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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

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04 初採取と初報酬


 アレ・テタルの街の西門は、王都に向かう街道につながっている。貴族の馬車が安全に待機できるよう、街壁は二重になっていた。内門から外門までは二区画ほどの距離がある。戦いのときにはここが兵士や冒険者の待機場所になるため、建物は作られていない。

 内門を出たマユは、人々が踏み固めた道からそれ、壁をたどるようにして外門に向かった。雑草だらけのそこをゆっくりと歩く。


「見つけた。サフサフ草とヤーク草だ」


 街門の内側で薬草が自生しているのは珍しい。おそらくだが、査定で買い取り拒否された薬草を、冒険者が捨てたものが自生したのだろう。試しに採取してみたが品質は悪くはなさそうだ。


「誰も採取してないみたい。もったいないなぁ」


 外門を目指す人も、内門を目指す人も、どちらも通り過ぎるだけの広場など目に入っていない。ここは採取の穴場になりそうだとマユはニッコリと笑った。

 ひとまず穴場をそのままにして、マユは外門から街を出る。


「南西の枯れ木は、と」


 街道沿いに少し歩くと、草原の真ん中に一本の木が見えてきた。近づくと落雷で焼け枯れた木だとわかる。おそらく目印はコレだろう。マユは街道を逸れ、魔獣を警戒しながら草原に入った。

 乾いて赤茶けた雑草を、秋風が派手に揺らしている。その間に活き活きとした緑が見えた。薬草だ。薬草は冬でも緑を保つ。おかげで他の雑草が枯れるこの時期は、採取の難易度が下がって助かっている。


「アレ・テタルのあたりは雪が積もるっていうし、この目印は助かるな」


 マユは枯れ木に辿り着くまでの間に多くの薬草を採取した。

 治療薬の材料であるセタン草とユルックの茎をしっかりと確保する。蔦性のヤーク草は見あたらない。門内広場にあったので、帰りにこっそり採取しよう。三種がそろえば間違いなく割り増しで買い取ってもらえるはずた。

 一見して枯れ葉のような色味のエラム草も見つけた。魔力回復薬の素材だ。春夏は見つけやすいが、秋冬は難易度が上がるため持ち込み量が減る。おそらく品薄なはずだから、魔法使いギルドなら良い値段で買い取ってもらえるだろう。同じく魔力回復薬に使用されるフェイタ草を探したが見つからない。


