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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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20/24

06 はじめてのお茶会


 朝食を終えて部屋に戻る階段で、食堂に向かうエリカと会った。


「おはようマユ。今日も採取?」

「おはようございます、エリカさん。昼までは採取で、その後は特には」


 教科書を読んで予習ができればとは考えていたが、外出の予定はない。


「じゃあ六の鐘くらいに部屋に行っていい?」

「はい、大丈夫ですけど……」


 何の用事だろうと眉をひそめた彼女に、エリカは「借りてたマント、お昼にはしっかり乾き終わるから。返しに行くね」と笑って手を振った。

 あんな継ぎ接ぎだらけの古着なのに、ずいぶん丁寧に洗濯してくれたらしい。マユも小さく笑顔を返した。


「お客さんか……」


 自分だけの部屋というのもはじめてなら、そこに客を迎えるのもはじめてで、マユは心がふわふわしていた。マントの受け渡しだけなんて寂しいし、できればエリカから寮生活についていろいろとと聞きたい。


「甘いものが好きって言ってたよね」


 来客のもてなし方法はシェラストラルの孤児院で叩き込まれてから知っている。けれど実際に来客をもてなすのははじめてだ。マユはソワソワしながら薬草採取に向かった。

 約束が気になって、いつもよりそぞろで森を歩いたせいだろうか、採取できた薬草はそれほど多くはなかった。寮に戻る前に市場に寄り、乾燥レギルを買った店を探す。一粒ずつなら味見させてくれるというので、じっくりと味わって、一番甘くて美味しかった大粒の乾チータ(ぶどう)を一袋買った。

 市場を出ようとして、お茶を入れるカップがないことを思いだした。自分の使っている野営用の木製カップしかない。


「……一つくらいなら、買っておいてもいいかな」


 お客様用のように立派な品は買えないけれど、寮の部屋でときどきお茶を楽しめるように、野営用ではない磁器か陶器のカップが欲しい。もちろん新品が無理なのは承知している。マユは市場へ引き返し、古物の店を探した。

 古道具を扱う店は三つあった。それらの店頭で茶器を探したマユは、欠けのない、あわい橙色をした、手のひらでちょうどよく包める大きさのカップを見つけた。


「天井の色と一緒だ」


 あの部屋に置かれたカップを想像して、これだと買い求めた。八十ダルは財布に痛いが、自分だけの食器、しかも焼き物ははじめてで、マユの頬は自然に笑み崩れていた。

 カップを大切に抱えて戻り、部屋に戻る前に洗い場で丁寧に洗う。表面を覆っていた生活汚れを落とすと、曇りが消えてやさしい橙色みが増した。

 備え付けられている魔道コンロの横を、カップの置き場所にした。書机に座って眺められる位置だ。エリカがやってくるまで予習をしていても、つい目がカップを見てしまう。

 約束の六の鐘の少し前に、エリカがたずねてきた。


「はい、借りてたマント。とても助かったよ、ありがとう」

「もしかして、アイロン掛けてくれたんですか?」


 受け取ったマントを見て、マユは目を見張った。ただ汚れを落として乾かしただけではなかった。洗い皺も布の歪みもないし、繊維が生地の目に沿って整えられている。継ぎ接ぎだらけの古着を、ここまで丁寧に扱ってもらえるとは思っていなかったとマユは驚いていた。


「丁寧に補修して大切に着てる服だもの、当然だよ」


 私だって、とエリカは制服ローブの下に着ているシャツを見せた。身ごろの胸のあたりに、微妙に異なる色の当て布が縫い付けられていた。討伐中に魔物に引っかかれて破れてしまった部分だそうだ。


「古着も高いし、この程度の破れなら補修して着るでしょ。ま、他の学生はどうか知らないけどさ」


 似た境遇同士だからこその笑みに、マユはしっかりと頷いてエリカを室内に招いた。


「薬草茶って、大丈夫ですか?」

「うん。あ、これ一緒に食べようよ。屋台で買ったの」


 シクの葉で編んだ包みに入っていたのは、ハギ粉を練って薄焼きにした煎餅だった。ほんのりと甘い香りが立っている。蜂蜜入りのようだ。

 頂き物のお菓子をのせる皿がない。次はお皿を買おうと心に決め、木盆に煎餅と乾チータを直にのせた。


「あ、この薬草茶、美味しい。もしかして特別なヤツ?」

「私が作ったんです。苦味の出る薬草を少なめにして、そのかわりに香草を増やしてて」

「すごくいいよ、これ。喉の奥に残るのが少し苦手だったんだけど、これはそれがないから飲みやすいし、香りが甘くて好き」

「よかった」


 エリカは乾チータも喜んでくれた。小さなころから乾燥果実は食べ慣れているが、彼女の故郷ではチータは滅多に出回らないので、生でも乾燥でも珍しいらしい。

 マユもハギ粉煎餅を美味しく食べた。小腹が空いたときにエリカはよく買っているらしい。ほのかに感じる甘さがいいが、討伐帰りで物足りないときは、買い置きしてあるジャムを少しだけ塗って食べているそうだ。


