09 春を迎える日
二月三十日、魔術学校の二年生が卒業を迎えた。
式典で卒業生らは制服のローブを脱ぎ、学校長から卒業の証明となる魔術師の杖を授けられる。校舎を出てくる卒業生らは、ま新しい魔術師のローブを身につけ、授かった杖を手に寮に戻ってきた。そして在校の一年生と、来期の新入生たちとの別れをかわす。
寮の前に整列したマユたちも、去って行く先輩たちを見送った。
友人との別れを惜しみ、二年間過ごした寮を見上げ、後輩たちの見送りに笑顔を返す彼らは、みな誇らしげだ。
外出ばかりで卒業生とほとんど面識のないマユやエリカですら、彼らの笑顔と涙にほろりとしていた。
「先輩がいなくなったら、僕の成績は……うう」
「来年の私はあっち側かぁ」
「うおぉー、ゲイツ先生のいない専科なんてっ」
見送る在校生や入学予定者の声が、あちこちから聞こえてくる。
さまざな思いを込めて見送る声もあれば、はじめて目にする品に興味津々の声もある。
「魔術師の杖って、人によって違うんだね」
「魔石の色も、杖のデザインも、同じのは一つもないみたい」
「誰が作ってるんだろうね?」
「いいなぁ、あたしも自分だけの杖を早く持ちたいなぁ」
魔術師は色級を上げるたびに、そのときの自分に合わせて新しく杖を作る。しかし学校長から授けられた杖を生涯愛用する者は多い。それだけ性能がよく、後々の改修の余裕のある杖だからだ。
「今年の卒業生、ギリギリまで進路が決まらなかったらしいよ」
「え、それって就職先がなかったってこと?」
その声に、マユは思わず聞き耳を立てた。二年後とはいえ、また居場所探しに難航するのは嫌だ。
「違うって、魔術師を雇いたいところが多すぎて、ギリギリまで良い条件を選んでて、行き先が決まらなかったらしいよ」
「やっぱり魔術職は食いっぱぐれないって本当だったんだ」
「中途半端な成績じゃアレ・テタルは難しいけど、地方は魔術師が少ないから、働き口はいくらでもあるんだって」
聞こえてきた会話に、マユはホッと胸を撫で下ろした。師匠のいる卒業生の半数は、出戻って修行を続けたり、師匠の人脈で仕事や勤め先を決めている。マユのように師匠のいない卒業生は、学校に寄せられる求人が頼りなのだ。卒業後の心配が少ないとわかれば、勉強に集中できそうだ。
「エリカは卒業後はどうするの?」
小声で問うと、彼女は「気が早いよ」と笑いつつも答えてくれた。
「あたしは攻撃魔術師だし、もとから冒険者だから、サガストに戻ってフリーの攻撃魔術冒険者だよ。セオドアは?」
「俺は在学中によさそうなパーティーを見つけたいな」
アレ・テタルは国境にも近く、他国からの冒険者も多い。故郷に帰るつもりのないセオドアは、自分の実力で実績のあるパーティーに加入するのが目標だ。できれば大陸中を移動するパーティーがいいと考えている。
「マユは?」
「私はどこかの薬店に就職して、お店のことを勉強したいと思ってる」
教科書を何度も読んだが、魔術学校では錬金薬の作り方は学べても、薬店の経営術は教えてもらえないようなのだ。
「お店の経営か。それは商業ギルドだな」
「薬魔術師のお店を開くの?」
「うん。小さくていいから、自分だけのお店が欲しいなって」
薬を扱う店を新規に開くのはとても難しい。生命にかかわる商売は、信用がなければ客に見向きもされないからだ。どこの町でも薬店は、親から子や孫へ、師から弟子へと継承されて続くものだ。孤児院育ちの薬魔術師が信用を築くのは並大抵の努力では不可能だろう。
「弟子入りさせてくれる薬店があれば、一番いいと思うけど」
「魔術師は引く手あまただっていうし、何とかなるよきっと」
少しでも良い就職先を見つけるためにも、しっかり勉強しなければならない。マユは気持ちを引き締めた。
+
卒業生が去りしんみりとしていた空気は、夕食のころにはお祭り前のようなソワソワとしたものに変っていた。
「ねぇ、マユも明日は観に行くでしょ?」
「何を?」
「もう、祈りの火だよ、祈りの火!」
一年の最後である終わりの日に、女神モナッティークへの祈りとともに空に打ち上げられる火のことだ。
