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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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07 呼び出しと忠告


 入学前に教師から呼び出されるなんて、知らない間に規則違反をしてしまったのだろうか。

 慌ただしくエリカと別れ、マユは寮の隣にある校舎に向かった。

 玄関を入ってすぐにある事務室の戸を叩き、第一面談室の場所をたずねる。


「ヘイルス先生の予約が入っている部屋だね。向かいの、階段に一番近い部屋ですよ」


 入学手続きのときのレットが、鍵を持ってマユを面談室に案内した。テーブルと椅子だけの、殺風景で小さな部屋だ。彼は「中で待っていてください。ヘイルス先生をすぐに呼んできますね」とマユを残して去った。

 テーブルの片側の椅子に腰掛けて、壁紙を眺める。灰色の壁紙が、どんどん色濃くなり、マユに迫ってくるように思えた。エリカが灰色の天井を嫌がった気持ちがよくわかる。


「次期入学生、マユだな?」

「は、はいっ」


 扉が開くのと同時に問われて、慌てて立ち上がった。

 長めの黒髪を首の後ろで無造作にくくった中年男性が立っていた。ローブの色は黄色だ。彼はマユを見て何かに驚いたようだ。手元の書類と見比べた後、つま先から頭のてっぺんまで、何度も視線を往復させてから、苦笑いで顎を掻いた。


「あの……」

「ああ、すまんな。治療魔術と薬魔術の専科を受け持つヘイルスだ。座ってくれ」


 マユの正面に座ったヘイルスは、一枚の書類を彼女の前に置いた。マユが提出した選択科目の登録申請用紙だ。


「薬魔術科に入学のマユだな?」

「はい」

「選択した授業に魔力属性考と身体学とあるが、これはきみの希望で間違いないのか?」

「はい、間違いありませんが……」


 たったこれだけのために呼び出されたのだろうかと、マユが首を傾げる。それを見てヘイルスが呆れ顔で時間割表を指さした。


「マユ以外の学生にも、二つの選科授業を申請した者はいるが、三つすべてを選んだのはきみだけなんだ。魔力属性考は攻撃魔術科と魔道具・魔武具科の生徒ばかりだし、身体学は治療魔術科の学生が中心だ。錬金科と薬魔術科の生徒は薬草学を選んでいる。念のため意思確認をと思って呼んだんだ」


