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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
1章 学費を貯めよう

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12 学費支払い、完了


 二回目の賃金支払日に受け取った四千五百ダルも、全額ジェイムズに預けた。手元に現金はいらないと言うと妙に心配された。いくら住み込みで食と住に金がかからないとはいえ、小遣いは必要ないのかと。


「若い女性使用人は菓子や装飾品を買うものだが……」

「食堂の食事だけでお腹はいっぱいですし、装飾品なんてつけたら仕事の邪魔ですから」


 マユの返事に、ジェイムズは「お嬢様と同じようなことを」と口の中でぼやいた。


「……成人すれば気持ちも変わるだろうし、まあ今は余計な現金は持ち歩かないほうが良いだろう」


 呆れ顔のジェイムズは、小さく咳をして話を切り替える。


「オリバーから連絡があった。予定通りの日程でこちらに戻ってくる」


 孫の顔を見るために一ヶ月の休暇を取っていたオリバーが仕事に戻るのは、一月二十三日だ。翌日の二十四日に留守中の報告をして、マユの雇用期間が終了する。


「最終日の仕事を終えたら、最後の給与を支払います。その日は宿舎に泊まってもかまいません。翌日からの住まいの目処は立っているのかね?」

「魔術学校に学費を払って、そのまま寮に入るつもりです」

「それは前もって連絡しておいたほうがいいだろう。二十五日で間違いないなら、こちらから知らせておこう」

「あの、連絡なら自分で」


 雇い主の家令にそのような雑用をさせるわけにはと慌てるマユに、目を細めたジェイムズはついでがあるのだと笑って返した。


「ちょうど魔法使いギルドに用事がある。学校事務局に伝言するだけだからたいした手間ではない、気にするな」


 即日入寮ではあちらが困る。入学後に何か行動しようと考えたなら、できる限り教師に事前確認を取るようにと言い含められ、マユはしっかりと頷いた。


   +


 温室に戻ったマユは、いつものように薬草の点検をはじめる。

 ぐんぐんと成長する薬草は、たった一晩の間に魔素をたっぷりと含んでいる。採取にちょうど良いものを選び取りながら、マユは寂しさを感じていた。


「あと九日か……」


 一ヶ月だけだと最初からわかっていた。なのに別れが辛い。あたたかな寝台でぐっすりと眠れるし、食べきれないほどのたっぷりの食事で、はじめて満腹を感じ、体がどうなるかも知った。それらを失うのも悲しいが、何より、街の周辺では絶対に見られない珍しい薬草を、この目で見て、触れて、世話をして、錬金薬になったところを想像して過ごす楽しい日々が終わるのが、さびしくてならなかった。

 当たり前の薬草も、珍しい薬草も、どれもマユの知識を深めてくれた。特に希少薬草は、ここの栽培環境から、野生ではどのような場所で探せば見つかるかを考察して、自分なりにまとめている。いつかこの考察が正しいのか確かめに行きたい。


「さびしいけど、学校は楽しみだから」


 薬草保全処理の延長で、錬金薬作りに使用される様子を想像しては胸を高鳴らせてきた。どのように扱ってどう配合すれば、もっとも効率よく、かつ最大の効果をもたらせるか。計算だけでは正解の確信が持てず、もどかしく思っていた。だがもうすぐ実際に調合できるようになるのだ。

 マユはそれを楽しみにすることで、さびしさを封じて残る日々を過ごした。


   +


 一月二十四日、昼前に薬草園に戻ってきたオリバーは、マユを伴ってすべての薬草を見て回った。小屋では不在時にマユが書き記した薬草の記録に目を通し、薬草の生育状態、採取した素材の保全処理を確かめる。ハラハラして待つマユに、彼は驚きと喜びの表情を向ける。