「明日の終わりの日は寮の門限はナシだっていうし、アレ・テタルの祈りの火はすごいって聞いてるからさ、楽しみなの」
「そうなんだ。観たいけど、いいのかな?」
マユは十一歳、未成年だ。シェラストラルの孤児院にいた頃も昼間の祭りは楽しめたが、夜の祭りは成人した者たちだけの祭りだからと、参加を禁じられていた。アレ・テタルは未成年の参加も許されているのだろうか。
「あ、そうだった。マユって行動とか発言は子供っぽくないからウッカリしてた」
ごめん、とエリカが小さく頭を下げる。
祭りへの参加は来年までお預けのようだ。せめて昼間の祭りは楽しもうとエリカと約束をする。
「祈りの火って、部屋の窓から見れないかな?」
「どうだろ? サガストの祈りの火はちっちゃくてさ、広場に行かないと見えなかったんだよね」
「今年の火は魔法使いギルド長が打ち上げるって聞いてるから、たぶん部屋からでも見えるんじゃないかな」
遅れて合流したセオドアが、専科の先輩に聞いた話だと教えてくれた。
「ギルド長って紫級だから、南山の向こうからでも見えるんじゃないかって噂だよ」
「南山の向こうって、王都じゃない。まさかぁ」
いくら魔術師最上位でも、さすがに山脈向こう側からは無理だろう。だがそれだけ高くに大きな火を打ち上げるのなら、寮の部屋からも見えるかもしれない。明日の夜は夜更かしを頑張ってみよう。
+
終わりの日は朝から夜まで、街中どこもかしこも祭りで浮かれている。
冒険者は昼間から酒を飲んで遊んでいるし、職人も仕事を休んで家族と祭りを楽しんでいる。商店は軒先にまで店を広げ、祭りの浮かれた空気に便乗して稼いでいた。
「見て、すごいよ、火を吹いてる! あ、あっちの剣舞もすごい、なんで五本の剣をくるくるさせられるんだろ?!」
朝食を食べてすぐに町に出かけた三人は、ぞんぶんに祭りを楽しんでいた。普段は露店市が集まる広場にはいくつもの舞台が設置され、旅芸人らが自慢の芸を披露している。
「うわぁ、綺麗なお姉さん……さすがアレ・テタルだわ~。サガストみたいな田舎じゃ見られないよ」
エリカは見るモノすべてに「すごい」を連発し、マユやセオドアを揺すったり叩いたりと興奮しっぱなしだ。
「あんたたち、なんで平然としてるのよ。感動しないの?」
「賑やかで驚いてるんだよ、なぁ?」
「はい。いつも薬店の前の売り場でずっと接客していたから、音楽は聞こえてきたけど、踊りや芸を見るのははじめてで、すごく楽しいです」
師匠の薬や薬草茶を売るのも楽しかったが、娯楽としての祭りを経験するのははじめてのマユは、楽しみ方を知らない。
「それじゃ、あたしがお祭りの楽しみ方を教えてあげましょう!」
ニンマリとしたエリカがマユの腕を取り、露店の列へと強引に引っ張っていった。
表通りに場所を移した露店では、美味しそうな料理や菓子が売られている。商店街の軒先や裏通りの店舗の店先には、祭り客を見越した割り引き商品が並び、エリカの足は止まりがちだ。
屋台で破裂豆の糖液かけを、老舗菓子店の店先で乾燥果実を練り込んだ焼き菓子を買い、魔道具師の軒先で用途不明の魔道具を試し、喉の渇きを感じて果汁入りの冷たい水を飲む。
祭りの雰囲気とエリカの勢いにつられてか、マユの財布の紐もずいぶん緩みがちだ。
「あ、古着の安売りしてるよ! 春用の薄いヤツが安くなってるかも。行くよ!」
エリカが遠くの看板を目ざとく見つけ、マユを引っ張ってゆく。
足を止めた店先では、敷いた布の上に春から夏にかけての古着が山積みになっていた。店の看板には「未修繕につき、半額」と書かれた板紙が張られている。遠くからこれを見つけたエリカの目の良さに驚きつつ、これは見逃せないとマユも古着の山に飛びついた。
春に着る衣服は布が薄いだけでなく、明るくて華やかな色合いのモノが多く、選ぶ楽しみは格別だ。
「どう、コレ似合うと思う?」
「いいんじゃないか」
「この空色と若草色の、どっちがいいかな?」
「どっちもいいと思うけど」
