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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

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6/10

05 一日の終わり

月~金のお昼更新です。

よろしくお願いします。


 ブレナンにやり込められた悔しさと疲れを背負ったまま、マユは市場に向かった。

 屋台の並ぶそこで、昨日の店を探す。


「計算よりも多く稼げたのは間違いないし、昨日のお礼しなきゃ」


 パンだけを買うから安くしろなんて、なんて迷惑な客だろうか。可能なら昨日の自分を止めたい。だから今日はちゃんと肉挟みパンを買う。安い方を、だけれど。


「確かこのあたり……」


 討伐帰りの腹ごなしや、酒の肴を求める冒険者が客層である屋台は、まだ早い時間なせいか準備中の店が多い。

 覚えている屋台の看板はすぐに見つかった。営業をはじめている店からは、昨日と同じように焼き肉の良い香りが漂っている。ホッとしてマユは屋台に向かった。

 あと数歩というところで、昨日の店員がマユに気づいて……顔をしかめた。

 困ったような、迷惑そうな目つきだ。


「……あ」


 王都でもよくこんな目で見られていたからわかる。これは施して餌付けしてしまった後悔と苛立ち、そしてつけあがった孤児への怒りだ。

 店員は追い払うように手を振った。

 だがマユは、唇を噛んで屋台に近づく。


「パンだけじゃ売らないからね!」

「昨日はありがとうございました。焼いた肉を挟んでるんですよね? 角ウサギと魔猪と、どっちが安いですか?」


 頭を下げたマユが早口で問うと、店員は目を丸くして気まずそうに目を泳がせる。


「角ウサギ肉は四十ダル、魔猪肉は五十ダル、味付けで値段は変わらないよ」

「それなら塩味の角ウサギ肉のをひとつください」


 銅貨四枚を先に渡すと、店員が笑顔になった。


「ちょっとおまけしとくよ、はいどうぞ」

「ありがとう」


 店員に作り笑いを返し、シクの葉で包んだ肉挟みパンを受け取って踵を返した。屋台市場を十分に離れてから、強張っていた作り笑いをやめる。

 焼きたての肉はあたたかいのに、食欲はわいてこない。食べ物を粗末にできるほど余裕はないので、気持ちを落ち着けてから食べようと決め、腰鞄に入れた。

 空が茜色になってきた。八の鐘まであと半鐘だろうか。門限前に帰らなければマリーに迷惑をかけてしまう。マユは駆け足になった。


   +


 門番の老人はマユを見てニッコリと笑った。


「ずいぶんさっぱりしたんだね。昨日は夜なのに外で待たせて悪かった。マリーに叱られたよ」

「大丈夫ですよ」


 門番には孤児院を守る役目がある。不審者を簡単に入れてはいけないのだから、当然の仕事をしただけだ。

 ギイギイと音を立てて開いた鉄柵の門をくぐるろうとしたとき、あとから帰ってきた孤児たちがマユを追い抜いていった。


「ただいま、ボーン爺さん」

「腹減ったー」

「おう、おかえり。道具は整頓してしまえよ。手と足をよく洗ってから部屋に戻るんだぞ」


 農具や工具を持った少年たちはマユを不思議そうに見ながら、我先に建物に駆け込む。


「あの子たちは、外で働いてるんですか?」

「ここは職人ギルドと冒険者ギルド、それと農業ギルドが共同で運営しているからね。九歳になった子どもたちは、ギルドが紹介した先で見習いをしてるんだ」


 見習いとはいえ働いた分だけ報酬は発生する。孤児院はその半分を食費や薪代にあて、残りを貯めておき、子供が成人して出て行くときに渡しているそうだ。


「ほら、君も行きなさい。マリーが待っているよ」


 門番のボーンに背を押されて、マユは孤児院に入った。

 面談室に誰もいないのを確かめてから、採取道具と肉挟みパンをしまう。

 廊下に出ると、どこからかきゃっきゃっと騒がしい声が聞こえた。それを聞き流して台所をのぞき込む。

 夕食前の厨房では、マユと同じくらいの少女たちが働いていた。五人の少女たちを差配しながら忙しく料理するマリーに声はかけずらい。ためらっているとマリーが先に気づいて、パンが膨らむようなあたたかな笑顔を向けた。


「おかえり、マユ!」

「た、ただいま」


 笑顔で迎えられて胸がぽかぽかした。今日と明日の二日分、六十ダルをマリーに払う。


「服が干しっぱなしだったよ。洗濯室に置いてあるから回収しときな」


 そういえば昨夜干したまま忘れていた。


「それと疲れてるところ悪いけど、ちょっと洗い場を手伝ってくれないかい」


 聞こえている騒ぎだろうか。わかりましたと頷いて洗い場に足を向ける。

 近づくにつれ、廊下が賑やかになってきた。大人の悲鳴と、きゃあ、きゃあとはしゃぐ声、駆け回る足音に桶を蹴り倒した音だろうか、そんな物音が聞こえて来る。


「こら、走り回らないで! 危ないでしょ。洗い場を出る前に服を着なさい! あぁ、石けんを排水口に詰めないでっ!」

「あの、マリーさんに、こっちを手伝えって!」


 騒ぎに負けないように声を張り上げたマユを、両腕に幼児を抱え、走って逃げる男児を追いかけている女性が振り返った。幼児に引っ張られて、金髪のまとめ髪はあちこちが乱れている。