「期待していた以上によくやってくれていたようだ」


 休暇を取る以前の薬草の状態が維持できていれば理想だが、所詮は薬草冒険者であり、魔術学校入学前の見習いだ、多少の劣化は目をつむるつもりでいた。冒険者ギルドの査定基準程度を維持できていれば上等だと考えていたのだ。しかし一ヶ月ぶりの薬草園は、空白期間などなかったかのような健やかな状態だ。薬草(モノ)によっては自分が管理していたときよりも生育の良いものまである。


「セタン草とヤーク草には特に目をかけていたようだな?」

「治療薬の素材として馴染みがあるので、つい……すみません」


 叱られたと誤解したマユは身を縮めて頭を垂れた。


「顔をあげなさい。褒めているんだ。もしかして森や草原の薬草にも何かしていたのか?」

「次にきたときに採取量が減らないよう、自分なりに手入れをしていました」

「それは薬草冒険者が皆やっているのか?」

「どうでしょう……私が勝手にやっているだけで、他の冒険者のことはわかりません」


 シェラストラルの森は王都に近く、見習いやマユのような未成年の子どもたちも多く出入りしていた。薬草を奪い合うような環境だったのだ。少しでも生育を早められないか、採取量を増やせないかと、マユなりに試行錯誤していた。

 マユが王都での採取環境を語ると、オリバーはなるほどと納得すると、前のめりになった。


「今日で終わるのはもったいない。どうだ、俺の弟子にならないか?」

「で、弟子、ですか?」

「そうだ。この一ヶ月の仕事ぶりは期待以上だった。少し前からご主人様に薬草園を拡げたいと相談されていた。俺一人では手が回らないが、マユがいてくれればそれが可能になる。薬草の採取量が増やせればスタンピードへの備えにもなる。野では滅多に採取できない希少な薬草を扱うのは勉強にもなるぞ」


 弟子になれば、師匠であるオリバーがマユの住む場所も食事も保証する。それは孤児であり家を持たないマユには破格の待遇だ。薬草への熱意もあるのだ、断わられるはずがないとオリバーは思っていた。

 だが。


「ごめんなさい。自分の手で薬草を育てられたらいいと思うけど、私は薬魔術師になりたいんです……まだ、何もはじまっていないんです」


 マユが薬草を大切に思うのも、それを育て詳しくなりたいと思うのも、すべて薬魔術師になりたいという強い思いがあるからだ。オリバーはマユを薬魔術師には足らないと判断する何かがあったのかもしれないが、彼女は諦めたくなかった。


「あ――ああ、そうだったな」


 気まずげに頭を掻いたオリバーは、彼女が春から魔術学校に通う見習いであることを忘れていた。薬草園での仕事ぶりが、忘れさせていたのだ。


「俺こそ、悪かった。マユが薬草魔術師になれないと言いたかったわけじゃない……俺は落ちこぼれたが、今はこれが俺の天職だ、誇りに思っている。マユの書いた記録を読んで、薬草への並々ならぬ思いがあると感じたんだ」

「薬魔術師見習いだから、当然ですよ」


 錬金薬の善し悪しを決める大切な素材なのだ。少しでも良い状態の薬草に成長するよう気にかけるのは当然だ。そんなマユの即答を聞き、オリバーは苦笑いをこぼした。


「薬魔術師のみなが、その考えを持ち続けてたくれたらと思うよ」


 初心を忘れ、錬金薬のできばえを他者からもたらされた薬草のせいにするようになる魔術師は多い。だがマユはそのような魔術師にはならないだろう。

 そんな期待と願いを込めて、オリバーは書棚から薬草図鑑を引き出した。


「よく働いてくれた報酬だ、受け取ってくれ」

「あの、報酬はジェイムズさんからもらうことになってます」

「正規の報酬とは別だ。これは俺から、薬草園をしっかり守ってもらった礼だ」


 押しつけるように渡された薬草図鑑は、古びた手製の本だった。項数の割に厚みがある。

 チラリと上目でオリバーの顔色を確かめてから、マユは表紙をめくった。


「……薬草の、標本!」


 魔法使いギルドが発行する薬草図鑑は、精密画と説明書きが印刷されたものを製本したものだ。だがマユがもらったのは、採取した薬草を保全処理し、魔紙に張りつけた標本だった。ふわっと香る乾燥薬草のそばには、丁寧な文字で採取時の情報が綴られている。