「もう少し真面目に考えてよね!」
「えぇー」
古着屋の前から動かない女の子二人を放置もできず、所在なげに待っていたセオドアは、エリカに責められて理不尽だと不貞腐れた。
マユは若草色のチュニックと、濃紺のワンピースのどちらにするか迷っていた。半額と言えども二着を買う余裕はない。エリカは忙しそうだし、セオドアも頼りになりそうにない。決めきれないなら買うのは止めておこう、と二着から手を離そうとして店員と目が合った。
「……あ」
「おや、あんた」
恰幅のいいマリーによく似た古着屋の店主モリーだった。ここはあの店だったのかと改めて建物と店主を眺める。
マユの見習いローブを見たモリーは、嬉しそうに目を細めた。
「無事に魔術学校に入れたんだね」
「はい、あのときはありがとうございました」
「ははは、あのあとマリーに、センスが悪いって叱られてね。決めきれないようだし、あのときの詫びだ、似合うのを選ぼうか?」
「お願いします」
明るい店先で見たモリーの服装は、体の大きさを活かした色とデザインでとてもよく似合っていた。彼女の選択眼は間近いなさそうだとお任せする。
「そのローブに合わせるなら……マユは薄い色よりも濃い色のほうが似合うから、私ならこの橙色のワンピースか、濃赤のチュニックにするよ。黒に染め直してるシャツやズボンとも合わせやすい。どうだい?」
橙色のワンピースは、肩の部分が大きく破れていた。赤のチュニックは脇から裾にかけて大きく割けている。この程度ならマユでも修繕できそうだし、どちらもローブを上にはおれば修繕跡を隠せるだろう。
迷うマユの背をエリカがつついた。
「いいよそれ、両方買っちゃいなさいよ」
正直、どちらも欲しかった。だがいくら半額とはいえ、二着で五百ダルはさすがに出せない。橙か、赤か。
「赤は落ちついた感じだし、橙色はぱっと明るくていいよね。マユの部屋の天井みたい」
「……こちらを買います」
エリカの言葉にひらめいて、マユは橙色のワンピースを選んだ。
寮の部屋は過ごしやすくて、橙色の天井は派手さのわりに心を落ち着けてくれるている。だから新しい服に同じ色を着たいなと思ったのだ。
モリーに教わって修繕用の糸とハギレを買いに行く。その後は広場に戻って大道芸を見物しながら、乾燥果実入りの菓子を楽しんだ。
日が暮れはじめたころ、マユは夜の祭りに残る二人と別れて寮に戻った。
夕食に集まっているのは、未成年の生徒か、夜の町の危険を避けたい女子生徒が多い。来年は夜の祭りを楽しみたい、という愚痴があちこちから聞こえていた。
「よし、できた!」
食堂から部屋に戻ってすぐにはじめたワンピースの修繕は、なんとか破れを閉じるところまではできた。繕った部分を隠す刺繍をしたいが、それはまた時間のあるときだ。
着ていたシャツを脱ぎ、買ったばかりの橙色のワンピースに袖を通した。
部屋の灯りを消して、卓上の魔道ランプだけにする。カーテンを開け、窓を鏡がわりにして確かめた。
夜空を背景に
「……いい感じ」
明るい橙色がマユの顔を明るく見せてくれていた。見習いローブを羽織ると、大人びて見えて気恥ずかしくなる。サイズは少し大きめだったようで、裾が長すぎて少しだらしない印象だ。少し裾を上げなければ。だが背が伸びても着られそうなのは良かった。
ゴーン、ゴーンと、時刻を知らせるものとは異なる鐘の音が響いた。
同時に街の中心部から、雷撃が空へと伸びてゆく。
モナッティークに祝福を!
窓を閉めているにもかかわらず、街の人々の声がマユの耳にも届いていた。
人々の感謝の祈りに合わせるように、夜の空で大輪の花のように広がった雷が弾け、キラキラと輝く魔力の粒が降り注いでいる。
「モナッティークに感謝と祝福を」
窓を開け、降り注ぐ光に手を伸ばして祈った。
新しい年は、お腹を空かせることがありませんように、と。
【マユのお財布】
前日の残高 10670ダル
本日の収支
屋台の買い食い -130ダル
橙色のワンピース -240ダル
糸と当て布 -50ダル
現在の保有残高 10250ダル




