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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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22/24

08 自習室にて


 マユは五の鐘まで薬草採取にはげみ、昼からは寮の自室で教科書を読んで予習に努めた。無事に魔力属性考と身体学の受講も認められたため、教科書も支給された。身体学の授業は週に一限しか取っていないのだが、教科書があまりにも難しすぎてマユは少し後悔しはじめている。


「もう一限、授業をとっておくべきだった……」


 しかしそうすると実技の自習時間が確保できなくなり、本科が疎かになってしまう。欲張ったのは自分だ、なんとか一限で授業についてゆくしかない。

 ジェイムズにもらったメモを手に、あのぶっきらぼうな司書にたずねると、親切に収蔵書架まで案内してもらえた。その三冊の本は教科書よりも簡素に身体を解説した本だった。たしかにわかりやすかったが、一度読んだだけではとても覚えられそうにない。入学前のマユでは借りることもできないため、板紙を持ち込んで書写に努めた。


「マユ、あたしたち今日は北の森に行くんだけど、一緒にどう?」


 一緒に朝食を食べるようになったエリカとセオドアは、薬草採取もできそうな場所に出かけるときは、こうやってマユに声をかけてくれる。


「行きます。あ、私はお昼で抜けちゃうけど、いい?」

「大丈夫、今日は俺たちも昼で終わる予定なんだ」

「そろそろ予習はじめないと、授業についてけなくなりそうだしね」


 エリカは数学と語学、セオドアは魔術理論でつまずいているらしい。


「それなら一緒に予習をしない?」


 マユが遠慮がちに誘うと、二人は嬉しそうに頷いた。


「分からないところ教えあおうよ。セオドアは数学が得意なんでしょ」

「一番マシって程度だぞ。マユは魔力操作が得意だよな? 教えてもらえるか?」

「あ、あたしも魔力操作も苦手なの。いい?」

「私でよければ」


 一時的にでも師匠のいたマユは魔力の扱いを学んでいるが、師匠なしの二人は自己流だ。変な癖ができているらしく、教科書のようにうまく操れないらしい。

 身支度をしてロビーで合流し、自習室の五の鐘半からの席を予約して森に出かけた。


「魔力操作の練習に使うから、魔石は売らないでね」


 薬草の採取場で別れる際にそう伝えると、二人は「わかった」と手をあげて奥へと入っていった。

 マユは複数ある採取場を順番に見て回った。前回摘んだ場所は薬草の成長具合を確かめ、少し手を入れるだけにする。十日前に採取した薬草の群生地は、フェイタ草とエラム草がほどよく伸びていたので、三束分ずつ摘み取った。他でも葉が増えるように剪定したり、密集するサフサフ草を間引いたりする。

 トラント草の群生地は雪に覆われていた。雪を掻き分けようとしたら、少し前方で雪がもこもこと動くのが見えた。マユは息を殺し、目をこらす。角ウサギだ。毛皮を雪の色に変えた魔獣が、雪の下のトラント草を食んでいる。

 マユは解体用ナイフを握った。一匹だけなら追い払えるが、複数いると襲いかかられかねない。鋭い角は危険だ、引っかけられただけで体が麻痺してしまう。

 慎重に探して、目の前の一匹の他にいないのを確かめたマユは、思い切って踏み出した。

 ナイフを大きく振り回して威嚇する。

 驚いて跳び上がった角ウサギは、トラント草を食んだまま逃げていった。

 角ウサギが顔を突っ込んでいたあたりから雪を掻き分け、ほどよく成長したトラント草を採取する。


「二束か。ちょっと少ないけど仕方ないか」


 採取基準に達した葉は角ウサギに食べられていた。魔獣が次の成長を考えて食べ残すはずがないので、おそらく一定以上に成長した葉だけが美味しいのだろう。


「……私が食べても、美味しく感じるのかな?」


 少しだけ気持ちが揺らいで、トラント草に指が伸びた。だが、すぐに思い直す。たった一人で森にいるのに、麻痺して動けなくなるのは危険だ。エリカやセオドアに助けてもらえたとしても、トラント草を食べて麻痺したなんて恥ずかしくて言えない。