「俺がここに勤めるようになって最初に作った標本図録だ。保存状態の良い標本のいくつかは、今でも乾燥薬草として使える」

「こんな大切な物、もらえません!」

「薬草園勤めの俺では役に立てられん。だが見習いのマユなら有効に使える。使ってこその薬草だ」


 自分が持っていては死蔵することになる。見習いのマユがそれをしっかり活用し、立派な薬魔術師になってくれたら、自分の見習い時代の未練も昇華されるだろう。そう言ってオリバーは満足げに微笑んだ。


「ありがとうございます。頑張ります」


 マユは標本図録をしっかりと抱き、楽しく充実した薬草園に別れを告げた。


   +


 夕刻、最後の仕事を終えてオリバーとともにジェイムズに仕事の完了を告げた。未払いの報酬の精算と、預けていた全額の払い出しを頼んだ。


「全額引き出しですね。明日の朝までに用意します。今晩は泊まってゆくようにとお嬢様からの指示です。朝食後、兵の一人に魔法使いギルドまで送らせます」

「場所はわかっているので一人でも大丈夫ですよ」

「マユ、送ってもらいなさい。下男の一人が妙な動きをしていた」


 以前からあまり素行が良くないと警戒していた男の様子が気になるとオリバーが言った。


「マユの事情はみなが知っている。館を出たところで給金を奪うつもりかもしれない」

「彼の仕事ぶりは悪くないため、解雇できないでいた。良い機会ではあるが、お嬢様からマユを囮にはするなと厳命されている。一人で行くのではないよ」


 一ヶ月の間、ここの使用人たちには良くしてもらった。彼らの中に貯めた給金を奪おうなどと考える者がいるなど、マユには信じがたい。しかし同時に、孤児院の外は厳しい場所だと言っていた院長の言葉を思い出していた。

 人の心は難しい。実際にマユは、人当たりの良い笑顔と、知識を武器にした言葉に騙された結果、魔術師の弟子としての自分も、魔術学校の生徒としての権利も失いかけている。

 マユは不安げに家令と薬草園管理人の表情をうかがう。

 規律に厳しくとっつきにくいジェイムズだが、その視線はあたたかく力強い。数日しか面識のないオリバーだが、彼の守り育てる薬草はすくすくと育っており、温室の居心地はとても良かった。

 だが自分を騙し、罠にはめて追い出したミリーアの笑顔を思い出してみれば、醜悪な本音が透けて見えていたと今ならわかる。あんなとってつけたような笑顔と甘い言葉に騙される自分の見る目のなさが情けない。

 この二人は信頼できる。


「わ、わかりました」


 二人に念を押されて、マユはしっかりと頷いた。


   +


 翌朝、もう使用人ではないのだからと、マユは食堂の端の方で隠れるように朝食をとっていた。忙しいはずの使用人たちは、そんな彼女を見つけ出しては「ガンバレよ」「元気でね」「しっかり食べて大きくなれよ」と声をかけてゆく。それらに感謝と礼を返し、彼らが仕事に向かうのを見送った。


「これ、持っていきなよ」


 マユの向かいの席に座ったミーネが、手袋をポイッと投げ渡した。仕事で使っていた防水魔布の手袋だ。借り物の備品だから、昨夜のうちにジェイムズに返却していた物がどうして、と。マユは困惑してミーネを見上げる。


