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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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02 授業申請と相談


 外出準備を整えて、マユは部屋を出た。

 制服である見習いローブは着たままだ。寮の自室以外では、絶対に脱がないようにしようと決めていた。フランチェスカのような学生にからかいの材料を見せたくない。

 一階の寮監室の扉を叩く。「どうぞ」の声を聞いてから扉を開けた。

 正面に五、六人が座れるほどのテーブルと椅子があり、その奥に両側の壁に向いた執務机が置かれていた。背中を合わせるようにして座っていたバーサと、もう一人の男性寮監が、そろってマユを振り返る。

 緊張する彼女に、バーサはふくよかな体を揺すって笑いかけた。


「マユだったわね? さっそく何かご用かしら?」

「……選択科目の申請について聞きたくて」


 パラパラと帳面をめくったバーサは、授業の選択が終わっていないのはマユだけだと確認し、テーブル席をすすめた。


「これが授業の登録申請用紙です。必須の授業以外の空き時間に、三つの選択科目の授業が行われます。それぞれの授業予定票はこちら。マユは薬魔術職だから薬草学ね。この授業予定から希望の日時の時限を選んで登録します。わかるかしら?」

「はい。あの、もらっていた学習課目の説明に、選択科目は週に二限とあったのですが、二限しか授業を受けられないのですか?」


 熱心な生徒だと感心したバーサは、楽しそうに目を細めた。


「選択科目は週に一つの課題を教えます。だから一週間のうちどこで授業を受けても構わないけれど、一限では学びきれないから、最低二限と決めています。ほとんどの生徒は最低限の授業しか登録しないわね」


 二限しかではなく、最低二限と知ったマユは選択の幅が広がって喜んだ。しかし他の生徒が最低の授業数しか申し込まないと聞いて不思議に思った。


「他の人は、空き時間はどうしてるんでしょう?」

「図書室や自室での自習、あるいは実習室を借りて実技練習ね。けれど、空き時間の八限の全部を選択科目にあててもいいのよ」

「専科の実技自習は、素材は持ち込みですよね?」

「ええ、そうよ。前日までに実習室の使用申請が必要だから、忘れないようにね」


 教室の使用申請は学校の事務室に提出すること、他の生徒との共同使用になるため器具は譲り合って使用すること、といった注意を受けた。


「身体学と魔力属性考がどういう授業なのか、図書室で調べることはできますか?」

「あなた薬魔術職なのに、薬草学以外も学ぶの?」

「学んでは……いけないのですか?」


 呆れよりも驚きの大きな目がマユをまじまじと見つめた。

 何かおかしなことを言っただろうか? 表情を強張らせたマユは、心地悪げに居住まいを正す。


「ああ、ごめんなさいね。身体学を選ぶのは治療魔術職、魔力属性は攻撃魔術職と魔道具職の生徒がほとんどなの。これまで薬魔術職の生徒が選択した例はなかったから。選んでいけいないという決まりはなかったはずよ。それと調べるのは、どうだったかしら? 学校に問い合わせれば良いのかしら?」

「図書室で調べられるよ。入学前の生徒が利用できるのは、四の鐘から七の鐘の間だ。授業中は利用者も少ないから、閲覧席も空きがあるはずだ」


 二人の話し合いを聞いていたもう一人の寮監が言った。眉間に深いシワを寄せて、苛立たしげに見えるけれど、マユにかけられた声は穏やかだ。


「教科書は毎年改訂されているが、大幅な変更はなかったはずだ。司書に頼めば閲覧させてもらえる」

「そうね、教科書を読んでみて、必要だと思うなら授業を登録してちょうだい」


 マユは渡された登録用紙を丁寧に畳んでしまい込んだ。斜めがけした鞄を見てバーサが外出かと問う。


「外出に届けは必要ないけれど、出かけるときは寮監室に一声かけてからにしてね。誰もいないときは門番に言伝ててちょうだい。外泊の場合は前日までに届出書が必要だから忘れないでね」 