 トラント草の束を袋に入れて、マユは別の採取場へと向かった。

 サフサフ草の根を掘っていると、自分を呼ぶ声が聞こえて顔をあげる。


「エリカ?」

「あ、ここにいた!」


 声をたどって現われたのはエリカ一人だった。


「少し奥でヤーク草の蔦がびっしり巻きついてる木を見つけたんだけど、マユは知ってた?」

「知りません。そこ、案内してください」


 エリカの興奮に釣られ、マユは急いで採取を終わらせ駆け出した。

 マユは滅多に入らないあたりの、太い木々で鬱蒼としたそこで、セオドアが待っていた。


「これだよ、これ。ヤーク草だよな?」


 セオドアも少し興奮している。彼が指さした木は、大人二人が抱きつけるほど太かった。その幹には、緑と白の葉をつけた蔓が幾重にも巻きついていた。まるで防寒具を着込んでいるように見える。

 大きな葉も多いし、これが全部薬草なら、数日分の収入になるだろう。マユはじっと目をこらし、蔓と葉を観察した。葉の付け根、裏、色を丁寧に確かめる。


「どうかな?」


 期待に目を輝かせている二人に、マユは苦笑いで返した。


「……残念、これ、雑草だよ」

「えぇ、でも白と緑の葉だし、蔓性だし」

「うん、よく似た雑草があるから、慣れてない冒険者は間違えやすいんだよ」


 マユは二枚の葉を摘み取って二人に渡した。


「違いが分かる?」

「同じ……じゃないの?」

「分からない」

「エリカが持ってるほうは雑草で、セオドアのほうがヤーク草。葉に占める白の割合が違うでしょ」


 二人はまじまじと葉を見比べた。わずかにだが、確かにセオドアの手にある葉のほうが白い部分が多い気がする。


「あとは蔓でも見分けられるよ。木の幹にくっついてるところ、ヤーク草は葉の生え際あたりから根を出して幹にしがみつくけど、雑草は蔓全体に生えてる産毛でくっついてるから」

「あ、ホントだ」

「産毛の蔓ばっかり……」

「ヤーク草も交じってるから、全部がダメってわけじゃないよ」


 マユは一本の蔓に指を添え、切ってしまわないようにヤーク草を幹から剥がした。基準に達した葉を摘み取り、蔓を地面に下ろして幹の根元に巻き直す。


「……いけるかなぁ」


 考え込むマユをのぞき込んで、エリカが「何するの?」と問うた。


「あんまり高くまで成長されると、私が採取できなくなるから、下のほうで頑張ってもらおうかなって」


 かなり長い蔓の、先の方の三分の一を切り落した。その先を少し離れた木の根元を掘って植える。薬草はしぶといし、あと半月もすれば春だ。根が生えて株が成長しますようにと、土に魔力を注いでおいた。


「ありがとう、ここは知らなかったから、新しい採取場が増えて嬉しい」

「お礼を言われるほどじゃないよ。ほとんど間違ってたし」

「全部雑草じゃなくて良かったぁ」


 二人は銀狼を二頭、角ウサギを三匹狩っていた。


「持ち帰るの重いから、一匹はお昼に食べちゃおうよ」


 マユの同意を待たずに、エリカが手早く肉を切り分ける。セオドアも集めた枯れ枝に火をつけ、食べる気満々だ。マユは二人のカップに湯を満たして渡した。


「沸かさなくてもお湯が出せるのって、便利だよな」

「悪かったわね、魔力操作が下手で」


 いつも一緒に行動しているくせに、チクチクとした言葉のやり取りは日常だ。見慣れるまではハラハラしたが、今は「仲が良いなぁ」と見守っている。

 角ウサギ肉の昼食を終えて街に戻った。薬草は全部で二百八十ダルで買い取ってもらった。


「これ、少ないけど情報料。受け取って」


 マユがヤーク草で得た四十ダルを差し出すと、セオドアが慌てた。


「そんなつもりじゃなかったんだけど」

「セオドアって冒険者になりたいって言うくせに、何も知らないんだよね。冒険者の情報に対価を払うのは当然だよ」

「そうなのか?」


 セオドアに確認されて、エリカが頷いた。


「マユは情報料を支払うことで、あの場所であたしたちに採取しないでねって頼んでるんだよ」


 サガストの冒険者ギルドの支援を受けているエリカは、マユの思惑をしっかり見抜いていたようだ。


「二人があの採取場を独占したいなら諦めるけど」

「いや、俺は討伐冒険者を目指してるし、間違えて雑草を持ち込みそうだから」

「あたしも同じ、ギルドに呆れられそうだからいいよ。あそこはマユが活用してよ」


 そう言って二人はそれぞれ二十ダルずつ受け取った。


   +


 寮に戻り、少し休憩してから予約していた自習室に集合する。

 自習室にあるのは二~三人用の個室が四室、四人掛けのテーブルと椅子が六組ほど並ぶ大部屋が一室だ。三人は予習したい教科の教科書と板紙を持って、予約の札のある小さなテーブル席に着いた。

