第八話 俺は初めて敗北を味わいました
俺は初めての敗北を味わいました
みんなは知っているだろうか。
人はたとえ百階の高層ビルから落ちることにになっても滞空時間は数十秒ないということを。
そして、今、俺たちはまさにその状況下におかれている。
「しししし信五さん! なななな何とかしてください!」
そうは言うが京子よ、俺は今足が満足に動かせないんだよ!
「なんで何も考えもなしに飛び降りようと思った! なぜだ!」
「だって、なんか飛び降りなきゃいけない衝動に駆られて!」
それに俺を巻き込むなよ! 死ぬなら一人で死んでくれ!
「って、そういうんじゃない! 何かないのか?」
「なんでそんなに冷静なんですか! なんか私がバカみたいじゃないですか! もっと怖がれや、ゴラァ!」
なんか、変な状況で頭がやられたらしい京子に逆ギレをされてしまった。
地面に衝突するまでたぶん数秒ないだろう。このまま落ちれば跡形もなく木っ端微塵に体が砕けるだろう。それまでに何か思いつかなければ。
「て言ってもなぁ、俺、足満足に動かせないしなぁ」
などとボヤくと京子がマジで泣き始めた。
「そんなこと言わずに何か考えてくださいぃぃぃ! このままじゃホントに死んじゃいますよぉぉぉ! この話これでバットエンドですか!?」
……とりあえずあいつは使えないことが判明したので何か別の誰かに助けてもらわなければならないだろう。
だが、誰が俺たちを助けてくれる?
この世界は俺がいた世界とはどうやら違うらしいし、そもそも俺がいた世界でも助けられるのはいないだろう。
すると、誰が俺たちを助けてくれるだろう。
「私を忘れないでよね!」
俺たちの頭上遥か彼方から声が聞こえる。
「お前まで落ちてきたのか!?」
その声の主はあの少女だった。
「まったく、落ちたはいいけどどうやって着地するのかと思ったらそいつの悲鳴がするじゃない。もう、落ちたんだから、それなりの考えがあるのかと思ってたのになんの考えもなしに落ちたわけ?」
まったくもってその通りです。
「で? お前ならこの状況をどうにかできるのか?」
少女はふふんっと小さい胸を張って自慢してきた。
「あるのか。なら早く頼む、俺が考えるにこのスピードで落ちていけばあと三秒で地面だ」
下を見ると地面までまだ距離はあったがこのままのスピードで落ちると考えると三秒しかないだろう。
「わかってるわよ。――翼よ、空を駆ける大いなる翼よ。今、我らにその加護を与えよ」
少女の背中に悪魔には似つかない天使の羽が一つの汚れもない真っ白な翼が広がった。
「さあ、私の手を掴んで!」
俺はそれに従い少女の手を掴んだ。
京子は気を失ってしたので抱き寄せなんとか俺たちは地面への衝突は免れた。
俺たちはさっきまでいた塔からかなり離れた場所まで飛んでもらいそこで作戦を練りに練っていた。
「悔しいがあいつの強さは本物だ。俺ひとりじゃどうしようもできない」
俺が言うと京子がびっくりしたような顔を浮かべた。
「……信五さんでもそんなこと言うんですね」
そういえばこのセリフは生まれて初めて言ったかもしれん。
俺は小さい頃から負けというものを味あわせたことはあっても味あわされたことはなかったからな。これが俺の初めての負けか。
そう思った瞬間俺の中で何かが刺さったような痛みが一瞬走った。
なんだ、この感覚は。
「どうかしましたか?」
京子が心配そうに俺を見てくる。
「いや、なんでもない。それより、お前はどうなんだ?」
俺が京子に聞くと京子はあたふたしていた。
「わ、私はいつもと同じで使えませんから。信五さんの思った戦い方でお願いします」
そう言われてもなぁ。俺ひとりじゃ勝てないってさっきも言ったのになぁ。
「ひとついい?」
話に入って来たのは魔法使いの少女だった。
「なんだ?」
「私も戦闘は不向きよ?」
な、なんで俺の仲間には戦闘に向いている奴がいないんだ?
