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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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18/24

04 薬草冒険者の矜持



 鐘の音が聞こえて、マユは顔をあげた。

 街門の見えるこのあたりにも、街で鳴らされる鐘の音はしっかりと届いている。


「五の鐘だね」

「お腹空いてきたなぁ」


 チェルシーのぼやきに、マユも笑って頷いた。こんなに長居するつもりはなかったので、昼食の準備はしてこなかった。普段なら抜くことも考えるが、つい数鐘前に昼もしっかり食べると決めたばかりなのだ。街に帰って安い屋台飯を探さなければ。

 マユは薬草は採り尽くしており、ジミーらも草原モグラ狩りを諦めたようだ。


「私はもう帰ろうかと思うけど、チェルシーたちはどうする?」

「モグラを二頭狩れたから、俺たちももういいかな」


 血抜きを済ませた草原モグラをジミーとアービンがそれぞれ背負っている。マユの採取袋も薬草でいっぱいだ。それを見たアービンが「いっぱい採れてるじゃないか」という目でマユを見る。


「お互いたっぷり稼げてよかったよな!」

「……そうだね」


 ため息をのみこんで聞き流したマユは、駆けるように街に向かうジミーとアービンの背中を見つめながら、ゆっくりと歩き出した。

 西外門から街に入ると、内門までの短い間に、たくさんの薬草が見える。視界の隅でこちらを誘惑するように揺れる薬草を、マユは視界に入れないよう必死だ。

 冒険者ギルドでそれぞれ別の査定窓口に成果物を提出する。


「これは……」


 顔なじみになりつつある査定職員が、心配そうにマユを見た。


「どうしたの? 買い取れない品質の薬草が多すぎるよ」

「……わかってます。買い取れる分だけでいいです」


 マユの視線が一つ空けた査定口ではしゃいでいる三人をチラリと見た。その動きで察したらしい職員は、苦笑いだ。


「残りはどうする?」

「持って帰ります。保全処理の練習に使えるので」


 自分の体調管理用に持っておくのでもいい。薬草は絶対に捨てない。

 袋半分の薬草に何とか値がついた。合計で百十ダルだ。現金と残りの薬草を受け取って踵を返す。


「じゃあね、チェルシー」

「うん。今日はごめんね、ありがとう」

「あ、マユ、また一緒に平原行こうぜ!」

「よかったらまた頼む」


 次を期待するアービンとジミーに、マユは首を横に振って返す。


「学校がはじまるまで準備で忙しくなるから、無理だと思う」


 できるだけ感情をのせずに返したつもりだが、アービンには尖って聞こえたようだ。


「まだ怒ってんのかよ。たかが薬草だろ」

「ちょっと!」

「……そうね、たかが薬草って思ってるのなら、私の護衛をするよりも、討伐の腕を磨いたほうがいいよ」


 じゃあね、と会話を打ち切ってマユはロビーを出る。後ろのほうでチェルシーが呼んでいたが、聞こえないふりで無視した。


   +


 冒険者ギルドを出たマユは、まっすぐに市場を目指した。昼食を買うつもりだったが、先ほどの報酬ではあまり贅沢はできない。パンの店の前に来たものの、少し迷いが出て結局買わずに通り過ぎた。大きなパンの塊を、寮の部屋には置きにくいと感じたからだ。


「保存食なら、引き出しの中に保管できるし」


 炒り豆の店で青豆を、乾燥果物の店で乾燥の薄切りレギルを買った。手のひらに乗るくらいの小袋でそれぞれ三十ダルもしたが、数日分の昼食なのだから安上がりだ。

 広場の隅っこで炒り青豆を食べ、乾燥レギルのほの甘さを楽しんでから、再びマユは街の外を目指す。


「北の薬草はどうなってるかな」


 雪がなければ農夫の畑の薬草が採取できるのだが、おそらく無理だろう。北の森は討伐冒険者に踏み荒らされている可能性はあるが、雪に潰されていなければ生育は早いはず。草原よりは沢山採取できるだろう。

 気持ちを浮上させて北門を出た。

 街の北に広がる農地は、草原と同じようにすっかり雪に覆われていた。

 農閑期の農地には働く人の姿は見えない。


「畦が見えない……」


 雪に隠されて許可をもらっている畑の境界がわからない。畦を探して踏み荒らすわけにはゆかない。畑の薬草は諦めた。

 森に続く道は、先に通った冒険者らによって雪が両脇に寄せられていた。ところどころにある凍ったぬかるみを避けながら、森に向かう。

 常に緑の葉を茂らせる木々と、葉を落として枝だけになった木々の混在する森の地面は、雪がまだらに積もっていた。


「あ、魔獣に食べられてる」


 前に採取したあたりで見つけたのは、囓りとった跡のある薬草だ。雪で隠されていないあたりの薬草は、かなりの割合で噛み跡があった。秋に落ちたカルカリやミクルルの実がなくなり、かわりに薬草を食べにきたのだろう。


