1.未知の生命体
地球から光の速度で約四年と百三十日ほどかかる距離。そこには太陽系に最も近い星があります。ケンタウルス座のアルファ恒星系です。
この恒星系は三つの星がお互いの引力に引かれながら回り合っているいわゆる『連星』です。このうち最も大きな星『A』(主星といいます)は太陽とほぼ同じ大きさの、宇宙で言えば寿命も大きさも中くらいの星です。アルファ星といわれるのは、この『A』とその次に大きい『B』(伴星といいます)を合わせ、まとめてよんでいるものです。『A』と『B』の星たちにとっては『勝手にまとめるなよ!』と言いたいでしょうし、『C』(伴星)に至っては『無視しやがって!』と叫びたくなるでしょう。でも、宇宙で仲良く輪になってフォークダンスを踊っているような三つの星はとても仲のいい星たちです。決して離れることはないのです。
ヒトの世界でもありがちなことですが、この無視された伴星『C』が意外に変わった才能を身に付けていることがあったりするものです。『C』の周りには太陽系にあるような惑星が十数個あって、そのうちの一つに今から三十六億年ほど前、生命が誕生しました。地球に生命が誕生したのが今から約四十億年ほど前のことですから、この惑星では地球よりも四億年ほど前に既に生命が誕生していたわけです。このことはどういうことかというと、この惑星には今の地球の人間の四億年後に進化した生命体が住んでいる、ということです。
『住んでいる』といった表現は正しくないかもしれません。何故なら、その生命体は既に『物体』ではなくて、形の見えない『知性』なのですから……。
仮にその生命体を『生命体その壱』と名付けておきましょう。『生命体その壱』は『物体』ではありませんが、彼らにとって『物体』はとても懐かしいもので、遠い昔、自分たちがそうであったような物体(生物といいます)に憧れています。そして地球の人間のような美しい物体についつい惹かれてしまうのです。
申し遅れましたが、『生命体その壱』の住む惑星とほぼ同じ軌道で伴星『C』の周りを回っている惑星がもう一つあります。ここでは約三十九~四十億年前に生命が誕生しました。『生命体その壱』に遅れること約四億年弱。ここにいた生命体はまだ『物体』としての生物でした。
ところでこのたびのお話の主人公は『生命体その壱』ではなく、地球に似た、地球よりちょっぴり進化した生命体です。これを仮に『生命体その弐』としましょう。
『生命体その弐』の惑星は今から数千年前に、生命体の大先輩である『生命体その壱』に侵略されました。何せ侵略者の『生命体その壱』は知性の生命体であり、もともと形がありませんからやっつけること自体どうしたらいいのか皆目わかりません。さらに厄介なことに、侵略者の『生命体その壱』は寄生虫のごとく『生命体その弐』の肉体に次々と宿り、侵略された方は味方も敵も区別がつかない状態に陥りました。こうして、必死の抵抗も虚しく『生命体その弐』は住み慣れた惑星を追われ、生き残った僅かな者がかつて自分たちで造った巨大宇宙ステーションに移り住みました。
彼らのすみかである巨大宇宙ステーションは、月の半分ほどの大きさの車のタイヤのような形をしていて、伴星『C』の電磁エネルギーを取り込んでぐるぐると回転し、遠心力で重力を得ています。つまり大きくて広いことに疑いはありませんが、何しろ空がありません。見渡す限りの地上であって地平線がないのです。
『生命体その弐』の生き残りはステーションにいる僅か数万人ほどでしたが、ある日その中で、絵本でしか見られない『空』を求めて宇宙へ旅立つ者がいました。彼らはいったいどこへ行くのでしょうか。そう、彼らは彼らの母なる星から一番近い距離にある太陽系を目指しました。一番近いといっても光の速度で約四年半近くかかる距離です。第三宇宙速度(地球からその引力や太陽の引力を脱して飛ぶロケットの速度。約マッハ四十九(音速の四十九倍)程度)で考えて見ますと、その速度でも片道八万年弱かかる距離です。八年? いえいえ、八万年ですよ。宇宙は広いんですもの……。
しかし、『生命体その弐』はだてに地球の人間より数千年も早く誕生した訳ではありません。それなりに地球の人間より進化しているのです。
「第三宇宙速度? マッハ四十九ですって? それって超遅すぎない? だいいちケンタウルス座アルファ星はマッハ七十三くらいの速度で太陽系に近づいてるのよ。黙って待ってればそれよりも早く着くというものよ。馬っ鹿じゃないかしら」
そんなことは決して言っていないでしょう。でも彼らは俗に言う『ワープ』まがいのマッハ十五万(音速の十五万倍)を得ることができるのです。光の速度の半分くらいです。その方法については残念ながら地球の人間に示すことはできません。地球の人間は自分の頭で考えなさい。頭は使わないと退化しますからね。
そういうあんたはいったい誰だよ、ですって?
ふふっ。それは、『 ヒ・ミ・ツ 』
かくして、地球の人間に良く似た、しかし人間よりは遥かに(五千年くらい)進化した『生命体その弐』は空を求めて旅立ち、数年ののち、とうとう太陽系に着いたのでした。