「マユの部屋の天井は橙色なんだね。壁紙はクリーム色か」


 くるりと室内を見回したエリカが、明るくて女の子らしい色が羨ましいと言った。


「もしかして、部屋によって色が違うの?」

「そうなのよ、あたしの部屋は壁紙が薄い水色で、天井は灰色。嫌な色じゃないけど、なんか暗いっていうか、灰色はもう飽きたんだよね」


 古着屋で買える安い衣類は、どうしても黒や焦げ茶や灰色といったくすんだ物が多い。経済的にそういった服ばかり着るしかなかったエリカにとって、与えられた部屋とはいえ灰色の天井は朝晩に眺めたい色ではなかった。


「セオドアの部屋は壁紙が淡いキルシエ(さくら)色で、天井は白なんだって」

「……キルシエ色、カワイイ」

「なんで男のあいつの部屋がかわいくて、私の部屋が渋いのよ? 逆でしょ、意味わかんない」

「それなら、好きな色の布でベッドを覆ったらどうかな?」


 マユのいた孤児院では、二段ベッドの周りを自分の好きな布で覆う子が多かった、とエリカに言ってみた。市場には古いシーツを染め直した古布も売られていた。好きな色の布で天井を隠してしまえば良いのだ、と。


「そのお店、案内してよ。黄色の布はおいてた?」

「ありましたよ。キルシエ色も、若草色も」

「キルシエ色! いいなぁ。でも壁紙に合わせるなら若草色かな。うぅん、迷うなぁ」


 明日、一緒に森にでかけることになり、その帰りに店に案内することになった。


「そういえば、マユの朝食ってかなり早いよね? 何を急いでるの?」


 今朝方を思い出して問われ、急いでいるわけではないと曖昧に頷いた。マユの様子にピンときたらしく、エリカはため息をついた。


「誰かにイジワルなこと言われた?」

「……」

「赤毛と金髪、どっち?」


 エリカの鋭さに、マユは驚いた。それと「コネにもライバルにもならない」と言い放ったのは赤毛だが。


「ああいう人がもう一人いるのですか?」

「いるんだよね~。どっちもお嬢様で、家の期待を背負ってて、しかも師匠が同級位でさ、入試の順位もどっちも五位以内だからライバル心がすごいのよ」


 どうやらマユが入寮する以前に、赤毛と金髪の間でもめ事があったらしい。現在次期新入生の多くが、どちらかの派閥に属しているそうだ。


「……派閥で、何をするんだろう?」

「さぁ? 勉強会やったりするんじゃない?」


 赤毛のフランチェスカは魔道具師職なため、錬金と魔道具を学ぶ学生を多く味方につけているらしい。そして金髪は薬魔術職だ、同職の学生や治療魔術職を引っ張り込んでいる。


「マユは薬魔術でしょ、セリーナの派閥にはいるの?」

「私は、そういうのはちょっと……」


 孤児院育ちでありながら集団生活行動の苦手なマユは、生徒間の派閥にはいる気はさらさらなかった。同じ薬魔術職のセリーナが勉強会を開くとしたら、内容は少し気になるかもしれないが、派閥に入ってゴタゴタに巻き込まれ神経を磨り減らしたくはない。


「よかった。あたしたちみたいな攻撃魔術職はどっちにも属してないし、個人行動も多いからさ、専科で居心地悪かったら昼休みとかはこっちにおいでよ」

「いいんですか?」

「攻撃魔術にも妙なのがいるけど、彼女は孤高の騎士様だからね、派閥を作るタイプじゃないんだ」


 同級生との接触を極力割けていたマユは、個性的な人物ばかりのようだと知って少しだけ先行きを不安に思った。

 二人は午後いっぱい話してすごした。食堂や図書室、自習室で起きた同級生らの話をたくさん聞かせてもらううちに、図書室で会った女性の言葉を思い出す。


『美味しいものを食べて、たくさんの人と話をして、新しい環境を楽しみなさい』


 薬草茶をお代わりし、ハギ粉せんべいと乾チータを交互に食べ、エリカとたくさん話をする。まだ知らないアレ・テタルの街のこと、同じ屋根の下に住む同級生たちのこと、そしてそれぞれの身の上話をほんの少し。


「……楽しい」


 他に行く場所がなくて魔術学校に入学したけれど、学ぶことは好きだし、楽しんでいた。けれどお茶とお菓子を食べながら、笑ったり怒ったりしていろいろな話をするのがこんなに楽しいなんて、マユは知らないできた。

 シェラストラルで見習いとして薬店で働いていては、この楽しさは知らないままに終わっていたはずだ。

 ミリーアに騙された怒りはまだあるけれど、マユは少しだけ、ほんの少しだけ彼女のいじわるに感謝した。


   +


 コンコン。

 二人の会話を遮るように、扉がノックされた。


「友達がたずねてきたのかな?」

「……」


 部屋に招くような友人はエリカの他にはいない。マユは慎重に扉に近づき「どなたですか?」とたずねた。


「バーサよ、寮監のバーサです」


 その声と名前に、二人は顔を見合わせた。寮監が生徒の個室をたずねてくるなんて、何事だろうか。

 マユは慌てて鍵をはずし、扉を開けた。

 バーサは室内にいる二人が仲よさそうなのを見て、嬉しそうに微笑んだのち、マユに伝言を伝えた。


「ヘイルス先生が読んでいます。今すぐ学校の第一面談室に行ってください」



【マユのお財布】


前日の残高 6110ダル


本日の収支

 薬草   +230ダル

 乾チータ  -50ダル

 古カップ  -80ダル


現在の保有残高 6210ダル

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