「割り増しは無理かぁ」


 残念だ。

 この辺りは回復薬や治療薬の薬草が多いが、麻痺薬や解毒薬に使われる薬草は見あたらない。東の森にあるだろうか。期待が増す。


「トラント草が見あたらないってことは、このあたりに角ウサギはいないね。草原モグラの巣穴を見つけられたらいいんだけど」


 マユの草原モグラの狩り方は、巣穴の出入り口に罠を仕掛ける方法だ。今日は道具を用意していないのであきらめるが、次のために穴の場所だけでも把握しておきたかった。

 巣穴と薬草を探していると、ザザザと、草を掻き分ける音がした。

 風じゃない。

 すぐに身を伏せて、音のしたほうを振り返った。

 秋風に抗うように、枯れ草が動いている。

 ……銀狼ではありませんように。

 採取ナイフを持ち替え、息を殺す。

 ガサガサと動く枯れ草の向こうに、灰茶の毛皮が見えた。


「草原モグラ」


 ホッとするのと同時に、笑みがこぼれた。

 近くに巣があるのに間違いない。

 マユはゆっくりと枯れ草を掻き分け、這うようにして草原モグラに近づいてゆく。


「……あ」


 こちらの存在に気づいた草原モグラの姿が消えた。近くの巣穴に逃げ込まれてしまったようだ。立ち上がったマユは、雑に枯れ草を掻き分けた。


「見つけた。小さめの入り口だね。緊急時用かな」


 巣の中心部から四方へ伸びた穴の一つなのだろう。マユはクズ魔石を一つ取り出し、魔力を押し込んでから巣穴の脇に埋めた。


「目印もつけたし、罠はまた今度かな。今日は薬草をめいっぱい採取していこう」


 背伸びをして全方位をぐるりと見渡し、銀狼の気配がないのを確かめてから、マユは採取に戻った。

 しっかりと育った薬草は、成分量も濃く品質も良い。マユなら毎日でも通って採取するのに、ここには他の冒険者が採取した痕跡がなかった。


「街のこんな近くにある採取場を、誰も知らないなんて、なんでだろ?」


 ギルド職員はこれを知っていて情報をくれたのだろうか。


「他のギルドに売りにくいなぁ」


 タダでもらった情報で得をしたのだ、少しは返さないと今後の付き合いがしにくくなる。今日の採取分は冒険者ギルドに持ち込むことにしよう。


「エラム草だけは見逃してもらおうっと」


 採取した葉を雑草で縛って束にし、専用の袋に詰めてゆく。三枚の採取袋がいっぱいになるころ、街のほうから七の鐘が聞こえてきた。初日にしては十分すぎる成果だ、そろそろ街に戻ろう。

 街道に戻り歩きだす。少し早めに仕事を終えた狩猟冒険者や討伐冒険者が、成果を背負い街に向かって歩いていた。反対に近隣農村から野菜を卸しに来ていた馬車が、急ぐように街を出てすれ違う。

 外門をくぐったマユは、往来が増え人の目が届かない隙に、待機場の端でヤーク草を採取する。基準を満たす大きさの葉が多い。全部採ると次の葉が成長するまで時間がかかるので、ほどほどにしておく。


「この株は成長点を止めて、脇芽を伸ばしたほうが良さそう」


 複数ある株の状態を確かめて、自分なりの手入れをしてみた。

 反対側の壁沿いにも、草原で見つけられなかった薬草があるかもしれない。確かめたいが、ひっきりなしに通る人を遮るのは目立つ。また明日にしようと、マユは人波にあわせて内門に向かった。

 孤児院の住人である証明を見せて街に入った。まっすぐに魔法使いギルドに向かい、エラム草を換金する。


「採取が上手いな。扱いもいい。これなら……八十六ダルでどうかな?」

「はい、それでお願いします」


 冒険者ギルドなら六十ダルにしかならないのに、二十六ダルも高く買い取ってもらえた。


「そっちのも薬草だよね? 出しなよ、買い取るよ」


 灰色のローブの職員は、マユが腰にさげている膨らんだ袋をめざとく見つけた。期待するように微笑まれたマユは、気まずげに首を振る。


「駄目なんです。これは冒険者ギルドと約束している薬草だから」

「なんだ、残念。次からはこっちに持っておいでよ、きみの採取なら安心して買い取れそうだ」

「ありがとうございますっ」


 採取の腕をほめられて、マユの頬がゆるむ。厳しい師匠にはダメ出しばかりされていた。けれど修行を積んだかいがあって、アレ・テタルでは通用しそうで安心だ。

 魔法使いギルドからそのまま冒険者ギルドに向かった。

 査定カウンターは全部埋まっていたが、まだ混みはじめる前で列はできていない。


「ちびっ子、無事に帰ってきたんだな」


 空くのを待っていると昼間の老職員に声をかけられた。膨らんだ袋を見つけてニヤリと笑い、こっちへ来いと手招きされる。


「採取したものを見せてみろ」

「……お爺さんは、査定できるんですか?」

「ブレナンだ。ちゃんと査定の資格も持ってるぞ。ほら出せ」


 強引で横暴な態度なのに、他の職員は咎める様子もない。もしかしたらギルドで偉い人なのだろうか。マユは仕方なしに袋をカウンターに置く。

 ブレナンと名乗った初老の職員は、紐で縛った袋の口を開き、中をのぞき込んでゆく。


「ほほう、いい薬草ばかりじゃねぇか」


 セタン草とユルックの茎を確かめて満足そうに頷いたブレナンは、ヤーク草の袋を見て不敵な笑顔でマユを振り返った。


「これ、どこで採取した? 西の待機場だろう?」

「え、そうです、けど……」


 驚いて目を見開くマユに、ブレナンがニンマリと笑って見せた。


「俺が教えた採取場には生えてねぇからな。枯れ木との間でコイツが採取できるのは待機場だけなんだよ」


 ブレナンの笑みが不気味だ。何を言われるのかと、マユは息を呑んだ。


「西の待機場はな、国境の戦やスタンピード時に指揮本部になるんだ。そういう非常事態だと錬金薬の素材を集めるのも大変だろ」

「……もしかして、採っちゃいけなかったんですか?」

「その通りだ」


 非常時にそなえて治療薬に使う薬草を移植しているのだそうだ。


「不許可の採取は罰金だ。というわけだから、こいつは没収するぞ」

「そんな! 最初に教えられてたら採らなかったのに!」

「教えただろ、採取していい場所を」

「ぐぅ……っ」


 採取して良い場所として教えられたのは、枯れ木を目印にした一帯だった。この街の冒険者なら知っていて当然だ、他所から移ってきたのならなおさら、情報収集は慎重にすべきだった。手を抜いた眉の自己責任である。そう言われては反論の言葉もない。