「つまみ食いみたいに、あちこち食べないでほしいなぁ」


 薬草は決して美味しくはない。中途半端に噛みちぎられた様子から、飢えて仕方なく口にしたが、不味くて食べるのをやめたのがよくわかる。


「今日はこういう日なのかなぁ」


 ため息を吐きながら、マユは囓られた薬草も採取した。囓られていても薬草の品質的には問題ないのだが、ギルドが引き取ってくれるかはわからない。断わられたらこちらも練習用にするしかない。

 魔獣を警戒して、意識的に物音をたてながら採取した。ヤーク草にサフサフ草の根、セタン草にユルックの茎、そしてトラント草。摘み取ったそれらの薬草を傷の有無で分けて丁寧に束ねる。

 ガサガサ、と、茂みの奥で物音がした。

 解体用ナイフを抜いたマユは、太い木に体を隠して音のした辺りをうかがう。

 ザク、ザク、ポキ、ズズズ……。

 雪と土を踏みしめる足音が、森の奥から近づいてきていた。

 おそらく冒険者だろう。

 マユは警戒を高めて、息を殺した。

 足音の数はおそらく二つ。なにか重い物を引きずっているようだ。


「重ぉいぃ」

「やっぱり二人で魔猪を討伐するのが無理だったんだよ」

「だって、襲ってきたんだから仕方ないじゃない」

「街までもう少しだけど、休憩するか」


 声の主たちの足音は、マユが隠れる木を通り過ぎたところで止まった。

 声は若いし、話していた内容からも新人の冒険者だろう。そっとのぞいたマユは、思わず声をもらした。


「制服……?」


 二人組が弾けるように振り返って、短剣と棒を構えた。


「誰っ!」

「横取りか?」

「違います」


 マユは解体用ナイフをしまって、ゆっくりと木の陰から出た。


「驚かせてすみません。二人が魔術学校の制服を着ていたので、驚いて」


 魔猪狩りの二人とも、腰のあたりまでを覆い隠す黒いローブを身につけていた。襟元をとめるボタンの色は、マユと同じ青だ。


「君もローブってことは、魔術学校生か」

「驚いたぁ」


 二人の警戒がとけ、短剣の先が下ろされた。

 青ボタンということはマユと同期だ。だが二人は数歳年上に見えた。

 短剣を構えていた男は、金髪を首の後ろで結んでいた。冒険者としては細身だが、魔術師としてはたくましい体つきをしている。棒を持っていた女は、気持ちをなだめるように栗毛の三つ編みを撫でた。感情が豊かで表情を取り繕うのが苦手らしい。


「驚かせてごめんなさい。私は新入学生のマユです。薬草を採取に来ていたんですが、二人は?」

「セオドアだ、俺も同じ青ボタンの新入学生だよ」

「あたしはエリカ。同期なのね、よろしく」


 二人はマユにおいでおいでと手招きした。まるで小さな子供扱いだが、マユの背丈はエリカの胸あたりなのだから、この扱いも仕方がない。二人とも十四歳だそうだ。


「あたしたち攻撃魔術職コースだけど、マユは?」

「薬魔術です」

「ああ、だから薬草採取ね。あたしたちは討伐なんだけど、ちょっと失敗したなぁ」


 こんな大物を狩る予定ではなかったのだとエリカがぼやいた。


「荷にならない銀狼か双尾の狐か狸を狩るつもりだったんだけど、襲われたら反撃するしかないじゃない?」

「討伐してしまったら、持って帰るしかないしな」


 捨てるなんてもったいないと二人は口を揃える。

 転がっている魔猪の頭が焼けていた。どちらかが火属性の魔力持ちなのだろう。血抜きは済んでいるようだ。皮や肉に炎の影響はなさそうだが、引きずって持ち帰れば皮の価値は半減しそうだ。