 大部屋のテーブルは全て埋まっていた。グループで問題を解きあったり、教科書を読み合わせたり、論議をしていたりと賑やかで、図書室とは違う空気がある。

 セオドアが持参したのは魔力操作、エリカは語学と数学、マユは身体学の教科書だ。

 エリカの解いた数学問題を見返したセオドアは、計算の基本は分かっているようだから、慌てたときの計算間違いと、問題の読み取りさえできれば大丈夫だろうと言った。


「こことか、問題の読み取りで間違ってるから、計算した答えも間違うんだ。本をたくさん読んで、言語読解力を研くといいよ」

「数学なのに語学を研けとか、意味わかんないっ。言語学の教科書も意味わかんないし!」


 エリカの声に抗議するかのように、隣のテーブルでコンコンと机が叩かれた。「うるさい、静かにしろ」と五人組に一斉に睨まれた。金髪の少女が、じろりとマユを見る。

 隣の彼らの声もそれなりに大きく、師匠にもらったペンや由緒ある辞書の自慢はマユの耳にも届いていた。抗議は筋違いだが、面倒なのでとりあえず笑って流しておく。


「あー、魔術学校の語学は、魔術言語だからなぁ」


 声を小さくして、セオドアも苦手だと白状する。彼が雇っていた家庭教師は魔術師ではなかったため、これに関してはエリカと同じで、辞書を片手になんとか読みすすめている途中らしい。


「魔術言語の辞書なんてあるんだ?」

「高かったんだよ。どうぜ図書室の辞書は競争になると思ったから、奮発して買ったんだ」


 いくらだったのかとエリカに聞かれ「三万ダル」とあっさり返す。


「金持ちめぇ……」


 セオドアが金欠なのはこういった出費が重なったせいだろう。エリカは歯ぎしりしつつ「貸してください」と頭を下げている。


「マユは読めるんだ?」

「一応……師匠が魔術言語でしか指示をくれなかったから、覚えるしかなくて」


 公用語も使っていたが、師匠がマユに出す指示は全て魔術言語だった。配合のメモも、帳簿も、全て魔術言語だ。読み間違えは失敗につながるため、死に物狂いで文字を覚えた。

 ただ、魔術言語の聞き取りと会話は、初日から全く不自由しなかった。シェラストラルには他国の商人や旅人も多く、街中では複数の言語が普通に使われている。しかしマユは、物心ついたころから、何故か言葉には困らなかった。他国語をそれと気づかず聞き取り、会話ができていたのだ。

 それが異常であると、カーラ師匠の言葉でやっと気づいた。これはマユだけの秘密だ。

 師匠とのやり取りの全てが魔術言語だったと聞いて、二人は驚いた。


「うわっ、厳しい」

「あれ? 師匠はいないっていってなかった?」

「……追い出されたの」

「追い出されたぁ?!」


 バンッ!


「いい加減にしてよ!」


 今度は激しくテーブルを叩かれて、マユの体がビクッと跳ねた。


「自習室はあなたたちだけがいるんじゃないのよ、喋らないで勉強しなさいよ。できないなら出てって、迷惑だわ」


 テーブルを囲む五人の中で一番小柄な少女が、眉をつり上げている。


「あ、うるさかった? ごめんね。でもここは図書室じゃないし、セリーナたちの雑談もけっこう大きな声だったよ。あっちのテーブルは読み合わせしてるし。自習室は声出し禁止されてないからさ、大目に見てよ?」


 マユは音とヒステリックな声にびっくりしていたが、エリカは慣れているのか平然と言い返している。


「わたくしたちは討論をしていたのよ、雑談じゃないわ」

「え~? 師匠自慢のどこが論議よ? それに師匠は師匠、弟子とはベツモノなんだけどなぁ」


 セリーナの師は黄級の薬魔術師だ。白級までは努力と経験で昇級できるが、それ以上は突出した才能がなければあがれないため、極端に数が減る。そんな黄級の師を自慢するのはいいが、まるで自分の力のように語るのはいかがなものだろうか。