「この手袋、マユの手に合わせて作ってあるから、残してても使う人がいないんだよ。だからあんたに下げ渡してもいいって許可もらった」


 肌のようにピタリと張りつき、けれど全く窮屈に感じない使い心地。そんな不思議な魔布による手袋は、おそらく普通に購入しようとすれば千ダル以上はかかるだろう。


「いいのでしょうか」

「ご主人様が許可したんだからいいに決まってるでしょ。マユがいらないならあたしがもらうよ?」


 貴重な魔布は加工すれば素材に戻せるので再利用の幅も広いし、換金性も高くなる。不要なら寄こせと言うミーネは、ニヤニヤしながら朝食のスープを飲んでいる。

 彼女の言葉は意地が悪いけれど、不思議とあたたかい。


「あげません。嬉しい……これを魔術学校でも使う機会があればいいいな」


 マユは手袋を丁寧にたたんでポケットに入れた。

 飲むような早さで朝食を片付けたミーネは、また機会があったらね、と手を振って仕事に戻っていった。


「やっと一人前を完食できるようになったね」


 マユが下げた食器を確かめに出てきたタリーが、感慨深そうに微笑んだ。働きはじめたころは完食どころか、半分ほどで胃痛をおこしていたマユが、ようやく一人前の食事量を他の使用人らと同じ時間で食べられるようになったのだ。食事量やその体調を気にかけていたタリーは感激ひとしおだ。


「学校の寮でも残さずちゃんと食べるんだよ?」

「はい。美味しい食事をありがとうございました」


 毎日異なる煮込み料理を堪能させてもらったおかげで、マユは全身がふっくらとしていた。それでもまだ細いが、以前より疲れにくくなったし、手足の先まで体があたたまるようになった。

 指定された時刻の少し前に食堂を出る。裏門にゆくとオリバーと門兵が待っていた。二人はマユが背負った大きな荷を見て目を見張った。

 住み込みの一ヶ月の間に、一度も外出などしていなかったにもかかわらず、何故か彼女の荷は増えている。ご主人様からいただいた帳面と手袋に、オリバーからの標本図録。菜園のハチックや庭師からも、使い古しの道具を押しつけられている。それらを荷袋に詰め込んだのだから、はち切れそうに見えて当然だろう。


「ゴード、頼むぞ」

「よろしくお願いします」


 門兵はオリバーとも親しいようだ。ニッコリと笑うと顔にできるシワが親しみを帯びた。

 開店準備をする店の説明や、市場でのオススメ屋台に、昨年成人した娘の自慢話に相づちを打っている間に、マユの体から強ばりがほどけていた。


「着いたよ、ここまでくれば大丈夫だよな?」


 歩調を合わせてくれていた門兵の足が止まり、魔法使いギルドに着いたのだと気づいた。

 ギルドの正面からみて右手の路地を入ったところに、魔術学校の建物がある。この先は一本道だ、もう大丈夫だと礼を言って門兵と別れたマユは、およそ二ヶ月前に駆け込んだ扉を叩いた。


   +


 魔術学校事務室で、入学資格証(合格証)を出し、学費の支払いと入寮手続きを頼んだ。


「いらっしゃい、連絡は頂いていますよ」


 穏やかな表情で資格証を受け取ったのは、二ヶ月前にマユに入学手続きの詳細を説明した灰級魔術師のレットだ。

 素早く手続き書類を用意した彼は、魔術学校での禁止事項や規則をマユが承知しているか確認してゆく。最後にサインを求められたマユは、自分の署名欄の下にあるもう一つの署名欄を見て指が止まった。


「……同意保証人?」


 入学者の大半が師匠持ちだ。師と学校とで教える内容が異なる場合に、生徒が師匠の教えと違うからと学習を拒否したり、まだ師が学校に己の教えを強要しないと同意する署名だそうだ。


「師匠がいなければ署名は不要なんですよ」


 カーラは引退しているため、今のマユにはここに署名すべき人物はいない。小さく安堵して自分の名前を書き込んだ。


「学費のお支払いは、前期分でよろしいですか?」

「その前に質問があります。寮の食事は朝と夜、どちらも無料と聞いています。昼食は魔法使いギルドの食堂を利用と聞きましたけど……一食、いくらぐらいかかりますか?」


 この一ヶ月の間に、三食をしっかりと食べる癖が付いてしまったマユは、それ以前に考えていた昼食抜きの生活は無理だと自覚していた。金額によっては色々算段せねばならないとレットに問うたのだ。