「私、魔法使いの中で、ううん、七つの大罪の悪魔との契約者の中で最弱みたい。詠唱も遅いし、長いものは本を見ながらじゃなきゃすることもできないのよ」
ま、ま、ま、マジ使えねぇ。
「じ、じゃあ、俺たちが勝てる確率はかなり低いってことか」
これはどうしたことか。
俺が今まで生きてきた中でこんなにも悪い札が来たことがあっただろうか。
いや、ない。俺はいつでも勝ってきた。いつもはもっといい札が来ているんだ。確実に勝てる札が! なんで今回はないんだ!
「いたぞ!」
聞きなれない男の声が辺りに響いだ。
「見つかった!? なんで?」
そりゃあ見つかりやすいところにいるからだろうな。
「とにかく戦うしかないだろうな。俺も足は完治したし」
俺は戦闘態勢に入った。だが、拳を作る手がいつもより力がない。
「クソッ! まだ、完治してないってことか?」
だが、俺は腕をやられたわけじゃない。じゃあなんだ!
「まあ、いいや。これでも十分に戦える」
俺は自分に言い聞かせ敵がいるところに飛んだ。
「おりゃァァァァァ!」
魔法使いは少し驚いた顔をしたがすぐに持っていた杖を俺に向け詠唱を始めた。
「はっ!」
掛け声と同時に杖から火の玉が飛んでくる。
大丈夫だ。これくらいなら俺の殴りでかき消せる。
俺は右腕を振りかぶり火の玉に殴りかかろうとモーションをしようとすると。
「あ、れ?」
俺は無意識に火の玉を避けていた。
避けようとなんて思っていなかったから振りかぶった右腕は火の玉に当たるでもなく、魔法使いに当たるでもなく、空を斬った。
俺はそのまま落下していく。
「信五さん!」
京子が叫ぶ。俺はその声を聞いてハッと我に返る。
何をしているんだ、俺は! なんであんな攻撃を避けたんだ。いつもの俺なら攻撃は攻撃で躱してきたのになんで今日は避けた!
俺は体を回転させて着地した。
「どうしちまったんだ。俺の体は」
俺は悶々と考えていると火の玉が容赦なく飛んでくる。
俺は攻撃をするでもなく、ただ避けていた。
「信五さん!」
どうやら、京子はもう俺の異変に気づいたらしい。京子は心配そうな目で俺を見守る。
どうしたことだろうな。俺よりも弱い奴に心配されるなんてな。でもな、俺にもわかんないんだよ、なんでこうなってしまったのかが。
「グハッ!」
俺の背中に激痛が走る。
よそ見をしていたら火の玉を直撃したらしい。
それからも容赦なく火の玉は俺の体のあらゆる箇所に当たる。
「信五さん!」
さっきからお前はそればっかりだな、京子。攻撃は軽い。こんな攻撃避けるまでもないのになんで避けるんだ、俺の体は。
「私が攻撃を食い止めておくからあんたはまずその状態をどうにかしなさい!」
少女にまで心配させていたのか。まったく俺ってやつはどうしようもないよな。
「慎二さん」
京子が俺に近寄って来る。
「お前、そればっかりだな。他になにか言えないのか?」
俺は皮肉混じりに言う。
わかってる。お前は俺がおかしいからそんな顔になるんだろ?
俺の戦い方がおかしいからそんな心配したような顔をするんだろ?
わかってる。分かってはいるんだ。だけど、俺にはどうしようもないんだよ。
「信五さん、自分を認めてください。『負け』を認めてください」
負けを認める? なんのことだ?