 エリカに「師の威を借りるな」とチクリと嫌味を返されたセリーナは、ギリギリと歯を噛みしめた。


「……これだから攻撃魔術科はっ」


 金髪の少女はマユに目を向けた。


「あなた薬魔術科でしょ。攻撃魔術科と一緒にいるから落ちこぼれるのよ、自業自得ね。ああ、わたくしの勉強会に入りたいなんて言わないでね。破門にされるような落ちこぼれは他の学生の足手まといになるだけだもの、誘わなくて正解だったわ」

「は……あ?」

「失礼するわ。みなんな、行くわよ」


 ぽかんとしているマユを残し、金髪少女は仲間を引き連れて自習室を出ていった。


「何、あれ」

「前に教えたでしょ、派閥を作ってる二人の、金髪のほうよ」


 セリーナはリアグレンの良家の子女だ。次のはじまりの日に成人となるのでマユと同い年、試験の成績も優秀だ。


「なんと、特待生(奇跡を手にした)なんだってさ」


 けっ、と、エリカが冒険者の俗語で吐き捨てた。こういう嫌味や陰口を言わないエリナが、セリーナに対して妙に刺々しいのは何故だろうか。マユがたずねると、彼女は「自分勝手だから」と言い切った。


「すっごい大金持ちの家の子で、師匠や家族の支援もあるから学費にも困ってないのに、見栄のために特待生を辞退しなかったんだよ」

「特待生は……学費全額免除だったよな」

「そう。別にセリーナが辞退したからってあたしが受けられるわけじゃないけどさ、金に困ってないあいつが特待生になったせいで、勉強する時間を削って稼がなきゃならない誰かがいるかもしれないんだよ。普通なら想像できるでしょ?」


 チラリと、二人の視線がマユを向く。

 何とも気まずくて、マユは静かに視線を伏せた。


「あー、でも、ちょっと言い過ぎたかも。あの五人、全員薬魔術科だから……あたしのマユまで敵対したみたいになっちゃった、ごめん」


 必須科目では一緒にいられるけれど、専科の授業はマユ一人なのだ。そこで嫌な思いをするのは喧嘩をふっかけたエリカではなくマユだ。


「ほんと、ごめん。謝ってくるわ」


 成人してるのに大人げなかったと頭を下げたエリカが、セリーナを追いかけようと立ち上がる。マユはそれを止めた。


「無視されるくらいは平気だし、私もああいうタイプは苦手だから、大丈夫」

「ホントに大丈夫か? 薬魔術科は共同の課題もあるって聞いてるぞ」

「妨害とかされたらマユの成績にも影響するし、やっぱり謝ってくる!」


 エリカは教科書を残したまま自習室を飛び出していった。背中を見送ったマユは、申し訳なさそうな顔のセオドアに問う。


「授業を妨害したら自分の成績にも響くし、やらないよね?」

「うーん、微妙かなぁ」


 彼は苦笑いでエリカの教科書を片付けた。


「みんながマユくらい割り切ってくれてればいいんだけど、セリーナはまだ十一歳だし、お嬢様育ちでプライド高いからね……言い方悪いけど、エリカやマユのような生まれに対して、差別的な考えも持ってるからさ」

「……環境は自分で変えられても、境遇はどうにもならないものなのに?」

「そう言えるマユは大人だよ」


 セオドアは何故だか悲しそうに笑って、幼い子供にするようにマユの頭を撫でた。


   +


「ちゃんと謝って、マユをよろしくって言っといたからね!」


 あの後、自習室に戻ってきたエリカは、自信満々にそう言って予習を再開した。この勢いでセリーナを丸め込んだのだろうとセオドアは呆れ顔だ。

 苦手教科を教えあって予約時間いっぱい勉強した。夕食も一緒にと約束して一旦部屋に戻ろうと階段を上っていると、取り巻きを連れたセリーナが下りてきた。


「……薬魔術科の足を引っ張らないよう、わたくしがあなたを導いて差し上げますわ」


 つんとすました彼女にすれ違いざまにこう言われても、マユには何とも答えようがない。

 思っていた反応がなかったからか、セリーナは下りていた数段を戻ってきてマユにしっかりと言い聞かせる。


「もうっ、わたくしはあなたに意地悪なんかしないって言ってるのよ」

「あ、そうなんですね」

「そうよ!」


 理解したのならいいわ、と彼女はお嬢様らしくない荒っぽい足取りで階段を下りていった。


「……エリカ、何を言ったんだろう?」


 面倒くさくならなければ良いのにと、マユはため息をついた。



【マユのお財布】


前日の残高 8790ダル


本日の収支

 薬草   +280ダル

 情報料  -40ダル


現在の保有残高 9030ダル

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