 いってらっしゃい、と送り出され寮を出た。

 魔術学校は魔法使いギルドの奥、学生寮はその隣にある。表通りに向かう路地は、関係者くらいしか使わないせいか、人通りはほとんどない。

 マユは足早に表通りに出て、冒険者ギルドに向かった。

 開店して少し時間の経った冒険者ギルドは、掲示板の前も受付カウンターのあたりも、人はまばらだ。習慣になっている薬草の買取価格を確認してから、ブレナンの姿を探した。奥をのぞき込んでいるとカウンターに座る顔見知りの女性職員と目が合った。


「誰を探しているの?」

「ブレナンさんです。留守ですか?」

「奥にいるわ、ちょっとまってて」


 彼女が席を離れてすぐだ、ブレナンが子どもたちを引き連れてロビーに現れた。その中の一人が、マユを見つけて歓声をあげた。


「マユ、久しぶりっ!」

「チェルシー」


 金髪の少女が両手を頭の上で大きく振っている。薬草園の仕事を得て孤児院を出て以来の再会に、マユの声も弾んでいた。


「久しぶりだね。チェルシー、元気そう」

「私は元気だよ。マユ、すごく立派になってない?」


 駆け寄ってきたチェルシーは、制服の見習いローブを見て「高そう」と呟いた。


「これ、魔術学校の制服なの」

「じゃあ魔術師になったんだ!」

「まだだよ。まだ見習い……入学は三月一日だから」

「そっか。今日は薬草採取?」

「うん、それもだけど、ブレナンさんにお願いがあって」

「らしいな。何の用だ?」


 二人の会話に耳をそばだてていたらしいブレナンが、チェルシーの背中を押す。またね、と小さく手を振ってチェルシーは孤児仲間の集まりに戻っていった。


「お金のことで相談が」

「借金か? 俺には貸す金はねぇぞ」

「違います。ギルドの口座でお願いがあるんです」


 茶化すブレナンを睨むマユの深刻な様子に、ブレナンは素早く周囲を見渡して、カウンターの奥にマユを呼び込んだ。


「口座開設か?」

「よくわかりますね」

「薬草園の仕事を紹介したのは俺だぞ。魔術学校の学費も知ってるんだ、マユの懐にどれだけ残ってるかなんて簡単な計算だ」


 ニヤリと笑うブレナンの腹が読めず、マユは大切な財布の入った鞄をしっかりと抱え直した。


「警戒するな、子どもから奪いやしねぇよ」


 呆れ顔の老職員は顎の無精ひげを撫でながら首を傾げた。


「寮に入ったんだろ? 貴重品をしまえる場所くらいあるだろうに」

「鍵付の引き出しはありますけど……鍵は万全じゃないから」

「あぁ、そりゃそうだがなぁ」


 合鍵があれば開けられるし、壊されれば鍵は役立たずだ。鍵を壊せなくても、引き出しそのものを破壊すれば保管している物は奪える。


「魔術学校はそんなに治安が悪いのか?」

「悪くはないと思います。でも安心できなくて」


 鞄を持つマユの手に力がこもった。

 魔法使いギルドとの仲介役でもあるブレナンは、魔術学校がどれだけ安全なのかよく知っている。生徒には知らされていないが、寮の部屋は住人が認めない者は立ち入れない魔術が施されているし、住人が居心地良くすごせるよう隠し魔術が常に調整している。それなのに孤児の少女は不安を感じているのだ。


「……こりゃ、そうとう強いな」

「何が、ですか?」

「いや、何でもねぇ。私室に金を置いときたくねぇって気持ちはわかるが、うちの規則も成人まではギルド登録できねぇんだよなぁ」


 口座を開設できるのはギルド証を持つ冒険者に限定している。過去に、成人後は冒険者登録をすると誓約し口座を開設したが、それを破棄して口座を犯罪に利用した事件があった。冒険者ギルドは冒険者の相互扶助のための組織だ、冒険者でない者に便宜を図ったために、ギルドや冒険者に不利益を与えるわけにはゆかないと、それ以来いっさいの例外は認めないと決まったのだ。