 マユの時間割は五日間のほぼ全てのコマに授業が入っていた。唯一の空き時間は星の日の五時限目だ。ここは実技の自主学習用に開けている。


「他科の生徒の中にまじるのだが、いいのか?」

「? ……かまいませんけど?」

「居心地悪くはないかと思ったんだが……心配の必要はなさそうだな」


 人間関係が学業に影響するタイプではなさそうだとわかり、ヘイルスの口から安堵の息がもれた。


「参考までに、魔力属性考と身体学の授業を取った理由を聞かせてくれるか?」

「魔力の属性で錬金薬の完成品質に差が出るので、だったら錬金薬の効果も服用した者の魔力属性によって大きく差が出るんじゃないかと思ったんです」


 見習い以前でありながら錬金薬を作った経験があると無意識に告白してたが、マユは気づいていない。ヘイルスは咎めることなく、興味津々に続きを促した。


「身体学は、特定の病気や怪我だけに効果のある錬金薬を作るのに、知識として人体を知らないままでは作れないと思いました」

「なるほどね。きみは、誰の弟子だったかな……」


 手元の資料を探しだすヘイルスを見て、マユは失言に気づき、口を硬く閉じた。学校に提出したマユの個人情報の師匠欄は無記名だ。


「親族欄も、師匠名もなしか。だが、錬金薬を作った経験があるなら、師事していた魔術師がいるのだろう?」

「……六歳からシェラストラルのカーラ薬魔術師の手伝いをしていました」


 自分は師だと思っていたが、あちらが自分を弟子だと認識していたのかはわからない。孫の横暴を許しているのだから、たぶん弟子ではなかったのだろう。


「ああ、カーラ婆さんか。なら相当に鍛えられているな」


 ヘイルスは師匠を知っているようだ。目を丸くするマユに、彼は新たに一枚の書類を差し出した。


「身体学を学ぶと言うことは、二年でも他職科の授業や実習を登録する気だろう?」

「……素材知識と魔物知識、魔石扱いと錬金と……解剖も」


 ヘイルスの顔色をうかがいながらマユが正直に言うと、彼は「やっぱりな」と眉根を寄せた。


「他の実習はともかくだ、治療魔術科の解剖実習を受けたければ、身元保証人か師匠の許可がいる」

「え……」

「解剖実習には、死刑囚とはいえ人体を使う。身元保証人か師匠の署名が必須なんだよ」


 ヘイルスの言葉を聞いたとたん、マユの視界から光が消えた。血の気が引いて、息が苦しくなる。膝の上に置いていた指先が震えた。


「おい、大丈夫か?!」


 慌てた声が頭に響いて、すぐにあたたかな力が全身に広がった。

 心配そうなヘイルスが、マユの額に手を押し当てていた。そこから治療魔術が注がれているのがわかる。


「……すみません、なんか、突然」

「血は苦手か? 解剖を学びたければ人体や血は避けられないぞ」

「そちらは大丈夫です。魔獣の解体も経験があるから……保証人がいないので、ダメなのだと思ったら」

「いや、俺も早急だったな。諦める必要はない、方法はあると早く言うべきだった」


 手を離したヘイルスは、マユが回復したのを確かめて向かいの席に戻った。


「ここは魔術学校だ。生徒が望む学びを妨げたりはしない。マユは親族はいないし、カーラ婆さんから署名ももらえないんだな?」

「……難しいと思います」


 手紙を書いても、カーラの手に届く前に孫娘のミリーアが読んで破棄するだろう。


「そうか。ではアレ・テタルで身元保証人を見つけなさい。社会的地位のある人物だとなおいい。解剖実習の申込みは、二年に進級が決まったときだ。それままでに保証人になってもらえる人を見つけるといい」


 今すぐでなくても良いと知って、マユは心底から安堵した。しかし入学手続きのときには必須ではないと求められなかったのに、なぜ今になってと悔しくなる。


「入学試験にさえ合格していれば、素性は問わないのが魔術学校だが、我々が教える知識は悪用も可能な危険なものでもあるんだ。特定知識については、親族や師匠の存在が、生徒たちの理性の楔になるのだよ」


 ヘイルスの懸念ももっともだ。高度な魔術知識を持つ犯罪者は、兵士や冒険者では取り締まれないだろう。魔法使いギルドとしての、ギリギリの自衛なのだと言われて納得だった。

 それではなんとしても身元を保証してくれる人物を見つけて、交渉しなくてはならない。


「身元の保証人は、魔術師じゃないとだめなんですか?」

「魔術師が望ましいが、違っていても問題はないよ」


 マユはホッと胸を撫で下ろした。それなら頼めそうな人物がいる。借りを作るようで少し悔しいが、頼りになるのは間違いないのだ。明日にでも話をしに行くとしよう。

 顔色も表情もよくなったマユを見て、ヘイルスも安心したようだ。


「学校を卒業し、昇級試験に合格すれば黒級と認められる。そこで満足する者も多いが、マユはそうではなさそうだ。卒業後の学びは師の有無で大きな差が出る。マユは新たな師匠を見つけたほうが良いな」

「……新しい師匠って、どうやって見つけるんでしょう?」


 カーラは孤児院院長の伝手で紹介された薬魔術師だ。紹介以外となると、マユの身近に居るのは魔術学校の関係者だけだ。期待を込めて見上げる彼女に、ヘイルスは済まなそうに目を細めた。


「教師から選ぶという手もあるが、難しいだろうな。みな複数の弟子がいる。俺も三人の弟子がいるし、目が届かなくなるからこれ以上増やすつもりはないんだ」

「そうですか……」

「課外授業や校外実習で外部の魔術師と知り合う機会もある、相性の良い魔術師と出会えるだろうから、そんなに焦るな」


 ヘイルスとの面談が終わったのは、八の鐘が鳴る直前だった。

 寮監に戻ったことを伝え、部屋にもどる。


「師匠か……」


 ミリーアがいる限り、カーラのもとには戻れないだろう。いやミリーアの存在がなくても戻りたいかと問われても、即答は難しい。老薬魔術師は偏屈で、言葉が少なくて、とても厳しかった。貴重な知識をたくさん学んだけれど、マユがカーラに感じるのは尊敬よりも畏怖が大きい。