「訓練ですか?」

「まあね、それを兼ねた学費稼ぎかな」

「君もだろ?」


 セオドアの目がマユの手にある薬草袋を見る。ローブを着た薬魔術科の見習いが、この時期に採取をする理由など他にはない。彼は労るようなやさしい目でマユに微笑んだ。


「冬の採取は大変だろ。薬草の育ちが遅いから」

「育ちは遅いけど、雑草が枯れてるから見つけやすくて助かってます」

「マユは採取を続けるの? 終わってるなら一緒にギルドに行かない?」


 近くに魔猪の気配があり、このあたりは危険だ。あたたかいギルドに戻ろうと誘われ、マユは頷いた。


   +


 魔猪を引きずって戻るのはもったいない。だが運搬用の道具を持ってきていないという二人に、マユは古着のマントを使ってくれと差し出した。


「マユが寒くて凍えちゃうよ」

「大丈夫です。見習いのローブがあれば寒くないので」


 支給された制服(ローブ)には温度調節の機能もあるらしく、マントより薄いのに、ほかほかと体を温めてくれていた。


「でも、汚れてしまうよ?」

「汚れは洗えば落ちますから。継ぎ接ぎだらけの古着なので、気にしないでください」


 顔を見合わせた二人は申し訳なさそうに、けけどほっとしたようにマントを受け取った。

 マントに魔猪をのせ、引きずらないように持ち上げて運ぶ二人と並んで、マユは街への道を歩く。おしゃべり好きのエリカにのせられて、マユは帰路の会話を楽しんだ。


「へぇ、薬草っておもしろいのね」

「魔獣が薬草を食べるなんてはじめて知ったよ」

「囓られた薬草も使えるの?」

「品質としては問題ないけど、買い取ってもらえるかは微妙です」

「それなら実習用に取っておけばいいよ。寮の隣が薬魔術科の先輩なんだけど、自主学習用の素材集めが大変だって嘆いてた」

「攻撃魔術職の実習はお金がかからないから助かるよな」

「本当よね、学費稼ぐのでせいいっぱいだもん」


 セオドアはナモルタタルの街、エリカはサガスト町の出身だ。アレ・テタルまでの旅費と一年目の学費でお金が尽きたらしい。


「アレ・テタルって美味しいものも多いし、他国の料理とかお菓子もいっぱいあるでしょ。そういうのを楽しもうと思ったら、お金がどんどん出てっちゃう」

「冒険者ギルドの二階に、珍しくて美味しい飲み物の店があるんだけど、知ってるかい?」

「お酒を出していないお店だから、女性冒険者に人気があるの。チェゴのジュースが美味しいんだって」


 そういえばカウンターの横に二階への階段があった。冒険者が登っていくのを見かけたが、その店に向かっていたのだろうか。エリカによれば、果実を潰して牛乳と混ぜた飲み物や、他国から輸入されているコレ豆を煎って煮出した茶が評判らしい。


「果実のは美味しそう」


 だが値段を聞いてマユは大きく首を振った。飲み物一杯が二百ダルなんて贅沢はマユにはできない。


「……ちょっと無理、かも」

「わかる、高いよね?」

「そうかな? 安いと思うけど」

「これだから金持ちは!」


 蹴ってやろうとエリカが足を上げたが、魔猪が邪魔でセオドアには届かない。


「こいつ、親の反対押し切ってアレ・テタルにきてるんだけど、学費の支援がないって言うから、一緒に稼ごうって誘ったのに、まさか貯金で二年分支払い済とは思わないじゃない?」