「ああ、あなたマユね? 助かるわ! そっちの二人を洗ってもらえる?」

「わ、わかりましたっ」


 洗い桶に座っている女児と、石けんで遊んでいる男児が割り当てられた。どちらも四、五歳くらいだろうか。

 マユは排水口の前にしゃがみ込む男児に声をかけた。


「なにしてるの?」

「ぶくぶくのみずたまりをつくるんだよ」


 排水口に石けんを入れておくと、流れ込んだ水が詰まって洗い場に水たまりができる。ほどよく泡立った水たまりが男児のお気に入りらしい。

 後始末の大変さを想像して、マユは慌てて男児を抱き上げた。

 大人しく桶の中に座っている女児の横に桶を並べ、男児をそこに座らせる。


「ぶくぶくの水たまりは桶の中でつくろうね」


 男児に石けんを渡し、溜め湯で好きなだけ泡を作らせる。その隙にもう一人を洗おう。

 桶に座ったままの女児は、寝ていた。

 こっくり、こっくりと体が動いている。

 わがままに動かれるのも大変だが、だらんとされるのもまた別の意味で洗いにくい。男児が作った泡を手ぬぐいですくい取り、女児の体を撫でるように洗った。湯で泡を流し、服を着せてもまだ寝ている。乾いた桶の中に女児を寝かせて、次は泡遊びの男児だ。


「ぶくぶくを頭に乗っけてみない?」

「やだー」

「お腹とか背中とか、ぶくぶくしようよ」

「やだー」

「じゃあ私がぶくぶくさせてあげるね」


 説得を諦めて強制的に全身を泡まみれにして揉み込み、かけ湯で仕上げた。


「追加の湯を持ってきたぞ」

「院長さん、この子お願いしますっ」

「は、え、なんで?」

「私は排水口をどうにかします」


 両手に湯桶を下げて現れたゾルドランに、不満を爆発させて暴れる男児を押しつける。男児の目論見通り、排水口付近は泡の水たまりができていた。先に石けんを回収していなかったのは失敗だった。

 マユは排水口に手を突っ込み、詰まっている石けんを何とか引っ張りだした。


「流し湯ちょうだい。ああ面倒だわ、そのままぶっかけて」


 三人の幼児をまとめて洗っていた女性は、今手を放せばまた洗い直しになるからと、子どもたちの泡をまとめて流せと指示する。

 全員の体を拭き、下着を履かせ、服を着せ終えたころには、マユも女性もクタクタだ。

 キレイになった幼児五人をゾルドランに託した女性は、乱れた金髪を整えてマユを振り返った。


「あの子たちを一人で洗うのは大変なの、助かったわ。ああ、掃除はしなくていいわよ。夕食のあとに年長の子たちが体を洗って、そのときに掃除をすることになってるから」


 モップを持ったマユにそう言って、女性は食堂に行くようにと洗い場を追い出した。


「今日の夕食は牛乳のたっぷり入ったスープなの。すごく美味しいわよ。マリーは料理上手よね」

「朝のスープも美味しかったです……けど」


 マユが何を言いたいのかわかっていると、女性は大きなため息を吐いた。


「聞いてるわよ。まったく、ゾルドランも下手を打ったわね。あのねマユ、一緒に生活する子どもたちの中で、あなただけが『違う』のは困るの。あなたは満足かもしれないけれど、他の子たちには良くない影響が出るわ。マユだけに食事が与えられない、その理由を知っていても気持ちの良いものじゃないし、余計なことを考える子も出てくるかもしれない。ましてや小さい子は我が身に置き換えて、自分も食事をもらえなくなったらって怯えてしまうの」

「……でも、師匠の教えなんです。魔術師は契約を違えてはならないって」


 まだ見習い、いや見習い以前であっても、マユは師匠の教えを守りたかった。ミリーアのようにはならないと、強く決意しているのだ。

 頑固ね、と女性は小さく笑う。


「それもわかっているわ。マユの気持ちを踏みにじるつもりはないのよ。こっちの事情も知っておいてほしいの。その上で提案なんだけど」


 夕食後に大人たち全員とマユとで、再度追加条件を確認し合うつもりだったと彼女は言った。少し早いが説明しておく、と。


「一日三十ダル食事なしが譲れないのなら、追加で新しく契約を結ばせてもらうわ。朝と夕に孤児院の仕事を手伝う、その対価に朝と夜の食事を提供するわ」


 今夜の夕食は幼児洗いの対価だから、遠慮なく食べるようにと念を押された。


「それは……すごく嬉しいです。でも外で働く時間がなくなるのは困るんです」

「わかってるわ。だから院内で決まった仕事を割り当てるんじゃなくて、朝の出かける前と、帰ってきたとき、そのときに手伝ってほしい仕事を私かマリーが頼むわ。それをでどうかしら?」