 マユはギリリと唇を噛んだ。迂闊だったのは認めるが、ブレナンのやり方は罠にはめるような誘導だったではないか。

 卑怯者めと睨みつけるマユを、ブレナンは「勉強になっただろ」とニマニマしている。


「ちびっ子がこれを他所で換金してたら、採取場所が判明した時点で牢屋行きだ。ウチに戻ってきてくれて助かったよ。後ろを見てみな」


 促されて振り返ると、ロビーの入り口に街門の兵士が立っていた。ブレナンが手を振ると、兵士はニッコリと笑って手を振り立ち去った。


「西の待機場からずっと見張られてたんだよ。気づいてなかっただろ?」

「……はい」


 もし魔法使いギルドですべての薬草を売却していたらと思い返し、背筋にひんやりとした汗が流れた。ブレナンへの恩義を感じて冒険者ギルドに提出しようとした、それが身を救ったらしいが、どうにも複雑だ。

 膨れるモヤモヤをなんとか押し隠して、マユは声を絞り出した。


「……罰金は、いくらですか」

「これを換金してたら罪になるが、俺は正式な査定員じゃねぇし、まだ提出されてねぇからな、俺が没収してそれで終わりだ。良い勉強になっただろ?」

「ソウデスネ」


 罰金が払えず借金奴隷になるのに比べれば、この悔しさも我慢できる。マユは何とか表情を取り繕って、袋を返してくれと言った。


「その袋は私の大切な財産です。他所からやってきた貧しい孤児から、大切な仕事道具を取りあげるなんて、冒険者ギルドの職員はずいぶん意地が悪いんですね」


 マユは他の職員やロビーにいる冒険者らにも聞こえる声で文句を並べる。

 じろじろと、特に女性職員に冷たい視線を向けられて、ブレナンは居心地悪そうに身じろぎした。


「嫌味がすげぇな。悪かったよ、ちょっとからかっただけだ」

「悪趣味ですよ、お爺さん。歳をとると性格が悪くなるって聞いたけど、本当だったんですね」

「……ちびっ子のくせに、よく頭回るなぁ。ああ、ほら、査定が空いたぞ」


 セタン草とユルック茎の袋を返され、背中を押された。一部始終を見ていたらしい若い男性職員が、苦笑いしながらマユを手招く。


「副ギルド長が悪かったね」

「いえ……そんなに偉い人だったんですね」

「ああ見えて面倒見のいい人なんだよ」


 職員はマユの提出した薬草を律儀に数えた。セタン草とユルックの茎がそれぞれ五十枚ずつ。買い取り単位は五枚一組なので合計二十組、二百ダルだ。


「はい、袋は返しておくね。この札をあちらの出納窓口に持っていってお金を受け取るんだよ」


 出入り口から最も奥まったところにある窓口で、女性職員に金属の板を出した。


「小銀貨と、銅貨と、どっちがいいかしら?」

「両方でお願いします」

「副ギルド長がイジワルしてごめんね。あなたを心配してずっと見守ってたのよ。許してあげてね」

「見守ってたって……もしかして枯れ木のとこにも着いてきてたの?」


 見晴らしの良い草原には、自分以外に誰もいなかったはずだ。見かけたのは遠くの街道を歩く小さな人影くらいだ。確かに魔物や魔獣の気配もほとんどなくて不思議ではあったが。まさかブレナンが追い払っていた? いったいどこに隠れていたのだろう。

 驚くマユに女性職員は二百ダルを差し出してニッコリと微笑んだ。


「ああ見えて優秀なのよ。もとは大陸を股にかけた有名パーティーにいたんだから」

「……ソウナンデスネ、アリガトウゴザイマス」


 礼を言わなくてはならないような気がして、けれど悔しさが邪魔をしたせいか、マユの声はぎこちないものになった。


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