 セオドアの実家はナモルタタルの商家だ。三男でどうせ将来は家を出なくてはならないなら、と家業の商売ではなく保有魔力を活かせる攻撃魔術師を目指したのだそうだ。


「学費と旅費でほとんど残ってないんだよ。お金はいくらあってもいいし、目減りした分を稼ぐのは間違ってないだろ」

「間違ってないけど、なんか腹立つの。あたしは後期の学費と明日のご飯代を稼がなきゃならないってのにさ」


 エリカはサガストの貧民出身だそうだ。冒険者ギルドの支援を受けて入学しており、卒業後は故郷と隣町のハリハルタで攻撃魔術師として働くのだという。


「ねぇマユ、あなたわかる? この魔猪、あたしが水攻撃で息を止めたのに、セオドアは自分の火がとどめを刺したんだって言い張るんだよ」

「報酬の分配にかかわるからね、事実をちゃんと主張しないと」

「あたしが息を止めたの!」

「俺の火だ」


 大声で喧嘩しているのに、二人の間の空気はギスギスしておらず、あったかい。


「仲いいなぁ」

「よくない!」

「よくないからねっ」


 同時に振り返り、否定の言葉も同じタイミングだ。やっぱり仲がいい。

 さすがに街中では、二人も喧嘩はしない。成果を持ち込む冒険者で混み合いはじめたロビーで、査定の順番を待つ間に、三人で掲示板を確かめる。


「毛皮は銀狐の値段が高いようだ」

「魔物の分布、どうやって調べよう」


 金策を話し合う二人に、マユはブレナンを紹介した。


「ちびっ子の同級生か。ギルド証は持ってるんだな」


 セオドアはナモルタタルの、エリカはサガストの冒険者証を持っていた。メモを取ったブレナンは二人からこれまでの経験や討伐対象を聞き取ってゆく。


「八十二番の番号の方どうぞ~」


 マユの査定が終わったようだ。二人には笑顔で、ブレナンには手で追い払われ、査定口に向かう。


「今日は二回目だね」

「はい……買い取れませんか?」

「この六束は大丈夫だけど、こっちの四束はごめんね」


 魔獣の食い跡の残る薬草を申し訳なさげに返された。予想していたことだから問題ないと答え、明細をもらう。


「百八十ダルか。まあまあかな」


 朝の分と合わせれば二百九十ダル、数日分の昼食が六十ダルで済んだのだから、これから数日は全部貯金できると思うと安心だ。


「ありがとうね、マユ」

「副ギルド長を紹介してもらえるなんて驚いたよ。でも助かった」


 ブレナンとの話を終えて査定に向かう二人とすれ違った。エリカの手にあるマントを受け取ろうとして遠ざけられる。


「これは洗って返すね」

「いいよ、そんなの」

「だめ、借りた物は借りた状態に戻して返すのが礼儀だよ」


 魔猪の毛と血、雪まじりの泥で汚れた、継ぎ接ぎだらけのマントだ。気を遣う必要はないと言ったが、エリカは譲らない。


「じゃあね、また寮で」

「食堂で会ったら声かけてくれよ」


 伸ばされたマユの手を押し返して、二人は査定口へと足早に駆けていった。

 売店に向かおうとするマユを、ブレナンが呼び止める。


「おい、こっちだ、ちびっ子」

「ちびっ子じゃありません」

「まだ十一歳なんだからちびっ子だろ」


 カウンターの端っこに連れて行かれ、椅子をすすめられた。お説教されるようなことはしていないはずなのに、とマユは首を傾げる。

 クシャリと髪を乱されて、ニヤリと人の悪い笑みを向けられた。


「朝、酷い目にあったらしいな?」


 査定職員から話が伝わったのだろう。マユは作り笑いで目を伏せた。


「……私が甘かったせいだから、仕方ないかなって」

「わかってんなら次からは気をつけろよ。あいつらはまだひよっこ以前の見習いだ。ものを知らねぇし、仕事への敬意も矜持も理解できてねぇ」

「私もまだ見習いですけど」


 冒険者証を発行してもらえない、十一歳の未成年だ。

 自虐的なマユの言葉に、ブレナンの指に力がこもった。ガシガシと擦り揉むようにマユの頭を撫でる。


「痛いです」

「自分を貶めるような情けねぇ事いうんじゃねぇ。マユはちびっ子だが、一人前だろ。立派な薬草冒険者だ」


 この老職員にほめられたのははじめてではないだろうか。嬉しさがこみあげたが、同時に何か裏があるのではと勘ぐりたくなった。ブレナンの言葉を素直に受け取って酷い目にあったのは、つい三ヶ月前なのだから。


「それと、これやるよ」


 ブレナンが懐から取り出した小さな包みをマユに差し出した。縫い針が二本に、仮止め針が十本、糸巻きが一本入っていた。


「俺の嫁さんが昔使ってた携帯裁縫道具だ。今はもっと立派なの持ってるから、譲ってもいいってよ」

「……おいくらですか?」

「おまえなぁ」


 老職員は苦笑いで、自業自得か、とぼやいた。


「何十年も前のお古に値段なんかつけるかよ。素直にありがたくもらっとけって」

「……アリガトウゴザイマス」

「おまえは本当に頑固だなぁ」


 棒読みで礼を言ったマユは、髪をぐちゃぐちゃに掻き回すブレナンの手を、対価だと思って耐えた。

 不毛な我慢比べは、見かねた女性職員がとめるまで続いた。



【マユのお財布】


前日の残高 5440ダル


本日の収支

 薬草1  110ダル

 薬草2  180ダル

 炒り豆  -30ダル

 乾燥レギル-30ダル


現在の保有残高 5670ダル

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