「私に有利すぎる条件ですよ、いいんですか?」

「大人がそれでいいって言ってるんだから、甘えなさい」

「ありがとうございます!」


 彼女はシェルルと名乗った。細いけれどしっかりとした力強い手が、遠慮がちなマユの手を温めた。

 カランカラン、と。食堂の入り口でマリーが手振り鈴を鳴らしている。食事の合図だ。音を聞いて二階が騒がしくなった。


「走っちゃ駄目よ」


 駆け下りてくる子どもたちを注意しながら、シェルルがマユの背を押す。彼女はこれから幼児らを寝かせつけるそうだ。

 マユは屋台で買った肉挟みパンを持って、食堂に向かった。子どもたちは入り口で盆を受け取り、配膳係からスープとパンをもらって、奥から順番に席についている。マユは入り口で子どもたちが並び終えるのを待ってから最後尾についた。


「うちは持ち込み禁止だ。これは没収するぞ」

「あ……」


 ゾルドランに肉挟みパンの包みをひょいっと取りあげられ、空いた手に盆を渡された。四十ダルが、と声を出しそうになったが、引っ込めるのは難しくなかった。取られた瞬間はもったいないと思ったが、取りあげられた今のほうが、なんだか気持ちがスッキリしている。


「おつかれさま、マユ」


 大きな椀にたっぷりのスープと、拳くらいの大きさの丸いパン。小さい皿には塩もみしたレト菜と酢漬けの緑瓜が一切れ。

 最後の席に着こうとして、ゾルドランの手に肩を掴まれた。


「食事の前に、みんなに紹介しておく。終わりの日までここに住むことになったマユだ」


 夕食をおあずけされた子どもたちが、一斉にマユを見た。五歳から十一歳まで、五十人くらいいるだろうか。早くしろという顔、好奇心の顔、あれ? と首を傾げる子が数人。


「マユは春から通う学校の学費を貯めるため、バンやザックらと同じように外で働いている」


 ぽん、と背中を押され、盆を持ったまま一歩前に出た。


「シェラストラルからきました、マユです。しばらくお世話になります」


 スープをこぼさないよう頭を下げる。


「よし、食事だ」


 ゾルドランの声で夕食がはじまった。お腹が空いている子どもたちは、一瞬でマユの存在を忘れ、ほかほかのスープに夢中だ。

 テーブルの端っこに座り、牛乳たっぷりのスープに口をつけた。今朝切った白芋と赤芋がタップリ入っている。それと角ウサギだろうか、野菜と同じくらいの大きさの肉がいくつもあって食べ応えがあった。パンは硬かったけれど、ちぎってスープに浸すとふやけて食べやすくなる。


「ねえ」


 隣に座っていた同じ歳くらいの女の子が、半分ほど食べ終えたときに話しかけてきた。


「学費って、どれくらいいるの?」

「……三千ダル」

「うわぁ、大金だね」


 声をひそめて答えたマユに、少女は目を丸くして首を振る。


「あたしも外で働いてるんだよ。チェルシーっていうの。マユはどこで働いてるの?」

「薬草を採取してます」

「冒険者ギルドね。それならわたしと一緒だよ」


 くるくるの赤毛を馬の尻尾のようにくくったチェルシーは、自慢げに今日の成果を話した。


「角ウサギを二羽狩ったんだよ」

「まさか子どもだけで狩りに行ってるの?」


 狩猟や討伐行為は、正式にギルドに冒険者登録できる十二歳からでないと認められないはずだ。大人が同行している場合は許されるが、成人前の子どもだけの場合、許されているのは薬草の採取だけのはずなのに。


「ちゃんと大人がいるよ。道案内が欲しいパーティーとか、荷物持ちが欲しい冒険者とかと一緒に森に行って、許可をもらって討伐するんだよ」


 荷物持ちの合間に狩った獲物は自分たちの報酬になるそうだ。冒険者ギルドに孤児院の口座があり、持ち込んだ獲物を査定して報酬を入金する。


「ここを出ていくときの支度金が増えるからさ、頑張って狩ってる」


 門番のボーンさんの説明を思い出した。成人した途端にそのまま放り出されるのではなく、出て行くときのためにしっかり働いているのだ。


「朝ご飯食べたらすぐに冒険者ギルドに行くんだけど、マユも一緒に行こうよ」

「いいの?」

「もちろん」


 ソバカスをくしゃっとさせて笑うチェルシーに、マユもわき上がる喜びのまま大きく頷いて返した。



【マユの財産】


前日残高 154ダル

 魔石売却 +36ダル

 エラム草 +86ダル

 冒険者ギルド薬草一式 +200ダル

 肉挟みパン -40ダル

 寄付(二日分) -60ダル

残高 376ダル


【通貨】

1ダル=1銅片

10ダル=1銅貨

100ダル=1小銀貨

1000ダル=1銀貨

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