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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

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08 まさかの指名依頼


 雪咳と冬着のせいで、蓄えは一千ダル近くも減ってしまった。これを取り戻すべく、マユは時間の許す限り森や草原に出て薬草を探した。

 積雪と言っても、アレ・テタル付近の雪は足首が埋まる程度だ。景色が白く染まっただけなので、採取場につけた目印さえ見間違わなければ、採取に困ることはない。

 雪を掻き分けて薬草を探す。体温が雪を溶かすかわりに指先がどんどん冷えていった。マユは薬草の品質を損なわないように、ジンジンと痛みはじめた指を脇の下で温めながら、丁寧に採取してゆく。


「やっぱり寒いと成長が遅いね」


 薬草は雑草よりも頑丈で、野菜よりも成長が早い。寝込む数日前に採取した場所に様子を見に来たが、基準に達するまで成長した薬草は七割ほどだった。採取は三日間隔で見積もっていたが、六日間隔に修正したほうが良さそうだ。


「雪が降る前にもっと採取場を見つけておくんだったな……」


 一日に採取できる量をザックリと試算したマユは、その厳しさに唇を噛んだ。チェルシーらのように街中での仕事をするべきかもしれない。薬草の分と合わせれば、減収は避けられるだろう。帰りに冒険者ギルドでブレナンに相談してみよう。

 魔力回復薬の素材を魔法使いギルドに卸し、その他の薬草はいつものように冒険者ギルドに持ち込むことにする。

 査定を待つ間にブレナンを探した。

 いつもは受付カウンターのどこかにいて暇そうにしているのに、今日は姿が見あたらない。あれでも一応は副ギルド長だというし、たまたま会議が入ったのかもしれない。

 諦めて掲示板を見に行く。日雇いではなく、できれば一週間から十日くらい続けて働ける仕事を期待したのだが、残念ながら成人前のマユが引き受けられそうな仕事はなかった。


「五十二番の番号札、査定できましたよ~」

「は、はいっ」


 冒険者を掻き分けて番号札をカウンターに出す。今日は錬金薬の単位で組めなかったため、割り増しはなしだ。それでもなんとか六十ダルは確保できた。

 出納窓口で現金を受け取り、ギルドを出ようとしていたときだった。外から戻ってきたらしいブレナンに出口で止められ、ロビーに連れ戻された。


「ちょうどいいところに。マユ、ちょっとこっち来てくれ」

「え、奥ですか?」

「おまえに指名依頼だ」

「え? ……えぇー?!」


 驚きすぎて大きな声を上げたマユを隠すように、ブレナンは二階への階段の下にある扉から、打ち合わせ用の小部屋に引っ張り込んだ。

 椅子とテーブルだけの素っ気ない部屋だ。向かい合って座ったマユは、疑いの目をブレナンに向ける。指名依頼というのは、実績のある冒険者にたいして常連客から出されるものだ。マユはまだ冒険者登録をしておらず、薬草の売却以外の実績はない。そんな見習いにもたらされる指名依頼など、怪しい目的としか考えられなかった。


「そんな怖い目で見るなよ。ギルドがやべぇ依頼を許すはずねぇだろ。ちゃんとした仕事だから安心しろ」


 ブレナンは一枚の板紙をマユの前に差し出した。


「……薬草園の管理」


 薬草園の管理人が一ヶ月の休暇を取る、その間に変わって管理する者を依頼主は求めていた。住み込みで食事付、一日三百ダル。農村での収穫仕事が泊まり込みで日給百ダルだからかなりの破格だ。


「お前にぴったりだろ?」

「待遇が良すぎます。依頼主がどうして私を指名したのかわからなくて、ちょっと……」


 ためらうマユに、ブレナンが驚くことを言った。


「ああ、俺が推薦したんだよ。薬草の扱いの上手い冒険者でって条件だと、マユが一番だからな」

「私は未登録ですよ? ギルドに相応しい薬草冒険者がいますよね?」

「それがなぁ」


 ブレナンは苦々しげに顎を掻いた。


「ウチの査定部と錬金薬の作成を委託してる薬魔術師の一致した意見だ。マユが卸す薬草が一番品質がいいんだよ」

「薬草は薬草です、採取地が同じなのに差が出るわけがありませんよ?」

「扱う者の技量の差らしいぜ。マユはアレ・テタルの薬草冒険者どもより上手いって連中が保証したんだ」


 予想外の褒め言葉に頬が緩んだ。しかし本当にそうなのだろうか、とマユは首を傾げる。特別な場所で採取しているわけではない。他の冒険者と同じ草原や森で、普通に摘み取っているだけだから、そこまで品質に差が出るはずはないのだが。


