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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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17/24

03 見習いたちの不協和音


 駆け足で南門に向かうチェルシーらを追いかける。冒険者の荷物持ちをして鍛えているだけあって、彼女らの足は速い。マユは半ば引きずられるようにして南門を出た。


「それで、どこで薬草採取するの?」

「草原モグラの巣ってどこにあるんだよ?」

「ま、待って……少し、休ませて」

「やっぱり小っさいと足も遅いなぁ」


 腰を折って息を整えるマユは、年下のアービンに見下ろされてむっとした。

 同じ冒険者見習いではあるが、やはり討伐冒険者を目指す彼らの体は、しっかりと鍛えられていた。雇い主の冒険者のおこぼれで、魔獣肉や魔物肉の余りを食べているからか、肉付きも良いし背も高い。臨時にパーティーとなった四人のなかでは、一番年長のはずのマユが、背丈も体つきも一番小さかった。


「……やっぱりお昼抜きはやめよう」


 お金が減るのは心許ないが、いつまでも子供に見られるのは悔しいし、危険だ。確かギルドの食堂の昼食は安いと聞いているし、それでもお財布が苦しくなったら、闇の日に携帯保存食を買って置けば何とかなるだろう。ともかく昼食代も稼がねばとマユは気合いを入れた。


「巣は薬草の群生地の少し南だよ」


 息を整え終えたマユが南西の草原を指さす。


「雪が積もってて、薬草なんか見えないよ。ホントに採取できるの?」

「大丈夫。雪の下でもちゃんと育つのが薬草だからね」

「ここでどうやってモグラの巣を見つけるんだよ?」


 大人の冒険者たちは、雪のある間は冬枯れしない森を中心に稼いでいる。冬でも葉を残した木々の下には雪は積もりにくく、魔獣や魔物がそこに集まってくるのを狙うのだ。それを知っているチェルシーたちは、マユの指さす雪の草原に懐疑的だ。


「十一月に目印をつけてたから大丈夫」

「こんなに雪に埋もれてて、見つからないだろ」

「魔術師見習いにしかわからない目印だから」

「へー、そんなのがあるんだ?」

「早く行こうよ」


 魔力がなければ見つけられない目印と聞いて、三人は早くそれを見たいとマユを急かした。

 雪かきができている街道を歩き、雪原に突き刺さったような枯れ木が見えてくると、街道を外れて雪原に踏み込む。


「あの枯れ木の少し南に、草原モグラの巣があるよ」


 先に情報を提供しておこうと、マユは枯れ木を通り過ぎた先で、雪を掻き分け、三ヶ月前に埋めた自分の魔力を探った。

 顔をしかめて地面に手を当てるマユを、三人は邪魔をしないように、けれど興味津々に見ている。


「……こっち」


 立ち上がったマユは、眉間にシワを寄せたまま足首まである雪を踏みしめてすすむ。後を追いかけた三人は「ここだよ」というマユの声に足を早めた。


「静かにね。ほら、ここに穴があるでしょ」

「ほんとだ」

「すげー、ホントにあった!」


 頻繁に出入りしているからか、巣穴のまわりの雪が溶けている。ここを起点に他の巣穴入り口も探せるだろう。


「ありがとうマユ!」

「草原モグラ、狩るぞー」

「おー」


 ジミーとアービンは近くにあるはずの他の巣の出入り口を探しはじめた。チェルシーはマユの教えた巣の入り口にさっそく罠を仕掛けている。

 情報を提供する代わりに護衛をしてもらう約束なのだが、三人の見習い冒険者は草原モグラ狩りに夢中で忘れてしまっているようだ。


「まあ、いいか」


 草原を見渡したかぎりだが、危険な魔獣の気配はない。もし銀狼が近くに来たとしても、チェルシーたちが騒いでいる間は警戒して近寄ってこないだろう。


「私、あの枯れ木の周囲で薬草を採取しているから。モグラ狩りはここから南でお願いね」

「わかった。マユもがんばってね」


 枯れ木の周辺を踏み荒らさないように頼んで、マユはチェルシーのそばを離れた。

 雪が降る前に採取したあたりで、マユは手袋を取り出した。薬草園の仕事でもらった防水魔布の手袋だ。防寒性は期待できそうにない薄さなのに、手を入れてみるとほのかにあたたかかった。