「質や量にもよりますよ。そうですね、街の料理屋で一般的な、パンと主菜と副菜のセットなら四十ダル、主菜の一部をパンに挟んだものなら二十ダルくらいで食べられますね」


 飲み物をつけるともう少し加算されると言うが、マユは水を出せるのだ、喉の渇きは自分でなんとかできる。その金額なら無理をする必要はなさそうだと安堵した。


「学費を一年分、払います」

「六千ダルですね……はい、確かに、お預かりしました」


 受領証とあわせて入学証明書、そして学生資格証を渡された。

 同時に入寮手続きも済ませる。ついてくるようにと言われ、てっきり寮に向かうのだと思い後を追ったマユは、隣室に招き入れられた。


「教科書と制服をお渡しします。寮内、魔法使いギルド、魔術学校の敷地内は、様々な魔術によって管理されています。制服を着ていなければ入室を制限される場所も多くあります。敷地内にいるときは常に制服を着用しておくことをオススメしますよ」


 注意とともに渡されたのは、濃紺のマントだ。さっそく着てみた。

 腿のあたりを隠すほどの長さがあり、布は厚くてずっしりとした見た目なのに、実際は薄布のように軽かった。襟元を留めるボタンは明るい青だ。マントの下は私服を着用するのだという。ミーネのすすめで古着を黒く染めておいてよかったと胸を撫で下ろした。


「こちらが寮です」


 レットは入り口で寮監にマユを引き渡した。

 少しふくよかな、上品な中年女性に連れられ、寮の説明を受ける。


「一階は食堂と談話室、それと自習室があります。ここは男女どちらも使用可能です。二階は男子学生の部屋が、三階は女子学生の部屋です。女子生徒は二階への立ち入りは禁止、もちろん男子生徒も三階への立ち入りは許されていません。もし見かけたら私バーサか、もう一人の寮監のケイシーに必ず報告してくださいね」


 女子学生の担当がバーサ、男子学生の担当がケイシーだ。それぞれ助手を務める職員も二人ずついるらしいが、責任者はバーサとケイシーだそうだ。

 階段の近くに洗い場と水場がある。三階の奥の端がマユに与えられる部屋だ。

 扉を開けると、明るい光に満ちた空間があった。


「個室だ……」

「寮は全室個室ですよ」


 壁はやさしいクリーム色をしていた。天井は完熟レシャの皮のような、鮮やかな橙色だ。


「あら、まぁ」

「?」


 マユに続いて部屋に入ってきたバーサが、壁と天井を見て奇妙な声を上げた。振り返ったマユを誤魔化すように笑み、室内設備の説明をはじめる。

 部屋にあるのは小さなベッドと勉強机、そして作り付けの収納棚だけだ。窓は大きく、透明なガラスがはめ込まれており、冬の陰鬱な空の隙間から注ぐ太陽の光が、広い窓から室内をあたためている。


「食事の時間は、朝は二の鐘半から三の鐘まで、夜は八の鐘半から九の鐘まで。洗い場は八の鐘から十の鐘までの間に交代で使用します。外出の際は必ず届け出ること、門限は九の鐘です。それと各自の部屋では、調合や実験は禁止です。お茶を沸かすくらいの使用にとどめてください」


 どういう意味かと首を傾げるマユに、バーサは勉強机の横の壁を押して、壁をくりぬいた小さな空間を出して見せた。

 保存庫と、魔道コンロが備え付けられていた。魔道コンロがあれば錬金薬の調合が可能になるし、保存庫も素材を蓄えるのにちょうど良い。そんなマユの考えなどお見通しなのだろう、バーサは「調合も実験も禁止です」と繰り返した。