「まあそういうわけでな、下手な奴を推薦できねぇが、マユなら条件に合うし大丈夫だろうと思って依頼主にも承諾を得ている」

「条件って……これですか?」


 板紙を読みすすめるマユの顔色が変わっていった。


「薬草知識と多言語に優れる者って、当てはまりませんよ。私が知ってる薬草は一般的なものですし、多言語なんて」

「他国語、読めてるだろ?」


 確信を持ったブレナンの言葉に、思わず目を見張る。マユは慌てて表情を取り繕い、そっと視線を逸らした。


「アレ・テタルの住人の半分は他国人だ。ギルドの掲示板には共通語だけでなく、他国語や特殊言語を使って書かれた依頼もある……その言葉を知る者に仕事を任せたいときにそういう掲示をするんだが。マユはウチの掲示板に貼り出されてる奴、全部読めてるだろ」

「……」


 まさか知られていたとは思わなかった、とマユは諦めたように小さく頷いた。

 小さなころから、マユは会話に苦労した覚えがない。地方の訛りの酷い言葉も、外国の言葉も、難なく聞き取って理解していた。意識することなく相手と同じ言語で会話ができていたのだ。また文字の理解も早かった。自国語文字の習熟度が増すに従って、習ってもいない外国語まで読めるようになったのだ。

 どうしてそのような能力が備わっているのか、わからない。

 便利だ、自分は言語に優れた才能があるのだ、と鼻高々だったのはわずかな間だった。師匠のもとで簡単な魔術言語を教わると、古代魔術文字まで読めるようになり、そのあたりからはこの能力を隠すようになった。孤児院の仲間や、周囲の大人たちとは異なる自分が、得体の知れない生き物のような気がして、怖くなったのだ。それに。


「私が多国語を読めること、他の誰かに話したりは……?」


 マユは脅えを隠してブレナンに探りを入れた。

 平民が学ぶのは自国語と大陸共通語だ。それも簡単な読み書き程度しか学ばない。他国語や特殊言語を操るのは、貴族やそれを専門に学んだ特別な者だけだ。成人前のマユが多国語だげなく古代魔術言語までを理解していると知られれば、どのように利用されるかわからない。貴族に目をつけられたら、理不尽は当たり前、決して逃れられず、死ぬまで使い潰される。

 蘇った恐怖にマユの体が小刻みに震えた。


「安心しろ、誰にも話しちゃいねぇよ」


 誰にも聞かれないように個室に移動したのだ。ここは安全だとブレナンがゆったりとした口調で繰り返す。


「マユが魔術師志願なのは幸いだな。魔術師は権力から守られる存在だ。しかも多種多様な言語を自在に操る職だ、連中の中にいりゃマユのその能力も目立たねぇ」

「……し、師匠にも、そう言われました」


 薬魔術師を目指しはじめたころは、まだ身の安全を考えるほど追い詰められてはいなかった。だが師匠のカーラに知られ、危険性を身をもって知ったときに、己に魔術師以外の道はないと決意したのだ。


「魔術学校に籍ができるまで、マユの身分はあまりにも不安定だ。俺みてぇに気づくやつもいるかもしれねぇ。それに孤児院も悪くはねぇが、人手が足りてねぇからどうしても目が行き届かねぇだろ」


 暖房施設のウッカリが良い例で、ブレナンは安全面で不安があると言った。また孤児院ではこれ以上マユを特別に扱うわけにもゆかないだろう、と。


「薬草園の主は、俺がこの街でもっとも信頼してる奴だ。薬魔術師を目指すのなら薬草園は勉強になる。安心して働ける依頼だ、断わりゃしねぇよな?」


 あまりにもマユに都合が良すぎて、どうしても警戒してしまう。けれどここまで言われては否とは言えない。


「……どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」


 他の見習い冒険者もいるのに、何故自分にだけ、と。

 まっすぐな、けれど警戒と躊躇いの浮かぶマユの視線を受けて、ブレナンは懐かしそうに目を細めた。


「昔な、マユみてぇにガリガリの魔術師見習いがいたんだよ。そいつは家族の借金を背負って、年齢と性別を偽って野良の攻撃魔術師をやらされてた。魔術師証なしに魔術を使うのは法律違反だ。けどそれをやらねぇと生きられなかったあいつと重なって見えて、お節介したくなるんだよ」