 雪を掻き分け、薬草を探す。

 植物のほとんどは枯れて雪に潰されているのに、薬草だけはみずみずしい葉がぴんと立っていた。セタン草を採取し、しっかりと成長しているサフサフ草の根を抜く。


「王都の森より、冬の採取は簡単かも」


 冬枯れしない草原や森では、薬草を探すのは大変だ。だが雪原では、雪を掻き分けて緑が見えれば薬草なのだ。探す時間を省略できて効率が良いとマユはご機嫌だ。


「あ、ヤーク草もあったんだ」


 枯れ木の根元に巻きついた、蔦性の薬草の小さな株を見つけた。前に来たときには見つけられなかったし、ブレナンも生えていないと言っていたが、小さな株が雑草の下に隠れていたようだ。積雪で草がすべて枯れ倒されたことで目につくようになっていた。


「小さいし、今日は採取しないでおこう」


 葉数は多いし、株もしっかりしていた。冬枯れしない薬草は、成長速度が遅くても確実に育つのだから、ここで欲張ってヤーク草を傷めるよりも、次回に沢山採取できるほうが良いに決まっている。

 マユはヤーク草を雪で隠してから、まだ探していない雪原を振り返った。


「……あ」


 真っ白いはずの雪原が、たくさんの足跡で踏み固められ、泥で汚されていた。


「そっち行ったぞ」

「穴を隠して!」

「うわっ、逃げられた」


 巣穴から引っ張り出すことに成功した草原モグラを、チェルシーたちが追いかけ回している。入り口を荷物や衣服で隠され逃げ帰れなくなった草原モグラは、反撃に転じた。遠くに逃げたかと思えば、くるりと反転し、勢いをつけて魔猪ばりに突進してくる。


「痛ったー」

「叩け!」

「だめ、素早くて」


 突進されて転び、棍棒を振り下ろすも空振り、ナイフを突きつけたくても近寄れない。起きあがったアービンは泥を掴み、再び突進してくる草原モグラに投げつけた。


「やった!」


 顔面に命中した泥で目が眩んだか、草原モグラはふらふらと方向を変える。死に物狂いの魔獣は、視界を汚されても速度は落とさない。


「マユ! そっちに行ったよ!」


 期待するようなチェルシーの声で、マユは咄嗟に解体用ナイフを抜いた。

 雪と泥を踏み散らしながら、草原モグラがまっすぐマユに向かってくる。

 ナイフを握る両手に力が入った。

 マユも魔獣狩りの経験はあるが、それは討伐ではなく罠狩りでだ。この状況で仕留める自信はない。


「くうっ」


 すれ違いざまに、なんとか刃先を首のあたりに刺した。

 しかし突進の勢いで弾き返された。

 草原モグラの血とともにナイフがとんで雪のうえに落ちる。


「弱ってるぞ! 今だっ」


 見えない目と首に負った傷によって、魔獣の動きが鈍っているチャンスを逃すなと、ジミーとアービンが草原モグラを追いかけた。足をふらつかせて転んだところを棍棒で殴りつけ、解体ナイフで首を切る。


「やった、狩ったぞ!」

「俺たちだけで草原モグラを狩ったんだ!」

「まだ巣穴にいるし、あと二、三匹はいけるよ」


 一人でやっと抱きかかえられる大きさの草原モグラを囲んで、三人が歓声を上げている。だがマユの表情は厳しかった。


「どうしたのよマユ、そんなにコワイ顔をして」

「……狩りはあの巣穴から南でお願いって、言っておいたよね?」


 彼らと草原モグラに薬草の群生地を踏み荒らされた怒りで、マユの声が震えていた。成長の遅い冬の薬草を、次に採取に来たときのためにと残しておいたものが、すべて踏み潰されてしまったのだ。

