください!私の後ろにはドアという名の壁しかないんです!!


足の先と足の先がぶつかる距離まで詰められてしまった。これからダンスでも始めるのかというような距離だが、これ以上は近づいてこれない。

ゼロ距離の近さだが、女子としては平均身長の私と、男子としてはかなり高身長な副会長との身長差のおかげで目の前に副会長の胸元があるが息苦しいほどの圧迫感はない。

ややほっとしていると、視界が陰ったので、少し見上げる。

驚くほどの至近距離に副会長のご尊顔があった。ドアに手をつきそのまま肘を曲げ、身体を傾けてさらに距離を詰めてくる。

美形が近い!美形が近い!!


「もう一度言う。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」


あぁ、副会長は私がペンネ係に任命されたことに不満があって、悪態をついたと思っているんだな。

別にペンネの世話は嫌じゃないんだ。可愛い動物は好きだし。しいて言えば副会長と関わり合いになるのが嫌なんだけど、さっきのはどっちかといえば不満からの悪態じゃなくて、キューティクルですら負けてることに対するやつあたりです、なんて失礼すぎて言えるわけない。

いえ本当に何もないんです。と言い募ろうとして顔をあげて副会長を見つめ…―――。


そしてここでふと思い出す。



私の今日のお弁当に昨日の晩の残りの餃子が入っていたことに…。



気付いた瞬間。思いっきり自分の口を両手で押さえる。

臭う!!軽くうがいをした程度のケアではこの距離だと絶対、臭う!


こんな美形な男子に餃子の臭いを漂わせるなんて、女子として発狂ものの羞恥プレイだ。

半泣き状態で子供のようにイヤイヤと必死に首を振ったのだが、今までは俯いておとなしくしていた私の、明確な慌て様に楽しくなってきたのか、副会長はにやにやした表情でさらに顔を寄せてきた。なんか副会長からいい匂いまでする…!!

私は完全に副会長が両腕で作った檻の中に閉じ込められている。

女子あこがれの壁ドンですね、なんてのんきな場合ではない!餃子が!餃子のにおいが…っ!!


そこでふと、副会長が何かに気づいたようにぴたりと顔を近づけるのをやめた。怪訝な顔をしている。

何か得心の言った顔をした後。フッと馬鹿にしたように小さく笑った。


「人に嫉妬する前に、女として餃子の臭いをなんとかしたらどうなんだ?」



終わった。

女子として終わった……。 


鏡を見なくたってわかる。今、私の顔は耳まで赤いだろう。

もう一刻も早くこの場から去りたい。


「わ、悪かったですね!ほっといてください!明日からちゃんとこの子に魔力を渡します。話は以上ですよね!失礼します!!」


勢いのまま副会長をつきとばし、そのままドアを開けて逃げる。

渾身の力で逃げる。

絶対、餃子女と認識された!泣きたい!! なんで今日に限って餃子だったんだよ!

ドアの向こうで堪え切れなかったような笑い声が聞こえた。


もうやだ…。



別館を飛び出すと、そのすぐ向こうには花壇に腰掛けた由紀がいた。

副会長にドナドナされるときは我関せずと見送っていたけれど、どうやらここで待っててくれていたらしい。


「あ、美耶子!待ってたんだ~。美耶子の鞄も持ってきたよ。さすがに置いて帰るのは…どうしたん? 顔めちゃくちゃ赤…おわっ!!」

「うわぁ~ん由紀ぃ~!!」


真っ赤な顔のまま、立ち上がった由紀に突進するような勢いで抱きついた。

泣きたい気分だ。実際、半泣き状態だ。


「ん?美耶子、なんか餃子臭いよ?」

「お願い言わないで―――!!!」


半泣きがマジ泣きになりました。


とどめを刺してくれる優しい親友を持って私は幸せ者です。


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