 見習いが魔術を使うのは、師匠である魔術師の管理下にのみ許されている。マユもカーラ師匠のもとで何度も錬金薬を作っているが、シェラストラルを離れてからは、たとえ可能だったとしても作りはしなかった。それをしてしまえば、魔術学校への入学が取り消されるだけでなく、犯罪奴隷の身分に落とされてしまうからだ。

 幸いにもマユはそこまで追い詰められていない。だがもし何かのきっかけで魔術学校に通えなくなったなら、犯罪とわかっていても錬金薬を調合してしまうかもしれない。

 我がことのように思えて、思わずたずねていた。


「その人は、今は?」

「運良く奴隷落ちせずに済んで、今じゃ大出世してるぜ」


 よかった、と安堵の息がもれた。


「聞いてくれよ、あいつすげぇドケチなんだぜ。大金持ちになったくせに、今でも俺に酒をたかりやがるんだ」


 話が逸れたな、とブレナンが苦笑いする。


「マユは俺のお節介を利用してのし上がってくれ。それで出世したら俺に酒を驕ってくれりゃいい」

「わかりました。ブレナンさんが生きている間に、なんとか大魔術師になれるように祈っててください」

「おう、期待してるぜ」


 あらためて差し出された指名依頼の板紙に、マユはしっかりと署名して返した。

 食事と寝床にお金がからず、日当は三百ダル。一ヶ月後には九千ダル、二年分の学費に相当する額だ。せっかく得られた好機を逃すのはもったいなさ過ぎる。しかもブレナンの推薦なのだから不安はない。


「明日と明後日は通いだ。薬草園の管理人から引き継ぎの説明を受けて、問題なさそうなら三日目から住み込みになる」

「試験ですね」


 高報酬なのだ、見極めがあるのも当然だ。マユは浮かれていた気持ちを引き締めた。


「マユが落ちるわけねぇだろ。ゾルドランには俺から説明しておく」

「住み込み期間が終わったら、また戻りたいんですけど、大丈夫ですよね?」


 また寝所探しをしなければと思うと憂鬱になる。

 ブレナンは余計な心配で顔を曇らせるマユに呆れた。


「何言ってんだ、貯め込んだ金でさっさと授業料払えば、魔術学校の寮に入れるだろ」

「え……学校がはじまるまで一ヶ月以上あるのに、寮に入れるんですか?」

「説明されてねぇのかよ? 授業料を納付した時点で入寮の権利ができるんだ。特待生なんかはもうとっくに寮に入ってるっていうぜ」


 すでに学費を払い終えた多くの入学予定者も、学費を払って寮に住まいを移し、特待生らとともに図書室で自主学習に励んでいるらしい。入学意思を表明した合格者でまだ寮に入っていないのは数名だけだそうだ。


「説明……どうだったかな」


 何としても入学させてもらわなければと、必至になって受付の職員に訴えたことは覚えているし、要項もちゃんと受け取っている。だがしっかり読んだのは授業料の納付期限のページだけだった。あとでしっかりと読み直さなくては。


「しっかりしてるようで抜けてるなぁ。大丈夫かよ」

「薬草園の仕事はちゃんとしますよ!」


 管理人の説明はきちんと聞くし、手引き書なども隅々まで読むつもりだ。せっかくの推薦を取り消されては困ると、マユはしっかりと依頼の板紙を握りしめた。


 

【アレ・テタル25日目のお財布】


前日残高   2028ダル

 薬草収入 +236ダル

 寄付    -30ダル

25日目残高 2234ダル


【補足】

言語について。

各国でそれぞれの母国語があります。

全くの別言語ではなくて、訛りが極端な程度と思っていただければ大丈夫です。

大陸共通語は標準語のようなものですね。

同国人とは母国語で会話しています。


大陸共通語で基本的な会話ができれば、どこの国に行っても困ることはありません。

(地元のコミュニティには入りづらいけど。あと国政や王族・貴族は自国語で会話します。重要な話しほど、自国語ですね)

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