「俺はとっくに負けを認めてる。サタンには負けた。でも次は勝つ」
「そうです、次は勝ちます。でも、信五さんは怖いんじゃありませんか? サタンにもう一度負けるのが」
それは……否定できない。
「でも、それがなんの関係があるって言うんだよ」
俺が避けるのとその話がどうやったら関係するんだよ。
「その恐怖があなたを弱くしているんですよ。誰だって恐怖の一つや二つ持っています。でも、あなたは恐怖というのを知らない。これまで持っていなかったんでしょう。でも、サタンと戦い負けたときあなたの中に恐怖が芽生えたんですよ。いわゆる『トラウマ』です」
トラウマ? なんで俺がそんなものを。
「だから、認めてください。負けを、恐怖を。そうしないと私たちは一番にはなれないんですよ? あなたなら乗り越えられる。私はそう信じてます」
京子の目に一筋の雫が流れる。
泣いているのか?
なんでだ?
簡単だ。俺が弱いからだ。あんな魔法使いにも勝てない俺のせいだ。
なら、どうすればいい?
強くなればいい。もっともっと強くなればいい。
まずは目の前の敵を倒せるくらいに強くなればいい。
「も、もう保たないよぉ」
弱音を吐く少女の肩を掴み下がらせる。
「信五さん?」
京子が涙目で聞いてくる。
心配すんな。俺はとりあえずこいつをぶっ飛ばすだけだ。
俺たちを守る壁はなくなり攻撃が俺を目掛けて飛んでくる。
俺に当たると同時に大きな爆発音を発声させ辺り一面が吹き飛んだ。
「信吾さぁぁぁぁん!」
京子の叫び声が聞こえる。
「はははは! やったぞ! 侵入者を殺したぞ!」
俺を倒したと勘違いしている敵は大声で叫びながら喜んでいる。
「なあ、お前を倒したらかっこいいと思わないか?」
土煙が舞い上がっている中俺はこの場にいるすべての人に聞いた。
「ああ、かっこいいだろうな。人間が魔法使いに素手で勝ったら自慢ものだ」
自問自答して俺はニヤつく。
「な、何!?」
魔法使いは驚きを隠せないでいる。当然だ。さっきの攻撃でホントはやられている予定だったのだから。
だが、こんな攻撃じゃ俺は倒せねぇよ。
「そこに隠れている奴らも一気に片付けるから出てこいよ!」
俺は草むらに向かって叫んだ。
するとぞろぞろと人が立ち上がり詠唱を開始した。
「京子! 下がってろ」
京子は無言で頷き少女を連れて離れた。
「まずは飛んでいるやつだ!」
俺は空を飛んでいる奴に向かって思いっきりジャンプした。
「ハッ!」
男の杖から炎の玉が飛ぶ。
「さっきは避けたが今度は避けんぞ!」
俺は力いっぱい握った拳を炎の玉に向かって放った。
炎の玉は跡形もなく消え去った。
「次の技を出さんとやられるぞぉ! まあ、遅いがな!」
俺はそのままの勢いで魔法使いに飛びかかり地面に投げつけた。
着地する暇もなく男は地面にめり込んでいく。
俺はそんなの御構もなく着地しまだ意識のあった魔法使いにかかと落としを放った。
地面にちょっとした地割れができたが意識のあった魔法使いの意識は完全になくなった。
「さて、まだ俺にこうやって貰いたい奴はいるか?」
俺の声だけが静まった戦場の中で響き渡った。
大変長らくお待たせしました。
え? 待ってない?
まあ、そんなこと言わずに付き合ってください。
どうやって信五に負けたってことを認識させようかと思っていたらまさかこんなに時間がかかってしまうなんて思ってもいませんでしたよ。
ということで次回はたぶん魔法使い編、完結……としたいですがサタンが強すぎる!
この調子だとサタンがどんどん強くなる気が……。
まあ、そこは信五さんに頑張ってもらいましょう(笑)
てなことで皆さんどうか次回まで見てくださいねぇじゃんけんぽん、うふふふ(意味深)
誤字脱字などがありましたら連絡ください