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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
2章 入学準備

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14/24

00 プロローグ/入寮1日目の洗礼

第2章の連載を開始します。

平日お昼の投稿予定です。

短い間ですがよろしくお願いします。


 カーテンの隙間から漏れそそぐ朝日の眩しさ、そしてあたたかさで目が覚めたマユは、見慣れない天井に気づいて飛び跳ねるように起きた。


「あ……寮だった」


 孤児院の面接室の古びた木の天井でも、お屋敷のクリーム色の天井でもなく、完熟のレシャの色をした天井は、昨日から入った魔術学校寮のマユの部屋だ。


「もしかして、寝過ごした?」


 慌ててカーテンを開ける。冬のアレ・テタルには珍しい快晴の空が広がっていた。太陽の位置から、なんとか朝食間時間に間に合いそうだと安堵する。

 幅は狭いけれど寝心地の良い寝台から下り、服を着る。制服のローブをどうするか少し迷ったマユは、窓ガラスを振り返る。映る姿を見て、悲しくなった。黒く染めて継ぎ接ぎが目立たなくなったと思っていたのに、明るい場所では誤魔化せないようだ。


「どうしようかな」


 孤児院や冒険者ギルドでは、継ぎ接ぎに気をとめる者はいない。だが魔術学校はどうだろうか。ローブを着れば古着の状態は隠せるが、他の学生が誰も制服を着ていなければ、どちらにしても目立ってしまう。

 悩んだが、手触りの良さとあたたかさに負けて、マユは制服を身につけた。

 濃紺のローブを身につけると、下に着ている黒服の継ぎ接ぎは見えない。ローブを止める明るい青のボタンが、朝日を反射してキラリと輝く。まるで宝石のように思えて胸がドキドキする。自分の身を飾る品を持つのははじめてだ。照れくささと嬉しさがわき上がった。

 ドキドキしながら洗い場で顔を洗って、そのまま一階に下りる。

 洗い場で一緒になった栗毛の年上の寮生も、廊下ですれ違った何人もの学生も、全員制服ローブを身につけている。ホッと胸を撫で下ろし、食堂に向かうローブ姿の寮生の後をついていった。

 中庭に面した食堂の席は、半分ほどが学生で埋まっていた。奥のキッチンで料理を受け取り、好きな席で食べるようだ。


「おや、見ない顔だね」

「あ、はい。昨夜からです。よろしくお願いします」


 配膳していたふっくらとした職員にじろじろと見られて、マユは慌てて頭を下げた。

 料理の載った盆を受け取り、空き席を探す。中庭に面した席は人気のようでいっぱいだ。窓のない壁際の席も、長居をしたい生徒たちで埋まっている。空いているのは中央の大テーブル席しかない。

 制服のボタンの色は三種類、赤と緑と青だ。マユは自分と同じ青ボタンの生徒を探した。

 マユのように一人でいる者はいない。ほとんどが二人、あるいは三人といった小さなかたまりや、六、七人のグループで集まっていた。ほとんどの新入生は合格直後から寮で暮らしているせいか、すでに交友関係が固定されてしまっているようだ。


「……仕方ない、か」


 両側が空いている椅子に落ちつき、朝食をとりながら同じ魔術師見習たちを観察する。

 新入生は入学式が終わるまでは集まる機会はなく、食堂や学習室で顔を合わせるくらいしか、同級生と知り合う機会はない。マユは入寮初日で出遅れている。挨拶や雑談から少しずつ馴染めるようになれば良いのだが。

 観察を終えたマユは、チラチラと向けられる視線を受け流して、朝食に集中した。

 メニューは塩もみしたレト菜と、薄切りの燻製肉は魔猪だ。朝から塩気が多い。芋のポタージュスープの味が薄いのは、調整用だろうか。パンは厚切りが一枚。蜂蜜やジャムはないが、塩味で疲れた舌を休めるのにはちょうど良かった。


「ねぇ、あんた」

「はい?」


 背中に声をかけられて振り返ると、赤毛の少女が立っていた。髪の色から連想される気性の彼女は、同い年か一つか二つ年上に見える。だがローブのボタンは同じ明るい青だ。


「あんたずいぶん入寮が遅いけど、外国からの留学生なの?」


 入寮の遅れから、遠方出身と誤解されているらしい。赤毛の彼女は留学生の存在に何かを期待しているのだろうか。誤解されたくなくて、マユは正直に答える。


「いいえ、シェラストラルからきました」

「なんだ、違うのか。あ、あたしはフランチェスカ。リアグレンから来たの。師匠は黄級魔道具師の祖父よ。あんたは?」

「マユです」


 すすめてもいないのに隣の空席に腰を下ろした赤毛は、好奇心を隠さない。


「それで師匠は? 王都はリアグレンよりも近いでしょ、なんでこんな遅かったのよ?」


 周囲の学生たちの会話が急に聞こえなくなった。彼女の好奇心に便乗し、聞き耳を立てているようだ。


「ねぇ、どうして?」

「……学費を貯めるために、働いていたので」


 なぜ遅れた理由を知りたがるのか疑問に思いつつも、マユが正直に答えると、赤毛は目を丸くして驚いた。


「なんで? あ、そうか。魔術師になるの、親が反対なんだ。貴族は嫌がるって聞くけど、本当なんだね。師匠は学費を支援してくれないの?」

「貴族じゃありません。それに師匠は……いないので」


 マユの返事を聞いたとたん、フランチェスカの顔から好奇心と奇妙な期待が消えた。


「貴族じゃないの?」

「はい」

「師匠もいない?」

「はい」


 姉弟子に裏切られ、師匠に捨てられた事実を思い出して、腹の奥がズンと重くなった。忙しさを理由に考えないようにしてきたが、簡単には忘れられないようだ。

 ガタタ、とフランチェスカが乱暴に席を立った。


「なんだぁ、ガッカリ。時間を損しちゃった」


 そう吐き捨てて彼女が離れてゆく。友人グループの席に戻ったフランチェスカは、周囲に聞かせるような声量で「学費減免もとれない成績の、師匠なしだって。コネにもならないし、ライバルにもならないわね」とマユを笑っている。

 目を見開くマユの視界で、周囲の学生らが敬遠するように顔を背けるのが見えた。

 ああ、そういうことかと、マユは食べかけの朝食に視線を頬とす。

 王都出身と聞いて上級の家柄だと勝手に思い込み、魔術学校入学を反対するほどの家柄なら貴族だろうと期待したのに、ただ貧しいだけだと知ってガッカリしたのだ。師匠の不在と学費が免除されないことで成績を察し、付き合う価値はなしと判断した。食堂にいる他の生徒たちも、フランチェスカらの会話を聞いて、友交を結ぶ価値はないと判断したのだろう、マユの存在など最初から居なかったかのようだ。

 同じ魔術学校で勉学を競い合う友達ができればいいなと、期待していた気持ちが小さくしぼんでゆく。


「まあ、いいか……」


 そう呟いたマユは、朝食の残りを急いで平らげて、自室に戻った。



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