 喜びに水を差されて、アービンがむっとして言い返した。


「草原モグラを狩ったんだぞ、少しは喜べよ」

「私は薬草を採取してたの」


 草原モグラの首にある、マユが突き入れたナイフの傷が目に入って、ジミーが悔しそうに唇を尖らせる。


「手伝ってもらったのは助かったけど」

「なんだよ、分け前の要求か。わかってるよ、ちゃんとマユにも分配すれば文句はないだろ」

「そうじゃない! 私は巣穴の南側で狩ってって、こっちは薬草の群生があるからって、注意してあったでしょ」


 マユの怒りの理由がわからない彼らは、面倒くさそうに顔を見合わせている。


「なんでそんなに怒ってんだよ? 草原モグラだぜ、それもこんなにでっかいのを狩れたんだ。なんで喜ばないんだよ」

「……最初の約束を覚えてる?」


 冷たい声で問われ「あ!」と思い出した少年たちは、気まずげに視線を逸らせた。

 マユは薬草を採取する、その間の護衛として彼らを草原モグラの巣の情報で雇ったのだ。なのに彼らは情報を得たとたん、護衛仕事を忘れて狩りに没頭した。そのうえマユが南でと注意した言葉も忘れて、薬草の群生地を踏み荒らしたのだ。


「ごめん、マユ。つい草原モグラに夢中になって」

「悪かった」

「なんだよ、っ、……ごめん」


 ジミーは申し訳なさげに、でも納得しきれない様子で詫び、チェルシーに小突かれたアービンが不貞腐れてぼそりと謝罪の言葉を吐き捨てた。

 噛みしめた奥歯の力を抜いて、大きく息を吸ったマユは、なんとかほほ笑みらしきものを作った。


「……私も、少し強く言いすぎたね。でも情報は教えたんだから、約束は守ってほしい」

「うん、ごめん。今からになるけど、しっかり護衛をするから」

「えー、モグラ狩りしないのか、イテっ」


 アービンの後ろ頭を叩いたジミーが、彼を南の巣穴の方へ引きずっていった。その様子を隠すようにチェルシーが立ち位置をずらし、「ごめん」と仲間の失言を謝る。


「あの巣からこっちに草原モグラを追い込まないでくれればいいから。それさえ守ってもらえたらいいよ」


 だからチェルシーも二人を追いかければ? とマユが指さすと、彼女は首を大きく横に振った。


「約束だから。冒険者になったら、受けた依頼を投げ出すなんて絶対にしちゃいけないでしょ。見習いのうちから悪い癖が付いたらダメだと思うから」

「あの二人には癖がついちゃってるのに」

「……ごめん。浮かれてるだけだと思うから、後でちゃんと叱っておく……ダメかな?」


 刺々しい声色で嫌味を向けられて、チェルシーが尻込みしている。

 マユはもう一度大きく息を吸って、気持ちを静めた。ちゃんと謝ってくれたチェルシーに八つ当りする自分はみっともない。


「ごめん、私も八つ当りしてた。薬草がくちゃぐちゃにされて、我慢できなくて」

「うわぁ、本当だ。これ私たちが踏んだから? 本当に、ごめん」

「ううん、これについては謝らないで。草原は私のものじゃないから、文句なんて本当は言っちゃいけないんだ」


 採取地が魔獣に荒らされても、討伐冒険者の戦いで踏み潰されても、マユに文句を言う権利はない。彼らだって生活が、ときには命がけで戦っているのだ。何より、森も草原も誰の物でもないのだから。

 踏み潰され、雪と泥まみれになったセタン草を見下ろして、マユは小さくため息をついた。もう少し成長を待ちたかったが、枯らすよりは今日摘み取ったほうが良いだろう。

 マユは無言で薬草採取に戻った。

 邪魔にならないようマユから少し離れて立ったチェルシーは、草原モグラと仲間二人がこちらに踏み込まないように、棍棒を持ってしっかりと見張りを続けた。


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