「過去に多くの学生が調合や実験の失敗で設備を大破させました。その窓ガラスの弁済費用は一万ダルです」

「ひっ」


 マユの喉が悲鳴のように鳴った。年間の学費よりもはるかに高額ではないか。絶対に危険な実験はしないでおこうと心に決める。


「研究心、向上心は素晴らしくとも、他者に迷惑をかけてはいけません。実験も調合も構築した魔術式の試験も、学校の実習室でお願いしますね」


 あちらは多少の爆発程度では壊れないので安心して励め、との物騒な発言に、マユは人形のように何度も頷いた。


「入学式まではこの寮と学校図書室、魔法使いギルドの食堂にしか立ち入りが許されていません。特に図書室とギルドはマントの着用がなければ立ち入れませんよ。外出時は戻りの時間を申告してからお願いします。外泊は禁止です、また門限は九の鐘ですが、夕食を食べるのならそれより早く戻ってください。何か質問は?」


 すぐには思いつかないためマユは小さく首を横に振った。


「何かわからないことがあれば、一階の寮監室に訪ねてきてください」

「わかりました」


 さっそく荷物を収納棚に置こうとして、袋から出すのをためらった。透明なガラス窓や魔道コンロが当たり前のようにあるこの部屋と、自分の手荷物はあまりにも落差がある。見られて学生には相応しくないと咎められたら、と不安がよぎった。

 そんなマユの不安を、バーサの笑顔と言葉が払拭した。


「ようこそ、アレ・テタル魔術学校へ。魔法使いギルドはどのような素性の学生であれ、その学ぶ意欲を歓迎します」



【アレ・テタル57日目(1/25)のお財布】


前日残高   8744ダル

1/25給与 +2700ダル

学費支払い -6000ダル

57日目残高 5444ダル


------------------------------


第1章 終了


第2章は「入学準備」です。

3月第1週に連載を開始いたします。

よろしくお願いします。


【第1章人物まとめ】


マユ 

女性/11歳/孤児。6歳の判定で魔力保有が判明し、薬魔術師の弟子に。魔術師資格を得る試験を受けたつもりが、学校の入学試験だった。師の店に雇われ修行を継続するつもりだったため、入学を辞退して戻ったら、師の孫娘が店を継承しており、追い出された。

合格証を手にアレ・テタルに戻ってなんとか入学意思を伝え、学費を稼ぐために奔走した。


◆孤児院関係者


ゾルドラン 

40代半ば/孤児院の院長/職人ギルドの副ギルド長/各ギルド代表者によるくじ引きで負けて、孤児院の院長に。経営に頭を悩ましている。わりとポンコツ。


マリー 

女性33歳/孤児院の会計と厨房責任者。


ボーン 

男性58歳/元冒険者で孤児院の門番。


シェルル 

女性28歳/未亡人。孤児院の年少の子どもたち担当の職員


チェルシー 

女性11歳/孤児。金髪。冒険者志望。ソバカス。


モリー 

女性 30歳/マリーの妹。古着屋を営んでいる。マリーに頼まれて売り物にならない古着を孤児院に寄付している。


◆魔術学校関係者


レット 

男性 20代後半/魔法使いギルド事務員/灰級魔道具師


ゴード 

男性 10代後半/魔法使いギルド事務員/黒級魔道具師


アーシェ 

女性 20代前半/魔法使いギルド職員/黒級薬魔術師


ムルド 

男性 20代後半/魔法使いギルド事務員/灰級攻撃魔術師


◆冒険者ギルド関係者


ブレナン 

男性 53歳/細マッチョの冒険者ギルド職員。副ギルド長。魔法使いギルドへの苦情窓口的な役割を担っている。


◆その他


ジェイムズ

男性 72歳/細身。サットン男爵家の家令。お嬢様至上主義。


オリバー 

男性 40歳/薬草園の管理人。先月生まれた孫の顔を見に故郷に帰るため、一ヶ月の休みを取った。


ハチック 

男性 30歳/菜園と庭の管理人。茶色の髪。


ミーネ 

女性 19歳/針子。黒髪。住み込みの使用人の一人。


タリー 

女性 32歳/住み込み料理人の一人。主に従業員のまかない担当。



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