 冒険者ギルドの事情を教えられたマユは仕方ないと諦めた。不安だが現金は常に持ち歩くしかなさそうだ。


「放浪冒険者の常識だが、どうしても大金を持ち歩かなきゃならねぇときは、装飾品にして身につけるか、上着や腰帯に高額硬貨を縫い込んで隠し持つんだよ」


 見習いのローブを指さしての助言に、なるほどとマユは頷く。ローブは借り物なので加工はできないが、腰帯に小さなポケットを作って硬貨を隠すのは良い方法だ。裁縫は得意ではないが、その程度なら自分で細工できるだろう。ひとまず五枚の銀貨の管理方法はそれに決めた。


「お裁縫道具、売店に売ってます?」

「あるぜ。確か携帯用のが、一つ百二十ダルだったはずだ」


 ブレナンが引っ張りだした販売物リストの売値では、二種類の小さな糸巻きと一本の針がセットになった小袋は百二十ダル、仮止め針が五本付いているセットは二百ダルと、選択に悩む金額だった。


「採取に行って、稼げた額でどっちにするか決めます」

「なんだ、今日も行くのか。挨拶だけだと思ってたのに」


 そういえば、無事に入寮できたと報告もしていなかったし、礼もまだだった。

 背筋を伸ばしたマユは、無事に正式に入学資格を得て、寮で生活できるようになったと礼を言い、深く頭を下げた。


「いろいろとありがとうございました。今後もよろしくお願いします」

「おう、勉強は厳しいだろうが、がんばれよって、今後も?」

「はい、来年の学費を稼がないといけないので」


 冒険者登録は口座開設のためだけではない。成績が落ちたときの追加支払いの心配をなくすためにも、入学後も闇の日は終日採取に明け暮れるつもりだ。


「一位合格なんだし、減免があるんだからそんなに心配ねぇだろ」

「成績を落とさないよう努力はするけど、努力だけじゃどうにもならないことがあるかもしれないので」

「……おまえ、本当にまだ十一歳かよ?」


 眉をひそめるブレナンは、ため息を吐いた。孤児院育ちってのは警戒心は強くても図太くたくましいものだが、マユのソレは少々違うような気がして心配になる。


「まあ、あんまり無理はするな。学生は学業が最優先だ。他の学校と違って、雑事はどうとでもなるのが魔術学校のいいところだから、余計な心配してねぇでしっかり勉強しろ」


 ブレナンの大きくて力強い手が、マユの頭をガシガシと撫でる。いや掻き回すだ。首の筋を違えそうになって、マユは慌てて手を振り払った。


「痛いです」

「おう、悪かったな」


 まったく悪いと思っていない老人を残して、マユはカウンターの内側から出た。


「マユ、話し終わった?」


 待ち構えていたらしいチェルシーが駆け寄ってきた。後ろに年少の二人を連れている。


「これからどうするの? 薬草採取に行くなら、私たちを雇わない?」

「チェルシーたちを?」

「今日は荷運びの声がかからなかったんだ」とチビのアービンが茶色の前髪の隅間から悲しそうにマユを見あげた。


 黒髪のジミーは悔しそうに「街中の配達仕事も残ってなくてさ」と唇を尖らせている。


「マユが薬草を摘んでいる間に、草原モグラか角ウサギを狩れないかなって思って」


 愛想笑いのチェルシーが、お願い、とマユの手を握る。彼女らの申し出は悪くはない。だが雇うのはさすがに無理だ。


「私もまだ冒険者じゃないし、それに薬草の稼ぎじゃ雇うのは無理だよ。でも一緒に行くのはいいと思う。チェルシーたちが魔獣の気を引いてくれてたら、私も採取に集中できるから」

「護衛ってわけか。でもそれだと私たちの儲けがないよ」

「じゃあ草原モグラの巣の場所を教えるのでどう?」


 少し考えて、マユは雪が降る前に見つけた巣穴を思い出した。雪に埋もれていても目印はすぐに見つけられるし、雪の草原を魔獣を探してあちこち歩くよりも、ずっと獲物を早く見つけられるだろう。


「巣の場所を、いいのか?」

「重要情報じゃないか」

「ありがとう。なら私たち、しっかりとマユを守るね」

「行こうぜ!」


 見習い討伐冒険者たちは、マユの手を取ると、意気揚々と駆け出した。



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