 ヘイルスに慌てる必要はないと言われたのだし、この人に学びたいと思える魔術師に出会えるのを祈るしかない。

 八の鐘半が過ぎて、マユは食堂に向かった。


「良かったマユ、戻ってたんだ」


 階段で待っていたエリカが、マユの顔を見てほっと表情を緩めた。入学前に呼び出されたので心配していたそうだ。一緒に食堂に向かいながら、簡単に顛末を説明する。


「マユが他職教科を勉強するのにも驚いたけど、身元保証かぁ」

「成人したら冒険者証があるからって安心してたのになぁ」


 エリカは故郷の街の冒険者ギルド長が保証人だそうだ。何かがあれば魔法使いギルドだけでなく、冒険者ギルドでも話が伝わるため、馬鹿な失態はできないと笑った。


「あてはあるの?」

「うん、一応は」


 シェラストラルの知り合いで、こういったことを頼めそうな大人は少ない。一時期世話になった孤児院の院長はどうにも頼りないので候補から外すと、残るのは冒険者ギルドのブレナンだ。


「……他にいないけど、気がすすまないなぁ」


 悪い人ではないが、大人のくせにイタズラ好きな癖が見え隠れして厄介なのだ。


   +


 翌朝、エリカとセオドアの二人と朝食をとったマユは、久しぶりに枯れ木の周辺で薬草を採取してから、冒険者ギルドのブレナンをたずねた。

 孤児院の子たちに踏み荒らされた薬草はしぶとく復活しており、三種類の薬草五束ずつ採取できた。それを査定に出して換金してから、ブレナンを探す。

 カウンターの奥で暇そうにしていたブレナンを呼んでもらうと、彼は驚きと嬉しさのまじる笑顔で表に出てきた。

 定位置の端っこの席に座り、ブレナンをたずねた理由を説明し、二年間だけ身元保証を引き受けてもらえないかと頼んだ。


「身元保証? そりゃやってもいいが、俺より相応しいのがいるだろう」

「いませんよ?」


 首を傾げたマユは、半眼になったブレナンの太い指に、額を容赦なく弾かれた。


「痛い」

「ったく、一ヶ月も面倒見てたのは俺じゃなくて、ジェイムズだろ。あっちに頼め」

「き、貴族のお屋敷の家令にですかぁ?」

「社会的地位はあっちの方がずーっと上だ。学校でもめ事が起きても、あのジジイが後ろにいるって知ったら、面倒は全部逃げちまうぜ」


 とんでもない、とマユは髪がバサバサになるまで首を横に振った。ジェイムズさんは大物過ぎる、無理に決まっているではないか。

 しかしブレナンは手早く手紙を書き、マユから書類を取りあげて一緒に封をしてしまった。


「ほら。もたもたするなよ、あいつは忙しいんだ、今日会えなくてもその手紙はちゃんと取り次ぎの者に渡すんだぞ、いいな?」


 蹴り出す勢いでギルドを追い出されたマユは、ためらいつつも懐かしいサットン邸の裏口を訪ねていった。

 門兵はマユの顔を覚えていたらしく、ジェイムズをたずねてきたと言うと、すぐに門の中に入れてくれた。

 緊張でガチガチのマユに渡された手紙を読み終えた老家令は、ニッコリと微笑んで頷いた。


「署名した書類はこちらで学校に提出しておきましょう。ついでがありますから大丈夫ですよ」


 それから、とジェイムズがさらさらと書いたメモを渡した。


「これらの書物は、身体学を学ぶ前に読むと良いですよ。学校の図書室にあるはずです。司書にたずねてみてください」

「あ、ありがとうございますっ」


 拍子抜けするほど簡単に保証人を引き受けてもらえた。夢を見ているのではないだろうかと、手のひらに爪を立ててみたら、普通に痛かった。


「何をしているのです?」

「……なんでもありません」


 呆れ顔の老家令が、心配だから裏門まで見送るとついてきた。マユに気づいた料理人のタリーにジャムの瓶を押しつけられ、仕事中のミーネに窓から手を振られ、温室の前でオリバーに背を叩かれて、マユはお屋敷を後にした。


【マユのお財布】


前日の残高 6210ダル


本日の収支

 薬草   +310ダル(3種各5束)

 乾レギル  -30ダル(昼食用に補充)

 炒り豆  -30ダル(昼食用に補充)


現在の保有残高 6450ダル


参考 ※ジェイムズ72歳 ブレナン54歳



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